上 下
21 / 91
第二章 月の国

2-5

しおりを挟む

「ねぇ陽菜ちゃん、ここ間違ってるわ」
「えぇ~?あたしちゃんと見たのにぃ」

 カリカリカリ……

「陽菜ちゃん、ここ」
「あれぇ~?」

 カリカリカリ……

「あのね、ここもね、」
「なんでぇ~?」

 こっちが聞きたい。
 書き写すだけなのに、どうしてそう頻繁に間違えられるのか。自分の間違いを素直に認めて、きちんと修正しようとするその姿勢は素晴らしい。けど、間違えすぎ!
 ああ、修正だらけで清書の意味がなくなっていく。あれならもう始めから書き直した方が早い。
 
 誰がやるのかって?
 うん、知ってた。

 本来なら何がなんでも自力で修正させるところだろうが、陽菜は正式な雇用でもない。
 両隣の人たちは忙しそうで、結慧が陽菜に指摘する度にチラリとこちらを確認する程度。しかもすごくしかめっ面で。
 いびってるとでも思われてるんだろう。その視線にも嫌気がさしてきた。間違いが少ししかない書類は自分で直させるとして、酷いのはこっちでやろう。

 そうして時間はすぎ、昼休みの鐘が鳴る。

「あぁ~つかれたぁ」
 
 そうね疲れたわ。主にあなたのせいで。
 陽菜の清書ができたものに目を通し、間違いを指摘して直させて、あんまりにも酷いものは結慧が修正もしくは書き直し……。

「あれぇ、結慧さんそれだけしかできてないのぉ?」

 ええおかげさまで!

「あたし、できたの出してくる!あ、結慧さんのも一緒に出してくるねぇ」

 ため息がでる。
 ここまでできないとは……

「ウィルさぁん、できた!」
「わ、一人でもうこんなにできたの?すごい、さすが聖女様」
「えへへぇ」

 もう慣れたものよ、こんなのは。
 ウィルフリードのデスク周りには皆が集まって陽菜を褒め称えている。何人かは「それに比べて…」とこちらをチラチラ見てきて、はぁ。
 お昼食べに行こ。


***

(あれ、)

 昼休憩後も変わらず、清書と陽菜の尻拭い。ちなみにお昼ごはんは社食があって、ボリューミーでおいしいのにすごく低価格だった。万歳。
 包んだサンドイッチや惣菜も置いてあって、テイクアウトもできるようだ。明日からそうする。

 それはともかく、この資料。
 計算ミスがある。

 この「中央広場の夜間照明における魔石使用料について」という稟議書。どこの世界もこういうのあるのね。

 ちなみに魔石というのはもとの世界でいうところの電池のようなもの。ほとんどの家電や電車なんかもこれで動いている。少量の自分の魔力を流し込んで起動すれば、あとは蓄積されていた魔力が流れてものを動かす仕組みだ。

 魔石ひとつでライトアップの魔法を何時間保てるか、魔石のグレード別予測使用量とその費用計算がされているものなのだけれど。その計算がどう見ても違う。

(私じゃ分からないわ)

 当たり前である。
 とりあえず、そこだけとばしてあとは清書してしまう。

「エンデさん、今お時間よろしいですか?」
「急ぎですか?」
「それは私には判断できませんが、計算ミスです。提出は明日までだとメモ書きがありました」
「どこ?」
「グレード3の魔石です。添付資料が手元にないので、間違っているのが計算なのか単価なのかは不明です」
「あ、ほんとだね。あとはこっちで確認します」
「お願いします。そこ以外は清書済みです」

 場合によっては添付資料の修正も必要だろう。そう伝えて結慧は自席に戻る。

(ああ、なんだろうこれ)

 なんだかひどく懐かしい、業務上での会話。
 この世界に来る前は毎日のようにしていたやりとり。以前はもううんざりしてたくらいなのに、どうしてこんなにほっとするのか。

(そっか、やっぱり不安だったんだ)

 この世界にむりやり、しかも巻き込まれてやってきて。陽菜のように特別な存在であるはずがなく。
 求められてここにいるわけではない。自ら望んでここにいるわけでもない。誰かの役にたっているわけでもない。理不尽に嫌われて、居場所がなくて。

(大丈夫、まだ、だいじょうぶ)

 やれること、できることはきっとある。
 それはたとえば、計算ミスを見つけることだったりする。

 この世界にきて、はじめて何かを成せた気がして、結慧はひとり、ゆるゆると笑った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【中間選考残作品】医大生が聖女として異世界に召喚されましたが、魔力はからっきしなので現代医術の力で治癒魔法を偽装します!【3章終】

みやこ。@他コン2作通過
ファンタジー
♦️カクヨム様で開催されたコンテストで中間選考に残った作品です。 元医療従事者によるちょっぴりリアルな異世界転移ラブコメディ♡ 唱える呪文はデタラメ、杖は注射器、聖水ならぬ聖薬で無垢な人々を欺き、王子を脅す。突然異世界に飛ばされても己の知識と生存本能で図太く生き残る......そんな聖女のイメージとはかけ離れた一風変わった聖女(仮)の黒宮小夜、20歳。 彼女は都内の医科大学に特待生として通う少しだけ貧しい普通の女の子だったが、ある日突然異世界に召喚されてしまう。 しかし、聖女として異世界召喚されたというのに、小夜には魔力が無かった。その代わりに小夜を召喚したという老婆に勝手に改造されたスマートフォンに唯一残った不思議なアプリで元の世界の医療器具や医薬品を召喚出来る事に気付く。 小夜が召喚されたエーデルシュタイン王国では王の不貞により生まれ、国を恨んでいる第二王子による呪いで国民が次々と亡くなっているという。 しかし、医者を目指す小夜は直ぐにそれが呪いによる物では無いと気が付いた。 聖女では無く医者の卵として困っている人々を助けようとするが、エーデルシュタイン王国では全ての病は呪いや悪魔による仕業とされ、治療といえば聖職者の仕事であった。 小夜は召喚された村の人達の信用を得て当面の生活を保障して貰うため、成り行きから聖女を騙り、病に苦しむ人々を救う事になるのだった————。 ★登場人物 ・黒宮小夜(くろみやさよ)⋯⋯20歳、貧乏育ちで色々と苦労したため気が強い。家族に迷惑を掛けない為に死に物狂いで勉強し、医大の特待生という立場を勝ち取った。 ・ルッツ⋯⋯21歳、小夜が召喚された村の村長の息子。身体は大きいが小心者。 ・フィン⋯⋯18歳、儚げな美少年。聖女に興味津々。 ・ミハエル・フォン・ヴィルヘルム⋯⋯20歳、エーデルシュタイン王国の第二王子。不思議な見た目をしている。 ・ルイス・シュミット⋯⋯19歳、ミハエルの護衛騎士。 ⚠️ 薬や器具の名前が偶に出てきますが、なんか薬使ってるな〜くらいの認識で問題ございません。また、誤りがあった場合にはご指摘いただけますと幸いです。 現在、ファンタジー小説大賞に参加中です。応援していただけると嬉しいです!

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ

翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL 十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。 高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。 そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。 要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。 曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。 その額なんと、50億円。 あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。 だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。 だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。

深刻な女神パワー不足によりチートスキルを貰えず転移した俺だが、そのおかげで敵からマークされなかった

ぐうのすけ
ファンタジー
日本の社会人として暮らす|大倉潤《おおくらじゅん》は女神に英雄【ジュン】として18才に若返り異世界に召喚される。 ジュンがチートスキルを持たず、他の転移者はチートスキルを保持している為、転移してすぐにジュンはパーティーを追放された。 ジュンは最弱ジョブの投資家でロクなスキルが無いと絶望するが【経験値投資】スキルは規格外の力を持っていた。 この力でレベルを上げつつ助けたみんなに感謝され、更に超絶美少女が俺の眷属になっていく。 一方俺を追放した勇者パーティーは横暴な態度で味方に嫌われ、素行の悪さから幸運値が下がり、敵にマークされる事で衰退していく。 女神から英雄の役目は世界を救う事で、どんな手を使っても構わないし人格は問わないと聞くが、ジュンは気づく。 あのゆるふわ女神の世界管理に問題があるんじゃね? あの女神の完璧な美貌と笑顔に騙されていたが、あいつの性格はゆるふわJKだ! あいつの管理を変えないと世界が滅びる! ゲームのように普通の動きをしたら駄目だ! ジュンは世界を救う為【深刻な女神力不足】の改善を進める。 念のためR15にしてます。 カクヨムにも先行投稿中

外れスキル?だが最強だ ~不人気な土属性でも地球の知識で無双する~

海道一人
ファンタジー
俺は地球という異世界に転移し、六年後に元の世界へと戻ってきた。 地球は魔法が使えないかわりに科学という知識が発展していた。 俺が元の世界に戻ってきた時に身につけた特殊スキルはよりにもよって一番不人気の土属性だった。 だけど悔しくはない。 何故なら地球にいた六年間の間に身につけた知識がある。 そしてあらゆる物質を操れる土属性こそが最強だと知っているからだ。 ひょんなことから小さな村を襲ってきた山賊を土属性の力と地球の知識で討伐した俺はフィルド王国の調査隊長をしているアマーリアという女騎士と知り合うことになった。 アマーリアの協力もあってフィルド王国の首都ゴルドで暮らせるようになった俺は王国の陰で蠢く陰謀に巻き込まれていく。 フィルド王国を守るための俺の戦いが始まろうとしていた。 ※この小説は小説家になろうとカクヨムにも投稿しています

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...