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本編
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ーー半刻後
屋敷へと帰る馬車の中で、リンドの表情には焦りが見えた。
「あいつと、アレックスと何を話した? 」
「私の名前を教えてほしいと。そして自分のことはアルと呼ぶようにとおっしゃりました。お名前はアレックス様というのですね」
何をそんなに焦っているのだろうか。
2人きりでいたとはいえ、知られて困るような事は何もしていない。
それに、リンドと同じ高位貴族ならば、もしその後ご縁があるにしても、シークベルト家にとって有益ではないか。
「お前は名前を明かしたのか!? 」
リンドは極度の興奮状態にあるらしい。
「落ち着いてくださいませリンド様。ご安心ください。家名は明かしてはおりません。カリーナ、とただそれだけをお伝えしました」
「あいつは国王だぞ、カリーナ! バルサミア国王のアレックス・ウィザーだ! 」
リンドが何を言っているのか、一瞬カリーナにはわからなかった。
「国王様……ですか? 」
「そうだ、俺の従兄弟で国王のアレックスだ! 」
そうか。どこかで聞いたことのある名前。
リンドの講義で幾度となく聞いてきた名前ではないか。
なぜ気づくことができなかったのか……。
「あのお方が、国王様……」
素敵な方だった。
優しそうで、明るくて。
短時間ではあったが、悲しみを忘れさせてくれた。
「あいつは絶対にカリーナを手に入れる。俺はどうしたらいいんだ、カリーナ……」
リンドはそう言うと頭を抱えて俯き、屋敷に到着するまで一言も発することはなかった。
リンドが一体何に怯えて焦りを感じているのか、わからないカリーナであった。
舞踏会が終わり屋敷へ戻ってから、リンドは自室に引きこもり1度も姿を現していない。
机の上で頭を抱えたまま数時間が経過していた。
アレックスにカリーナの姿を見られた。
幼い頃からずっと一緒に成長してきたんだ。
あいつの女の好みなんてわかってる。
カリーナはアレックスにとって理想の女性像そのままだ。
だからこれまであいつにカリーナを紹介してこなかったのだ。
いや、正確には心のどこかで紹介したく無い、彼女を取られたくないという気持ちがあったのだ。
あいつも俺と同じで、家柄や見た目ですり寄ってくる貴族令嬢達には嫌気がさしていた。
カリーナのように、あれほどの美貌を持っているのにそれをひけらかさず、慎ましい性格は彼にとって魅力的であっただろう。
そして何よりあの時のアレックスの目……!
あの目は本気だった。
国王と敗戦国の侯爵の娘など身分が釣り合うはずもない。
もちろんそんなことはアレックス自身もわかっているだろう。
ただ、あいつにとってそのような事は大したことでは無いのだ。
これまでも実力で他貴族達を封じ込め、国王として君臨してきた。
あいつは昔からそうだ。
カリーナを手に入れるためなら、身分の差など大した障害にはならないと思っている。
そして実際に行動で示すだろう。
カリーナは家名を明かしてはいないと言っていたが、勘のいいあいつのことだ。
すぐに、俺が話していた奴隷の娘だということに気付くだろう。
その時俺はどうする?
カリーナをアレックスに引き渡すのか?
リンドの心の中に黒い霧のようなものが広がっていく。
……カリーナがあいつのものに?
あの瞳、唇、髪の毛も、柔らかな膨らみも、カリーナの全てをあいつが奪うというのか?
悔しいことに、国王アレックスの瞳の色はリンドと同じエメラルド色。
すなわちカリーナとも同じ色ということになる。
これが意味することは、カリーナとアレックスの相性も良いということなのである。
なぜよりによってあいつなんだ。
他の貴族ならば、割り切ることができただろう。
しかし幼い頃からライバルとして見ていた従兄弟に奪われることは気に入らない。
これがカリーナへの想いからなのか、アレックスへの対抗心なのかわからない。
「俺は何がしたいんだ」
ローランド辺境伯に言われたことを思い出す。
彼はリンドの未熟さを見抜いていた。
リンドには、アレックスのように家名が汚れるのを厭わず、カリーナを娶る度胸はないのだ。
ようやく認められた公爵としての力を失うのが怖い。
カリーナのことは嫌いではない。
いや、むしろ好きなのであろう。
だからこそ高位貴族に引き取らせ、幸せな余生を送ってもらうつもりだった。
自分の力では幸せにすることはできないとわかっているからである。
それならばなぜ手を出したのか、と言われるとこではあるが……
「手を出したところで、結局のところ最後まで押し進めることができない俺は弱い男だ」
屋敷へと帰る馬車の中で、リンドの表情には焦りが見えた。
「あいつと、アレックスと何を話した? 」
「私の名前を教えてほしいと。そして自分のことはアルと呼ぶようにとおっしゃりました。お名前はアレックス様というのですね」
何をそんなに焦っているのだろうか。
2人きりでいたとはいえ、知られて困るような事は何もしていない。
それに、リンドと同じ高位貴族ならば、もしその後ご縁があるにしても、シークベルト家にとって有益ではないか。
「お前は名前を明かしたのか!? 」
リンドは極度の興奮状態にあるらしい。
「落ち着いてくださいませリンド様。ご安心ください。家名は明かしてはおりません。カリーナ、とただそれだけをお伝えしました」
「あいつは国王だぞ、カリーナ! バルサミア国王のアレックス・ウィザーだ! 」
リンドが何を言っているのか、一瞬カリーナにはわからなかった。
「国王様……ですか? 」
「そうだ、俺の従兄弟で国王のアレックスだ! 」
そうか。どこかで聞いたことのある名前。
リンドの講義で幾度となく聞いてきた名前ではないか。
なぜ気づくことができなかったのか……。
「あのお方が、国王様……」
素敵な方だった。
優しそうで、明るくて。
短時間ではあったが、悲しみを忘れさせてくれた。
「あいつは絶対にカリーナを手に入れる。俺はどうしたらいいんだ、カリーナ……」
リンドはそう言うと頭を抱えて俯き、屋敷に到着するまで一言も発することはなかった。
リンドが一体何に怯えて焦りを感じているのか、わからないカリーナであった。
舞踏会が終わり屋敷へ戻ってから、リンドは自室に引きこもり1度も姿を現していない。
机の上で頭を抱えたまま数時間が経過していた。
アレックスにカリーナの姿を見られた。
幼い頃からずっと一緒に成長してきたんだ。
あいつの女の好みなんてわかってる。
カリーナはアレックスにとって理想の女性像そのままだ。
だからこれまであいつにカリーナを紹介してこなかったのだ。
いや、正確には心のどこかで紹介したく無い、彼女を取られたくないという気持ちがあったのだ。
あいつも俺と同じで、家柄や見た目ですり寄ってくる貴族令嬢達には嫌気がさしていた。
カリーナのように、あれほどの美貌を持っているのにそれをひけらかさず、慎ましい性格は彼にとって魅力的であっただろう。
そして何よりあの時のアレックスの目……!
あの目は本気だった。
国王と敗戦国の侯爵の娘など身分が釣り合うはずもない。
もちろんそんなことはアレックス自身もわかっているだろう。
ただ、あいつにとってそのような事は大したことでは無いのだ。
これまでも実力で他貴族達を封じ込め、国王として君臨してきた。
あいつは昔からそうだ。
カリーナを手に入れるためなら、身分の差など大した障害にはならないと思っている。
そして実際に行動で示すだろう。
カリーナは家名を明かしてはいないと言っていたが、勘のいいあいつのことだ。
すぐに、俺が話していた奴隷の娘だということに気付くだろう。
その時俺はどうする?
カリーナをアレックスに引き渡すのか?
リンドの心の中に黒い霧のようなものが広がっていく。
……カリーナがあいつのものに?
あの瞳、唇、髪の毛も、柔らかな膨らみも、カリーナの全てをあいつが奪うというのか?
悔しいことに、国王アレックスの瞳の色はリンドと同じエメラルド色。
すなわちカリーナとも同じ色ということになる。
これが意味することは、カリーナとアレックスの相性も良いということなのである。
なぜよりによってあいつなんだ。
他の貴族ならば、割り切ることができただろう。
しかし幼い頃からライバルとして見ていた従兄弟に奪われることは気に入らない。
これがカリーナへの想いからなのか、アレックスへの対抗心なのかわからない。
「俺は何がしたいんだ」
ローランド辺境伯に言われたことを思い出す。
彼はリンドの未熟さを見抜いていた。
リンドには、アレックスのように家名が汚れるのを厭わず、カリーナを娶る度胸はないのだ。
ようやく認められた公爵としての力を失うのが怖い。
カリーナのことは嫌いではない。
いや、むしろ好きなのであろう。
だからこそ高位貴族に引き取らせ、幸せな余生を送ってもらうつもりだった。
自分の力では幸せにすることはできないとわかっているからである。
それならばなぜ手を出したのか、と言われるとこではあるが……
「手を出したところで、結局のところ最後まで押し進めることができない俺は弱い男だ」
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