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本編
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しおりを挟むカリーナとアレックスが結婚式の支度に追われているまさにその時、リンドの姿はローランド辺境伯の領地にあった。
カリーナに拒絶され失意のうちに城を出た後、リンドは二度とシークベルト公爵家に戻るつもりはなかった。
元々捨てる覚悟でカリーナに会うために飛び出したのだ。
今更のこのこと戻ってきても、屋敷の者たちに面目が立たない。
たとえ自分がいなくなったとしても、残された公爵家の者たちが上手に切り盛りしてくれることだろう。
自分のしでかした事の責任は取らなければならない。
自分はただ公爵家の駒に過ぎなかったのだと思い知る。
公爵の座など愛する人を失う悲しみに比べたら、大して必要なものではなかったというのに。
失意のリンドがやってきたのは、ローランド辺境伯領であった。
元々今回カリーナの元を訪れる際に相談に乗ってもらい、何かあったら手助けするとも言われていた。
情けないかもしれないが、全てを失った今のリンドには、その言葉に甘えるしかなかった。
ローランド辺境伯邸のドアを叩くと、辺境伯は神妙そうな表情を浮かべてリンドを迎え入れてくれる。
客間に案内され、リンドはカリーナの心を得ることはできなかったと切り出した。
リンドが一人で辺境伯の元を訪れた時点で、ローランドにはこの結末がわかっていたようだ。
「彼女の元へ行くのが遅すぎたんです。彼女はもう、アレックスに守られて幸せになっていた。全ては俺の優柔不断な態度が招いた事」
「あなたはそれで良いのですか? 彼女のことを誰よりも先に愛していたのはあなただろうに」
ローランド辺境伯はリンドの様子を伺うように目線を上げて問う。
その真意はわからない。
「確かに俺はアレックスよりもずっと前から、カリーナの事を愛していました。でも彼女のことを突き放してしまった。もうこの時からこうなる事は決まっていたのかも知れません」
リンドはそう話すと、深く項垂れた。
あの自信に溢れた冷静沈着な男が、ここまで憔悴してしまうとは。
改めて恋愛が人間にもたらす影響の大きさを目の当たりにする。
「辺境伯様、あなたは初めてお会いした時から、俺の気持ちを見抜いておられた。あの時あなたが仰っていた事の意味が、ようやく今になってよくわかる」
「そういえば、そんなこともありましたな……。ただ一つ言わせてもらうと、あの時のカリーナ嬢のあなたへの想いは本物でした。その事は胸にしまっておいてほしいものです」
カリーナはリンドの事をずっと想ってくれていた。
その想いに気付かない振りをして、自分の思いにも蓋をして、誤魔化し続けてここまで来てしまった。
リンドに拒絶されたカリーナの気持ちは、いかばかりであっただろうか。
カリーナを散々振り回して傷付けた罰が、今自分の身に降りかかっているのかもしれない。
何も言えなくなってしまったリンドを見兼ねてか、辺境伯が再び口を開いた。
「……それで、あなたはこれからどうなさるおつもりですかな? カリーナ嬢は近々結婚式を挙げ、正式に王妃殿下となられます。あなたはシークベルト公爵の座に戻り、お側で国王夫妻をお支えする必要があるのでは? 」
彼の言う事は尤もであるが、リンドには未だその事実と日々向き合う気力は持ち合わせていなかった。
「……申し訳ありません。俺は器が小さい。カリーナがアレックスと共に笑っている姿を、今はまだ真っ直ぐ見る事ができないのです」
「それほどカリーナ嬢の事を本気で思われていたということでしょう」
「本気で思っていたところで、彼女の心が手に入らなければ、生きている価値もありません……」
話をしているうちにローランド辺境伯の前で涙を流しそうになり、グッと堪える。
「だから俺は一から人生をやり直したいのです。お願い致しますローランド辺境伯様、俺を……私を、あなたの元で働かせては頂けないでしょうか? 」
思わぬ要求に、ローランド辺境伯は瞬きを繰り返す。
「下働きでもなんでも構いません。何でもやる覚悟はできています」
「いや、リンド君……あなたにそのような事はできませんよ」
「私は本気です。ご迷惑をおかけしている事は重々承知ですが、あなたしかいないのです」
リンドは地面に頭がつくほど深々と土下座をした。
辺境伯はしばらく無言で考え込んだ後、思い切ったように口を開いた。
「では、こうしよう」
雇用を結ぶ上での契約書を出して、リンドにサインさせる。
「ありがとうございます。何とお礼を申し上げればよいか……」
「礼を言うのはまだ早いですぞ。しっかり、働いてもらいましょう」
ローランド辺境伯はニカっと笑った。
その笑みに釣られて、リンドもぎこちなく微笑み返す。
リンドはこうしてローランド辺境伯の元で人生を一からやり直す事にしたのである。
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