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本編
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ーー同じ頃、シルビア公爵邸にて
「マリアンヌ、何だね大切な話とは」
シルビア公爵の次女でリンドの婚約者マリアンヌは、父の書斎に硬い表情で立ちすくんでいた。
リンドが最愛の女性カリーナを追い求めて城へ向かったこと、彼はシークベルト公爵家を出るつもりだということを父はまだ知らない。
リンドがシークベルト公爵の座を手放すということは、マリアンヌとの婚約も破棄されるということである。
元々父の悲願であった姉ルアナの王妃計画はカリーナの登場によって頓挫し、今度はマリアンヌまでもがカリーナによって婚約破棄することになろうとは。
……まあルアナに関しては、結果的にこれで良かったのであろうが。
幼い頃よりリンドを慕っていたマリアンヌとリンドの婚約が整ったことを誰よりも喜んでくれたのは父であるシルビア公爵だ。
その父を悲しませてしまうことが申し訳ないと共に、愛娘のためならどんな恐ろしい事でもやりかねない父に不安を抱いていた。
「実は、私とシークベルト公爵家のリンド様の婚約のことなのですが……」
恐る恐るマリアンヌは切り出す。
「ああ、安心なさい。国王陛下達の婚礼が済み次第、お前達の式の支度を始めようと思っているよ」
シルビア公爵は、マリアンヌがいつまで経ってもリンドと正式に結婚できないことに不満を抱いていると勘違いしている。
婚約を破棄したいなどと言ったら、卒倒してしまうのではないか。
だが事実をいつまでもひた隠しにはできない。
マリアンヌは意を決して口を開いた。
「私と、リンド様の婚約を破棄していただくために、今日はこちらへ参りました」
一息でそう告げたマリアンヌの事を、公爵は信じられないものを見ているような目付きで見つめた。
「……マリアンヌ、私の聞き間違いかな? 今なんと? 」
「ですから、私とシークベルト公爵家のリンド様の婚約を破棄したいのです」
ガチャン!っと食器がぶつかる音が響いた。
どうやら動揺した公爵が、飲んでいた紅茶のカップを置く際に音が出たらしい。
「一体どうしたマリアンヌ、あれほどリンド君と結婚したがっていたのはお前の方じゃないか。何か嫌なことがあったのか?お父様に話してみなさい」
……絶対に正直になど話すことはできない。
下手をすればシルビア公爵はリンドの命を奪い、二度もシルビア公爵を侮辱したカリーナを王妃とするアレックスに反旗を翻しかねない。
「それは……性格の不一致ですわ。いざ婚約してみたはいいものの、私たちって全く趣味も食事の好みも合わないんですの。やはり結婚するならそのようなところが同じ感覚のお方の方が良いのではと思いまして」
「あのカリーナという娘か? 」
一瞬にして部屋の空気が冷えわたる。
シルビア公爵の射るような厳しい目線を受けて、マリアンヌは居た堪れなくなり下を向いた。
「お父様には正直に話してごらん。あの娘が関係しているんだろう? やはり、厄介者が付いた男などと娘を婚約させるべきではなかった! 」
バン! っとシルビア公爵は机を叩く。
「お父様、カリーナ様は今回の件には全く関与していませんわ! 」
もちろんリンドはカリーナを追い求めて去ったのだが、カリーナがリンドを誘惑したわけではない。
あくまで全てはリンドの意志なのである。
「そんなことは関係ない。元はと言えば、あの娘のせいでルアナとアレックス様の婚約も頓挫した」
「お姉さまは、婚約が無くなってむしろお幸せになられたではありませんか! 」
姉ルアナは、アレックスとの婚約が白紙になったことで、かねてよりの想い人と結婚し幸せに暮らしている。
それを父も心から祝福していたはずなのだが。
「それとこれは話が別だ。たまたまシエナは幸せになれたからいいものを」
シルビア公爵は忌々しげにそう呟いた。
「あの男は、シークベルト公爵は今どこにいるんだ? すぐに呼び出すように伝えろ」
「お父様! 」
「あの男はシルビア公爵家を……お前を侮辱したんだぞ! 」
父の怒りは甚だしいものであった。
元から少し気性が荒い父ではあるが、ここまで怒りを露わにしているところは初めて目にした。
「……お父様、リンド様はもうお戻りにはなりません」
それでもマリアンヌは事実を淡々と告げた。
「何? それはどういうことだマリアンヌ」
「あのお方は、カリーナ様を追ってお城へ向かわれました」
マリアンヌは震える両手を体の前で組みながら、公爵を見つめて言う。
その瞬間シルビア公爵の目が大きく見開かれる。
「城へ向かっただと!? 馬鹿な、そんな事をしては不敬罪になるのではないか! 下手をすれば叙爵、または投獄されるかもしれん! 」
国王の婚約者であるカリーナをそそのかすということは、国王に反抗するということ。
王家への不敬罪となり得るのだ。
「アレックス様はリンド様とはお従兄弟同士。そのようなことにはならないと思います」
以前から仲が良く共に執務をおこなってきた優秀な男達が、たった一人の女性を巡って争うなど愚かな事である。
「さてどうだか。あの娘は一目でアレックス様を虜にしてしまったと言うではないか。実際あの娘と出会ってからルアナとの婚約を白紙に戻すまで、果たしてどれほどの期間があったであろう」
つまりシルビア公爵が何を言いたいのかと言うと、アレックスはカリーナのためならリンドすら容赦なく裁くであろうということだ。
「マリアンヌ、何だね大切な話とは」
シルビア公爵の次女でリンドの婚約者マリアンヌは、父の書斎に硬い表情で立ちすくんでいた。
リンドが最愛の女性カリーナを追い求めて城へ向かったこと、彼はシークベルト公爵家を出るつもりだということを父はまだ知らない。
リンドがシークベルト公爵の座を手放すということは、マリアンヌとの婚約も破棄されるということである。
元々父の悲願であった姉ルアナの王妃計画はカリーナの登場によって頓挫し、今度はマリアンヌまでもがカリーナによって婚約破棄することになろうとは。
……まあルアナに関しては、結果的にこれで良かったのであろうが。
幼い頃よりリンドを慕っていたマリアンヌとリンドの婚約が整ったことを誰よりも喜んでくれたのは父であるシルビア公爵だ。
その父を悲しませてしまうことが申し訳ないと共に、愛娘のためならどんな恐ろしい事でもやりかねない父に不安を抱いていた。
「実は、私とシークベルト公爵家のリンド様の婚約のことなのですが……」
恐る恐るマリアンヌは切り出す。
「ああ、安心なさい。国王陛下達の婚礼が済み次第、お前達の式の支度を始めようと思っているよ」
シルビア公爵は、マリアンヌがいつまで経ってもリンドと正式に結婚できないことに不満を抱いていると勘違いしている。
婚約を破棄したいなどと言ったら、卒倒してしまうのではないか。
だが事実をいつまでもひた隠しにはできない。
マリアンヌは意を決して口を開いた。
「私と、リンド様の婚約を破棄していただくために、今日はこちらへ参りました」
一息でそう告げたマリアンヌの事を、公爵は信じられないものを見ているような目付きで見つめた。
「……マリアンヌ、私の聞き間違いかな? 今なんと? 」
「ですから、私とシークベルト公爵家のリンド様の婚約を破棄したいのです」
ガチャン!っと食器がぶつかる音が響いた。
どうやら動揺した公爵が、飲んでいた紅茶のカップを置く際に音が出たらしい。
「一体どうしたマリアンヌ、あれほどリンド君と結婚したがっていたのはお前の方じゃないか。何か嫌なことがあったのか?お父様に話してみなさい」
……絶対に正直になど話すことはできない。
下手をすればシルビア公爵はリンドの命を奪い、二度もシルビア公爵を侮辱したカリーナを王妃とするアレックスに反旗を翻しかねない。
「それは……性格の不一致ですわ。いざ婚約してみたはいいものの、私たちって全く趣味も食事の好みも合わないんですの。やはり結婚するならそのようなところが同じ感覚のお方の方が良いのではと思いまして」
「あのカリーナという娘か? 」
一瞬にして部屋の空気が冷えわたる。
シルビア公爵の射るような厳しい目線を受けて、マリアンヌは居た堪れなくなり下を向いた。
「お父様には正直に話してごらん。あの娘が関係しているんだろう? やはり、厄介者が付いた男などと娘を婚約させるべきではなかった! 」
バン! っとシルビア公爵は机を叩く。
「お父様、カリーナ様は今回の件には全く関与していませんわ! 」
もちろんリンドはカリーナを追い求めて去ったのだが、カリーナがリンドを誘惑したわけではない。
あくまで全てはリンドの意志なのである。
「そんなことは関係ない。元はと言えば、あの娘のせいでルアナとアレックス様の婚約も頓挫した」
「お姉さまは、婚約が無くなってむしろお幸せになられたではありませんか! 」
姉ルアナは、アレックスとの婚約が白紙になったことで、かねてよりの想い人と結婚し幸せに暮らしている。
それを父も心から祝福していたはずなのだが。
「それとこれは話が別だ。たまたまシエナは幸せになれたからいいものを」
シルビア公爵は忌々しげにそう呟いた。
「あの男は、シークベルト公爵は今どこにいるんだ? すぐに呼び出すように伝えろ」
「お父様! 」
「あの男はシルビア公爵家を……お前を侮辱したんだぞ! 」
父の怒りは甚だしいものであった。
元から少し気性が荒い父ではあるが、ここまで怒りを露わにしているところは初めて目にした。
「……お父様、リンド様はもうお戻りにはなりません」
それでもマリアンヌは事実を淡々と告げた。
「何? それはどういうことだマリアンヌ」
「あのお方は、カリーナ様を追ってお城へ向かわれました」
マリアンヌは震える両手を体の前で組みながら、公爵を見つめて言う。
その瞬間シルビア公爵の目が大きく見開かれる。
「城へ向かっただと!? 馬鹿な、そんな事をしては不敬罪になるのではないか! 下手をすれば叙爵、または投獄されるかもしれん! 」
国王の婚約者であるカリーナをそそのかすということは、国王に反抗するということ。
王家への不敬罪となり得るのだ。
「アレックス様はリンド様とはお従兄弟同士。そのようなことにはならないと思います」
以前から仲が良く共に執務をおこなってきた優秀な男達が、たった一人の女性を巡って争うなど愚かな事である。
「さてどうだか。あの娘は一目でアレックス様を虜にしてしまったと言うではないか。実際あの娘と出会ってからルアナとの婚約を白紙に戻すまで、果たしてどれほどの期間があったであろう」
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