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屋敷へ戻ってからも、ルーシーはずっとどこか上の空である。
「お嬢様? 先日の舞踏会で何かあったのですか? 」
ルナがルーシーの異変に気づき心配してくれているが、一人になりたいと自室に籠るようになった。
そしてクローゼットから取り出すのはカイルのジャケット。
少し香りが薄れてしまったのが残念だが、ルーシーは毎日のようにそのジャケットを抱きしめている。
「そうだわ、上着を返すのを忘れてしまった……」
だがルーシーは返したくなかった。
このジャケットを返してしまえば、ルーシーとカイルとを繋ぐものは何も無くなってしまう。
カイルとの関わりが断たれることは嫌だった。
「どうしましょう、私……カイル様の事が好きなんだわ」
絶対に好きになってはならない対立関係にある公爵家の令息。
ましてや自分は婚約者のある身だ。
ルーシーは初めての恋心を自覚するとともに、その叶わない想いに一人悩ましい日々を過ごすのだった。
ルーシーがカイルへの恋心を自覚しても、自らを取り巻く環境は何一つ変わらない。
ルーシーの婚約者はブライトのままであるし、カイルは王家と対立する立場だ。
カイルへの気持ちに気付いてからというもの、あれだけ楽観視していたブライトとの結婚についても思い直すようになってしまった。
「最近何かおかしくない? 」
もちろん幼馴染であるブライトにはすぐ気付かれてしまった。
今日は週に一度、彼がシルク邸を訪問する日なのだ。
「……そうかしら? ここのところ色々あったから、疲れているのかもしれないわ」
「そろそろ式に向けての支度も大詰めになる頃だろう。君がそんなんじゃ周りが困るよ」
「っそんなこと、貴方に言われなくてもわかっているわよ。貴方こそどうなの?婚約してからというもの、私に贈り物の一つもくれないじゃない。手紙だって素っ気ないし。恋人らしい雰囲気のかけらもないわ。そんなんで私たち夫婦になれるのかしら? 」
これは紛れもないルーシーの本音だった。
婚約が決まってから、ブライトが恋人のように振る舞ってくれていたら。
ルーシーがここまでカイルに惹かれる事はなかったかもしれないのに。
「気心知れた幼馴染で、もう既に国を挙げて喜ばれているような結婚のために、今更時間をかけて何かをする必要があるか? そんなことなら魔力の学習をした方がよほど有益だろう」
何を言っているのかわからない、と言ったような顔をしてブライトが反論する。
ルーシーはブライトとの間に決して埋まることのない溝がある事を痛感した。
それと同時に、今はもう彼の顔を見たくなかった。
これ以上同じ空間にいては、ブライトの事をひどく罵ってしまうかもしれない。
「……もう出て行ってちょうだい。しばらく顔を見たくないわ」
「一体どうしたんだよ、ルーシーらしくない。本当に今日はおかしいぞ? 」
「いいから、出て行って!! 」
初めて見せるルーシーの剣幕に圧倒されて、ブライトは何も言わずに部屋を出て行った。
もしかしたら愛想を尽かされてしまったかもしれない。
それでも良かった。
ブライトに嫌われて婚約が破棄になっても良いとさえ思うようになっていた。
「ルナ、私はブライトと結婚できないかもしれない……お父様とお母様のような夫婦になりたかったのに、これじゃあ無理だわ……」
ポロリ、と涙が頬を伝う。
「お嬢様……とりあえず落ち着きましょう。今温かいお茶を淹れますから」
ルナはそう言うと、素早く温かいお茶を用意しルーシーに勧めた。
紅茶から広がる香りと湯気が、ルーシーの尖った気持ちを落ち着かせる。
「……単刀直入に申しあげますが、お嬢様には他にどなたかお慕いしている方がおありなのですか? 」
ルナは鋭い。
幼いころよりルーシーのそばで仕えてきたため、彼女のほんの少しの変化にも目ざとく気が付くのであろう。
「……なぜ、そう思うの? 」
「ブライト様との婚約が決まったばかりの頃は、なんというか……全てが投げやりというか、適当と言いますか……。他人任せのように見えました。ですが例の舞踏会の日から、お嬢様の中にどなたかへの恋心が見え隠れしているように思います。お嬢様の瞳の中に、時折熱い炎が見えるようになった気がするのです」
「私はそんなに態度に出ていたかしら? 」
「いいえ。ずっとそばで控えている私だからこそ、気付くことが出来たのだと思います。そのクローゼットの隅にお隠しになっているジャケット。その持ち主の方こそ、お嬢様のお慕いしている方ではありませんか? 」
ルナには全てお見通しのようだ。
だがさすがの彼女も、ルーシーが思いを寄せる殿方がアルマニア公爵令息であるとは思ってもいないだろう。
「さすがは私の侍女ねルナ。実はそのジャケットは、アルマニア公爵家のカイル様の物なの。あの舞踏会の晩に私を暴漢から守って家まで送り届けてくれた人は彼よ」
「なんと……アルマニア公爵家のお方なのですね。あまりに唐突なお名前で、私頭が真っ白ですわ」
「そうよね、わかるわ。私も最初はそうだった。でもその後に参加した舞踏会でも、私を不届き者から守ってくださったわ。私達が思っているような方ではないのよ。何か王家との間で誤解が生まれているのではないかと思うの」
対立しているはずのシルク公爵家の娘を二度も助け親切にしてくれたカイルが、国王の言うような公私混同を行っているとは思えない。
「……それではお嬢様はそのカイル様の元へ嫁がれるのですか? 」
「まさか……そうなったらいいだろうなとは何度も考えたわ。でもできそうにないの。だけれどこのままブライトと結婚することもできないわ。とりあえず彼とは距離を置きたいの。しばらくの間、ブライトから面会の申込みがあってもお断りしてくれるかしら? 」
「かしこまりました」
ルーシーはブライトと距離を置くことで、その間に少し気持ちを整理しようと決めたのであった。
「お嬢様? 先日の舞踏会で何かあったのですか? 」
ルナがルーシーの異変に気づき心配してくれているが、一人になりたいと自室に籠るようになった。
そしてクローゼットから取り出すのはカイルのジャケット。
少し香りが薄れてしまったのが残念だが、ルーシーは毎日のようにそのジャケットを抱きしめている。
「そうだわ、上着を返すのを忘れてしまった……」
だがルーシーは返したくなかった。
このジャケットを返してしまえば、ルーシーとカイルとを繋ぐものは何も無くなってしまう。
カイルとの関わりが断たれることは嫌だった。
「どうしましょう、私……カイル様の事が好きなんだわ」
絶対に好きになってはならない対立関係にある公爵家の令息。
ましてや自分は婚約者のある身だ。
ルーシーは初めての恋心を自覚するとともに、その叶わない想いに一人悩ましい日々を過ごすのだった。
ルーシーがカイルへの恋心を自覚しても、自らを取り巻く環境は何一つ変わらない。
ルーシーの婚約者はブライトのままであるし、カイルは王家と対立する立場だ。
カイルへの気持ちに気付いてからというもの、あれだけ楽観視していたブライトとの結婚についても思い直すようになってしまった。
「最近何かおかしくない? 」
もちろん幼馴染であるブライトにはすぐ気付かれてしまった。
今日は週に一度、彼がシルク邸を訪問する日なのだ。
「……そうかしら? ここのところ色々あったから、疲れているのかもしれないわ」
「そろそろ式に向けての支度も大詰めになる頃だろう。君がそんなんじゃ周りが困るよ」
「っそんなこと、貴方に言われなくてもわかっているわよ。貴方こそどうなの?婚約してからというもの、私に贈り物の一つもくれないじゃない。手紙だって素っ気ないし。恋人らしい雰囲気のかけらもないわ。そんなんで私たち夫婦になれるのかしら? 」
これは紛れもないルーシーの本音だった。
婚約が決まってから、ブライトが恋人のように振る舞ってくれていたら。
ルーシーがここまでカイルに惹かれる事はなかったかもしれないのに。
「気心知れた幼馴染で、もう既に国を挙げて喜ばれているような結婚のために、今更時間をかけて何かをする必要があるか? そんなことなら魔力の学習をした方がよほど有益だろう」
何を言っているのかわからない、と言ったような顔をしてブライトが反論する。
ルーシーはブライトとの間に決して埋まることのない溝がある事を痛感した。
それと同時に、今はもう彼の顔を見たくなかった。
これ以上同じ空間にいては、ブライトの事をひどく罵ってしまうかもしれない。
「……もう出て行ってちょうだい。しばらく顔を見たくないわ」
「一体どうしたんだよ、ルーシーらしくない。本当に今日はおかしいぞ? 」
「いいから、出て行って!! 」
初めて見せるルーシーの剣幕に圧倒されて、ブライトは何も言わずに部屋を出て行った。
もしかしたら愛想を尽かされてしまったかもしれない。
それでも良かった。
ブライトに嫌われて婚約が破棄になっても良いとさえ思うようになっていた。
「ルナ、私はブライトと結婚できないかもしれない……お父様とお母様のような夫婦になりたかったのに、これじゃあ無理だわ……」
ポロリ、と涙が頬を伝う。
「お嬢様……とりあえず落ち着きましょう。今温かいお茶を淹れますから」
ルナはそう言うと、素早く温かいお茶を用意しルーシーに勧めた。
紅茶から広がる香りと湯気が、ルーシーの尖った気持ちを落ち着かせる。
「……単刀直入に申しあげますが、お嬢様には他にどなたかお慕いしている方がおありなのですか? 」
ルナは鋭い。
幼いころよりルーシーのそばで仕えてきたため、彼女のほんの少しの変化にも目ざとく気が付くのであろう。
「……なぜ、そう思うの? 」
「ブライト様との婚約が決まったばかりの頃は、なんというか……全てが投げやりというか、適当と言いますか……。他人任せのように見えました。ですが例の舞踏会の日から、お嬢様の中にどなたかへの恋心が見え隠れしているように思います。お嬢様の瞳の中に、時折熱い炎が見えるようになった気がするのです」
「私はそんなに態度に出ていたかしら? 」
「いいえ。ずっとそばで控えている私だからこそ、気付くことが出来たのだと思います。そのクローゼットの隅にお隠しになっているジャケット。その持ち主の方こそ、お嬢様のお慕いしている方ではありませんか? 」
ルナには全てお見通しのようだ。
だがさすがの彼女も、ルーシーが思いを寄せる殿方がアルマニア公爵令息であるとは思ってもいないだろう。
「さすがは私の侍女ねルナ。実はそのジャケットは、アルマニア公爵家のカイル様の物なの。あの舞踏会の晩に私を暴漢から守って家まで送り届けてくれた人は彼よ」
「なんと……アルマニア公爵家のお方なのですね。あまりに唐突なお名前で、私頭が真っ白ですわ」
「そうよね、わかるわ。私も最初はそうだった。でもその後に参加した舞踏会でも、私を不届き者から守ってくださったわ。私達が思っているような方ではないのよ。何か王家との間で誤解が生まれているのではないかと思うの」
対立しているはずのシルク公爵家の娘を二度も助け親切にしてくれたカイルが、国王の言うような公私混同を行っているとは思えない。
「……それではお嬢様はそのカイル様の元へ嫁がれるのですか? 」
「まさか……そうなったらいいだろうなとは何度も考えたわ。でもできそうにないの。だけれどこのままブライトと結婚することもできないわ。とりあえず彼とは距離を置きたいの。しばらくの間、ブライトから面会の申込みがあってもお断りしてくれるかしら? 」
「かしこまりました」
ルーシーはブライトと距離を置くことで、その間に少し気持ちを整理しようと決めたのであった。
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