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第一章 太陽の国

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 月の国の首都をとりあえずの目的地として、旅は進んでいく。

 聖女ご一行様は、相も変わらず公共交通機関で旅を続けている。
 陽菜が気になると言った町には途中下車して立ち寄るし、ショッピングだって食べ歩きだって楽しんでいく。夜になれば野営なんてものはもちろんせずに、中~上等の宿に宿泊する。
 結慧は町に入ったら陽菜たちとは別行動をすることにした。宿は陽菜たちとは別の安い宿を探して一人で泊まる。ホステルのような安宿で、見知らぬ人と相部屋だったりしたがこちらのほうがよほど気が楽だ。
 
 置き去りにされたりしないかなとちょっと期待してみたけれどそれはなかった。なにせ陽菜が集合場所に律儀に来るから。彼女以外の全員は毎回苦虫を噛み潰したような顔を会わせる羽目になっている。結慧が集合場所に行かなければ、陽菜はいつまでも結慧を探すだろうし。

 時々魔獣に行き合うこともある。陽菜の聖女の祈りというのは本当だったらしく、祈りを捧げると彼女の身体が薄く輝いた。あたたかい、太陽の色の光。その光がふわりと舞って三人に触れればいつも以上の力を発揮してあっという間に魔獣を倒してしまった。
 時には人目のあるところでそんなことをやれば、あっという間に噂は広がっていく。

 太陽の聖女が、太陽を取り戻そうと立ち上がった。

 奇跡の御術で魔獣を退け、人々を救う。

 間違ってはいないんだけど、なんだかなぁ。
 結慧は基本的に移動時以外は別行動なので、彼女たちと共に魔獣に遭遇する率は少ない。たまにそうなってしまう時もあるけれど、何とかここまでは無事でいる。

 
 陽菜はどの街でも人々を改宗させようとする。
 どうやら本当にあの時の話は聞き流していたらしい。本人に聞いてみたら「あたしバカだからぁ、難しい話ってよくわかんなくってぇ~」だそうだ。
 そんな陽菜にルイは折に触れ月神がどんなひどい事をしているか、太陽神がどんなに素晴らしいかを語っているらしい。子供に聞かせるような言葉で。そして陽菜はそれを信じた。

 陽菜は素直で、人を疑わない。
 正義感が強く、正しいと思えばそれを口にする。

 与えられた情報を精査せずに素直に信じ、人の言葉を疑うことはない。ただし、その情報は少しでも分かりにくかったら耳には入らないし、耳に入ったところで自分に都合のいいように修正される。
 自分の正義をも疑うことはないから、たとえそれが他者にとって迷惑極まりないことだったとしても思ったことを思ったままに口にする。
 
 ある時、あんまりにも言動が目についた結慧が「月神がやったっていう証拠がないのよ」と言ってみたけれど、「じゃあ早く月神を捕まえて、疑われてるからこんなこともうやめてって言ってあげないと!」と訳の分からない返事をされた。
 そしてこの瞬間に結慧は陽菜を説得するのをやめた。
 所詮他人なので。陽菜も月神も。

 そうして誰にも止められることがなくなった陽菜は、月神なんて信仰していてはダメだと説いてまわる。思い入れのあるものを捨てさせ、それでいいと満足する。
 あの触手の力で。

 あれが日本にいたときから出ていたんだとしたら。
 向こうの世界には魔法なんてものが存在しない。けれど、陽菜にはものすごく高い魔力があった。魔法がないのではなくて、見えないだけだとしたら。そういう力は確かに存在しているけれど、見つかっていないだけだとしたら。

 自分の意見は絶対に通るし、みんなが自分に賛同してくれる。ずっとそうだったのだろう。
 
 陽菜はちやほやされ慣れすぎている。やっかみとかそういうのじゃなくて、客観的に見てそうなのだ。
 これ食べなよ、これあげるよ、やってあげる、持ってあげる、……そういう言葉に一切遠慮しない。高額なものを買ってあげると言われた時でさえ、悪いからなんて言わない。「ありがとう、嬉しい!」といって受けとる。

 これも「昔からみんなが色んなものくれたりやってくれたりするの」と本人が言っていたから。
 昔からこんな感じだったんだとしたら、何も考えないし何もできなくなるだろう。

 

 こうして、直行すればすぐ着くはずの道程を寄り道に寄り道を重ね、聖女ご一行様は月の国の首都にようやくたどり着いたのだった。
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