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彼と私の八年間 15

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 ようやく俊は抱きしめていた私の体を離した。
 これまで見ることのできなかった互いの表情が初めて明らかになる。

 やはり俊は泣いていた。

「俊、泣いてばっかり。付き合ってた時は俊が泣いた顔なんて見たことなかった」
「……ごめん」
「別に謝る必要なんてないけど」
「なぁ葵。お前の気持ちが伴わなくても、俺頑張るから。もう少しだけでいい、俺に時間をくれないか……」

 苦しげな表情を浮かべながらも、俊は真っ直ぐに私の目を見つめてそう告げた。
 私はそんな彼の表情をぼうっと見つめながら、これまでのことを思い返していた。

 水族館に行った初めてのデート、夜の公園でのキス。
 俊のサッカーの試合を応援に行ったこと。
 私が大学のことで悩んでいた時、新幹線に飛び乗って駆けつけてくれたこと。

 ふと視線を横にずらすと、とあるものが目に入った。

「俊、あれ……」

 俊は私の視線の先にあるものにすぐ気づいたようで、さっと立ち上がると目的のものを手に取って戻ってくる。

「……なんでこんなもの……」

 俊の手には写真立てが。
 そしてそこには高校の制服を着て笑い合う私と俊の姿があった。

「この前部屋の片付けしてたら出てきたんだ。俺、このときの葵の表情が好きで……」

 今よりも垢抜けていない私と、幼さの残る俊。
 写真に映る二人の間には、何のしがらみもなかった。
 再び目の奥がツンとし始めて、視界がぼやけていく。

「私、すごい地味」

 そんなことが言いたいわけではないのに、なぜか言葉が浮かんでこない。

「なんで? 俺にはすげー可愛く見えるよ。俺葵の笑った顔が好きなんだ」
「この頃の私たちになんか、もう戻れないっ……」

 涙が溢れ出て、嗚咽でうまく息継ぎができなくなる。

「葵に辛い顔ばかりさせてごめん。お前が出ていった後、あんなふうに葵が笑う顔を見てないなって気付いた。俺のせいだ。あんなにいつも楽しそうに笑ってたお前が……」
「私もう俊の前であの頃みたいに笑えるかわからない。何言われても、俊のこと信じられないっ……」
「わかってる。何年も葵を傷つけておいて、すぐ許されるとも戻れるとも思ってない」

 俊の手が私の顔に添えられ、そっと指で涙を拭われる。

「俺頑張るから。ずっと待ってるから……」



 数日後、私は俊との二度目の同棲を解消した。
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