99 / 112
文化祭喧騒
099 喫茶店
しおりを挟む文化祭開幕まであと10分と迫る中、忙しく動き回っているのは喫茶班だった。
雪による指導は前日に最終確認を終えているのだが、当日は当然自分達だけで行わなければいけない。忘れ物はないか逐一確認をしている。そして調理実習室から続々と焼きたてのパンやクッキーが運ばれてくる。教室の中は焙煎されたコーヒーの良い匂いが充満していった。
「おい、約束は守れよな」
「当り前じゃない!」
裏手で凜に確認する。約束を反故にするつもりがないのはわかっているのだが、念を押しておきたかった。
「(――――くっそ、確かにあれは可愛すぎる)」
それにしても、と思い周囲に視線を送る。
何人かは喫茶店の衣装に着替えており、男子のメイド姿や女子の執事姿などが散見される。翌日の演劇に使う衣装、町娘や軽装歩兵などの衣装もあった。その中に一際目を惹かれる女生徒の姿、花音の姿がある。
「花音ちゃん可愛い!」
「うん、女子の私達がこれだけドキドキするんだもん!」
「はぁあ、今なら男子の気持ちもわかるわ!」
「そんなことないよ、みんな大げさよ!」
賛辞を浴びる花音は照れているのだが、潤も完全に同意する。あんな子に給仕されたらどれだけ嬉しいか。
「ねぇ、深沢もそう思うでしょ?」
そう思い見ていると突然一人の女生徒に同意を求められた。
「ん、ぉっ、おぉ。か、可愛いな」
瞬間的に慌て戸惑うのだが、否定する必要もない。なんとか言葉にして伝えるのだが直視出来ないでいる。
「あーっ!深沢が照れてる!ほらほら!」
「それだけ可愛いんだって!」
「ね、花音ちゃん言ったじゃない?深沢があれだけ照れるんだから本物だって!」
「う、うん」
潤が照れている姿を女子達に囃し立てられた。こいつら俺を普段どういう目で見ているんだよと思ったが、それもどうでもいい。花音と目が合うと照れながら上目遣いで見られた。その目に込められた無言のメッセージを感じ取る。
「はいはい、可愛い可愛い。それよりも、俺も一緒に入るからよろしくな」
「まぁ、実際深沢が雪さんと繋いでくれたしね」
「意外にお菓子作り上手だったしね」
潤は雪と喫茶班を繋いだ際に、雪の補助で菓子作りに入っていた。意外な特技を見せたことで驚かれはしたが、おかげで喫茶班に自然に入ることとなった。なんとか誤魔化しつつ、潤が入る午前中の役割、劇で王城の住み込み調理師に扮する格好に着替えていた。
「じゃあ花音、きっと大変だと思うけどよろしくな」
「うん、潤も頑張って」
小さく声を掛け合う。
「よしっ、みんな準備は良い?今日はまだ前哨戦だけど、今日の出来如何によって明日の入場者数が左右されると思って精一杯頑張るわよ!」
「「「おおっ!」」」
そうして凜が全体に向かって声を掛けるとクラスが一致団結する。ここまで多くの時間を掛けて取り組んできたのだ。最後までやりきろうという意思はみんな一緒だった。
『お待たせしました、只今の時刻を持ちまして文化祭の方を開催致します』
9時、全校放送によって文化祭が幕を開けた。
正門ではクラス毎の出店や展示などの取り組み内容が書かれたパンフレットが配られており、続々と入場しているのは、学校に通っている生徒の親兄弟に地元の友人たち、地域の住人たちと多くの人達が校内に入って早速その雰囲気を楽しんでいた。そこかしこで笑顔が見られる。
杏奈たちのクラスが行う焼きそばなどの鉄板系の店はグラウンドに出店している。他にもヨーヨー掬いや的当てやくじ引きなどといった店も並んでいた。
校舎内はお化け屋敷や絵画や書道の文化部の展示室、華道に茶道などの体験教室などが開かれていて、潤達の喫茶店には教室の入り口に兵装に身を包んだ門兵、劇での役割を担う男子が立っている。
凜と真吾は全体把握に務めており、響花は調理実習室にて裏方の役割を担っていた。
同じように喫茶店をしているクラスもあるのだが、潤達のクラスは仮装喫茶ということもあって多くの目を引いてすぐに賑わっている。
「やっほ。やってるね」
「雪さん、いらっしゃいませ」
そこに姿を見せた雪はお客として姿を見せていた。席に腰掛けると潤が接客をしている。凜に行って来いと言われたのだ。
「いつものでいいですか?」
「ちょっと、ちゃんと注文受けてよ」
「じゃあ、余所行きでしましょうか?店みたいに」
「ううん、いい。それにいつものでいいわ」
「結局それで良いんじゃないすか」
雪の嗜好は把握している。いつもので通じ合えるのはパンケーキと紅茶で良かった。
「ほんとは潤君の接客を受けたいけど、忙しそうだし普段見ているからここで接客されるとプレイみたいだしね」
「何を言ってるんすか!」
コスプレプレイと見紛うばかりの発言に内心ではドキッとするのだが、潤が雪におちょくられる時は大体いつもこんな感じだった。
「それにしてもえらく繁盛しているわね?」
「……あれっすよ」
外に列が出来るまで客が並んでいるのは見なくてもわかる。もう既に店内の席は満席になっているのだから。
そして潤に促されて見た視線の先には花音がメイド服に身を包んでいる。何か特別なサービスをしているわけではないのだが、ただ見ているだけで十分に目の保養になっているようだ。
「不満そうね」
「当り前じゃないですか!」
「ふふっ、けど潤君も周り見てみたら?」
「えっ?」
花音ばかりに目が言っていたのだが、雪に促されて周囲を見ると、クラスメイトからの視線を多く集めていた。
「――うっ!」
その視線の意図は明白だ。凜の姉でバイト先であるとはいえ、雪の様な美人と親しく話しているのだ。羨ましくて仕方ない。それと女子からは働けという意図の視線を感じた。
「くそっ!」
「いってらっしゃーい」
雪にひらひらと手を振られ、裏手の給仕に戻っている。そして何やら指示を受けて教室を出て行っていた。
「まぁ、あれだけ可愛けりゃモテるのも当然ね」
雪はのんびり紅茶を飲みながら教室の中で動いている花音を片肘着いて見ていた。
「それにしても、花音ちゃんの名字って、確か浜崎、だったよね…………まさか、ね」
ふとそう思いつつ抱いた疑問。どこか見覚えがある気がしなくもない。
「って、あっ! あれマズいんじゃないの!?」
「やめてください!」
「いいじゃん、ちょっとだけだからよー」
花音が腕を掴まれ、二人組の男に絡まれていた。如何にもチャラついた男達だった。
「そんなことはしません。離してください!」
「ちょっとふーふーしてくれって、熱いんだって」
「ご自分でどうぞ!」
「なんだよ、パンは熱いのに態度は冷たいじゃないかよー」
ぎりぎりのラインを攻めているつもりなのか、客観的にみれば完全にアウトなのだが、追い出すにはもう一つ足りない。
それでもしつこければ追い出されるのだが、クラスメイトは判断に迷っている。
潤はどうしているのかと思ったのだが先程教室を出て調理実習室に向かっていたのを見ていた。
「(はぁ、仕方ないわね)」
雪はそこで立ち上がり、男達の席の方に向かう。
「お兄さんたち、ちょっといいですか?」
「うん?」
「そんな子供を相手にするより、私と外に行きませんか?」
「おっ?」
「雪さん!?」
花音は急に姿を見せた雪に驚いてしまうのだが、雪はとりあえず自分がこいつらを外に連れだせば、あとは適当にあしらったら済むだろうと考えた。
せっかくの文化祭、妹とその友達を不要なトラブルから排除するのに一役買えればいいと判断する。そもそもしばらく居座っていたのもそのつもりも多少はあったから。でしゃばらないに越したことはなかったのだが、今は仕方ないかと息を吐いた。
「――おい、お前らオレの妹になに絡んでやがんだ?」
「えっ?」
「お兄ちゃん!?」
突然後ろから声が聞こえた。驚き振り返ると、そこには明るい茶髪を少し伸ばした男が立っていた。
「へっ? か、奏?」 「って、お兄ちゃん!?」
「おろっ?もしかして…………お前、雪か?って、ちょっと待て、今はこいつらと話がある」
雪に奏と呼ばれた男は花音に絡んでいた男達と肩を組んで教室を出て行った。
その後ろ姿を呆気に取られながら見送るのだが、雪は隣で同じようにしている花音に声を掛ける。
「あのさ、花音ちゃんさっき奏のこと、お兄ちゃんって言った?」
「……はい、雪さんもしかしてお兄ちゃんを知ってるんですか?」
「あー、まぁ…………元カレね(浜崎って名字、やっぱりか)」
お互い目を合わせないのは、なんとなくそれを察してのこと。
そこに潤が腕にトレイを抱えて調理実習室から戻って来ていたところで――――。
「ん?どうした?なんか静かだけど、なんかあったのか?」
一人だけ状況を全く理解できていなかった。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
久我くん、聞いてないんですけど?!
桜井 恵里菜
恋愛
愛のないお見合い結婚
相手はキモいがお金のため
私の人生こんなもの
そう思っていたのに…
久我くん!
あなたはどうして
こんなにも私を惑わせるの?
━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━
父の会社の為に、お見合い結婚を決めた私。
同じ頃、職場で
新入社員の担当指導者を命じられる。
4歳も年下の男の子。
恋愛対象になんて、なる訳ない。
なのに…?
御曹司ホストは、泡沫の夜空で本命の月を魅る
殿原しん
恋愛
『パァーーン!!!』
(えっ?何?!)
聞いてて気持ち良いくらい。爽快なビンタの音が夜の街に響いた。
「いや、あなた今、自分が何したか解ってる?」
「俺がしたかったから」
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは一切関係ございません。
※エブリスタでも、別名義にて連載中の作品です。
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
幼い私は…美人な姉の彼氏の友達の友達に恋をした
うさぎくま
恋愛
陸(りく)の初恋は小学六年生。小さな陸は美人な姉の彼氏の友達の友達に恋をした。10歳年上の龍鳳寺財閥の御曹司である要(かなめ)は12歳の陸からすれば、大人の男性。
高校生になった陸は、姉と後に義兄になる人とのセックス現場を見てしまう。それは憧れだった要と当時の要の彼女に置き換えられ、涙が溢れ止まらなくなった。そして要はそれを一部始終見ていたのだ。陸は義兄を愛していると勘違いしたまま、要も己の初恋を拗らせていた。
すれ違いと勘違いが入り混じった、両片思いの行く末は……。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
家の鍵を失くしたので幼馴染に鍵のありかを占ってもらったら、諦めていた初恋が成就した。
石河 翠
恋愛
主人公の理沙は、学校の帰り道に家の鍵をなくしてしまった。途方に暮れる彼女に手を差しのべたのは、幼馴染の悠人。学校でも人気者で、女子にモテモテの悠人に気後れしつつ、ありがたく理沙は悠人の言葉を受け入れる。
その後悠人は、鍵探しのためにまさかのカード占いを提案してきた。占いをしながら、思い出話を語り合うふたり。ところが悠人は突然、「理沙が、自分のことを避けるようになった理由が聞きたい」と言い始める。
すれ違って回り道をした幼馴染たちが、お互いの想いを伝えあって無事に仲直りするまでのお話。ハッピーエンドです。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
この愛だけは運命で永遠だから
黒彩セイナ
恋愛
旧華族、安斎家の当主の娘である椿は、妾の子であることから、一族から蔑まれて生きてきった。そんなある雨の日、一人の男性に傘を差し出すと、いきなりキスをされる。戸惑う椿。それから十年の歳月が流れる__。
十年後、椿は大手貿易商会社の営業事務として働き始めるも、会社の上司で、御曹司の隼人に政略結婚を持ちかけられる。一族からの解放を望んでいた椿。何より病気の母を助けるためにも、椿は隼人の求婚を受け入れるが……?
〜人物紹介〜
伊藤椿(いとうつばき)二十四歳
旧華族、安斎家の令嬢。
大手貿易商会社、宝月貿易、営業課所属
病気の母を支える。芯が強い。
宝月隼人(ほうづきはやと)二十八歳
大企業、宝月ホールディングスの次期総帥
傘下である宝月貿易の副社長
無口でクール、ときどき甘い?
望月紫(もちづきゆかり)三十三歳
大病院、望月医科大学病院の御曹司
隼人の幼馴染で、腕の良い外科医
爽やかな好青年
あなたを失いたくない〜離婚してから気づく溢れる想い
ラヴ KAZU
恋愛
間宮ちづる 冴えないアラフォー
人気のない路地に連れ込まれ、襲われそうになったところを助けてくれたのが海堂コーポレーション社長。慎に契約結婚を申し込まれたちづるには、実は誰にも言えない秘密があった。
海堂 慎 海堂コーポレーション社長
彼女を自殺に追いやったと辛い過去を引きずり、人との関わりを避けて生きてきた。
しかし間宮ちづるを放っておけず、「海堂ちづるになれ」と命令する。俺様気質が強い御曹司。
仙道 充 仙道ホールディングス社長
八年前ちづると結婚の約束をしたにも関わらず、連絡を取らずにアメリカに渡米し、日本に戻って来た時にはちづるは姿を消していた。慎の良き相談相手である充はちづると再会を果たすも慎の妻になっていたことに動揺する。
間宮ちづるは襲われそうになったところを、俺様御曹司海堂慎に助けられた。
ちづるを放っておけない慎は契約結婚を申し出る。ちづるを襲った相手によって会社が倒産の危機に追い込まれる。それを救ってくれたのが仙道充。慎の良き相談相手。
実はちづるが八年前結婚を約束して騙されたと思い込み姿を消した恋人。そしてちづるには誰にも言えない秘密があった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる