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番外編:案外苦労人な神官長がエロい感じになりません。

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15歳の時、王子である私が生まれ育った王宮から神殿へと住処を変えねばならない事件が起こった。

 起こったというか、自ら起こしたというのが正しかったのだが、真相は限られた者のみが知っているので、現在の一般的な認識としては『不幸な事件』と言って間違いではない。



 私はこの国の王と側妃の間にできた王子の一人であり、上には大国の王女であった王妃を母に持つ長兄と元公爵令嬢である第2妃を母に持つ次兄がいた。

 母である第3妃は、容姿は美しかったが大人しく控えめな女性で、いつまで経っても慣れることのできない後宮でいつもどこか萎縮して過ごしていた。

 母自身は王の妃になるなんて大それた事を望まず、それなりに家柄の合った相手と結婚して、地味で穏やかな結婚生活を夢見るような、普通の下級貴族の令嬢だった。

 しかし、他人からみれば幸運かもしれないが母としては不運にも、父王が即位して間もない頃に見初められ、その夢は潰える事となってしまう。

 父王は、常にひっそりと控え、出しゃばることのない母を大層寵愛していたのだった。



 母が望むと望まざると、一時的に王の寵愛を受けただけだったならまだしも、その結果私という息子ができてしまったため、彼女は否応なく後宮の権力争いに巻き込まれることとなる。



 王から最も愛される寵姫が王子を産んだ。



 ……そのことによって様々な思惑が私達を襲い……元々他人からの悪意に耐性のない母であったが、私を守らなければならないと、大した後ろ盾もない儚い身の上でありながらも決意したという。





 大国から嫁いだ王妃は聡明な方であり、王に対しては妃として寵愛を求めるような所はなく、お互いを同業者のような、仕事上の仲間のような距離感で接していると仰っていた。

 そのため、母に対して辛く当たる様なこともなく、むしろ一人で必死に頑張る母を気遣うことすらあったが…問題は、同じく自国の貴族出身である第2妃であった。

 母とは王に嫁ぐ前から面識があったが、公爵令嬢であった第2妃は、格下の貧乏子爵家の娘にすぎない母を蔑むような一面もあったという。



 その後、第2妃が政略的な理由で王に嫁ぎ、1年程遅れて母が王に見初められて嫁いだ時……その美しい第2妃の歪んだ微笑が悪夢の様だったと、母は悲しそうに言っていた。



 その日から、あまり大っぴらにならない程度の細々とした嫌がらせや当てこすりじみた言いがかりが始まり、母の精神は日に日に摩耗していったという。

 時には侍女や側仕えからの訴えを聞いた王や王妃が第2妃を嗜めることはあったが、その事によってより陰湿に、一層辛く当たられるので、いつしか母は誰にも言わずに黙って耐えるようになっていた。



 そんな日々の中、第2妃は次兄を妊娠した。長兄の出産から2年程後のことである。

 ようやく子供を授かった彼女は得意満面で大層ご機嫌であり、母もこれで落ち着いた生活が送れるとホッとしたと言う。

 しかし、それから数ヶ月後に母が私を身ごもると、その上機嫌も続かなかった。

 自身も身重であるというのに、同じく父の子を宿す母に対する嫌がらせが勢いを増したという。

 というのも、父王が自分の宮よりも格下である母の宮ばかり訪れ、自分より短い期間で妊娠したことが許せなかったそうだ。



 それから14年。

 会うと恨み言ばかりを垂れ流す第2妃の宮から自然と王の足が遠のき、それに比して寵愛を失わない母に対する憎しみは年々いや増していったのだった。。



 長兄が16歳、私と次兄は13歳の頃の事である。

 長兄は聡明で達観した所のある王妃の性質を受け継ぎ、母方の実家の後押しもあって王太子となった。



 私は、幼い頃から神獣さまにちなんだ物に囲まれていればご満悦であり、兄たちの争いにも関係のない、呑気な3番目の王子としての地位を確立していた。

 対して次兄は、王太子となるような野心もない穏やかで飄々としていたものの、根は真面目な気質の少年であったため、私達3兄弟は、母親達の思惑とは裏腹に、そこそこの距離感で嫌い合うこともなくそれなりに過ごしていたのだが…。



 第2妃やその一族は、次兄を次期国王にと推していた一派でもあったため、王太子が長兄と決定し、大層落胆したという。

 しかし、そこは代々続く歴史ある大貴族、公爵家の面々。

 王太子レースに破れたものの、一旦はその事実を受け止めつつ、虎視眈々とその地位を奪い去ることを画策しながら長兄を支えていく方向に戦略をシフトしていくことを決定した。

 当然、その戦略を決定した公爵は、自身の娘である第2妃にもそう言い聞かせたため、一先ずしばらくは落ち着いた生活ができるので安心した。



「このまま兄上が国王になってくれればいいんだけどな…」と、家族での集まりがあった際、こっそり母親に聞かれないよう、次兄は言葉を漏らしていたのだった。



 当の息子がそれなのに、頭ではわかっていても心情的に納得のできない第2妃は、愚かな事に王妃や長兄を狙うのではなく、再び王の心を未だに捉え続けている母を陥れることでウサを晴らそうとした。

 どこまでも矮小で近視眼的な女であるが、それだけに憎悪の念は侮ることはできない。

 そしてそんな彼女を諌めるべき側近たちも、標的が王妃ではなく後ろ盾のない第3妃であったため、その内飽きるだろうと黙認していたのだった。



 元々公爵令嬢として最低限の王妃教育は受けているので、外面を取り繕う術は一級品である。

 同性で格下と蔑んでいる母に対してはともかく、私や父、次兄に対しては、実はそれ程本性を出してはこなかった。

 そのため、辛く当たられて俯いている母の近くにいながら、「怖いおばさんだな」としか思っていなかった。



 当時、母や父に守られていた私は、愚かにも彼女の言動の裏にある邪悪な思惑に気づくことができなかったのだった。







「アスラン王子。………第3妃が…御母上がお亡くなりになりました」



 熱い夏の日、王宮の木陰で涼を取っていた時だった。

 うだるような暑さの中、私に訃報を知らせる若い侍従が、一瞬何を言っているのかわからなかった。



 母は一昨日、故郷の近くにあるという馴染みの孤児院へ慰問に向かっていたのではなかっただろうか?

 この者は何を言っているのか?



 きっと、何かの間違いに違いないと思っていたかったが…その後父王に呼び出されて事の詳細を聞かされた。

 侍従と同様の言葉を告げる父の、泣きはらした様な目をして微かに震える姿に、これが真実なのだと理解してたが、感情は凪いだように静かだった。



 母は、馬車で崖から転落して亡くなったのだが、馬車の中にはかつて幼馴染で婚約まで整いかけたオルレアン子爵の姿があったという。

 馬車ごとバラバラになってしまい、身元が判明するには時間を要したらしいが。



『第3妃が、王以外の男と馬車に同乗して、どこへ行こうとしていたのだろうか?』



 箝口令が敷かれていたはずなのに、どこからともなく漏れた噂話が、宮廷中の一大スキャンダルとして持ち切りとなったが、そんな噂のような事実はあり得なかった。



 母は、父にあれだけ執着されながら同時に誰かを想い、関係を持てる程器用な人ではない。

 社交界での振る舞い方ですら持て余すほど、愚直なまでに正直で真面目な女だった。

 それ以上に、昔はどう思っていたのかまではわからないし、そういうことを子供に語るような人ではなかったが、母は確かに父を愛していた。

 多忙な父の訪れを心待ちにし、それでも時間を作って会いに来る父に、不器用ながらも嬉しそうに甘えている姿は、決して偽りではなかったと断言できる。



 ずっとそんな母と接してきた父ならきっと、自分と同じ様に感じているはずだと思い、この不可解な所が多い事件の裏を…真相を明かして欲しいと訴えた。

 しかし、父は母の人生を歪めてまで自分の我儘を押し通したことにずっと負い目を感じていたようで……私の訴えに対して諦めたように力なく微笑んだ。



「……あれのことは、もういいのだ。

 思えば、私が妃を我が物にしたいがために子爵から奪ったことが、この事件の引き金だったのやも知れぬ。

 彼らが命を落としたことを悲しんでも、真相の知れぬ事柄に何の罪を問うこともすまい。

 あの者たちの命を奪う原因となった盗賊も全員捕えた後、大半を処刑し終えた。

 お前も不幸な事故で母を亡くし、さぞかし辛かろう。

 お前達の縁者であるドーソン子爵家も、あれの叔父である当主は、何も知らない関係ないと言い張っている。

 私の息子であるお前はこのまま王宮で…時が来れば適当な領地と公爵位を与えてやるので、しばらくは私の庇護の元暮らすと良い」



 こんなに頼りなく、視線も合わせようとしない程傷ついた顔をする……腑抜けた父の姿を見たのは初めてだった。

 そして、自分の女が不名誉な噂を立てられ不義の罪を着せられようとしているのに、自分の心を守るため真相を明かすことを恐れ、動こうとしない小心さに腹がたつ。

 母の葬儀を終えた後も、何も感情は動かず、そのくせ眠ることも食べることも億劫になる程の倦怠感があったが、それら全てを塗りつぶすほどの怒りが、私の肚の中に存在するのを感じた。



「父上、私は母の想いを信じております。

 母は貴方を想っていたというのに……どうして当の本人に信じてはいただけないのでしょうか?

 私の母は、嫌った相手の子供を嫌々産み、おざなりな愛情を子供に与えるような情のない人間ではありません。まして、王の寵愛を受けながら他の男と通じるような器用なことが出来る人でもありませんでした。

 貴方方に愛され、一番近くで二人を見てきた息子の言うことでも、信じていただけませんか?」



 情けない父の姿は見たくなかったというのに、私の言葉に目を丸くして驚く無防備な姿を晒され、より一層の怒りが私の頭を占拠した。



「これだけ言ってもまだ、己の傷心に浸り、真実に目を向けようとされないのであれば、私はその様な腑抜けた父親などいりません」



 そう言って父に背を向け、「…アスランっ」と背中にかかる呼びかけを無視して、王の私室を退去した。







 その後、私は母を失った悲しみを怒りで塗り潰すかのように、事の真相を追求すべく暗躍した。

 とはいえ、所詮儚い身の上の弱小王子のできることは限られているけれども、頭は氷のように冷えていたため、冷静に事の経緯をさらっていくことができた。



 いくら王宮が万魔殿とは言え、当たり障りなく過ごそうとしていた、大人しい第3妃をここまで卑劣に陥れようとする相手など、第2妃以外に考えられない……というか、利害が害しかない筆頭があの女なのだ。

 そんな事、少し考えれば分かりそうなものだというのに、あの父は母を愛する余り様々な事に目を瞑った。

 公爵家と真っ向から事を構えることを厭ったのかもしれないが…。それでも許せなかった。



 考えが一つの予想を導き出すと、私と同様そんな父の態度に怒りを覚えていた宰相を味方につけ、処刑を免れている盗賊たちから、手段を選ばず自白を引き出させた。

 第2妃の宮に仕える女官や侍従たちからも、同情を引き、財をちらつかせ、恫喝まがいなやり方で脅すこともあったが、時には体で籠絡する手段であっても構わず使って情報を引き出していく。



 その中でわかったことは、この事件が第2妃の独断で行われたことであり、公爵家は積極的に関わってはいないということだった。



「あの抜け目ない当主が全てを知っていたとしたら、こんな利益にならないことなど止めただろうに、なんとも愚かな事をしでかしたものですね」



 互いの情報をすり合わせながら、あの女の愚かさに宰相は呆れ顔になるも、我が国で勢力をもつ公爵家の相手はかなり慎重さが必要になると、ため息をついた。

 しかし私は、あの女を増長させて私の母の命と名誉を奪った罪を必ず公爵家にも償わせてやると心に決めたのだ。



 第2妃は、次兄が王太子になれなかった恨みを、元々憎んでいた私の母を生贄にすることでウサ晴らしをしようとした。

 王に寵愛を受ける女が、王の想いを踏みにじって昔の婚約者であったオルレアン子爵と今でも通じていたとしたら、なんて楽しいことなのか。

 公爵家の子飼いに荒くれ者を雇わせて、毎年第3妃が慰問に出かける時に襲撃させる計画を練った。その際、まだあの女に気があるオルレアン子爵をそそのかして馬車に乗り込ませる。

 もちろん、御者も護衛も第2妃の手の者とすり替えてあり、余計なことを知る彼らも同時に始末させた。

 ただ誤算だったのは、オルレアン子爵が思いの外抵抗したので、他所で一旦殺した後、第3妃の命を奪ってから同じ馬車に放り込んで崖下に叩き落とすこととなってしまった。



 母が亡くなってから2年近くを掛けてそれらの情報を引きだすことが叶うのだが、この頃になると、最初の頃のマグマの様な怒りは鳴りを潜め、氷のような感情だけが私を動かしていた。



 父王に報告した後、公爵にそれらの証拠を突きつけると、ギリギリと歯噛みをしながら睨みつけられたが、まるで感情は動かず、怯むような気持ちにはなれなかった。



「公爵、貴方方が積極的に動かれた訳ではなかったことも、私達はちゃんと知り得ております」



 宰相は、とても穏やかな口調で囁くように前置きすると、しばらく二人は視線を交わしていたが、先に口を開いたのは公爵の方だった。



「……あれは、容姿も知識も品格も…当家にふさわしい教育によって王の妃たるべく作られた。

 だが、いくら取り繕っても、母親は妾ですらなく、あれに輪をかけて愚かな平民の女だった。

 知識や教養は教育で穴埋めできても、生まれついた心根の卑しさまでは何ともできなかったということか……」



 父親である公爵は肩を落としながら、まるで作り上げた物の様に第2妃のことを語ったが、彼女の生まれに同情するような気持ちはまるで湧いてこなかった。







 その後、全ての罪が露見した第2妃は身分を剥奪されて、処刑されることとなる。

 王妃となるべく教育を受けた大貴族出身の妃が、王族用の豪華な牢獄ではなく平民の牢獄に繋がれて、7日に渡る拷問の末、全身ボロボロになった挙げ句処刑されるのだ。

 もしも公爵家が待ったをかけたならば、修道院にて幽閉程度に収まり、処刑されることはなかったかも知れない。

 しかし、怒りに湧く公爵家が第2妃を助けることはなかった。

 なぜなら、財産の半分を国に取り上げられた挙げ句に家格は侯爵家に格下げされていたため、自身の罪で家まで巻き込んで失脚していった第2妃に関わっている場合ではなかったのだ。



 そして、第2妃の子息である次兄はというと、王位継承権を放棄させられ、王宮内にて幽閉されることとなった。





「………母のやった罪を考えると、お前に憎まれこそすれ、謝られる筋合いはないな。

 お祖父様たちに至っては、まぁ、そこまで悪い人たちじゃなかったけど、母みたいな子供を作って野放しにした、監督不行き届きってところか。

 お祖父様も基本的に前向きな人だから、お家再興に向かって、頑張ってるんじゃないかな?

 だから……そんな申し訳無さそうな顔、するなよ」



 護衛という名の監視付きの部屋で対面が叶い、これまでの事の経緯を説明すると、同い年の兄は不思議なほど落ち着いた様子で微笑んだ。

 普段はスキのないほど整えられた濃い金髪は、洗いざらしのまま額に垂れ、15歳の年齢相応に見えた。しかし、少し疲れたような力ない微笑みであったが、濃い青色の瞳は理知の力がある。

 整った容姿に妙な色気のある兄ではあったが、いつも余裕のある物言いは飄々としていて、私は彼と話すことが嫌いではなかった。

 常なら、第2妃が邪魔をしに入ってくることが多かったため、これ程言葉多く語ったこともなかったが。



「…俺はしばらくこの宮から出ることもできない窮屈な身の上だが、偶には会いに来てくれるんだろ?

 何しろこれからは、女の子と自由に会うこともできない孤独な身の上だ。

 お前なら、その辺の女の子より美人だから、多少気持ちが和むしな……」



 決して軽口にできるような状況ではないはずなのに、あえて軽い口調で誤魔化す様に問いかけられる。



「シュタイン兄上、お誘い申し訳ありませんが、しばらくお会いすることはできなくなります。

 今日はお別れをしに来たのです」



「なんだ、お前もいなくなるのか…。

 今回の事件の影の功労者が…親父や宰相や兄上なんかが、大分引き止めただろうに。

 ………で、どこへ行くんだ?」



 寂しそうに微笑み返すも、私の心を推し量り、余計な事を聞いてこない気遣いがありがたかった。



「…ええ、予てからの希望通り、ブランカッツェ神殿に行くことが叶いました。

 実は、懇意にしているコレクターに、あちらの神官長がいらっしゃいまして、話が盛り上がる内に誘っていただけたのです。

 ここにある文献も読み尽くしましたし、窮屈な王宮暮らしも大分飽きてきました。

 私はこれから愛と趣味に人生を捧げようかと思いまして……」



「コレクターって…おまえ、まだ神獣様にハマってたのか?」



 兄上は何とも微妙な表情で、ひきつった笑いを浮かべている。



「ハマってるというのも失礼ではないですか。

 あの方々は、数百年毎に我が国を守り導いてくれている、神なのですよ?

 そんなに無関心でいられる貴方方の気持ちこそがわかりませんね。

 何より………あの可愛らしい造形に、何を考えているのか分からないミステリアスな表情や視線、柔らかな身のこなし…すごく色っぽいじゃないですか。

 それに加えて、相手を振り回すような不思議な言動……理想の女性像ですね」



 文献に残る資料や、各地に設置されている彫像、現存する絵画の類から、それらの奇跡のような造形が想像できる。

 大きな瞳に、モフモフとした艷やかな毛皮。聞いたことはないが、きっと鳴き声も可愛らしいに違いない。



「……言わんとしてることはわからないでもないが……百歩譲っても、かわいい動物だぜ?

 しかも、自分が生きてる間にやってくるかどうかも分からない相手だって言うのに」



「ふっふっふ……何もわかっていませんね。

 神に対する思いに見返りを求めているようじゃ、まだまだなんですよ。

 それに相手は、ただの動物じゃないんです。神獣様…神の獣なんですよ?

 可愛い動物姿も、美しい人間の姿も、どちらでも変幻可能な奇跡の存在に決まっているじゃないですか」



「…決まってるって…そうなのか?」



「はい、そのような文献も残っております。みなさま、大層お美しい姿であったと」



 私は、自信を持って答えたのだった。しかし、「ヤバ…」と呟いた兄上は更に引きつった表情を浮かべ…心無しか体の距離が少し開いているかもしれなかったが、見ないふりをした。



「……でもさ、最後の神獣様って、オスじゃなかったか?

 それどころか、メスが降臨することって、ほとんどなかったんじゃないか?」



「兄上……性別なんて些細なことですよ。

 私は、神獣様が女性でも男性でも、同じ様に愛することができます」



 拳を握って、熱く迸る情熱を分かち合わんと兄上の手をとって訴えると、



「そ、そうか、寂しくなるな……神獣様とお会いできた時は教えてくれよ」



 ひきつる口角を震わせて、目を反らしながら必死に手を振り払おうとしていたのだった。







 そして、ブランカッツェ神殿に移り住んでから、3年後。

 兄上には、喜んでこちらに移動していくと伝えたものの、未だに私の心を溶かすものは神獣様の存在を感じる様なものだけだった。



 私は王子という身分もあって、若干18歳の若さであったが、高齢で退官することとなった前任の神官長からその地位を引き継いでおり、特にペースが乱れることもなく、粛々とその業務を遂行していった。



 官位の引き継ぎの際、魔力の引き上げの術式を体に施されると、これまでとは違った知覚が体を支配する感覚が心地よかったが、その程度だった。



 しかし、その知覚変化を一番自覚する時が、神獣様が降臨されるときであると、代々の神官長が口伝で残している。

 それはまるで福音のような鐘の音が頭の中で鳴り響き…得も言われぬ多幸感が体を包み込んでくるそうで…



 私は今まさに、その感覚に襲われていた。



 油断すると、その音だけで達してしまいそうな位の快感が、腰から突き上げてくるので、私は急いで自室に向かい、お迎えの準備を整えた。



 …とは言え、私が待機場所で夜を明かすための荷造りをするとか、そういう話ではないのだが。



 神獣様が降臨されるお社は場所こそ決まっているものの、その時々の神獣様の体に合った大きさで現れる。



 神の結界が、神官に知覚できる形で現れると、その近くに大きなゲル状のテントを設置するのである。…配下の神官たちが。



 その中は、それなりに大きく、庶民の家に比べると十分広い作りであるので、居住するのに不自由はない。



「はぁ…どの様な方がいらっしゃるんでしょうか?

 お社の大きさから想像するに、かなり小さな方なようですが………どちらかというと、女性の方がいいですね……。

 いえいえ、男性でも女性でも良いのですが……できれば女性が……はぁはぁ」



 私はテントの寝床で、いつ来るか、今来るか……これから過ごすだろう、夢のような毎日を想像しながらときめいて、神獣様の降臨を待ち望んだ。







 そして、10日の後。

 小さく発光していたお社が、一際大きく金色に輝きだし…『ミィー』と小さな高い鳴き声が聞こえた時、私は無意識に涙を流し、その後感動にむせび泣いていたのだった。



「あぁぁっ……

 やはり、降臨なされていたっ! 夢じゃなかった!!

 うっうっうっ…諦めないで待っていて良かった!!」





 母が亡くなった時ですら流さなかった涙が、滝のように流れていった。
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