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其ノ参 束の間の休息

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「シンベイさん! ありましたよ」

 村の外れにある古びた小屋にて、とある物を二人で探索中、遂にクリシュが何かを見つけたようで駆け寄ってくる。

「コレならどうですか?」
「ううむ……」

 クリシュが渡してくれたのは、農業に使われている鍬だった。
 大きさは、先程戦った小豪傑……もといドワーフが手にしていた斧と同じくらいで、実際に手にするとそれなりの重量を感じる。

「……せぃっ!」

 なるべく声を押し殺しつつ振ってみると、先端の重みに引っ張られるような感覚に歯噛みしてしまう。

「うぅむ……これも駄目でござるな」
「え、えぇえ……それでもう十本目ですよ……」

 十本目、というのは、試し振りした得物の数だ。
 流石に丸腰で敵に挑むのは無謀だと感じたので、村に詳しいクリシュに、何か武器になるものが無いか探してもらっていたところだったのだ。

「すまぬな。でも、拙者の命を預けることになる武器に、妥協したくは無いのでござる」

 此方の胸の内を明かすと、クリシュは一度俯きつつも、うんと頷いた。どうやら想いを汲み取ってくれた様なので安心する。

「分かりました。私もどんどん使えそうな物を借りて来ますから、シンベイさんは気が済むまで試していってください!」
「承知! クリシュ殿も頼むでござるよ!」

 お互いに首肯した後、クリシュは宣言通りに幾つも武器になりそうな農具や、狩りなどに使う武器を持ってきてくれたが、結局、満足出来る武器を探し出す事は出来なかった。
 日も暮れ始め、流石にこれ以上行動するのは断念する。
 クリシュは一度村へ戻った後、今度は武器ではなく食材を持ってきてくれた。

「この小屋は誰も住んでないですが、台所は問題無く使えるみたいです。早速調理にかかりますので、ちょっとだけ待っててくださいね」
「かたじけない……実はお腹ぺこぺこでござる……」

 腹の虫を摩ることで沈めつつ、台所に立つクリシュに目を向ける。
 クリシュは既に洗ったのであろう野菜達を手際よく切り、桶に入れていた水と共に鉄鍋へ放り込む。
 その後釜戸の近くで火をつけるべく、火打石を何度も打ち付けるが、中々付かない。
 見かねて近づき、手を差し伸べると、意図を察したクリシュから火打石を借りた。
 妙に手に馴染んだそれを勢いよく擦り合わせると、たった一度で見事に薪に着火させることに成功する。

「わっ、ありがとうございます」
「礼を言うのは此方でござる。クリシュ殿が居なければ、拙者は今頃野宿だったでござろうな……」
「そんな……こっちこそ、シンベイさんが居なければ酷い目にあっていたでしょうし……だから、このお料理はそのお礼です」
「うむ。ならばクリシュ殿の料理、心して頂くでござる! 完成を楽しみにしてるでござるよ」
「はい! 任せてください」

 クリシュはそう言うと、袖を捲って力こぶを見せる仕草をした。力こぶこそあまり厚くなかったが、どこか心が暖まった気がした。
 胸に手を当ててつつ、何気なく彼女の調理を見続けていると、とある動作が異様に気になる。
 もっと近くで見たい衝動に駆られ、音も立てず近づき、彼女の右手を掴むと……。

「ふなぁあっ!? し、シンベイさん……!?」

 クリシュの甲高い声を聞いて我に返り、慌てて手を離す。

「す、すまぬ……。ええと、クリシュ殿、その手にしている物は……?」

 彼女がスープをかき混ぜるために使用していたそれは、木ベラに似ているがやや質感や形の異なる調理器具だった。

「え、え……? えと、これは鉄製のスパチュラですけど……」

 動揺しつつも答えてくれたことに感謝しつつ、その形状を凝視する。

「すぱちゅら……」

 大きさこそ自身の肘から手先程だが、程よい軽さと丈夫さを兼ね備えていそうだ。

「そのすぱちゅらとやら、ちょいとお借りしても良いでござるか?」
「え、えぇ、少しなら……」

 スパチュラなる調理器具を受け取り、軽く振ってみる。
 そして、確信した。

「こっ……これでござるぅぅぅううううっ!!」
「えぇええええぇえー!?」

 勿論完璧ではないが、今までで一番手に馴染む感触だったのは確かだった。
 まさか料理に使う道具に手応えを感じるとは、我ながら自身の感性に驚く。

「……と、言うわけなのでござるが……このすぱちゅら、もう少し借りても……」
「せ、せめて調理後にしてくださいっ。それより……命を預ける大切な武器がスパチュラでいいんですか?」
「うーむ……しかしこの感覚……今はこやつを相棒とするのが得策としか思えず……」

 スパチュラを握りしめながら考えていると。

「えっとぉ……スパチュラ返してもらっても……?」

 彼女の言葉で我に返った後、慌ててスパチュラを返す。
 そんな様子を見たクリシュは、くすりと微笑んだ。

「とにかく、先ずはごはんにしましょう。もうちょっとで出来ますから!」

 今度こそ大人しく料理を待ち、数分後出てきたそれは、質素ではあるものの非常に美味な食事だった。
 芋と野菜の塩スープをかきこみ、ぱんなる主食ももりもり食べ、その日の夜はぐっすり眠ることとなった。

 明日は決戦。一宿一飯の恩に報いるためにも、必ずや勝たなければ。
 そんな決意を胸に、瞼を閉じて疲弊した身体を休めるのであった。
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