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空気人間生きているのは
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「明日は私の誕生日ですの。皆さんをわが屋敷に招待しますわ」
「おー! あのでっかい家か。一度行ってみたかったんだよなぁ」
「あ、あのやっぱりドレス、着たほうがいいのかな?」
「いえ、好きな服装でよろしいですわ。皆様は私の友人ですもの。来てくれるだけで十分ですわ」
クラス一の愛され美女、円の周りはいつも賑やかだった。名は体を現す、彼女はまさに円の中心に相応しい人物だろう。
それに比べて、僕の回りには人っ子一人いない。どころか誰も僕を見ていない。目は何度も合っているのに僕にだけ招待状を渡そうとしない。無視されている――だけなら良かった。ただのぼっちならどれほど幸せだったことか。
僕はこのクラスに"存在"しないことになっている。彼女たちにとって僕は"いない者"。担任ですら、僕を"いない者"として扱っている。
名前を呼ばれない。プリントも配られない。このクラスに僕の居場所はない。存在意義を否定された僕に、はたしてここにいる意味はあるのだろうか?
ない。そんなものはない。僕なんていようがいまいが、彼女たちには何の影響も与えない。それでも僕は彼女を愛している。彼女のそばにいたい。ちっぽけな願いのために僕は学校にいる。
僕は彼女の家にいた。厳密に言えば、檻の中にいる。なぜ檻があるのか気になるところだが、どうやって出るかのほうが先決だ。
まさか僕を"いない者"として扱わない奴がいるとは思わなかった。見逃してくれたらいいものを。
おいしいものを食べたかった。たらふく食べたかった。セレブの料理を味わいたかった。"いない者"の僕ならもぐりこめたはずなのに。
「なんだお前、まだいたのか?」
警備員は驚いていた。お前が捕まえたくせに、何を驚く必要があるのか。
「なんで出ないんだ?」
何を言っているのだろうか? 出られないからここにいるというのに。
「鍵は閉めていないぞ」
なんですと? 僕は恐る恐る檻に触れた。音もなく、スーッと開いた。あまりにもあっけなく、扉は開いた。三時間もここにいたのに。
「気づいていなかったのか。バカだな」
呆れたように警備員は言う。そもそもお前が捕まえなければ、僕は無駄な時間は過ごさなかった。すべてお前のせいだ。
「何か言いたそうな目だな。言っておくが私は仕事をしただけだぞ。怪しい奴を捕まえるというな。お前がそこにいるのは自業自得だ」
悔しいが反論できない。今までは誰も僕を気にしていなかったから、わりとやりたい放題だった。授業中にうろうろしても文句を言われない。教壇の上に立って踊っても怒られない。床を這いずり回って、スカートを覗いても騒がれない。
……あれ、もしかして誰も僕に関わりたくないだけなんじゃ。これまで考えもしなかった可能性に頭を抱えた。
「おい、さっさと出ろ。お前がどかないと寝れないだろ」
寝る。寝ると言ったか。檻の中を見渡すと、一台のベッドが置いてある。よく見ると冷蔵庫やタンスもあった。やたらと生活感のある牢獄だった。
「ははっ、もしかして、お前の部屋?」
「ご名答」
警備員は僕を押しのけ、檻の中に入った。
「ひゃっほい」
「どうした急に?」
僕は床をのた打ち回った。それはもう盛大にのた打ち回った。引いた目で見ているが気にしない。
この牢獄は警備員の部屋。僕は三時間も女子の部屋にいた。女子の部屋にだ。健全な男子なら興奮する。しかも大人の女性の部屋。これはもう堪りませんな。
「ぐへへへへ」
「気持ち悪い」
酷いことを言われたが、気にならない。だって女子の部屋にいるもの。生まれて初めて女子の部屋にいるもの。無視されても構わない。むしろ無視してほしい。全力でベッドを嗅ぎに行く。
「ぬおっ」
首根っこを捕まれた。檻の外に引きずり出される。彼女は僕を掴んだまま、走り出した。絞まる絞まる首が絞まる。死ぬ、このままだと間違いなく死ぬ。
「たすっ」
「うらあああ」
女性とは思えない声を上げ、彼女は僕を投げ飛ばした。痛い。何かに突っ込んだような気がする。パーティー会場でよく見る白いテーブルだった。あぁ、もったいない。料理も散乱している。
「どうして僕を投げたんだ」
痛む背中を押さえつつ、立ち上がる。警備員は体を抱きしめていた。
「いやらしくて見てられない顔だったから、ケーキでコーティングしようと思ってな」
ケーキ? 顔に触れると確かにクリームがついていた。散乱している料理の中にケーキも混じっている。
「自分で言うのもなんだが、ナイスコントロールだった。寸分違わず、ケーキに一直線に飛んでいったぞ。良かったな、見れる顔になって」
そんなに酷いか僕の顔。自分ではそこそこのルックスだと思っていたのに。平均よりは上だと思っていたのに。すべては僕の勘違いだとでも言うのか。
「残念な男だなお前。いやらしい顔をしてなけりゃ、そこそこいい男なのに」
……ふっ。
「ハニー、ワインはいかがかな?」
「調子に乗るなよモブ顔」
ぐはっ。一番気にしていることを言いやがった。僕だって好きでモブ顔に生まれたんじゃない。僕だって主人公顔に生まれたかった。
「悪い。そこまで落ち込むとは」
申し訳なさそうにしている。くそっ可愛い。めちゃんこ可愛い。もしやこれがいわゆるヒロイン顔という奴か。
円も可愛いが、警備員はそれ以上かもしれない。否、紛れもなく別格のヒロイン力だ。
「でっ」
何だ。何かがぶつかった。人、人だ。人がぶつかったんだ。警備員に集中していて気づかなかったが、ここはパーティー会場。まだたくさんの人がいる。
そうだ人がいる。だが誰も異変に気づいている素振りすら見せない。ブラボーと拍手したくなるくらいの徹底振り。
円主催のパーティーだ。招待客に僕を"いない者"として扱えと言っていてもおかしくはない。彼女ならそれぐらいのことはやってのけるだろう。完璧主義者は手を抜かない。
ではなぜあいつは僕を認識した? なぜ当たり前のように会話をした? なぜ誰も警備員の行為を咎めない?
これじゃまるで……僕は気づいた。遅まきながら気づいた。彼女は警備員、いて当たり前、だから誰も気にしない。"見えない人"なんだ、彼女は。
彼女は僕と同じように周囲を見渡している。違う点はその表情だ。目を逸らしたくなるくらい悲しげで苦しそうな表情だった。痛々しささえ感じる。
もしかしたら彼女は騒ぎを起こしたかったのかもしれない。僕を投げることで、注目を集めたかったのかもしれない。他の人なら、成功しただろう。
こんなに騒げば、誰もが注視するはずだ。でも現実は違う。僕と彼女だけが空間から切り離されている。見えていないのか、気づいていないのか、見向きもしなければ避けようともしない。
当たり前のように僕と彼女にぶつかっている。ぶつかった素振りさえ見せない。
僕と彼女は誰にも認識されない"いない者"。あぁ、そうか、だから彼女には僕が"見えた"のか。
彼女と目が合う。心が震えた気がした。ざわめきは闇へと消える。僕らは檻へ戻った。何かから逃げるように、何かから隠れるように。
「鍵は閉めないからな」
助けてと言っているような気がした。気のせいだったかもしれない。どちらでもいい。抱きしめた腕は振り払われなかったのだから。
僕はこの日初めて、自宅以外の場所で夜を明かした。
"いない者"と"見えない人"は姿を晦ませた。だが誰も彼と彼女が本当に姿を消したことに気づかなかった。いないことはごく当たり前の話だったからだ。
「おー! あのでっかい家か。一度行ってみたかったんだよなぁ」
「あ、あのやっぱりドレス、着たほうがいいのかな?」
「いえ、好きな服装でよろしいですわ。皆様は私の友人ですもの。来てくれるだけで十分ですわ」
クラス一の愛され美女、円の周りはいつも賑やかだった。名は体を現す、彼女はまさに円の中心に相応しい人物だろう。
それに比べて、僕の回りには人っ子一人いない。どころか誰も僕を見ていない。目は何度も合っているのに僕にだけ招待状を渡そうとしない。無視されている――だけなら良かった。ただのぼっちならどれほど幸せだったことか。
僕はこのクラスに"存在"しないことになっている。彼女たちにとって僕は"いない者"。担任ですら、僕を"いない者"として扱っている。
名前を呼ばれない。プリントも配られない。このクラスに僕の居場所はない。存在意義を否定された僕に、はたしてここにいる意味はあるのだろうか?
ない。そんなものはない。僕なんていようがいまいが、彼女たちには何の影響も与えない。それでも僕は彼女を愛している。彼女のそばにいたい。ちっぽけな願いのために僕は学校にいる。
僕は彼女の家にいた。厳密に言えば、檻の中にいる。なぜ檻があるのか気になるところだが、どうやって出るかのほうが先決だ。
まさか僕を"いない者"として扱わない奴がいるとは思わなかった。見逃してくれたらいいものを。
おいしいものを食べたかった。たらふく食べたかった。セレブの料理を味わいたかった。"いない者"の僕ならもぐりこめたはずなのに。
「なんだお前、まだいたのか?」
警備員は驚いていた。お前が捕まえたくせに、何を驚く必要があるのか。
「なんで出ないんだ?」
何を言っているのだろうか? 出られないからここにいるというのに。
「鍵は閉めていないぞ」
なんですと? 僕は恐る恐る檻に触れた。音もなく、スーッと開いた。あまりにもあっけなく、扉は開いた。三時間もここにいたのに。
「気づいていなかったのか。バカだな」
呆れたように警備員は言う。そもそもお前が捕まえなければ、僕は無駄な時間は過ごさなかった。すべてお前のせいだ。
「何か言いたそうな目だな。言っておくが私は仕事をしただけだぞ。怪しい奴を捕まえるというな。お前がそこにいるのは自業自得だ」
悔しいが反論できない。今までは誰も僕を気にしていなかったから、わりとやりたい放題だった。授業中にうろうろしても文句を言われない。教壇の上に立って踊っても怒られない。床を這いずり回って、スカートを覗いても騒がれない。
……あれ、もしかして誰も僕に関わりたくないだけなんじゃ。これまで考えもしなかった可能性に頭を抱えた。
「おい、さっさと出ろ。お前がどかないと寝れないだろ」
寝る。寝ると言ったか。檻の中を見渡すと、一台のベッドが置いてある。よく見ると冷蔵庫やタンスもあった。やたらと生活感のある牢獄だった。
「ははっ、もしかして、お前の部屋?」
「ご名答」
警備員は僕を押しのけ、檻の中に入った。
「ひゃっほい」
「どうした急に?」
僕は床をのた打ち回った。それはもう盛大にのた打ち回った。引いた目で見ているが気にしない。
この牢獄は警備員の部屋。僕は三時間も女子の部屋にいた。女子の部屋にだ。健全な男子なら興奮する。しかも大人の女性の部屋。これはもう堪りませんな。
「ぐへへへへ」
「気持ち悪い」
酷いことを言われたが、気にならない。だって女子の部屋にいるもの。生まれて初めて女子の部屋にいるもの。無視されても構わない。むしろ無視してほしい。全力でベッドを嗅ぎに行く。
「ぬおっ」
首根っこを捕まれた。檻の外に引きずり出される。彼女は僕を掴んだまま、走り出した。絞まる絞まる首が絞まる。死ぬ、このままだと間違いなく死ぬ。
「たすっ」
「うらあああ」
女性とは思えない声を上げ、彼女は僕を投げ飛ばした。痛い。何かに突っ込んだような気がする。パーティー会場でよく見る白いテーブルだった。あぁ、もったいない。料理も散乱している。
「どうして僕を投げたんだ」
痛む背中を押さえつつ、立ち上がる。警備員は体を抱きしめていた。
「いやらしくて見てられない顔だったから、ケーキでコーティングしようと思ってな」
ケーキ? 顔に触れると確かにクリームがついていた。散乱している料理の中にケーキも混じっている。
「自分で言うのもなんだが、ナイスコントロールだった。寸分違わず、ケーキに一直線に飛んでいったぞ。良かったな、見れる顔になって」
そんなに酷いか僕の顔。自分ではそこそこのルックスだと思っていたのに。平均よりは上だと思っていたのに。すべては僕の勘違いだとでも言うのか。
「残念な男だなお前。いやらしい顔をしてなけりゃ、そこそこいい男なのに」
……ふっ。
「ハニー、ワインはいかがかな?」
「調子に乗るなよモブ顔」
ぐはっ。一番気にしていることを言いやがった。僕だって好きでモブ顔に生まれたんじゃない。僕だって主人公顔に生まれたかった。
「悪い。そこまで落ち込むとは」
申し訳なさそうにしている。くそっ可愛い。めちゃんこ可愛い。もしやこれがいわゆるヒロイン顔という奴か。
円も可愛いが、警備員はそれ以上かもしれない。否、紛れもなく別格のヒロイン力だ。
「でっ」
何だ。何かがぶつかった。人、人だ。人がぶつかったんだ。警備員に集中していて気づかなかったが、ここはパーティー会場。まだたくさんの人がいる。
そうだ人がいる。だが誰も異変に気づいている素振りすら見せない。ブラボーと拍手したくなるくらいの徹底振り。
円主催のパーティーだ。招待客に僕を"いない者"として扱えと言っていてもおかしくはない。彼女ならそれぐらいのことはやってのけるだろう。完璧主義者は手を抜かない。
ではなぜあいつは僕を認識した? なぜ当たり前のように会話をした? なぜ誰も警備員の行為を咎めない?
これじゃまるで……僕は気づいた。遅まきながら気づいた。彼女は警備員、いて当たり前、だから誰も気にしない。"見えない人"なんだ、彼女は。
彼女は僕と同じように周囲を見渡している。違う点はその表情だ。目を逸らしたくなるくらい悲しげで苦しそうな表情だった。痛々しささえ感じる。
もしかしたら彼女は騒ぎを起こしたかったのかもしれない。僕を投げることで、注目を集めたかったのかもしれない。他の人なら、成功しただろう。
こんなに騒げば、誰もが注視するはずだ。でも現実は違う。僕と彼女だけが空間から切り離されている。見えていないのか、気づいていないのか、見向きもしなければ避けようともしない。
当たり前のように僕と彼女にぶつかっている。ぶつかった素振りさえ見せない。
僕と彼女は誰にも認識されない"いない者"。あぁ、そうか、だから彼女には僕が"見えた"のか。
彼女と目が合う。心が震えた気がした。ざわめきは闇へと消える。僕らは檻へ戻った。何かから逃げるように、何かから隠れるように。
「鍵は閉めないからな」
助けてと言っているような気がした。気のせいだったかもしれない。どちらでもいい。抱きしめた腕は振り払われなかったのだから。
僕はこの日初めて、自宅以外の場所で夜を明かした。
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