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本編
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「伝え忘れていたが、カリーナには近々私と共に舞踏会へ参加してもらう。次に開かれる舞踏会にはバルサミア中から多くの貴族が参加するようだからな。お前の結婚相手を見繕うのに丁度良いだろう」
唐突にリンドがこのようなことを言い出したのは、いつもの様に講義を終えた昼下がりのことであった。
「舞踏会……ですか? 」
「ああ、以前そう伝えだろう。いずれそのような場に参加すると。今回の舞踏会はシルビア公爵家で開催されるものだ。シルビア公爵家は以前話した通り、バルサミアの中でも大きな力を持つ有力貴族だ。近づいておいて損はない」
シルビア公爵家といえば、国王アレックスの婚約者候補であるルアナの生家ということか。
と、ここでカリーナはある事が心配になった。
「あの……私は舞踏会に行くための支度は何も揃えておりませんが……」
おずおずとリンドに尋ねる。
今はこうして特別待遇を受けているが、元はと言えば着の身着のまま保護された敗戦国の娘である。
あいにく舞踏会に参加できるようなドレスは持ち合わせていない。
「なんだ、心配しているのはそんなことか? それならばこちらで過不足なく用意するので案ずるな。それから、今日よりカリーナ付けの侍女を付けることにした。紹介しよう、ここに控えているのはメアリーだ。彼女の腕前は私のお墨付きだ」
カリーナの憂いに対して、大した事はないといったように呆れた表情を浮かべた後、リンドはカリーナ付きの侍女であるという一人の女性を紹介してくれた。
侍女に侍女をつけるというのも変な話ではあるが、もうリンドの中でカリーナは侍女ではないらしい。
「初めてましてカリーナ様。以後お見知り置きを」
メアリーはカリーナに深々と頭を下げて礼を取った。
そんなメアリーの姿にカリーナは戸惑いを隠せない。
「メアリー様、元々は私もあなたと同じ侍女です。そのようなご挨拶はなくてよろしいのに」
カリーナの言葉にメアリーは少し顔を上げておや、という表情をしたが、すぐにニッコリと嬉しそうに微笑んだ。
「いえ、そのようなわけには参りません。公爵様より命を受けております故。それにしても本当にお美しい。アルハンブラにいた際は侯爵令嬢だったとも、お聞きしております。ぜひ私にお任せくださいませ。本日は腕慣らしとしまして、カリーナ様をとっておきのレディにして差し上げましょう」
その言葉通り、メアリーの手腕は確かだった。
香油を垂らした湯に全身を浸からせて、スポンジで磨かれると全身艶やかになり、華やかな香りを纏うようになった。
元々白かった肌はより一層輝きを放ち始め、しっとりと吸い付くような質感となる。
腰の長さまであるカリーナの黒髪には同じく髪用に作らせた香油を。
馨しい香りがカリーナの女性としての色香を開花させる。
ツヤが生まれサラサラになった髪は、メアリーによって太く編まれ、頭の上の方でまとめられる。
ドレスは普段の制服とは大違いの、カリーナの瞳の色が引き立つエメラルド色の生地でできていた。
いやらしくない程度に胸元と肩口が開いたデザインで、細身のシルエットがカリーナのスタイルの良さを引き立てる。
細身なのに肉付きの良い胸元は、見る男性を一目で虜にするだろう。
「さあ、仕上げでございますよ。」
メアリーはそういうと、カリーナの顔にパタパタと粉をはたく。
丁寧に目周りにアイラインを引き、血色の悪かった唇には真っ赤な紅をさした。
「いかがですか?まあ、本当にお美しい。蝶が羽ばたいていくかのような華やかさですわね。これは公爵様も満足されると思いますわ。ご覧になってくださいませ」
そう言ってメアリーは満足気に頷くと、カリーナを鏡の前に座らせた。
「……まあ、これが私? まるで別人みたい」
カリーナはほうっとため息を漏らす。
鏡越しに見る自分は余りにも別人であった。
そこにいたのはまさに絶世の美女とでも言うべきであろうか。
艶やかな黒髪に唇の紅がよく映えており、華美な装飾品は必要無かった。
シークベルト公爵家に引き取られてからの五年と言う歳月は、カリーナも気付かぬうちに彼女を大人の女性に成長させる、十分な期間であったのだ。
「このままここでお待ちくださいませ。公爵様がお戻り次第、こちらにいらっしゃいます」
支度を一通り終えると、メアリーはそう言って退出して行った。
一人残されたカリーナは、そわそわと気持ちが落ち着かない。
(リンド様はこの姿を見てなんと仰るかしら……)
果たしてこの姿を目にしたリンドはどのような反応をするだろうか。
少しは誉めてくれるのだろうか、それともいつもと変わらず冷静沈着な態度を貫くのだろうか。
たとえ一瞬でもリンドに一人の女性として見てもらいたい。
少しでも良いからリンドの記憶に残りたい。
カリーナはそんな微かな期待を胸に抱いて、リンドが来るのを待っていた。
唐突にリンドがこのようなことを言い出したのは、いつもの様に講義を終えた昼下がりのことであった。
「舞踏会……ですか? 」
「ああ、以前そう伝えだろう。いずれそのような場に参加すると。今回の舞踏会はシルビア公爵家で開催されるものだ。シルビア公爵家は以前話した通り、バルサミアの中でも大きな力を持つ有力貴族だ。近づいておいて損はない」
シルビア公爵家といえば、国王アレックスの婚約者候補であるルアナの生家ということか。
と、ここでカリーナはある事が心配になった。
「あの……私は舞踏会に行くための支度は何も揃えておりませんが……」
おずおずとリンドに尋ねる。
今はこうして特別待遇を受けているが、元はと言えば着の身着のまま保護された敗戦国の娘である。
あいにく舞踏会に参加できるようなドレスは持ち合わせていない。
「なんだ、心配しているのはそんなことか? それならばこちらで過不足なく用意するので案ずるな。それから、今日よりカリーナ付けの侍女を付けることにした。紹介しよう、ここに控えているのはメアリーだ。彼女の腕前は私のお墨付きだ」
カリーナの憂いに対して、大した事はないといったように呆れた表情を浮かべた後、リンドはカリーナ付きの侍女であるという一人の女性を紹介してくれた。
侍女に侍女をつけるというのも変な話ではあるが、もうリンドの中でカリーナは侍女ではないらしい。
「初めてましてカリーナ様。以後お見知り置きを」
メアリーはカリーナに深々と頭を下げて礼を取った。
そんなメアリーの姿にカリーナは戸惑いを隠せない。
「メアリー様、元々は私もあなたと同じ侍女です。そのようなご挨拶はなくてよろしいのに」
カリーナの言葉にメアリーは少し顔を上げておや、という表情をしたが、すぐにニッコリと嬉しそうに微笑んだ。
「いえ、そのようなわけには参りません。公爵様より命を受けております故。それにしても本当にお美しい。アルハンブラにいた際は侯爵令嬢だったとも、お聞きしております。ぜひ私にお任せくださいませ。本日は腕慣らしとしまして、カリーナ様をとっておきのレディにして差し上げましょう」
その言葉通り、メアリーの手腕は確かだった。
香油を垂らした湯に全身を浸からせて、スポンジで磨かれると全身艶やかになり、華やかな香りを纏うようになった。
元々白かった肌はより一層輝きを放ち始め、しっとりと吸い付くような質感となる。
腰の長さまであるカリーナの黒髪には同じく髪用に作らせた香油を。
馨しい香りがカリーナの女性としての色香を開花させる。
ツヤが生まれサラサラになった髪は、メアリーによって太く編まれ、頭の上の方でまとめられる。
ドレスは普段の制服とは大違いの、カリーナの瞳の色が引き立つエメラルド色の生地でできていた。
いやらしくない程度に胸元と肩口が開いたデザインで、細身のシルエットがカリーナのスタイルの良さを引き立てる。
細身なのに肉付きの良い胸元は、見る男性を一目で虜にするだろう。
「さあ、仕上げでございますよ。」
メアリーはそういうと、カリーナの顔にパタパタと粉をはたく。
丁寧に目周りにアイラインを引き、血色の悪かった唇には真っ赤な紅をさした。
「いかがですか?まあ、本当にお美しい。蝶が羽ばたいていくかのような華やかさですわね。これは公爵様も満足されると思いますわ。ご覧になってくださいませ」
そう言ってメアリーは満足気に頷くと、カリーナを鏡の前に座らせた。
「……まあ、これが私? まるで別人みたい」
カリーナはほうっとため息を漏らす。
鏡越しに見る自分は余りにも別人であった。
そこにいたのはまさに絶世の美女とでも言うべきであろうか。
艶やかな黒髪に唇の紅がよく映えており、華美な装飾品は必要無かった。
シークベルト公爵家に引き取られてからの五年と言う歳月は、カリーナも気付かぬうちに彼女を大人の女性に成長させる、十分な期間であったのだ。
「このままここでお待ちくださいませ。公爵様がお戻り次第、こちらにいらっしゃいます」
支度を一通り終えると、メアリーはそう言って退出して行った。
一人残されたカリーナは、そわそわと気持ちが落ち着かない。
(リンド様はこの姿を見てなんと仰るかしら……)
果たしてこの姿を目にしたリンドはどのような反応をするだろうか。
少しは誉めてくれるのだろうか、それともいつもと変わらず冷静沈着な態度を貫くのだろうか。
たとえ一瞬でもリンドに一人の女性として見てもらいたい。
少しでも良いからリンドの記憶に残りたい。
カリーナはそんな微かな期待を胸に抱いて、リンドが来るのを待っていた。
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