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修学旅行が生んだ結果

059 修学旅行に向けて

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 九月末、午後のホームルームでは翌月に控えて修学旅行に向けた説明が行われていた。

「まぁ、そんな感じだ。だから二日目と三日目の午前の自由行動をする班を決めてくれ」

 修学旅行、二泊三日で予定しているのは歴史と日本文化がしっかりと受け継がれている場所。
 寺院や神社が数多くある上に、日本有数の都会までものの一時間電車に揺られていれば着くことが出来る。

 一日目の朝、全員で出発して目的地に着いた後は昼食を食べる。その後も全員で寺院や神社を巡り、宿に泊まる。
 二日目の朝から夕方にかけてまでは班編成での完全自由行動。ただし教師陣への定期連絡が必須。
 三日目の朝から昼食後までは自由行動。これもここまでに問題を起こさない限りは班編成に準拠。

 そうして担任の説明が終わるとざわつき始めるのは口々に「一緒に組もうぜ」「どこ行く?」などといった声が聞こえていた。

「―――ただし!」と、そう担任が少し大きめの声を発すると途端に静かになる。
「もしクラスの中で誰かがあぶれるようなことになればくじにするからな!」

 微妙に不満の声が漏れ始めたのだが、担任が目線を配るとそれもすぐに収まる。下手に文句を言って問答無用でくじにされては堪ったものではない。

「よしっ、じゃあ10分以内で班を決めろ。1班5人だからな」

 その言葉を聞いて先程よりも大きく言葉が行き交い始める。立ち歩く生徒もいるのは親しい友人に声を掛けに行っているからだった。


「なぁ潤、もちろん一緒に組むだろ?」
「ああ、頼む」
「凜と花音ちゃんもいいだろ?ってか俺も凜ももちろんそのつもりだけどな」
「……あぁ」
 真吾の言葉に思わず気のない返事をしてしまったのは花音のことなのは自覚している。
「どうした?―――って、あっ、そうか、まぁ別に無理にとは言わないけどな」

 真吾が不思議そうに問い掛けたのは、潤ももちろんこの提案に快諾すると決めつけていたのはもう悩む必要もないほどに修学旅行を4人で行動することは確定していると思っていたからだった。
 そんな潤が考え込むような様子を見せていることの理由を、潤が花音に視線を向けたことで遅れて気付くことになった。

「いや、別にいいよ。それでも今の関係が変わるわけじゃないからな」
「そっか、ならあと1人は誰に声を掛ける」
「んー、それなぁ……」

 教室の中なので曖昧に放つ言葉の内容は潤も真吾もお互いに理解している。
 そうして5人1組なのであと1人絶対に必要なのだ。このクラスは35人なので必ず5人にしないといけない。

 クラスメイトの想定としても、花音は凜と一緒になり、凜の彼氏である真吾が同じ班になって潤も一緒になるのは夏休み後の親しさからも必然的であると判断されていたのでそこに割り込むのは中々に難しいと思われていた。
 そんな状況なので教室の中では仲の良いもの同士、既にいくつかのグループが出来上がっている。

 どうしようかと思い、ふと周囲に向けていた視線を隣に向けると微動だにせずにただ座っている女子が居たことに気付く。

「おい、水前寺、お前はどこに入るつもりなんだよ?」
「えっ?別にどこでもいいわよ。だって絶対にどこかに入るんでしょ?なら動こうが待っていようが結果変わらないじゃない」
「なんだその妙に達観した考え方は」

 溜め息が出る。
 水前寺はいつもと変わらない調子なのだから。しかし、潤は口には出さないが事実そうなのだろう。ここまで見た限りでは水前寺には特別仲が良いクラスメイトはいない。話してみると普通なのでどこでもそれなりにやれるのかもしれないが、やれないのかもしれない。むしろそんなことにそもそも興味がないようにすら見える。

「ねぇ、真ちゃん、潤。あと1人どうするー?」
「んー、今誰に声を掛けようか考えてるとこ」

 そこに凜と花音がやってきて真吾に話し掛けるのは潤と真吾が話していた内容と同じだった。
 潤は少し思案した後に提案する。

「…………あのさ」
「ん?」

「なぁ水前寺、俺達のところに一緒に入らないか?」
「えっ?あたしが?」

 水前寺に先に声を掛け確認すると、突然の提案に水前寺は驚く。驚くとはいうものの、その反応から驚きと捉えられることはできるのだが表情としてはあまり変化が見られない。誘った潤から見て肯定とも否定とも取れないのだが、先程の会話の内容からして恐らく断られることはないだろうと思っている。

「別にいいよな?」
「まぁ、水前寺さんさえ良ければ」
「俺は別にいいぞ?」

 そう思ったので真吾や凜にも声を掛けた。

「あたしは別にどこでもいいから、そっちが良ければ?」
 ただ一人反応していなかった花音を見上げた。
「? 私ももちろんいいわよ?」

「じゃあこれで俺達の班は決まりで!」

 こうして潤達の修学旅行の自由班は決定する。

「本当に良いの?あたしが入っても?」
「いいよー」
「そうね、水前寺さんの方が気を使わないか心配かな?」
「まぁあたしはそういうの特に気にしないからそっちも気にしないでね浜崎さん、中島さん」

 花音と凜と水前寺の三人の会話。潤達の耳にも入ってきているのだが、わざわざ介入する必要もない。
 自己紹介というにももう二学期なので変な感じはするのだが、潤もついこないだ水前寺と自己紹介をしたばかりだ。
 凜はむつかしい顔をしているのはどこか納得していないから。

「うん、やっぱり水前寺さんだけ他人行儀なのはなんかちょっと嫌だな。せっかく修学旅行に行くんだから楽しみたいじゃない?」
「そう?あたしは気にしないわよ?気を使わないでね」
「わかった、気を使わない!よろしくね響花ちゃん!」

「「「えっ!?」」」

 潤と花音が同時に声を発して、そこまで淡々と受け答えしていた水前寺も声が重なり、珍しく驚きが表情に出ていた。真吾だけは笑っている。

「えっと、中島さん?」
「じゃなくて凜で!」

「(あっ、なるほどね)よろしくね響花」

 そこで真吾に次いで花音が凜の意図を理解して水前寺を響花と呼んだ。そこで水前寺もやっと意図を理解する。

「あー、そういうこと。気を使わないって言ったけど、そういう方向で気を使われなかったのは初めてかな。 ただあたしもいきなりはさすがに難しいんで…………んー、じゃあよろしくね、凜ちゃん?花音ちゃん?」
「うん、あとあとは慣れよ慣れ」
「もう、凜ったら相変わらずなんだから」

 そこで潤もやっと理解した。女子達はお互いに下の名前で呼び合うことで修学旅行までに親睦を深めようとする意図があるのだと。

「何を笑っているのよ、真ちゃん」
「はいはい。わかってますよ、じゃあよろしく響花ちゃん」
「はい次潤!」
「まぁそうなると俺もだよな。えっと、よろしく、響花」
「よろしくね真吾君、潤君」

 必然的に回ってくる潤達の番。凜のこういうところ懐かしいなと思った。約一年前、真吾と凜が付き合って真吾に凜を紹介された時も同じような感じだった。人の懐に裏表なく飛び込んでいく凜のスタイル。その行動力と度胸が羨ましい時もある。

 そしてこれまで水前寺と呼んでいた呼称を臆面もなく響花と呼べるのは水前寺響花に恋愛感情を持っていないからだというのはわかる。実際、凜や瑠璃の時はそうだったのに対して、花音の時はただ呼ぶだけで気持ちが浮ついてしまい、高揚感と緊張感が物凄かったのだ。


 そうしてお互いにただ呼び名を変えただけでなく、それから修学旅行に向かうまでの間にどこを回るかなどの相談を当然することになる。その間に響花は凜と花音とそれなりに仲良くしている様子が見られたのだが、それでもさすがに花音と凜の前では一歩引いた、というよりも普段通りに過ごす様子を見せていた。

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