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馬車の二人

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駆け引きは貴族の嗜み…らしいけど生憎ほぼ平民暮らしの育ち。
さて…。

「正直…親しみやすさはイルザック様のほうがありますが、好きかどうかは…」

昔聞いた友人(平民)の姉の恋の話(半分妄想と思われる)を全力で参考にする。

「私では、ダメかな?」

こってこての台詞にベッタベタな返し…早々に乗り切れる気がしてきた。

「そんな…!恐れ多くて…そんな風に考えたことなんて…」
「じゃあ…これからはそんな風に見てもらえないか?」
「でも…私なんかが、その…良いんですか…?」
「あぁ…君が良いんだ…。私だけを、見て欲しい」
「ありがとう…ございます…ダメッ!恥ずかしいです!」

ぐふっと吹きそうなのを顔を覆って堪える。
よくこの王子、嘘なのに真顔でこんな事言えるなとか思ってしまって笑えてきてしまった。
恥ずかしい事にして顔を両手で覆ったけど不自然じゃなかったかな。
だって…ダメだ、笑うな私。
『私だけを見て』とか本当に言う奴いるんだとか思うんじゃない。
いけない、息止めろ、息を止めて堪えるんだ!
慣れない言葉と状況を乗り切るのは楽勝でも込み上げる笑いなんて自分との戦いになるとは思っていなかった。


そんなアンジェリナの内心なぞ露知らず。
「君は…本当に純粋で可愛いね…」
王子の美しい顔にフッと優しい笑顔が溢れる。

目の前の令嬢らしくない振る舞いをしがちなアンジェリナははじめはただ新鮮だった。
第二王子の自分にとって、彼女を恋の虜にすることは簡単に思えたし、そうすることで先々父にも兄にも恩を売れる立場になるのは悪くない話だと考えてもいる。

婚約者はいるが特別な感情のある相手ではない。
家柄がよく頭も良いから選んだ令嬢だ。
彼女なら甘く囁いたとてせいぜい頬を少し染めるだけだろう。
顔を手で隠しているが見えている部分は首まで真っ赤だ。
よく見ると小刻みに震えている。

(こんな他愛もない言葉でこんなにも照れるなんて…初心なのか?平民に近しい者はこんなにも純粋なのか?こんなにも可愛らしいものなのか?)
「…本当に…君は可愛い」

アンジェリナが必死に笑いを我慢しているとは思わぬ王子の、心からの声だった。
「君に甘い言葉を囁いたら…」
そこまで口にしてハッと我に返る。
『どんな反応をしてくれる?』
そう言いそうになった。
いや、言うのは問題ない。

問題は口説くために出した言葉でなく心からの言葉だったことだ。
もっと照れるアンジェリナを見たいと思った。
自分の言葉に嬉しそうに微笑む顔を見てみたいと。
(これは…この気持ちは…なんだ?)
チラリとアンジェリナを見ると気持ちを落ち着けているのか目をつむり大きく呼吸をしている。

「失礼しました。取り乱してしまいました…」
申し訳無さそうに頭を下げ、少しシュンとした様子に幼さを感じた瞬間、庇護欲がかき立てられる。
「むしろ可愛らしい反応だったよ。そんな照れる令嬢はそういないから…新鮮だった」
心からの言葉と笑顔が出てきた。

少し驚いたような表情を浮かべ、戸惑っているらしい。
きっと婚約者の令嬢ならば『お戯れを』だとか言って静かに微笑むのだろう。
一方、アンジェは困っているのを隠し切れない様子で曖昧に笑っている…きっと照れてしまってどう返せば良いかも分からないに違いない。

アンジェリナ自身は、己の笑いのツボと戦っていただけなのに王子が優しい顔で「可愛い」だとか言ってきたので(何言ってるんだこの人)と思ってしまっていた。
その結果、心底どう反応すべきか戸惑ってしまってボロが出ただけである。

まさかそのボロの結果のせいで、自分が王子にとって『好奇心をくすぐる面白い存在』と改めて認識され直し、『アンジェリナを自分に惚れさせる』という役割にもはっきり意欲が湧いたなど思いもしなかった。
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