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 「ゴホンっ……入ってもいいかね」

 すっかり二人の世界に入っていたルーシーとカイルは、ドアの方から聞こえた気まずげな声に気付いて、慌てて体を離す。

 「いや、まあ仲がいいのは何よりなんだけどね……お父様は複雑だよルーシー……」

 開いたドアの近くに立っていたのは、カイルの父アルマニア公爵と、ルーシーの父であるシルク公爵ことマークであった。

 マークは未だに愛娘の恋を受け入れ難いらしく、ハンカチを握りしめて悲壮感漂う表情を浮かべている。

 父達はルーシーが横たわる寝台の近くまで歩いてきて、彼女の様子を確認した。

 「すっかり元気そうですな、ルーシー嬢。息子のカイルの命を救ってくれたこと、心より礼を申します」

 強面のアルマニア公爵に深々と頭を下げられて、ルーシーは戸惑う。

 「い、いえ、アルマニア公爵様こそ、色々と裏で助けていただいていたようで……」

 「いや、俺からも礼を言う。ルーシー、君のお陰で俺は命を失わずに済んだ。君は命の恩人だよ」

 カイルは真剣な面持ちでそう言い、ルーシーの手を握った。

 「お前は魔力の枯渇を起こしかけて、命の危機にあったのだ。治療院の皆に協力してもらい継続して魔力を補給して何とか助かった。カイル君の呪術に、ルーシーの口付けが思いの外功を成したらしくてな。父としては何とも言えない気持ちではあるが……」

 父が治療師達から聞いた話によると、二人でかけていた治癒魔法は体の表面から作用する魔法らしく、表に出ていた黒い斑点は薄くなるものの、体の中から湧き出る呪いの力には及ばなかったらしい。

 だから一時的に黒い斑点だけが薄くなり、時間が経つとまた元に戻ってしまっていたのだ。
 だがルーシーが口付けて魔力を送ったことにより、体の中にも治癒魔法の作用を届けることができたため、呪術が解けたのだとか。

 「まあ、ルーシー嬢の愛の力ではないかね」

 アルマニア公爵がニヤリと微笑んでいった。

 「どうかカイルをよろしく頼む。あやつは君無しではもう生きてはいけないようだからね」

 「ち、父上!! 」

 顔を真っ赤にしたカイルが勢いよく立ち上がる。

 「お前のそんな顔が見れるようになるとは。私はそれだけで嬉しいぞ」

 「ルーシー、お前はカイル君と共に生きる覚悟はあるのかい? 今後命の危険に晒される可能性だってある。お前はそれを乗り越えられるのか……? 」

 父マークは心配なのだ。
 これまでシルク公爵家で蝶よ花よと育てられた愛娘が、命を奪われるようなことになっては、と。

 「はい、私は大丈夫です。カイル様と一緒なら、どんなことでも乗り越えられる気がするのです」

 その瞬間、隣にいたカイルがホッとしたような表情を浮かべ、床にひざまづいた。

 「私も、ルーシー嬢を命懸けで守ります。シルク公爵、どうかルーシー嬢を私の妻とすることを許してください」

 「カイル様……」

 「今更私がどうこう言ったところで、素直に聞いてくれるような娘ではありません。カイル君、くれぐれもルーシーを頼みます」

 父はついに諦めたらしい。
 あの恐ろしいアルマニア公爵が隣にいて、今更拒否権など彼になかったもの同然ではあるが。

 あとは若い二人だけにしてやりましょう、というアルマニア公爵の言葉により、マークと公爵が退室して部屋にはルーシーとカイルが残された。

 
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