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本編
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しおりを挟むリンドが部屋を立ち去った後、無性にアレックスの顔が見たくなったカリーナは、メアリーを呼び出した。
思い詰めた顔で恐る恐る部屋へ入ってきたメアリーは、カリーナの顔を見るなりワッと泣き出した。
「カリーナ様、どうか私をお許しください。どんな罰でもお受けします」
メアリーはリンドの入室を許してしまった事を気に病んでいた。
せっかくリンドへの気持ちに踏ん切りをつけたと言うのに、これを機にカリーナの憂いが戻ってきてしまったら、アレックスにも申し訳が立たない。
メアリーはアレックスの事をカリーナ任せるに足る人物であると深く信頼していた。
カリーナと苦楽を共にし、どのような時もそばで見守り続けたアレックスには、感謝しかないのだ。
それだけに、今回の失態はメアリーにとって許されざる物であった。
「メアリー……あなたのせいではないわ。遅かれ早かれこうなってしまっていたと思うの」
「……ですがっ……」
「私、お断りしたわ」
「……え? 」
メアリーはてっきりカリーナがリンドの思いに絆されてしまったと思い込んでいるようだ。
カリーナの思いがけない言葉に、口をぽかんと開けて目を白黒させている。
「リンド様の元へは行かないと、お断りしたの。私が今心から信頼してお慕いしているのは、アレックス様だけということに気付いたのよ」
「カリーナ様……それは、本当なのですか? 」
メアリーは感極まったかのように目に涙を溜め、両手で顔を押さえている。
「もちろん本当よ。私、今までずっとリンド様への想いに縛られていると思っていたの。でも、あのお方に一緒に来て欲しいと言われた時に、すぐに返事ができない自分に気づいたわ。いつのまにか、リンド様への気持ちは冷めかけていたみたいね」
「カリーナ様……ようございました」
ぐすぐすと泣く長年の専属メイドを、カリーナは背中をさすって慰めるのであった。
「あの時のリンド様の様子を思い出すと、胸が苦しくはなるのだけれど……」
苦しそうな表情を浮かべて部屋を後にしたリンドの姿が目に浮かび、カリーナの心に暗い影を落としそうになるが、その影を振り払う。
これで良かったのだ、と自分に言い聞かせて心を落ち着かせる。
「リンド様ご自身のことも、時間がきっと解決してくださいますわ」
今度はメアリーがカリーナを支える様に励ます。
「それでね、メアリー。アレックス様にお会いしたくなってしまったんだけど、彼は今どこにいるかわかる? 」
ここ最近アレックスは結婚式の手続きや執務に追われてほとんど顔を合わせることがなかった。
ただ今は無性にアレックスの優しい笑顔が見たい。
「それが……」
すると、先ほどまでにこやかに微笑んでいたメアリーの顔が少し強張り、恐る恐る……と言った感じでこう告げた。
「今はしばらくカリーナ様にはお会いしないつもりだと伝言を頂いております。お部屋にもお通ししてはならないとの事でして……」
「……え? それはどういう……」
青天の霹靂であった。
自分はアレックスに嫌われる様な事を何かしでかしたのか。
必死に記憶を辿るが、思い当たる節はない。
何より、あのアレックスがカリーナを遠ざける様な真似をすること自体が初めてだ。
「恐らく……恐らく、なのですが、どうやらアレックス様はリンド様から贈られましたルビーの首飾りを見つけてしまわれたのかと……」
おずおずとそう告げたメアリーは、困惑の表情を浮かべた。
「ルビーの首飾りですって? 」
リンドからもらいシークベルト公爵家から持ち込んだルビーの首飾りは、城へ来てからと言うものずっと自室の宝箱に仕舞い込んでいたが、それも先日の手紙でリンドに返却している。
「はい……」
「あの首飾りは、手紙と一緒にリンド様にお返ししたはずよ」
アレックスが目にする機会など無いはずなのだが。
「実は、以前アレックス様はどうやら一度カリーナ様のお部屋に入ったことがあるようなのです……その時に、首飾りを目にしたのではないかと……」
閉じていたはずの宝箱が少し開いていたのだ、とメアリーは教えてくれた。
部屋付きのメイドが、アレックスがカリーナの部屋から戸惑いながら出てきたところを目撃したようである。
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