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第一部 第三王子の花嫁探し
20 出来る男(報告編)
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——アンデルソン公爵邸での茶会翌日——
『——殿下——まっ——さい——』
『——殿下っ、お、お待ち下さいっ』
王城で最も厚い警備陣を敷く部屋の扉前で近衛騎士達が戸惑いの声を上げる。
バンっ
そして、重厚な扉が勢いよく開く。
「父上っ、生涯を共にしたい女性が出来ました。婚約証明書にサインをお願いします。」
第三王子であるラーシュの花嫁選定茶会が行われた翌日、ラーシュは父親である国王陛下にアニエスとの婚約証明書へのサインを強請る為、久しぶりに王城を訪れていた。
「あ、あぁ、ユーハンから聞いてはいるが…」
「ラーシュ、もう少し待てなかったの?」
戸惑いながら呆れた声を出す国王夫妻。それもその筈、今は夜も明けきらない明方であり国王夫妻はベッドの中で就寝中であった。
「リンデロード辺境伯爵が出席する領地報告会が行われる前にリンデロード卿にもサインを頂きたいので、ささっ、父上、此方にサインをお願いします。此方になりますっ」
ラーシュはギンギンに目を光らせ、国王に迫る。
「おっほほほほ、あっはははっ」
有無も言わせない様子で持参した羽ペンをずいずいと父親である国王陛下に渡すラーシュを見て、王妃が楽しそうに笑い出す。
「母上、如何されました?」
「だって、ラーシュがそんなに感情豊かに主張して来るのですもの。ふふふ、あまりに嬉しくなってしまったのよ。」
「ふっ、そうだな」
国王も事前にユーハンから連絡を受けていた事もあり、仔細は聞かずにサインをする。サインされるや否や、ラーシュは直ぐに踵を返す。
「では、失礼致します。」
颯爽と国王夫妻の寝室から出ていくラーシュ。
「ふふふ、ラーシュがねぇ」
「うむ」
「ユーハンとサラに感謝しないとね」
「そうだな、それにしてもあやつがあんなに心乱すとはな」
「ふふっ、本当ねぇ」
幼い頃から恵まれ過ぎた容姿故に令嬢達だけでなく子息達や大人達をも魅了し、言い寄られたり迫られたりを繰り返している内に感情が出さなくってしまった息子。
終いには侍従を買収したり、側近を誘惑してまでラーシュに近付こうとするような者達も現れた。一本気な本質なラーシュには常に周囲を疑わなければならい状態は耐え難かっただろう。
ラーシュは側近や家族をも遠ざけ、王城に寄り付かなくなり、漢くさい騎士達のもと一人で身を守り、そして今では剣術でラーシュに勝る者はいない国一番の剣士となった。
「「………」」
二人は感慨深げに閉じた扉を見つめる。
バンっ
「「っ!?」」
すると再び勢いよく扉が開く。国王夫妻が驚いているとツカツカとラーシュが二人の許に再びやって来て告げる。
「今日、アニエスと一つになります。私はアニエス以外とは婚姻を結ぶつもりはないので、どうか父上、許可をお願いします」
「あ、あぁ、分かった。」
「ありがとうございます。では、失礼致します。」
(これでアニエスと出来る!)
国王のその言葉にラーシュは嬉しそうに破顔すると、再び踵を返し部屋を去って行った。ラーシュは結局昨夜一睡も出来ず、感情の昂りを抑制出来ない状態、所謂[徹夜ハイ]になっていたのだった。
「——別に貴方(父親)の許可なんて要らないでしょ?」
「そうだな、少々真面目が過ぎるな、ラーシュは…まぁ、許可というより意思表明だったがな」
「あの子、リンデロード卿にも同じように宣言するのかしら?」
「「………」」
王妃の言葉に部屋に沈黙が流れる。
「絶対する」と国王夫妻は心の中で確信した。そして、それを告げられたリンデロード辺境伯爵の心境を思い二人共複雑な表情を浮かべる。
「ふっ、あっはははははは」
その後、国王陛下夫妻の寝室からは王妃の楽しそうな笑い声が聞こえた来たのであった——
※※※
コンコンコンコン
ユーハンとサラの寝室の扉からノック音がする。空はまだ白んでもいなく、朝方とも言えない時刻である。
(何事だ)
ユーハンは徐に体を起こす。ユーハンの隣には先程眠りについたばかりのサラが居る。
昨夜もついつい気持ちが昂まり無理をさせてしまったサラを起こさないようにと、音を立ててずにそっとベッドから出る。
「何事だ?」
扉の前で問いかけると執事のバートが答える。
「第一近衛隊から報告が来ております。旦那様の執務室に通してございます。」
ユーハンの眉尻がピクリと上がる。ガウンを羽織り扉を開く。
ガチャ
「第一の?陛下達に何かあったのか?分かった。サラが休んでいるから起こさないように護衛を続けてくれ。」
「はっ」
扉前の護衛騎士に声を掛け、ユーハンとバートは執務室に向かう。
「何事だ?」
執務室に入ると第一近衛隊の隊員が敬礼をし、ユーハンを出迎えた。
「はっ!陛下からアンデルソン公爵ユーハン王太子殿下に報告がございます!本日午前3時10分、ラーシュ殿下が陛下ご夫妻のご寝所を訪問され、リンデロード辺境伯爵令嬢との婚約証明書へのサインを強請、同刻22分にご寝所を後にされました。」
「…で、父上は?」
「はっ、ご署名されました。」
「ラーシュは?」
「直ぐに帰られました。リンデロード卿の許に到着したと第ニ近衛隊から連絡が来ております。」
「はぁ~」
ユーハンは頭が痛いというように、手の平を額にあてる。
(あいつ、見た目と真逆の脳筋だからな)
ラーシュは繊細な芸術品のような端正な外見を持っている為、神経質で内向的なように見られやすいがその実、中身は所謂体育会系の肉体派で、思考回路も王家の人間には珍しい直列思考型であった。
※※※
「そうですか、ラーシュ殿下はもう出掛けられたのですか…」
サラからラーシュが今朝方早くにアンデルソン公爵邸を出立したと聞いたアニエスは寂しそうに呟く。
「あー、早急に片付けたい事でもあったのだろう。まぁ、何だ…終われば直ぐに戻って来る。」
何となく言い難そうにユーハンは伝える。ラーシュの奇行な行動をアニエスに伝えるべきか悩む。事情を知らないサラがアニエスを勇気付ける。
「そうよ、よくある事よ。気に病むことはないわ。」
「はい。」
アニエスが王都に居られるのは父親の領地報告会が終わる迄である。ラーシュも領地の護衛として派遣される予定だが、共に行けるとは限らない。王都にいる間はなるべく一緒に過ごしたいと願っていたアニエスだったが、朝起きてみると既にラーシュの姿はなく寂しさを感じる。
(一緒に居たいと思っていたのは…私だけのようね…お仕事が一番だもの。分かってるわ)
アニエスはそう自分に言い聞かせる。
「さ、朝食を食べましょう。子供達を紹介するわ。」
「はい!」
アンデルソン公爵家の姉弟の愛らしさはオビュルタン王国中で評判だ。昨日はアニエスが茶会を中座した為に会えず、その後もピクニックで疲れて子供達は早々に就寝してしまい挨拶出来ずにいた。
「お父様、お母様おはようございます。」
「とーしゃっ、かーしゃ、まっ、おはようごじゃいあす!」
「「おはよう」」
(はわわわっ、てっ、天使だわっ!)
二人の子供達の愛らしさにアニエスの沈んでいた気持ちが一気に浮上する。両親に挨拶を終えたエヴァは次にアニエスを見て、挨拶の言葉の後に可愛らしいカーテシーをする。
「アンデルソン公爵邸にようこそ、エヴァです。」
「これはエヴァ様、ご挨拶頂きまして光栄にございます。リンデロード辺境伯爵の娘のアニエスでございます。暫くの間、御厄介になります。どうぞよろしくお願い致します。」
アニエスもエヴァに答えて挨拶をする。エヴァは「可愛い」という反応ではなく、大人の挨拶で返してくれたアニエスの対応に嬉しそうに笑う。
「アンデルソンこーしゃくてーによーこしょっ!エイアスです!」
「エリアス様、リンデロード辺境伯爵の娘のアニエスでございます。仲良くして頂けたら嬉しいです。」
「あいっ!」
エヴァに引き続きエリアスにも挨拶され、アニエスの心は弾む。元気の良いエリアスの返事にアニエスはメロメロになる。
(はわわわ~っ、アンデルソン公爵の御子息でなければ抱き締めてしまいそうだわ!何ってお可愛らしいのっ!!)
「さっ、挨拶も終わったし、朝食にしましょうね」
「「はーーい」」
サラの言葉に子供達と共にユーハンとアニエスも答える。皆の良い返事にサラは微笑んだ。
『——殿下——まっ——さい——』
『——殿下っ、お、お待ち下さいっ』
王城で最も厚い警備陣を敷く部屋の扉前で近衛騎士達が戸惑いの声を上げる。
バンっ
そして、重厚な扉が勢いよく開く。
「父上っ、生涯を共にしたい女性が出来ました。婚約証明書にサインをお願いします。」
第三王子であるラーシュの花嫁選定茶会が行われた翌日、ラーシュは父親である国王陛下にアニエスとの婚約証明書へのサインを強請る為、久しぶりに王城を訪れていた。
「あ、あぁ、ユーハンから聞いてはいるが…」
「ラーシュ、もう少し待てなかったの?」
戸惑いながら呆れた声を出す国王夫妻。それもその筈、今は夜も明けきらない明方であり国王夫妻はベッドの中で就寝中であった。
「リンデロード辺境伯爵が出席する領地報告会が行われる前にリンデロード卿にもサインを頂きたいので、ささっ、父上、此方にサインをお願いします。此方になりますっ」
ラーシュはギンギンに目を光らせ、国王に迫る。
「おっほほほほ、あっはははっ」
有無も言わせない様子で持参した羽ペンをずいずいと父親である国王陛下に渡すラーシュを見て、王妃が楽しそうに笑い出す。
「母上、如何されました?」
「だって、ラーシュがそんなに感情豊かに主張して来るのですもの。ふふふ、あまりに嬉しくなってしまったのよ。」
「ふっ、そうだな」
国王も事前にユーハンから連絡を受けていた事もあり、仔細は聞かずにサインをする。サインされるや否や、ラーシュは直ぐに踵を返す。
「では、失礼致します。」
颯爽と国王夫妻の寝室から出ていくラーシュ。
「ふふふ、ラーシュがねぇ」
「うむ」
「ユーハンとサラに感謝しないとね」
「そうだな、それにしてもあやつがあんなに心乱すとはな」
「ふふっ、本当ねぇ」
幼い頃から恵まれ過ぎた容姿故に令嬢達だけでなく子息達や大人達をも魅了し、言い寄られたり迫られたりを繰り返している内に感情が出さなくってしまった息子。
終いには侍従を買収したり、側近を誘惑してまでラーシュに近付こうとするような者達も現れた。一本気な本質なラーシュには常に周囲を疑わなければならい状態は耐え難かっただろう。
ラーシュは側近や家族をも遠ざけ、王城に寄り付かなくなり、漢くさい騎士達のもと一人で身を守り、そして今では剣術でラーシュに勝る者はいない国一番の剣士となった。
「「………」」
二人は感慨深げに閉じた扉を見つめる。
バンっ
「「っ!?」」
すると再び勢いよく扉が開く。国王夫妻が驚いているとツカツカとラーシュが二人の許に再びやって来て告げる。
「今日、アニエスと一つになります。私はアニエス以外とは婚姻を結ぶつもりはないので、どうか父上、許可をお願いします」
「あ、あぁ、分かった。」
「ありがとうございます。では、失礼致します。」
(これでアニエスと出来る!)
国王のその言葉にラーシュは嬉しそうに破顔すると、再び踵を返し部屋を去って行った。ラーシュは結局昨夜一睡も出来ず、感情の昂りを抑制出来ない状態、所謂[徹夜ハイ]になっていたのだった。
「——別に貴方(父親)の許可なんて要らないでしょ?」
「そうだな、少々真面目が過ぎるな、ラーシュは…まぁ、許可というより意思表明だったがな」
「あの子、リンデロード卿にも同じように宣言するのかしら?」
「「………」」
王妃の言葉に部屋に沈黙が流れる。
「絶対する」と国王夫妻は心の中で確信した。そして、それを告げられたリンデロード辺境伯爵の心境を思い二人共複雑な表情を浮かべる。
「ふっ、あっはははははは」
その後、国王陛下夫妻の寝室からは王妃の楽しそうな笑い声が聞こえた来たのであった——
※※※
コンコンコンコン
ユーハンとサラの寝室の扉からノック音がする。空はまだ白んでもいなく、朝方とも言えない時刻である。
(何事だ)
ユーハンは徐に体を起こす。ユーハンの隣には先程眠りについたばかりのサラが居る。
昨夜もついつい気持ちが昂まり無理をさせてしまったサラを起こさないようにと、音を立ててずにそっとベッドから出る。
「何事だ?」
扉の前で問いかけると執事のバートが答える。
「第一近衛隊から報告が来ております。旦那様の執務室に通してございます。」
ユーハンの眉尻がピクリと上がる。ガウンを羽織り扉を開く。
ガチャ
「第一の?陛下達に何かあったのか?分かった。サラが休んでいるから起こさないように護衛を続けてくれ。」
「はっ」
扉前の護衛騎士に声を掛け、ユーハンとバートは執務室に向かう。
「何事だ?」
執務室に入ると第一近衛隊の隊員が敬礼をし、ユーハンを出迎えた。
「はっ!陛下からアンデルソン公爵ユーハン王太子殿下に報告がございます!本日午前3時10分、ラーシュ殿下が陛下ご夫妻のご寝所を訪問され、リンデロード辺境伯爵令嬢との婚約証明書へのサインを強請、同刻22分にご寝所を後にされました。」
「…で、父上は?」
「はっ、ご署名されました。」
「ラーシュは?」
「直ぐに帰られました。リンデロード卿の許に到着したと第ニ近衛隊から連絡が来ております。」
「はぁ~」
ユーハンは頭が痛いというように、手の平を額にあてる。
(あいつ、見た目と真逆の脳筋だからな)
ラーシュは繊細な芸術品のような端正な外見を持っている為、神経質で内向的なように見られやすいがその実、中身は所謂体育会系の肉体派で、思考回路も王家の人間には珍しい直列思考型であった。
※※※
「そうですか、ラーシュ殿下はもう出掛けられたのですか…」
サラからラーシュが今朝方早くにアンデルソン公爵邸を出立したと聞いたアニエスは寂しそうに呟く。
「あー、早急に片付けたい事でもあったのだろう。まぁ、何だ…終われば直ぐに戻って来る。」
何となく言い難そうにユーハンは伝える。ラーシュの奇行な行動をアニエスに伝えるべきか悩む。事情を知らないサラがアニエスを勇気付ける。
「そうよ、よくある事よ。気に病むことはないわ。」
「はい。」
アニエスが王都に居られるのは父親の領地報告会が終わる迄である。ラーシュも領地の護衛として派遣される予定だが、共に行けるとは限らない。王都にいる間はなるべく一緒に過ごしたいと願っていたアニエスだったが、朝起きてみると既にラーシュの姿はなく寂しさを感じる。
(一緒に居たいと思っていたのは…私だけのようね…お仕事が一番だもの。分かってるわ)
アニエスはそう自分に言い聞かせる。
「さ、朝食を食べましょう。子供達を紹介するわ。」
「はい!」
アンデルソン公爵家の姉弟の愛らしさはオビュルタン王国中で評判だ。昨日はアニエスが茶会を中座した為に会えず、その後もピクニックで疲れて子供達は早々に就寝してしまい挨拶出来ずにいた。
「お父様、お母様おはようございます。」
「とーしゃっ、かーしゃ、まっ、おはようごじゃいあす!」
「「おはよう」」
(はわわわっ、てっ、天使だわっ!)
二人の子供達の愛らしさにアニエスの沈んでいた気持ちが一気に浮上する。両親に挨拶を終えたエヴァは次にアニエスを見て、挨拶の言葉の後に可愛らしいカーテシーをする。
「アンデルソン公爵邸にようこそ、エヴァです。」
「これはエヴァ様、ご挨拶頂きまして光栄にございます。リンデロード辺境伯爵の娘のアニエスでございます。暫くの間、御厄介になります。どうぞよろしくお願い致します。」
アニエスもエヴァに答えて挨拶をする。エヴァは「可愛い」という反応ではなく、大人の挨拶で返してくれたアニエスの対応に嬉しそうに笑う。
「アンデルソンこーしゃくてーによーこしょっ!エイアスです!」
「エリアス様、リンデロード辺境伯爵の娘のアニエスでございます。仲良くして頂けたら嬉しいです。」
「あいっ!」
エヴァに引き続きエリアスにも挨拶され、アニエスの心は弾む。元気の良いエリアスの返事にアニエスはメロメロになる。
(はわわわ~っ、アンデルソン公爵の御子息でなければ抱き締めてしまいそうだわ!何ってお可愛らしいのっ!!)
「さっ、挨拶も終わったし、朝食にしましょうね」
「「はーーい」」
サラの言葉に子供達と共にユーハンとアニエスも答える。皆の良い返事にサラは微笑んだ。
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