34 / 65
本編
34
しおりを挟む「リンド様……? 」
力なく項垂れたままのリンドに、返事を促すようにカリーナは声をかけた。
「それがカリーナの答え……なんだな? 」
ようやく掠れた声で途切れ途切れに答えるリンド。
まさかここまではっきりと断られるとは思っていなかったのだろう。
僅かな望みを手に王城までやってきたリンドの願望は打ち砕かれてしまった。
「はい……私はアレックス様と生涯を共にします」
「今、俺がもしお前を無理矢理自分の物にしたらどうする? 」
王家に嫁ぐためには純潔が求められるというのは周知の通りだ。
今ここでリンドに無理矢理想いを遂げられてしまったら、カリーナはアレックスの妻となる事はできない。
リンドは貫くような鋭い視線をカリーナに向けた。
しかしカリーナは怯まなかった。
逆にリンドの目を真っ直ぐ見据えてこう言った。
「リンド様はそのようなことはなさらないお方だと思っています」
シークベルト公爵家でリンドの人柄を目にしてきたので、カリーナにはわかる。
リンドがカリーナを汚すような真似はしないと。
見た目では分かりづらいが、彼はそのような事をする人ではないと、カリーナ自身が一番よくわかっていた。
「……っ……」
その瞬間、リンドが顔をくしゃりと歪めて涙を流した。
必死に泣くのを堪えているのか、口元に手をやり嗚咽を抑えている。
「俺は君無しで、どうやって生きていけば……」
リンドは叫ぶように告げた。
カリーナが生き甲斐であった。
ようやくそのことに気付いたというのに、全ては遅すぎたと言うことなのか。
自らの過ちが悔やまれる。
「……時が必ず解決してくれます。私がそうであったように」
「お前がいない人生など、生きる価値もない……」
「逃げないでくださいませ、リンド様。私もあなた様に拒絶された時、お手紙を頂いた時、いっそのこと死んでしまいたいとまで思いました。でも乗り越えました」
アレックス様が支えてくださったからではありますが……とカリーナはぽつりと付け加えた。
「私も苦しみました。今度はあなたが苦しむ番です」
「……っ……」
リンドはより一層表情を歪め、言葉も出ない様子だ。
「ですが。必ずいつか救われます。苦しみは終わります。その時まで耐えてくださいませ」
リンドは俯きしばらく放心状態で立ち尽くしていたが、やがて顔を上げた。
その顔は憔悴しきった様子で、かつてのシークベルト公爵の威厳はない。
「最後にもう一度だけ聞かせてくれ。カリーナ、お前は本当にもう二度と俺の元へは戻ってこないんだな……? 」
最後の悪あがきとでも言うのだろうか。
一筋の光を見出すようなリンドの姿に、カリーナの胸がチクリと痛む。
一度は本気で愛した愛しい人だ。
彼のためなら死ねるとさえ思っていた。
彼と共に歩む未来を想像していたというのに。
時はある意味残酷だ。
だがカリーナは、ここでしっかりとリンドを突き放さなければならないとわかっていた。
リンドもカリーナへの想いに決別する必要があるのだ。
カリーナがしっかりと突き放してあげなければ、リンドも先へ進むことができない。
「……はい。私がリンド様の元へ戻る日は二度と来ないと思ってください」
カリーナがそう告げると、リンドはぎこちなく笑った。
「そうか……。そこまではっきりと断られるとは思っていなかった。もう俺にチャンスはないのだな」
そう言ってゆっくり後ろを振り返り、ドアの方へと歩いていく。
「リンド様っ……」
カリーナがリンドを呼び止めると、リンドは振り返らず前を向いたまま、足を止めた。
「なんだ」
「今までありがとうございました。お元気で」
「……ふっ……アレックスと幸せにな」
自嘲気味に笑ってそう言うと、リンドはそのまま部屋を出て行った。
部屋に一人残されたルーシーは、ようやく初恋を手放すことができたと感じていた。
これまで心のどこかに常にリンドへの想い残しがあったような気がしていたが、今はそれもない。
それもこれも、アレックスへの想いに気付いたからなのだろうか。
カリーナは無性にアレックスに会いたくなった。
14
お気に入りに追加
1,414
あなたにおすすめの小説
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
【完結済】ラーレの初恋
こゆき
恋愛
元気なアラサーだった私は、大好きな中世ヨーロッパ風乙女ゲームの世界に転生していた!
死因のせいで顔に大きな火傷跡のような痣があるけど、推しが愛してくれるから問題なし!
けれど、待ちに待った誕生日のその日、なんだかみんなの様子がおかしくて──?
転生した少女、ラーレの初恋をめぐるストーリー。
他サイトにも掲載しております。
釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません
しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。
曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。
ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。
対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。
そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。
おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。
「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」
時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。
ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。
ゆっくり更新予定です(*´ω`*)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
私のことは気にせずどうぞ勝手にやっていてください
みゅー
恋愛
異世界へ転生したと気づいた主人公。だが、自分は登場人物でもなく、王太子殿下が見初めたのは自分の侍女だった。
自分には好きな人がいるので気にしていなかったが、その相手が実は王太子殿下だと気づく。
主人公は開きなおって、勝手にやって下さいと思いなおすが………
切ない話を書きたくて書きました。
ハッピーエンドです。
好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜
ぐう
恋愛
アンジェラ編
幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど…
彼が選んだのは噂の王女様だった。
初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか…
ミラ編
婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか…
ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。
小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。
お飾り王妃の愛と献身
石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。
けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。
ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。
国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる