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在ったかもしれない別の可能性

悪逆無道

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 槍の穂先が霞む程の突きが繰り出され、ロビンの喉、胸、腹を正確に貫く。
 しかし、そこに残ったのはロビンの残像だった。
 ロビン本人はダンケルクの横を瞬時に走り抜け、右腕と脇腹を短剣で斬り付けていた。

 「人も腐れば貴様の様になるのだな。己の罪を数えながら逝くがいい。死への水先案内人は私が引き受けよう」
 「ふん、この程度のかすり傷でもう勝ったつもりか?笑わせるわ!」
 「勝ったさ。即効性の痺れ薬と壊血毒を仕込んだ短剣の味はどうだ?」
 
 傷口から滴る血の量こそ大した事無いが、猛烈な痺れがダンケルクを襲い始める。
 全身が痛み出し、心臓の鼓動も弱くなり始めたのか、胸を抑えて苦しむダンケルクはカランと槍を取り落とした。

 「ぐぬぅ......毒とはな。義賊が聞いて呆れるわ。結局やる事は下賎な輩と変わらぬではないか」
 「何とでも言えばいい。咎人を裁く為ならばどんな卑劣な行為も厭わないわ。お前みたいなクズを苦しめて殺す為にこの毒はあるのだから」
 
 冷たい目でダンケルクを見下ろすロビンだったが、ただダンケルクを殺すだけでは死者は報われないと判断した。
 ダンケルクの顔を蹴り上げ、仰向けに転がった状態で苦しむその顔をギリギリと踏み躙る。

 「無様ね?だけど、この程度では足りないわ。お前達夫婦が行った所業に比べれば大河の一滴にすらならない」
 「ぐむぅ。この屈辱......万倍にして返す!必ずだ!」
 「体も満足に動かず、もう死に向かって一歩一歩階段を下るお前に何が出来るというの?」
 「出来るさ。賊ごときに切り札を切る事になるとは思わなかったがな。これを見た以上生きては返さんぞ......我は超越する!来い!イクシード!!」

 ダンケルクが叫んだ瞬間に発生した力の奔流に吹き飛ばされたロビンは、侯爵邸の壁に叩き付けられる。
 ミシリとロビンの全身に嫌な音が伝播し、強い衝撃を受けた全身の骨にダメージが蓄積した事が伝わってきた。
 バラバラと砕けた壁面にはベットリと血がこびり付いており、ズルリと崩れ落ちるように膝立ちになったロビンはそれだけで瀕死のダメージを受けてしまった。

 「なんだその程度か?俺にイクシードを使わせたのだからもっと楽しませろよ。うん?」
 「くあ。うう......何だって言うの。槍一本にどれ程の力が」
 「誰が質問を許した。痴れ者が!」

 自分がされたのと同様に、ロビンの顔面を蹴り飛ばしたダンケルクは仰向けに倒れているロビンの顔をグリグリと踏み躙る。
 言葉を発したロビンの腹へドスンと石突を落として苦悶の声を上げさせると、ダンケルクはニヤリと口元を緩めた。

 「今度王から貰い受ける予定の領地には未発見のダンジョンが在ってな。極秘裏に調査した俺はそこでこのイクシードを発見したのだよ。そして所有者として選ばれたのだ」
 「イク......シード?」
 「そうだ。有象無象には持つ事も許されぬ神殺しの槍よ。俺の様な選ばれし覇者のみが振るう事が許された絶対の力。覇王の象徴よ!」

 今もダンケルクの全身に黒い輝きを送り込む。
 時間を支配する力を持つイクシードは、主がダメージを負う前へと体の状態を引き戻し、瞬時に体を蝕む毒素と怪我を無かった事にしてしまった。

 「そんな!?死すら覆すというの!?」
 「無論だ。選ばれし者は死の運命すら跳ね除ける。貴様にはそんな簡単な事すらも分かるまい?それこそが下賎の証明」
 「まだだよ!」
 「む?貴様かぁ!」

 悦に浸るダンケルクの隙を突いて不意打ちを行ったのはブレンダだった。
 侯爵邸の扉へ呪言を刻んだブレンダは、浮遊しながら自走する扉に乗ってダンケルクへ突撃する。
 慌てて飛び退いたダンケルクだったが、ブレンダはそこに更なる追撃を加える。

 「甘いねぇ。調子に乗り過ぎだよ」
 「く、動けぬ。呪術か......忌々しい!」

 ダンケルクに呪炎の呪術を飛ばしたブレンダは、束縛の呪言を唱えてダンケルクを金縛りにすると、浮遊の術式でロビンを引き寄せた。
 ロビンの腰に付けられたポーチを乱雑に探り、中から回復薬の瓶を取り出して中身を飲ませた。 
 回復薬を飲んだロビンの体には、癒しの力と同時に全身を強化する熱い血の滾りが伝播する。

 「おっと。咄嗟に飲ませたけれど当たりを引いたみたいだねぇ」
 「複合回復薬で助かったわ。毒消しだったら目も当てられない所よ?」
 「ほら、切れるカードがあるなら全部切りなよ。術はもう数秒も持たないさね」

 金縛りの力が緩むのを感じたダンケルクは、イクシードに力を注ぎながら終わりの時を待つ事にしたようで、2人を見下すように余裕の表情を浮かべる。
 その尋常ではない力の脈動に、ブレンダは額から冷や汗が垂れるのを感じた。
 防具など装備していた所で紙くずの様に貫かれるが、毛布を体に巻きつけただけのブレンダではイクシードが掠るだけでも致命的である。

 「【シャーウッドの森】は我が身を隠す」
 「死音の花よ。我が敵を焼き尽くせ【咎人の華】」

 音も無く姿を消したロビンには目も向けず、拘束から解き放たれたダンケルクは炎で作られた薄紫の華をイクシードで貫いた。
 中央を穿たれた華は無数の花びらへと変化してダンケルクに襲い掛かるが、その花びらの一枚一枚すらも瞬時に貫いてブレンダへと肉薄する。

 「串刺しにしてやろう。そらそらそら!」
 「くぅ......まだだねぇ」

 連続で槍を突き出したダンケルクへ扉を飛ばしたブレンダは、後方へ飛び退き着地する。
 飛んできた扉をへ槍を突き立てたダンケルクは、闘気を高めると同時に槍を捻って破壊力を上乗せした。
 螺旋回転を帯びたダンケルクの豪槍は一撃で扉を爆砕するが、その隙を突いてロビンが背後から奇襲を行う。

 「たぁああああ!」
 「姿形が無かろうが見え見えよ。凡才の考える事など百も承知だというのが分からぬか!」

 短剣を持った腕に回し蹴りを叩き込んだダンケルクは、そのままの勢いでイクシードをなぎ払ってロビンを弾き飛ばす。
 瞬時に体勢を立て直したロビンは【シャーウッドの森】を発動させて姿を消す。
 視線がロビンに向いた事でフリーになったブレンダは次々に呪術を発動させてダンケルクへと攻撃を仕掛ける。
 
 「【死霊の茨よ】【怨嗟の声よ】【幻霧の主よ】」
 
 庭の草花を黒い茨へと変化させて攻撃しながらも、ダンケルクに全ステータスと耐性を低下させる呪言を浴びせたブレンダは、霧を発生させてその中へと逃げ込んでいく。
 しかし、その程度気にもならんとでも言うかの如くダンケルクは突撃する。
 イクシードを風車の様に高速で回転させながら呪いの茨を弾き、霧を吹き飛ばしたダンケルクはブレンダを捉えると一瞬で五連突きを放つ。

 「それは幻さね。あたしはこっちさ」
 「ぬりゃあ!はぁあああ!」

 貫いたはずのブレンダは掻き消えて、ダンケルクの右から薄紫色の呪炎が三輪襲い掛かる。
 正面の華を貫いたダンケルクは加速して呪炎の包囲を突っ切るが、その動きに連動して残りの二輪がダンケルクを追跡する。
 しかも、貫いた華も花びらへと分散してから散弾の様に変化して襲い掛かってくる。
 
 「くらいな!【散華】」

 花火の如く弾けた呪炎の華が炎の集中豪雨へと変化してダンケルクに降り注ぐ。
 幾千の花びらへと変化しながらもその勢いは衰える事無く、面での広範囲魔法攻撃となった事で逃げ場を失ったダンケルクだが、余裕の表情を崩す事すらしない。 

 「その程度で俺を仕留める事が出来るとでも思ったか?イクシード!」

 止まった時の中で全ての花びらを貫いたダンケルクは、ブンと槍を一薙ぎして己の周囲に潜伏しているであろうロビンをけん制する。
 はらはらと舞い散る火の粉の中を駆け抜けて、ブレンダへと攻撃を仕掛けたダンケルクだったが、言葉にし難い感覚にその場を飛び退いた。

 (貫け!【アイヴァンホー】)

 音も気配も無く放たれた神業の弓技もダンケルクを捉える事が出来ず、同時に番えられた8本の矢がダンケルクの走っていた場所に突き立った。
 移動しながら矢を放ったとはいえ、ダンケルク程の達人であればロビンの位置を予測する事は容易い。

 「遊びに付き合うのも飽きてきたのだが、そろそろ観念してはどうかね?」

 事も無げに払ったイクシードの穂先がロビンの腿を切り裂き、ロビンはその場に崩れ落ちる。
 姿と気配こそ消えたままだが、触れた感触でダンケルクにはその姿が見えている。

 「手品ばかりでは!実力差は埋められんよ!」
 
 ブレンダが放った黒い茨を払い除けたダンケルクが突き出した槍は、今度こそロビンを捉えた。
 心臓を庇って両腕を交差したが、心臓を貫きこそしなかったものの、両腕を貫通した穂先が胸にチクリと突き刺さる感触に、ロビンは恐怖した。

 「ん?力加減を間違えたかな?」

 ギュンと槍を捻ると貫いた両腕が【アイヴァンホー】と共に弾け飛び、ロビンの胸を守っていた硬革の鎧までが服ごと弾けた。
 さらしを巻いて固定していた豊かな胸が晒されるが、隠す為の腕すらないロビンは、痛みを堪えつつもダンケルクを睨むしか無かった。
 集中力が途切れた事で【シャーウッドの森】も効果を失う。

 「ふはははは!両腕は吹き飛び、足は言う事を聞かぬか?まるで芋虫だな?くくく、下郎に相応しい姿ではないか」

 イクシードへと力を注ぎ込み、超音速へと突入したダンケルクはブレンダの背後へと回りこむと、ロビンへ向かって蹴り飛ばす。
 ロビンへと叩き付けられたブレンダは大きく跳ねるが、瞬時に追いついたダンケルクの四連突きで、空中に浮いたまま両手両足を貫かれた。

 「どうした?押されているぞ?」
 
 石突でブレンダの喉を強打し、呪言を紡ぐ事すら封じたダンケルクは被虐的な笑みを浮かべる。

 「調度良いわ。この体の猛りは貴様らで鎮めるとしようか。無論、簡単に死なないように止血くらいはしてやろうじゃないか。くくく......はははは、あーはっはっはっは」

 ブレンダとロビンの髪を乱暴に掴んだダンケルクは、ズルズルと2人を引きずって侯爵邸へと向かう。
 隠れたまま立っていた2人の女には、ついて来なければこの場で即時殺すと脅す。

 「楽しんだ後はエカテリーナの玩具にでもしてくれようか。義賊様もこうなっては娼婦にも劣るなぁ?まぁ、そこらの安い女よりは容姿も整ってはいるが、この呪術士には劣るか。俺が見惚れるほどの美貌など極稀よ」

 ブチブチと髪が千切れるのも気にせず2人を引きずるダンケルクだったが、背後に発生した強烈な殺気に時を止めた。
 イクシードを構えて振り向くと、見た事も無い少女がダンケルクに向かって剣を突き出している。
 ここで首を跳ね飛ばすのは容易いが、このタイミングで現れた事を問いたださなければ気が済まない。

 「貴様......何者だ?」
 「......!?確かに貫いたはずなのに」
 「質問に答えろ下郎が!」

 加速したダンケルクがイクシードを振り下ろすが、交差した二振りの短剣がギィンと音を立てて受け止める。
 
 「獣人か。薄汚い獣風情が我が家に何の用だ?」
 「別に私はお前如きに用は無いわ。私は自分の都合で、この子が望む事に力を貸すだけよ」
 「ガーランド・ダンケルク侯爵ね?そこにいる女性達を解放なさい」
 「侯爵邸に不法侵入しておいて随分な言葉だな。ましてや下郎如きが俺の命を脅かすだと?どうやら死にたいらしいな。貴様らも手足を捥いで芋虫にしてやろう」

 互いの殺気が高まり、戦闘は第二幕を迎える。
 
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