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第二章 月の国

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 寝泊まりしている宿に戻った結慧は、ベッドにごろりと横になった。
 二段ベッドの下の段。カーテンで区切られたここだけが結慧のプライベートスペースだ。荷物は備え付けの金庫へ入れて、トイレは共用、風呂は公共浴場へ。
 限りあるお金は大事に使う。
 けれど、そのお金はどうにか目処がつきそうだ。ほ、と吐いた息がころりと転がって薄闇に溶ける。

 いい人だった。思っていたよりも、ずっと。

 寝返りをうつ。目を閉じる。
 落ち着いた色のカウンターに、少し汗をかいたグラス。揺れる柔らかそうな茶色の髪。
 目蓋の裏の残像をゆるゆるとなぞる。

 今日だけで、色々なことがあった。

 連れていってもらったバーで知り合った、オシアス。この世界に来てからの結慧の疑問に答えをくれた魔術師。
 ”魅了”
 陽菜の、あのピンク色の触手。
 気味が悪いと怯えていたものの名前がわかった。解決策があった。それが、どれだけ心強いことか。そして、

 かけていた眼鏡をはずす。
 結慧がつくったらしい、魔道具。
 外したところで、視界がぼやけることはない。だって、結慧の視力は悪くないのだから。

 代わりにぼやりと浮かんでくるのは昔見た光景と、誰かの声。ひそひそ、こそこそ、くすくす。興味と、悪意と、嘲笑と。ちくちく突き刺さる視線に目を向けてもぱっと逸らされる顔。

 目を塞いで耳を塞いで心を塞いで。
 誰とも関わりたくなくて、誰にも話しかけられたくなくて。自分という存在をできるだけ消したくて。

『ユエちゃんは本当に目立ちたくなかったんだね』

 ふわりと柔らかい布にくるまれた言葉は、けれど確かな重量をもって結慧のなかに落ちてきた。

 そう、だからきっとこんな眼鏡ができてしまったんだろう。だって誰の気にも止まらなければ、傷つくこともないのだから。
 
 誰かに助けて欲しくて、でも誰も助けてくれなくて、助けての言い方もわからなくて。
 神様なら助けてくれるのかと読んだ神話の本は、結局助けてくれなかったけれど。

(そうだ。神様の事、教えてくれるって……)

 ウィルフリードに、給料はお礼にならないと言われて。それならと言った言葉に彼は笑顔で頷いてくれた。

(たのしみ、)

 迷惑じゃないかな。やっぱりやめた方がいいかな。でも、楽しみで仕方ない。
 元の世界でも趣味だった神話にこちらでも触れられる事が。また彼と出掛けられることが。

 取り留めなく色々な事が目蓋の裏を通りすぎていく。

 薄紫色の空、大きな虹。
 目を細めてそれを見つめる横顔。

 眠りに落ちる寸前、心に絡まって溶けていった。


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