上 下
1 / 112
後悔

001 口走ってしまった

しおりを挟む

12月20日、19時頃。その日この時間は雨が降っていた。

道行く人は雨に濡れないようにある程度気を配って傘をさしているのだが、大人の背丈と変わらないが学生服のブレザーを着た男は傘をささずに肩や足が濡れていても全く気にしている様子は見られない。前髪が少し額にかかる程の長さで黒が強い髪の毛は、それまで程よく整えられていたのだが、髪は雨に濡れてしまい見る影がなく崩れてしまっていた。

「どうして俺はあんなことを言ってしまったんだ」

考え事をしながら歩いていることで雨に多少濡れようともまったく気にしていなかったのだ。



―――約12時間前。

「さて、終業式か。今日行けばやっと冬休みだな」

男はシャッと軽快に部屋のカーテンを開けて朝陽を浴びるのだが、すぐに両腕を内側に抱えて縮こまる。

「うー、さぶぅ」

遮光カーテンを開けたことで外の冷気が部屋の中の温度を微妙に下げるので男は再び素早くシャッとカーテンを閉めて部屋の電気を点ける。

「ちょっとカッコつけて良い男を演じてみようと思ったけど、慣れないことをするもんじゃないな。俺には似合わなかったわ」

そんなことを言いながら男はブレザーの学生服に着替えてジャケットを片手に持ち洗面所に行って顔を洗う。
背後に気配を感じて正面の鏡越しに気配の元を確認する。

鏡越しには制服姿でシュシュを口に銜えながらポニーテールを結っている少女がいた。

「あれ?潤にぃ今日は早いね?どうしたの?」

「おぅ、杏奈。気持ちよく冬休みを迎えるために早起きしたんだ!」

「へ?何それ? バカじゃないの。ちょっとどいて……よしっ!」

ポニーテールを結っていた少女、杏奈は不思議そうな様子で潤に声を掛ける。潤が早起きの理由を説明すると呆れたように鼻で笑い、潤の横から鏡を覗き込んで自身の髪型の角度をいくつか確認するように見て満足そうに洗面所を出て行った。

「ったく、あいつは妹の癖に生意気だな。あれでどうしてモテるのか俺には理解できないな」

潤も顔を洗ってタオルで拭き取った後、リビングに向かう。
リビングに入ると丁度背広姿の男が新聞紙を畳んで机の上に置いたところだった。

「おぅ潤、おはよう。 今日は早いな。父さんが家を出る前に起きるなんてな」
「おはよう父さん。まぁ終業式の日ぐらいは気持ちよく学校に行こうと思ってさ」

父は潤が早起きしたことを珍しそうに思い声を掛けた。

「まったく何をバカなことを言ってるのよこの子は。珍しく起こしにいかなくていいと思ったらそんな理由かい。普段からこれぐらい早起きしてくれないかな」
「まぁいいじゃないか母さん。目的があって早く起きることは良いことだよ」

カタンとトーストとコーヒーを机に置いて潤を見る母の目は妹杏奈と同じように呆れているのがよくわかる。

「さて、父さんはそろそろ行ってくるよ」
「ふん、ふぃってらっさい!」
「こらパンを銜えながらしゃべるんじゃないよ!行儀悪いわねこの子は!」

潤はトーストを銜えながら手を振り見送るのだが、母に注意されたのでトーストをしっかりと飲み込んで「いってらっしゃい!」ときちんと声を掛けた。
トーストを食べてコーヒーを飲んだ後に学校に行く支度を整えて玄関に向かう潤はそこで妹の杏奈が靴を履くところに会う。

「おぉ、今行くところか?杏奈も乗っていくか?」

「あっ、じゃあせっかくだから中学校の近くまでお願い。あんまり近すぎると見つかったら怒られるからさ」
「だろうな。田中先に見つかったら後がめんどくさいからな」
「田中先生そういうところ目ざといからねー」

「「行ってきまーす!!」」
「気を付けて行ってらっしゃい!」
「「はーい」」

玄関のドアを開けて潤は自転車の鍵を開ける。カチャっと鍵を開けて自転車に跨ると後ろに少しばかりの重みを感じる。

「おい杏奈?」
「何?」
「お前ちょっと太ったんじゃないか?」
「太ってないよ!凄い失礼ね!」
「ははっ、ウソだよ。じゃあ行くぞ」

空気は冷えて吐く息は白いのだが空は晴れやかに気持ちの良い空をしていた。
住宅街を2人自転車で軽快に進んで行く。

「今日は良い天気だな」
「あっ、でもそういえば今日夜天気崩れるって言ってたよ?」
「大丈夫、学校に置き傘をしているから。今日終業式だし丁度いいから持って帰るよ」
「ふーん、そっか。 あっ!潤にぃ止めて止めて!!」

天気の話を杏奈としていると杏奈は突然潤の背中をバシバシと叩く。どうしたのかとキッとブレーキをすると杏奈は潤の背中に顔を押し当てて「ぶっ!」と思わず声に出していた。

「ちょっと!急にブレーキしないでよ!」
「いやいや、お前が背中を叩いたからだろ!?」
「もうっ、まぁいいや。ありがと、ここでいいよ!」
「そうか?」
「うん、友達見つけたから! おーい、瑠璃ちゃーん!」

杏奈は自転車が止まると兄に文句を垂れながらもお礼を言って友達の下に走って行った。
杏奈の友達である瑠璃は杏奈といくらか会話をして潤をちらっと見た後にぺこりと頭を下げて杏奈と共に前を向いて歩いて行った。

「あの瑠璃って子、前に何回か家に遊びに来たことある子だよな? っと、そろそろ俺も行くか」

潤は杏奈と瑠璃の背中を見送りながら再び自転車を漕ぎ出す。

40分程の時間を掛けて学校の近くまで来ると潤と同じ制服を着ている学生が増えて来た。

その中に潤が良く知る背の高い少し茶色がかった背中があったのでその近くまで立ち漕ぎをして見知った背中の横で自転車を降りる。

「よう、真吾」
「おぉ、おはよう潤。どうした?今日は早いな」

真吾と呼ばれた学生も潤がいる様子に少しばかりの疑問を口にする。

「それもう家族全員に言われてるよ。まぁ今日は――」

「――そっか」

真吾は歩いて学校に向かっており、潤が自転車を押しながら並び歩いて学校に向かって行く道中早く学校に向かった理由を話すと多少笑われる。

その背後に小走りで軽く息を吐きながら近付いて来る少女がいた。

「やっほ、真ちゃんに潤」
「おぅ凛。おはよう」
「おはよう凜」
「あれ? 潤、今日早いね?どしたの??」
「もうこのやりとり何回目だよ」
「んー?」

茶色がかった短めの髪の少女、中島凜は目が大きくはっきりとした顔立ちをしており整った容姿をしている。発言から男勝りな様子を見せているのだが、凜が潤のことをいつもより早くに登校して来ていることを口にすると潤は溜め息を吐く。その様子を見た凜はどうしたのかと不思議そうに首を傾げた。

真吾が凜に潤のことを説明して凜は笑いながら潤を見て納得する。そうしてほどなくして学校に着いた。


潤達が通っている学校は頭が良いわけでも悪いわけでもない、いわゆる中間の学力の普通の学校だ。
潤は最寄りの駅から電車で7駅ほどなのだが家から自転車で通学していた。自転車通学の理由は親から電車通学をしてクラブ活動もしないなら小遣いを少なくすると言われていたためであった。

潤の友人の野上慎吾とは高校で知り合って同じクラスであった。4月の最初に席が前後になって話したことがきっかけで馬が合ったのか、すぐに意気投合して仲良くなり今では割と色々と気軽に話せる親友と言える位置にいた。


凜は隣のクラスなので教室の前で真吾と少しばかりの会話を交わして隣の教室に入って行った。俺も教室に入ろうとしたところで潤は隣の教室の少し明るめのブラウンの髪の少女を目に留める。無意識に数秒間じっと見つめてしまっていた。

「どうしたどうした? おっ?浜崎花音か?あの子可愛いよなぁ」
「……あぁそうだな」
「なんでい、興味があるから見ていたんじゃないのかい?」

潤と真吾は浜崎花音という少女について少しばかり話して教室に入って行った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】婚約者がパーティー中に幼馴染と不倫しているところを目撃しましたので、知人の諜報部隊が全力で調査を始めました

よどら文鳥
恋愛
 アエル=ブレスレットには愛する婚約者がいた  だが、事故で帰らぬ人となってしまった。  アエルが悲しんでいる中、亡くなった弟のブルライン=デースペルとの縁談の話を持ちかけられた。  最初は戸惑っていたが、付き合っていくうちに慕うようになってきたのだった。  紳士で大事にしてくれる気持ちがアエルには嬉しかったからだ。  そして、一年後。  アエルとブルラインの正式な婚約が発表され、貴族が集うパーティーが開かれた。  だが、そこで事件は起こった。

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので 結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

処理中です...