87 / 91
第四章 月神
4-5
しおりを挟む玄関から門までの長い長いアプローチを走る。
風を遮るものなどなにもなく、冷たい春の夜風が頬にあたる。長い間訪れる者などなかった神殿に、夜間照明なんてものはない。その代わり、敷かれた真っ白なタイルが月明かりを反射して行く道を照らしている。
門の通用口から外へ。
ここに初めて来た時以来の外。あの時は気づかなかったけれど、下へと続く道がある。普段生活に必要なものを買い出しに行く時に使う道。ここを行けば、教会の裏手。つまり、ウィルフリードがいるのはこの道の途中。
さほど高くはない、横に広がる山だ。歩けば十分で教会まで行けるだろう。そこを駆け降りていく。
道は月が照らしてくれている。
「!ウィルさ、――――ッ!?」
「えっ?うわぁッ」
木々の間から見えた姿に走りながら呼び掛ける。その懐かしい色に気が抜けたのか、小さな段差に足を取られた。身体が宙に浮く。
「大丈夫!?」
「……はい……」
転びそうになったところを抱き止められた。なんて恥ずかしい。慌てて身体を離そうとするけれど、
「ユエちゃん」
離れない。動けない。ぎゅう、とウィルフリードの腕の中に閉じ込められてしまった。
「会いたかった」
「……私も、」
会いたかった。その言葉は喉につかえて出てこない。
代わりに出てきたのは、涙。
「――――ッ、ぅ、」
ウィルフリードの背に腕をまわす。服を掴んでしがみついて。こんな風に泣くなんてみっともない、そう思うのに涙は溢れるだけで止まってはくれない。
「あ、の……っね、……」
「……ゆっくりでいいよ」
本当は。
辛かった。怖かった。
苦しかった。痛かった。
寂しかった。会いたかった。
本当は、ぜんぶぜんぶ嫌だった。
何度も何度も投げ出したくなって、なんでどうして私なのを繰り返して、逃げたくて泣きたくて。
それでも。
隠して、押し込めて押し殺して、虚勢と見栄を張って。聞き分けのいいふりをして。そうやってずっと張り詰めていた。ひとりで神殿に行ってから、いや、もっと前、この世界に来た時から。もしかしたらもっともっと前から、ずっと我慢してきた。
そんな、心の底で澱になって凍らせていたもの。それがウィルフリードに抱き締められて、彼の体温で溶けてしまった。
涙になって出ていって、空になったところに温かいものが入り込んでくる。
彼の声が、においが、体温が。
とろりと落ちてきて、ふわりと溶けていく。
甘くて、あたたかくて、安心する。
随分長い間泣いていた気がする。
その間ずっと結慧の言葉に相槌を打ちながら抱き締めていてくれたウィルフリード。ようやく止まった涙の最後の一滴、目尻に溜まった雫を優しく指で拭ってくれる。
「もう平気?」
「……ええ、ごめんなさい。恥ずかしいところをみせてしまって」
「そんな事ないよ」
「…………あのね、」
「うん?」
今なら素直に言える気がする。
蜂蜜みたいな優しさで包んでくれる。
この人の事が、
「私、貴方の事が好きです。もしも、まだ貴方が私の事を好きだと言ってくれるのなら……これからも、一緒にいていいかしら」
言葉は案外するりと出てきた。
あんなに悩む必要なんてなかったのね。
「もちろんだよ。――――ずっと一緒にいよう」
きらきら輝く街の明かりも、まわりの木々も、月の輝く夜空も。すべてが見えなくなって、かわりに視界の全部がウィルフリードで埋まる。
世界が蜂蜜色に染まって、触れた唇は温かくて優しくて。何度も重なる甘さに溶ける。
一緒にいたい。ここにいたい。ここがいい。
そう思える場所をやっと見つけた。
月が輝きを増したような気がしたけれど、二人がそれに気づくことはなかった。
*** *** *** ***
これにて本編終了です。
以降、蛇足が四本あります。
もしよろしければあとちょっとお付き合いください。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
【中間選考残作品】医大生が聖女として異世界に召喚されましたが、魔力はからっきしなので現代医術の力で治癒魔法を偽装します!【3章終】
みやこ。@他コン2作通過
ファンタジー
♦️カクヨム様で開催されたコンテストで中間選考に残った作品です。
元医療従事者によるちょっぴりリアルな異世界転移ラブコメディ♡
唱える呪文はデタラメ、杖は注射器、聖水ならぬ聖薬で無垢な人々を欺き、王子を脅す。突然異世界に飛ばされても己の知識と生存本能で図太く生き残る......そんな聖女のイメージとはかけ離れた一風変わった聖女(仮)の黒宮小夜、20歳。
彼女は都内の医科大学に特待生として通う少しだけ貧しい普通の女の子だったが、ある日突然異世界に召喚されてしまう。
しかし、聖女として異世界召喚されたというのに、小夜には魔力が無かった。その代わりに小夜を召喚したという老婆に勝手に改造されたスマートフォンに唯一残った不思議なアプリで元の世界の医療器具や医薬品を召喚出来る事に気付く。
小夜が召喚されたエーデルシュタイン王国では王の不貞により生まれ、国を恨んでいる第二王子による呪いで国民が次々と亡くなっているという。
しかし、医者を目指す小夜は直ぐにそれが呪いによる物では無いと気が付いた。
聖女では無く医者の卵として困っている人々を助けようとするが、エーデルシュタイン王国では全ての病は呪いや悪魔による仕業とされ、治療といえば聖職者の仕事であった。
小夜は召喚された村の人達の信用を得て当面の生活を保障して貰うため、成り行きから聖女を騙り、病に苦しむ人々を救う事になるのだった————。
★登場人物
・黒宮小夜(くろみやさよ)⋯⋯20歳、貧乏育ちで色々と苦労したため気が強い。家族に迷惑を掛けない為に死に物狂いで勉強し、医大の特待生という立場を勝ち取った。
・ルッツ⋯⋯21歳、小夜が召喚された村の村長の息子。身体は大きいが小心者。
・フィン⋯⋯18歳、儚げな美少年。聖女に興味津々。
・ミハエル・フォン・ヴィルヘルム⋯⋯20歳、エーデルシュタイン王国の第二王子。不思議な見た目をしている。
・ルイス・シュミット⋯⋯19歳、ミハエルの護衛騎士。
⚠️ 薬や器具の名前が偶に出てきますが、なんか薬使ってるな〜くらいの認識で問題ございません。また、誤りがあった場合にはご指摘いただけますと幸いです。
現在、ファンタジー小説大賞に参加中です。応援していただけると嬉しいです!
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
一般職アクセサリーショップが万能すぎるせいで、貴族のお嬢様が嫁いできた!〜勇者や賢者なんていりません。アクセサリーを一つ下さい〜
茄子の皮
ファンタジー
10歳の男の子エルジュは、天職の儀式で一般職【アクセサリーショップ】を授かる。街のダンジョンで稼ぐ冒険者の父カイルの助けになるべく、スキルアップを目指すが、街全体を巻き込む事態に?
エルジュが天職【アクセサリーショップ】で進む冒険物語。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~
ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉
攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。
私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。
美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~!
【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避
【2章】王国発展・vs.ヒロイン
【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。
※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。
※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差)
ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/
Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/
※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。
異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!
明衣令央
ファンタジー
糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。
一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。
だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。
そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。
この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。
2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。
聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。
そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来?
エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる