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後悔
001 口走ってしまった
しおりを挟む12月20日、19時頃。その日この時間は雨が降っていた。
道行く人は雨に濡れないようにある程度気を配って傘をさしているのだが、大人の背丈と変わらないが学生服のブレザーを着た男は傘をささずに肩や足が濡れていても全く気にしている様子は見られない。前髪が少し額にかかる程の長さで黒が強い髪の毛は、それまで程よく整えられていたのだが、髪は雨に濡れてしまい見る影がなく崩れてしまっていた。
「どうして俺はあんなことを言ってしまったんだ」
考え事をしながら歩いていることで雨に多少濡れようともまったく気にしていなかったのだ。
―――約12時間前。
「さて、終業式か。今日行けばやっと冬休みだな」
男はシャッと軽快に部屋のカーテンを開けて朝陽を浴びるのだが、すぐに両腕を内側に抱えて縮こまる。
「うー、さぶぅ」
遮光カーテンを開けたことで外の冷気が部屋の中の温度を微妙に下げるので男は再び素早くシャッとカーテンを閉めて部屋の電気を点ける。
「ちょっとカッコつけて良い男を演じてみようと思ったけど、慣れないことをするもんじゃないな。俺には似合わなかったわ」
そんなことを言いながら男はブレザーの学生服に着替えてジャケットを片手に持ち洗面所に行って顔を洗う。
背後に気配を感じて正面の鏡越しに気配の元を確認する。
鏡越しには制服姿でシュシュを口に銜えながらポニーテールを結っている少女がいた。
「あれ?潤にぃ今日は早いね?どうしたの?」
「おぅ、杏奈。気持ちよく冬休みを迎えるために早起きしたんだ!」
「へ?何それ? バカじゃないの。ちょっとどいて……よしっ!」
ポニーテールを結っていた少女、杏奈は不思議そうな様子で潤に声を掛ける。潤が早起きの理由を説明すると呆れたように鼻で笑い、潤の横から鏡を覗き込んで自身の髪型の角度をいくつか確認するように見て満足そうに洗面所を出て行った。
「ったく、あいつは妹の癖に生意気だな。あれでどうしてモテるのか俺には理解できないな」
潤も顔を洗ってタオルで拭き取った後、リビングに向かう。
リビングに入ると丁度背広姿の男が新聞紙を畳んで机の上に置いたところだった。
「おぅ潤、おはよう。 今日は早いな。父さんが家を出る前に起きるなんてな」
「おはよう父さん。まぁ終業式の日ぐらいは気持ちよく学校に行こうと思ってさ」
父は潤が早起きしたことを珍しそうに思い声を掛けた。
「まったく何をバカなことを言ってるのよこの子は。珍しく起こしにいかなくていいと思ったらそんな理由かい。普段からこれぐらい早起きしてくれないかな」
「まぁいいじゃないか母さん。目的があって早く起きることは良いことだよ」
カタンとトーストとコーヒーを机に置いて潤を見る母の目は妹杏奈と同じように呆れているのがよくわかる。
「さて、父さんはそろそろ行ってくるよ」
「ふん、ふぃってらっさい!」
「こらパンを銜えながらしゃべるんじゃないよ!行儀悪いわねこの子は!」
潤はトーストを銜えながら手を振り見送るのだが、母に注意されたのでトーストをしっかりと飲み込んで「いってらっしゃい!」ときちんと声を掛けた。
トーストを食べてコーヒーを飲んだ後に学校に行く支度を整えて玄関に向かう潤はそこで妹の杏奈が靴を履くところに会う。
「おぉ、今行くところか?杏奈も乗っていくか?」
「あっ、じゃあせっかくだから中学校の近くまでお願い。あんまり近すぎると見つかったら怒られるからさ」
「だろうな。田中先に見つかったら後がめんどくさいからな」
「田中先生そういうところ目ざといからねー」
「「行ってきまーす!!」」
「気を付けて行ってらっしゃい!」
「「はーい」」
玄関のドアを開けて潤は自転車の鍵を開ける。カチャっと鍵を開けて自転車に跨ると後ろに少しばかりの重みを感じる。
「おい杏奈?」
「何?」
「お前ちょっと太ったんじゃないか?」
「太ってないよ!凄い失礼ね!」
「ははっ、ウソだよ。じゃあ行くぞ」
空気は冷えて吐く息は白いのだが空は晴れやかに気持ちの良い空をしていた。
住宅街を2人自転車で軽快に進んで行く。
「今日は良い天気だな」
「あっ、でもそういえば今日夜天気崩れるって言ってたよ?」
「大丈夫、学校に置き傘をしているから。今日終業式だし丁度いいから持って帰るよ」
「ふーん、そっか。 あっ!潤にぃ止めて止めて!!」
天気の話を杏奈としていると杏奈は突然潤の背中をバシバシと叩く。どうしたのかとキッとブレーキをすると杏奈は潤の背中に顔を押し当てて「ぶっ!」と思わず声に出していた。
「ちょっと!急にブレーキしないでよ!」
「いやいや、お前が背中を叩いたからだろ!?」
「もうっ、まぁいいや。ありがと、ここでいいよ!」
「そうか?」
「うん、友達見つけたから! おーい、瑠璃ちゃーん!」
杏奈は自転車が止まると兄に文句を垂れながらもお礼を言って友達の下に走って行った。
杏奈の友達である瑠璃は杏奈といくらか会話をして潤をちらっと見た後にぺこりと頭を下げて杏奈と共に前を向いて歩いて行った。
「あの瑠璃って子、前に何回か家に遊びに来たことある子だよな? っと、そろそろ俺も行くか」
潤は杏奈と瑠璃の背中を見送りながら再び自転車を漕ぎ出す。
40分程の時間を掛けて学校の近くまで来ると潤と同じ制服を着ている学生が増えて来た。
その中に潤が良く知る背の高い少し茶色がかった背中があったのでその近くまで立ち漕ぎをして見知った背中の横で自転車を降りる。
「よう、真吾」
「おぉ、おはよう潤。どうした?今日は早いな」
真吾と呼ばれた学生も潤がいる様子に少しばかりの疑問を口にする。
「それもう家族全員に言われてるよ。まぁ今日は――」
「――そっか」
真吾は歩いて学校に向かっており、潤が自転車を押しながら並び歩いて学校に向かって行く道中早く学校に向かった理由を話すと多少笑われる。
その背後に小走りで軽く息を吐きながら近付いて来る少女がいた。
「やっほ、真ちゃんに潤」
「おぅ凛。おはよう」
「おはよう凜」
「あれ? 潤、今日早いね?どしたの??」
「もうこのやりとり何回目だよ」
「んー?」
茶色がかった短めの髪の少女、中島凜は目が大きくはっきりとした顔立ちをしており整った容姿をしている。発言から男勝りな様子を見せているのだが、凜が潤のことをいつもより早くに登校して来ていることを口にすると潤は溜め息を吐く。その様子を見た凜はどうしたのかと不思議そうに首を傾げた。
真吾が凜に潤のことを説明して凜は笑いながら潤を見て納得する。そうしてほどなくして学校に着いた。
潤達が通っている学校は頭が良いわけでも悪いわけでもない、いわゆる中間の学力の普通の学校だ。
潤は最寄りの駅から電車で7駅ほどなのだが家から自転車で通学していた。自転車通学の理由は親から電車通学をしてクラブ活動もしないなら小遣いを少なくすると言われていたためであった。
潤の友人の野上慎吾とは高校で知り合って同じクラスであった。4月の最初に席が前後になって話したことがきっかけで馬が合ったのか、すぐに意気投合して仲良くなり今では割と色々と気軽に話せる親友と言える位置にいた。
凜は隣のクラスなので教室の前で真吾と少しばかりの会話を交わして隣の教室に入って行った。俺も教室に入ろうとしたところで潤は隣の教室の少し明るめのブラウンの髪の少女を目に留める。無意識に数秒間じっと見つめてしまっていた。
「どうしたどうした? おっ?浜崎花音か?あの子可愛いよなぁ」
「……あぁそうだな」
「なんでい、興味があるから見ていたんじゃないのかい?」
潤と真吾は浜崎花音という少女について少しばかり話して教室に入って行った。
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