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第一章 太陽の国

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 上等な革張りのソファに大きな一枚板のテーブル。そこに並ぶ紅茶がふたつ。結慧のものと、もうひとつ。彼女、大日向陽菜のもの。ルイに連れられてやって来たここは教会の応接間のようだ。
 
 陽菜からは相変わらずピンク色の触手が出ていて、結慧に絡みつこうとしているのが眼鏡の隙間から見える。
 ただ、その度にぱちん、と小さく音を立てて弾かれるのでとりあえず問題なしと無視することにした。だいぶ不快だけれど。

 今はそれよりも問題がある。先程からどうも、ルイの態度がおかしいのだ。おかしいというか、冷たい。ルイだけではない。あそこにいたすべての人が結慧に対して冷たい態度をとってくる。
 この応接間に来るのだって、彼らは陽菜だけを連れて行こうとしていた。置いていかれるのは流石に、と思い声を上げれば「まだいたのか」と言われる始末。陽菜が一緒が良いと言っていなければ本当に置いてけぼりを食らっていただろう。

 原因は、わかる。たぶん。
 陽菜から出ているアレ。陽菜が目覚める前、あのピンク色の触手が巻き付く前のルイは丁寧で、結慧を気遣う様子もあった。きちんと会話、意思の疎通もできていた。それが今では。
 
「私達がお呼びしたのは聖女様だけ。貴女に説明することなどありません」

 こう。
 原因は分かるが理由が分からない。対処方法も分からない。現状、あれが巻き付くと態度がおかしくなるということだけ。彼ら同士は普通に接しているから、これは結慧に対してだけ。

「私だってここにいたくているわけではないわ。けれどこの状況を作ったのはそちらでしょう?」
「勝手に来ておいて何を言っているのやら」
「あたしにも説明してよぉ」
「ええ、もちろんです。では貴女は退席を」
「結慧さんも一緒じゃだめ?あたし馬鹿だからぁ…一人じゃ不安だよぉ」
「聖女様がそこまでおっしゃるなら」

 反射で出そうになった溜息をどうにか飲み込んで口を閉じる。陽菜の間延びした喋り方もルイの聖職者らしからぬデレデレした顔ももはや茶番劇のようだけれど、聞きたいことがきけるならそれでいい。

「まず、ここは太陽の国にあります太陽教会。その中心機関の中央協会です。我々は聖女…陽菜様を異世界からお呼びいたしました。この世界を救っていただくために」

 結慧は爪先を踏んでみた。
 痛い。

「三年前、太陽が突然昇らなくなりました」

 この国だけではない、世界中から太陽が消えてしまった。それ以降、世界は徐々に荒れはじめた。
 まず植物が枯れ、農作物も家畜の餌も育たない。まだ何とかもっているものの、食糧難はすぐそこ。失業者も増え、治安の悪化も止まらない。
 病気の流行、育たない子供。人口減の兆し。
 
「原因は月神。あの悪神が太陽神様から大切な宝珠を奪い、太陽を消してしまったのです」
「……何故そう言い切れるんです?」
「そんなの、太陽神様がそう仰っていたからに決まっているでしょう」
「え?」
 
 思わず口を挟まずにはいられなかった。そうして帰ってきた答えもまた耳を疑うものだったけれど。それを心底馬鹿にしたような顔で言われても困る。
 
「えっとぉ、こっちの世界では神様とお話できるの?」
「ええ、もちろん。聖女様の世界では違うのですか?」
「そうなんだ!すごぉい!あたし達の世界じゃそんなことできないもん!」
 
 頭が痛い。これが異世界ギャップというやつだろうか。変な新興宗教だったらどうしよう。
 
「神の声は我々のように修行を積んだ聖職者にしか聞こえませんが……そうですね、聖女様の世界では違うというのなら私の話は俄に信じがたいかもしれません」
 
 そう言うとルイは立ち上がって窓辺に寄る。薄明かりのさす窓に。
 
「今は午前九時ですが……太陽がないのがお分かりになりますか?」
 
 促され、立ち上がる。陽菜と二人で覗き込んだ空は雲一つない薄紫色の空。夜明け直前の色だ。
 空の端は光り、太陽がすぐそこにあるのは分かるのに。
 
「こういうの外国にありますよね~白夜だっけぇ?」
「陽が昇らないのなら極夜よ」
「そうなんだぁ!結慧さんって物知り~」
 
 結慧は陽菜の言葉を流して腕時計を確認する。針はきちんと動いている。九時。時差はないらしい。
 ルイの「信じていただけましたでしょうか」という言葉でソファに戻る。

「聖女様をお呼びするようにと言われたのも太陽神様です。あの御方はこの状況を憂い、聖女様であればと」
「聖女ってなにするの?」
「はい、聖女様には太陽神様の使いとして月神を探していただきたいのです。そして宝珠を取り返し太陽神様に届け、世界に再び太陽を蘇らせる使命があるのです」
 
 どうか、とルイが陽菜の手を取る。陽菜は「えっとぉ…」と困った顔でちらりと結慧をうかがってくる。ああ、ここで分かりましたぁ!なんて即決するような子ではないのね。だけど、

「……彼女の代わりにいくつか質問をしても?」
「何故貴女が?」

 ほらね、断られるでしょう。けれど陽菜の「お願いします」という言葉に渋々ルイが頷いた。

「まず、聖女であればできるという根拠は?」
「太陽神様がそう仰られたので」
「その太陽神はご自分でなんとかしようと思わなかったのですか?」
「もちろんされました。けれど月神は姿すら見せないのです」
「では月神を探すというのは、具体的にはどこを?」
「わかりません。各国を巡って手がかりを探さなければ」

 陽菜の代理ということならばルイはまともに答える。もっとも、その回答の殆どは具体性にかけるけれど。他にも諸々質問をしてみても、すべて「太陽神様が仰っていたので」に終始する。

「では最後に、彼女が聖女だという証拠は?」
「まさか聖女様を疑ってらっしゃる?」
「そうではないわ。何をもって聖女と判断したのかを教えてくださる?」
「彼女の金色に輝く髪、青空色の瞳。これらは太陽神様の神子である証拠です」
「こちらでこの色は珍しいのかしら」
「ええ、まず目にしません」

 そういえば結慧たちを囲んでいた男の中には金髪碧眼はいなかった気がする。

「陽菜ちゃん、髪と目は自前?」
「うん、おばあちゃんががフランス人でぇ」
「そう」

 これで髪染めとカラコンだったらどうしようかと思った。けれどまぁ、天然物ならばルイの主張も通るといえば通る。地球基準だと通らないが。

「私達の世界ではこの色は普通にいますよ」
「……聖女様、それは本当ですか?」
「うん。あたしのいた国では珍しいけどぉ」

 そう告げればルイはふむ、と一瞬考えて。

「わかりました。では魔力を測る装置がありますのでそちらをお持ちします。聖女様であれば類稀なるお力をお持ちでしょうからすぐに分かると思いますよ」




 
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