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本編

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 カリーナが床に伏せる様になってから、しばらく経ったある日のこと。
 特に体調が悪いわけでも無いのにやる気が出ず、食欲も湧かず、起き上がる気力も湧かない。
 一日中天井を見上げて過ごしていた。

 「カリーナ様、よろしいですか? 」

 「メアリー」

 控えめなノック音の後に続いて、メアリーがそっとドアを開ける。
 カリーナはドアの方に目をやり、ゆっくり上半身を起こした。
 久しぶりに起き上がったため軽い眩暈を感じる。

 「! カリーナ様、ごゆっくりで大丈夫ですわ。無理はなさらないでください」

 「いいえ大丈夫よ、心配かけてごめんなさいね。それにしても、どうかしたの? 」

 「実はカリーナ様宛てに、お手紙が届いております」

 心なしかメアリーの表情に戸惑いが見える。
 いつも自信たっぷりの彼女にしては珍しい。

 「まあ、それは珍しいわね。差出人はどなたかしら? 」

 カリーナに手紙など、滅多に無い事だ。
 以前リンドに連れられて参加した舞踏会で出会ったローランド辺境伯が、カリーナが王妃となるにあたっての後ろ盾となることが決まった。
 それ以来辺境伯とは季節の折に手紙のやり取りをしているが、それだけである。

 「それが……差出人が書いていないのです。カリーナ様にお渡しする様にと、下僕の男に庭で頼まれました」

 「まあ……とりあえず封を開けて読んでみましょうか。話はそれからだわ」

 カリーナは久方ぶりに起き上がり、手すりを掴んでふらつく体を支えながら、ベッドの横のソファへと腰掛ける。
 カリーナが落ち着いたのを確認してから、メアリーはそっと手紙を渡した。

 「くれぐれもお気をつけください」

 手紙の中に何かが仕掛けられている可能性も無くはない。
 国王の寵愛を独り占めにするカリーナに対する反応は良いものばかりではないのだ。

 カリーナは慎重にナイフで手紙の封を切り開く。
 中には特に危険な物は入っておらず、ただ1通の便箋が入っているだけであった。
 カリーナはゆっくりと折り畳まれた便箋を広げる。
 そして最初の文字が目に入った途端、カリーナの息が止まった。

 「リンド……様……」

 そこには、『親愛なるカリーナ嬢』という書き出しから始まる懐かしいリンドの筆跡が残されていた。

 『アレックスから体調を崩して寝込んでいると聞いた。見舞いに行けず、申し訳ない。あれから元気にしているか?こちらは変わらず、公爵家の皆も元気だ。アレックスを信じて、残りの人生を幸せに生きてほしい。私もシークベルトの為に身を捧げる覚悟で生きて行く。そなたの幸せを祈っている』

 リンド・シークベルトと文末に記された名前が涙で霞む。

 「リンド様……一目でいいから、お会いしたかった」

 手紙を読み終えたカリーナの目からは堪えきれなかった涙が溢れる。
 手紙が涙で濡れないように、慌てて便箋をテーブルの上に置いた。
 リンドの手紙には、マリアンヌとの婚約の事こそ触れていなかったものの、自分は公爵家に身を捧げる覚悟だと書いてある。

 リンドなりの決別の手紙だとわかった。
 あの日シークベルトを発つ馬車の中で覚悟を決めて別れを告げたと言うのに、なぜ今さら傷口に塩を塗る様な真似をするのか。
 この期に及んで別れの言葉など聞きたくなかった。

 「ひどいわ、それならいっそのことお手紙などいらなかった……」

 リンドからの手紙はカリーナの気持ちを天上から地獄へと突き落とす、残酷なものであった。

 「カリーナ様、私のような者が差し出がましい事を申しますがお許しください」

 いつもカリーナの一歩後ろに下がって控えているメアリーが、珍しく前に進みながら頭を下げてこう言った。

 「シークベルト公爵様のことはもうお忘れください。私はカリーナ様がこれ以上傷付く姿を見たくはありません。公爵様のおっしゃる通り、国王陛下をご信頼して生きてくださいませ。国王陛下は信頼に足るお方。このメアリーは何があっても、いつまでもあなたをお支えします」

 メアリーはそう言ってカリーナの背中をそっとさすった。

 メアリーも公爵家から城へ入り、慣れない環境であるのに常にカリーナのためを思い働いてくれている。
 思えば、アレックスやメアリー、前国王夫妻など、多くの人々がカリーナを支えてくれていた。

 「私はこれまで、自分の事しか考えていなかったのかもしれないわね……」

 何があってもそばに居てくれるアレックスを裏切るように、リンドの事を考えては落ち込んでいた自分が恥ずかしい。

 「今度こそリンド様のことは忘れよう」

 これからは、自分を思ってくれている人々のために生きるのだ。
 カリーナはそう呟くと、リンドからの手紙を破り、暖炉へと投げ入れた。
 投げ入れられた便箋は灰となり、跡形も無くなったのだった。



「カリーナ、どこへ行ったのかと探していたぞ。ここにいたのか」

 アレックスがホッとした様子で駆け寄ってきた。
 城の中にある小さな庭園。
 ここはアレックスがカリーナのために作らせた庭園である。
 四季折々の花々が咲き乱れるこの庭園は、カリーナの最もお気に入りの場所だ。
 お妃教育で疲れた時などは、よく1人でここに立ち寄る。
 鳥のさえずりや季節の花々はカリーナの疲れた心を癒してくれた。

 「アレックス様。ドレス選びに疲れてしまって……。余りに多いんですもの。少しこちらで休憩をとろうかと」

 「確かにあのドレスの量は尋常ではなかったな。メアリーの執念が伺える」

 アレックスが大量のドレスに囲まれるカリーナの様子を想像して笑いながらそう言うと、カリーナもつられて笑う。

 カリーナが城に来てからもうすぐで1年が経とうとしていた。

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