上 下
3 / 9

03 追撃、そして

しおりを挟む
「『闇よ、我が力となり敵を穿て。シュライド』!」

 俺は呪文を唱え、大鎌をリュカウスの背に浴びせた……筈だった。

「なっ、避けた!?」

 リュカウスのターゲットは間違いなくリゲルだった筈だ。その状態で背後からの攻撃を避けるだなんて、あり得ない。防ぎようが無い。

「グルシュッ……!」

 しかしリュカウスも完全に避けきれたわけではないらしく、左足から血が滴っていた。
 ……血が滴っていた?

「リゲルあれ、血が……!」
「マジだ……なんなんだよ今日は」

 本来、ロスアスでは血流エフェクトは流れない仕様だった。
 それはこのVRという非常にリアルな世界と現実との境目をつくるためだとか、プレイしている子供の教育的によろしくないだとか、様々な理由があるが、とにかく、血流エフェクトは本来無い筈なのだ。

「グルァッ!」
「俺が止める! アッシュ、もう一度攻撃だ!」

 俺は一旦思考を止め、リュカウスの背後に回った。
 今度はワサラハが近くに居ない分、身体を大きく使う技を使える。

「『闇よ、我が刃となりて敵を斬り裂け。ラセツザン』!」

 《ラセツザン》━━横薙ぎに払う闇属性攻撃スキルだ。縦斬り(若干斜め)のコンパクトな《シュライド》と違い、そのダメージ量は大きいうえに範囲もそこそこ広い。欠点としては硬直時間が長い事だが……。

「うえっ、なんだこれっ?」

 先ほどはただかすっただけでなんとも思えなかったが、リュカウスを切り裂いた瞬間、あまりにも生々しいその感触に、俺は悪寒を感じた。
 それだけでない。リュカウスは切り裂かれたその背から、大量の血液を撒き散らした。当然俺にたっぷりとそれはこびりついた。

「グル……グルル……」

 リュカウスは、血をだらだらと流しながら、どこへいくのか歩き始めた。
 長くない。俺は確信していた。俺が《ラセツザン》を放った時、触れてはいけないものを切り裂いてしまったからだ。

「グル、グルァッ、グ…………━━」

 リュカウスは地面に倒れ、一瞬びくりと身体を震わし━━絶命した。

「なんなんだ……これ」

 俺は握っていた鎌を落とした。

「ワサラハ! 大丈夫か?」

 俺がリュカウスの死体を眺めていると、リゲルがワサラハに声をかけ、駆け寄っている音が聞こえた。
 そうだ。ワサラハ。俺達プレイヤーも仕様が変わっていたら、ワサラハは……? 考えるのもおぞましいが、そんなことも言ってられない。
 俺は二人の元へ駆け寄った。

「い、痛い……ああぁ……」

 ワサラハはリュカウスに切り裂かれた左肩を抑え、身を震わせていた。

「落ち着け、ワサラハ。落ち着いてヒールをかけるんだ」

 リゲルがワサラハの背を片手で抑え、僅かに持ち上げた。ワサラハは頷きはしなかったものの、右手を傷から数センチ離し、詠唱を始めた。

「リル……ヒール…………アルタ……」

 ワサラハが途切れ途切れの詠唱を言い終えると、緑のエフェクトが傷口に現れ、甲高い音声と共に消え去った。
 傷は消えていた。しかし、流れた血はそのままだ。

「ワサラハ、深呼吸して落ち着け。アッシュ、俺達も一旦落ち着いて、状況を整理しよう」

 先ほどまでイライラしていたリゲルとは別人のように頼りがいがあるな。こういうときはリーダーらしいから俺達は付いていけるのだ。そういえばリアルでもそうだったな。

「あ、てか俺一旦武器取ってくる」

 リゲルは頷き、行っていいことを手振りで表現した。
 俺は小走りで近づき、紫紺色と黒でデザインされた鎌を手に取る。
 ずしりとくる重みに、俺は安堵の息を吐いた。

「お待た━━」

 お待たせ。という言葉が遮られた。
 俺が武器を背に預けながら振り向くと、どこからか矢が飛んできたからだ。
 その矢は、俺の左腕に突き刺さった。

「…………っ、がぁぁぁぁ!」

 自分でも恐ろしいと感じる程の悲鳴をあげた。
 突き刺さった部分が酷く熱い。どくどくと流れる血液が、さらに俺の思考を鈍らせる。

「アッシュ!」
「来るなッ!」

 俺はリゲルにそう怒鳴り、飛んできた方向から背を向けるように木の影に潜り込んだ。

「これ、抜いたほうがいいのか?」

 声を震わせながら、そんな独り言を呟く。
 突き刺さった矢を眺め、抜こうか抜かまいか考えていると、すとんと矢が俺の隠れている木の幹に刺さった。

「おい、大丈夫か? そこのふたり!」

 異常な程にかいている汗をぬぐうと同時に、そんな声が聞こえてきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...