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第二章

ケイン視点〜反撃の糸口

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「……戯言を」


 執務室まで、あの王女が入って来なかったことをケインは神に心から感謝する。


 政務に興味のない女で本当によかった。


 何故なら、今。


 クロードの瞳が明らかに揺れているからだ。



「行くとしても、離宮だ。だって彼女は俺の婚約、者でーー」


 まだ甘かったらしい。
 
 ケインは更に、エルシア嬢修道院物語(仮)を進める事に決めた。



「婚約は解消なり、破棄なり好きにして良いと言われました。彼女の弟カインが辺境で小麦の開発に携わっているのはご存知ですよね? 彼を頼って辺境の修道院に入るそうです」


「……そんな、馬鹿な」


 ダンッ。

 クロードが席から立ち上がる。

 自分でもどうしていいのか、分からないのだろう。

 そのまま、机の周りをウロウロし始めた。



「あそこは、隣国との諍いがある場所だぞ。そもそも、修道院なんて廃屋になってるんじゃないか? そんな危ない場所に一人で行くなんて……」


「どうして止めなかった!?」


 クロードに胸ぐらを掴まれる。

 だが、ケインはニヤリと笑ってみせた。



「……別にどうなってもいいではありませんか。もう、殿下はエルシア嬢に関心なんてないのでしょう」



 クロードの動きが止まる。

 正念場だ。

 ケインは、彼が思い付く限りの追い打ちをかけた。



「そもそも、伯爵領ではなく辺境に行くことにしたのは、彼女の元婚約者がいるからではありませんか?」



 カザルスも随分、まともになったようですし。
 案外、お似合いの二人だったのかもしれませんね。



 その言葉にクロードが下を向く。

 何を考えているかは分からないが、他に何か言える事はないか。

 ケインは両手を打ち鳴らし、さもいい事を思い付いたかのように語りだした。




「そうだ、殿下! カザルスに辺境伯の地位を与えてはどうですか。ほら、彼は功績もありますし、口実はなんとでもなるでしょう」


 ウンウン

 一人で納得したかのように頷きながら、ケインは続ける。



「エルシア嬢への慰謝料としたら安い物ですよ。よりを戻した二人へのお祝いにしましょう。これで、彼女とはスッパリ縁を切って下さいね」


「……そんなの、駄目だ。許さない」



 ユラリ

 顔を上げた、クロードの瞳に精気が戻っていた。


ーー勝った!


 ケインは心の中でガッツポーズを決めた。




「許さない? 何で許さないんですか。殿下はゾフィア王女と結婚するんですよね? ああ、そうか」



ーーエルシア嬢を愛人にでも、したかったんですね?



「いやぁ。殿下はエルシア嬢がお気に入りでしたもんね。ですが、そういう事はもっと早く言って頂かないとーー」



 ガッ

 避けきれない距離から、クロードの拳が飛んできた。


(痛ってぇな、おい)


 こんなに殿下思いの側近を殴るなんて、罰が当たれと思う。


 具体的には、骨が折れたことにして労災を吹っ掛けて申請してやるつもりだ。



「見損なったぞ、ケイン! お前がそんな奴だったなんて!! 俺はそんな男じゃないっ」



「……そうですか。では、どうなさるおつもりで?」
  

 頬を抑えたまま、最後の踏み絵のつもりでケインは問う。



「早馬を用意しろ! エルシアが辺境に行くまでに止めて見せる。彼女は俺の婚約者で、未来の妻だ。誰にも渡さない」



 ふぅーー。

 いつもの殿下だ、ああよかった。

 ケインは、思わず安堵の息を吐いた。



「そうですか、そうですか。よかった。本当によかったですね、殿下」


 そのまま、抱きついたケインを鬱陶しそうに引き剥がしながらクロードは言う。


「何がよかったんだ! そもそもエルシアが旅立ってから連絡するなんて、お前どうかしてるぞ。ケイン、疲れてるなら医師に診てもらえ」



「いやぁ。もっと変な人がいたんですよ、具体的には殿下とかね。過去の自分の行いは覚えてますか?」



 その言葉に、マジマジとケインを見ながら固まるクロード。



「…覚えてない。思い出そうとすると、霧がかかったように不鮮明だ。いや、その前にエルシアだろうっ」



 今すぐ追いかけなければ、と出て行こうとするクロードの首根っこを捕まえる。


 執務室を出れば、いそいそとゾフィアが寄ってきてまた元の木阿弥だ。



「エルシア嬢なら、離宮にいます。それより、ゾフィア王女のことは? 何を囁かれていたとか分かりますか」

 

「……ゾフィア。ああ、そうだ。ゾフィアの薬膳酒を飲むと頭が痛くなる。それに、彼女はいつも同じ言葉を繰り返してきてーー。それを聞くと、ゾフィアを尊重しなければいけないような気になるんだ」



「尊重、ね」



 ケインはそれを聞いて一つ、思い出したことがあった。



 そう言えば、サンマリア国からの兵士以外に、彼女は親衛隊という男達を侍らかしていたの筈だ。


 そして彼らはまるで、今までのクロードのように精気の失った目をしていなかったか。



ーー彼らにも出されている薬膳酒をすり替えたら、どうなるんだろうな



 ケインは頭の中で計画を練りながらクロードに過去の行動について、かいつまんで話す。



 エルシアと距離を置こうとしていたこと。

 ゾフィア王女を次期婚約者として扱っていたこと。




「……ゾフィアの薬膳酒を飲むのは、止めよう」



 クロードも信じられないながら、自身の危うさを感じ取ったのだろう、そう呟いた。




「そうですね、それから彼女が近付いて来たら耳栓もして下さい。そして、どうでもいい事ならゾフィア王女の言う通りに動いていて下さい」



「ゾフィアの言う通りに?」



 驚いたように言うクロードに、ケインは頷いた。



「ええ。その方が時間稼ぎになるでしょうし、エルシア嬢の身の安全の為です」



 ゾフィア王女は今、クロードを操りエルシアの心を抉ることを楽しんでいる。


 だが、それが上手くいかなくなれば、すぐに別の手段を取るだろう。


 そうなれば、こちらはまた防衛戦を取らざるを得なくなる。



「……まずは、親衛隊を崩す所から始めましょう。殿下は、まだ操り人形でいて下さい」



 反撃の火蓋は落とされたのだ。
 
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