上 下
24 / 38

24

しおりを挟む

 「……な、お前まさか! やめろ! 」

 「お前ほどの魔力を持つ男にただ死んでもらうのは惜しいとシーラ様が仰るのでな。お前如きをそこまでシーラ様が買い被るのに納得が行かないが、仕方あるまい。ゆっくり苦しんでもらおう」

 男はニヤリと笑いながらそう言うと、かざした手のひらを広げて何やら呪文を唱え始める。

 「⭐︎※△⭐︎※△⭐︎※△……」

 「や、やめろっ!! 」

 呪術だ。
 呪文と共に手のひらから黒い靄が広がり、カイルを包み込もうとする。
 どことなく甘い香りのするその靄は、なんとも不気味だ。
 
 「くっ……クソ! 」

 持てる限りの攻撃魔法をぶつけるが、黒い靄は消失する事なく、むしろ魔力を吸収してカイルを取り込もうと、より一層の広がりを見せる。

 これがアトワールの伝統的な呪術だ。
 呪術には魔法と違って強い呪怨が込められるため、ちょっとやそっとの魔法では解術することができない。

 徐々に靄はカイルの攻撃魔法を圧倒し、その体を包み込み始めた。
 自分の意思に反して体中の力が抜けていくと共に、思考回路が低下していく。

 「っそんな……こんなところでやられるわけには……」

 頭に浮かぶのは愛する人の姿。

 「ルー……シー……」

 争いを終えたら必ず迎えにいくと約束した。
 ここでやられるわけにはいかないのだ。
 だが身体が思うように動かない。

 こんな事なら、もっと早く自分の思いを伝えて無理矢理駆け落ちでもすればよかった。
 自分もずっと彼女を愛していたのに。
 出会った時から惹かれていたというのに。
 想いが通じ合ってから別れまで、あまりに短すぎた。
 結局また彼女を傷つけてしまったのだ。

 そんなことをぼんやりと考えていたが、カイルは徐々に目を開けているのも辛くなり、遂にその意識を手放そうとした。

 ……と、その時だった。

 「そこまでだ、ルシアン! 」

 固く施錠されていたドアが一気に吹っ飛び、三人の男達が駆け寄ってきた。
 ドアは木っ端微塵に破壊されて残骸が部屋中に散らばる。
 突然の乱入により男の気が逸れ、呪術が中断されたことでカイルを取り巻く黒い靄は消失したが、そのままカイルは気を失ってしまう。

 「カイル! しっかりしろ! ああなんて事だ。貴様……私の息子をよくも」

 カイルに駆け寄り嘆き悲しむ男は、カイルの父であるアルマニア公爵その人だった。
 カイルの漆黒の髪と鋭い目つきは公爵譲りなのだろう。
 彼はアデール国一の魔力の持ち主だと噂されている。
 恐らくアルマニア公爵の攻撃魔法でドアを吹き飛ばしたらしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?

届かなかったので記憶を失くしてみました(完)

みかん畑
恋愛
婚約者に大事にされていなかったので記憶喪失のフリをしたら、婚約者がヘタレて溺愛され始めた話です。 2/27 完結

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

【完結】夫もメイドも嘘ばかり

横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。 サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。 そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。 夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。

処理中です...