上 下
47 / 52
第二章

お飾りの婚約者

しおりを挟む

 目覚めたクロードは、いつもと変わらなかった。

 誰かの名前を忘れているとか、体調不良を訴えるとかもなく普通に過ごしている。


 ケインがありとあらゆる国中の解毒剤を集め、飲ませたおかげかもしれない。




 ただ、エルシアへの接し方だけが変わった。


ーーなんだか、殿下に避けられている気がする



(でも、前みたいに視線を合わさないとか、そういうのじゃない)



 普通に会話するし、目も合う。

 時には談笑したりもする。

 けれど、そう。

 それは、上司と部下のような距離感で。

 恋人同士とは言い難いのだ。




 そして、その代わりのようにーー

 ゾフィアの側にいることが多くなった。


 その変化が如実に現れたのは、ささやかながらに開かれたゾフィアを持てなすパーティでのこと。

 

 
「随分と萎れた壁の花じゃの」



 本来エスコートしてくれる筈のクロードが、現れなかった時から覚悟はしていた。


 けれど一番、見たくなかった光景が目の前に広がっていて、どうしても裏切られたという思いが湧き上がってくる。



 無機質な目をしたクロードが、ゾフィアの手をとってエルシアの前に現れたのだ。



(殿下のせいじゃないわ。変な薬を飲まされたせいよ)



 頭では分かっているのに。


 ああ、でもお医者様も体に異常は見られないと仰っていたわ。


 やっぱりこれは殿下の意思なのかしら。




「ゾフィア王女は、クロード殿下にご執心でしたものね」


「やり方は気に入らんが、サンマリア国が後ろ盾になるなら小麦の問題は解決したも同然ですな」


 貴族達が、ヒソヒソ声で話すざわめきが追い打ちをかけてくる。


 気を良くしたゾフィアは、辺りにいた貴族達に語りかけた。



「無期限の国賓という立ち場は、この国の慣習に慣れるまでじゃ。それからはクロード様の婚約者はわらわになるゆえ」




ーーわたくしは、それまでのお飾りの婚約者だと言いたいのね


  皆がエルシアの顔色を伺っているのが分かる。


 諦めの悪い、厄介者。

 さっさと出て行け。


 王女の機嫌を取るためなのか。

 中には、あからさまに侮蔑の言葉を投げつけてくる者もいた。



ーー泣きたくない、ここで泣いたら負けよ




(……顔を上げて。決して悲しそうな顔をしてはダメ)



 彼女は、サリー夫人が授けてくれた王太子妃教育に最大限に感謝する。


 顔を上げたエルシアは、本当に嬉しそうに、ニッコリと笑って見せた。



「ゾフィア王女が婚約者になる日が楽しみですわね、殿下」


「っ……!」


 会場に入ってから初めて、クロードの顔に表情が戻った気がする。

 それに一縷の望みを託すが、ゾフィアが耳元でボソボソ呟くと、クロードの目からは再び表情が消えていく。


 

ーー国難を乗り越えるため、ですものね




 ゾフィアはすぐに身を引かなかったエルシアをネチネチと苛めるために、国賓の立場に留まっているのだろう。


 彼女が満足すれば、罪の一つや二つでっち上げられてお役御免になるのだろうか。



(……殿下、目を覚ましてください)



 けれど、何を語りかけても人形のような目をしたクロードの側にいるのは辛い。




 今はまだ正式な婚約者であるエルシアは、王太子妃教育という名目で城にいる。


 だから、国王は離宮に逃げろと言ったのだ。

 


ーーわたくしの居場所が、ない。


 誰からも必要とされず、仕事や王太子妃教育も不要だと取り上げられ。


 貴族のみならず、最近では侍女からも目障りだと態度で示される。



「ねぇ、ケインさん。わたくしって殿下にとって必要なのかしら」


 弱りきったエルシアは、呟いた。

 誰かに認めて欲しかったのだ。


 此処にいる意味があるんだと。


「……今の殿下には、エルシア嬢は見えていないかもしれません」


(ああ、貴方までわたくしは不要だと仰るのね)


 悪気のないその言葉は、最後に残っていたエルシアの気力を打ち砕く。
 


「エルシア嬢、殿下とゾフィア王女の事は必ず見張って起きます。だから少し休んで下さい」


 今のエルシアを労るのは、ケインだけだ。

 もう、逃げてもいいのかもしれない。



「……少し、少しだけ。ごめんなさい」



 追い詰められたエルシアは、彼の言葉に押され一人離宮へと馬を走らせたのだった。



 ★


 目覚めてからの殿下は明らかに、おかしい。

 けれど、皆が皆、その違和感に蓋をしてゾフィアを持ち上げている。


 ケインは、書類に目を通す振りをしながら目頭を抑えた。


(解毒剤は飲ませた。黒死麦から救ってくれたネバネバ草も)

 医師にも、縋る思いで怪しげな占い師にも見せた。


 それでも、クロードの態度は変わらない。


(あの殿下が、エルシア嬢を無下に扱うなんて信じられないが)


 いや、よく見ていると時々、目に光が戻る瞬間はあるのだ。

 

 けれど、すぐにゾフィアの囁やきでその光は消えるーー。

 そして、毎食後に出されるゾフィアの作った飲み物。


 ケインは文献を漁りに漁った。


ーー催眠術のたぐい、が一番近い気がする。


 専門家でもなければ素養もないケインが辿り着いた答は、そんなあやふやな物だ。


 けれど、エルシアが離れる発言をするたびに顔に表情が戻るクロードを見ていれば、この可能性にかけるべきだと思えてくる。


(それに、エルシア嬢も。もう限界だ)


「……今の殿下には、エルシア嬢は見えていないかもしれません」


 罪悪感とともに彼女が望んでいるのとは、全く正反対の言葉を口にする。

 気力を失ったエルシアは、荷物をまとめて離宮で静養すると言い出した。


 だが、それではクロードに揺さぶりをかけるには弱い気がする。


(催眠術にかかっているとするならば、それは殿下に迷いがあるからだ)


 王族としての立場とエルシアへの恋心。

 逆に言えば、彼女が手を伸ばせば届く所にいるから、迷う。


ーー離宮では、甘い。


「……殿下、エルシア嬢は尼になると言って修道院へ向かったそうです」


 ケインは淡々とした口調で、嘘言を口にしたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko
恋愛
お茶会の参加中に魔獣に襲われたオフィーリアは前世を思い出し、自分が乙女ゲームの2番手悪役令嬢に転生してしまった事を悟った。 ゲームの結末によっては、断罪されて火あぶりの刑に処されてしまうかもしれない立場のキャラクターだ。 断罪を回避したい彼女は、攻略対象者である公爵令息との縁談を丁重に断ったのだが、何故か婚約する代わりに彼と友人になるはめに。 ゲームのキャラとは距離を取りたいのに、メインの悪役令嬢にも妙に懐かれてしまう。 更に、ヒロインや王子はなにかと因縁をつけてきて……。 平和的に悪役の座を降りたかっただけなのに、どうやらそれは無理みたいだ。 しかし、オフィーリアが人助けと自分の断罪回避の為に行っていた地道な根回しは、徐々に実を結び始める。 それがヒロインにとってのハッピーエンドを阻む結果になったとしても、仕方の無い事だよね? だって本来、悪役って主役を邪魔するものでしょう? ※主人公以外の視点が入る事があります。主人公視点は一人称、他者視点は三人称で書いています。 ※連載開始早々、タイトル変更しました。(なかなかピンと来ないので、また変わるかも……) ※感想欄は、ネタバレ有り/無しの分類を一切おこなっておりません。ご了承下さい。

【完結】もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です

堀 和三盆
恋愛
「それじゃあ、ちょっと番に会いに行ってくるから。ええと帰りは……7日後、かな…」  申し訳なさそうに眉を下げながら。  でも、どこかいそいそと浮足立った様子でそう言ってくる夫に対し、 「行ってらっしゃい、気を付けて。番さんによろしくね!」  別にどうってことがないような顔をして。そんな夫を元気に送り出すアナリーズ。  獣人であるアナリーズの夫――ジョイが魂の伴侶とも言える番に出会ってしまった以上、この先もアナリーズと夫婦関係を続けるためには、彼がある程度の時間を番の女性と共に過ごす必要があるのだ。 『別に性的な接触は必要ないし、獣人としての本能を抑えるために、番と二人で一定時間楽しく過ごすだけ』 『だから浮気とは違うし、この先も夫婦としてやっていくためにはどうしても必要なこと』  ――そんな説明を受けてからもうずいぶんと経つ。  だから夫のジョイは一カ月に一度、仕事ついでに番の女性と会うために出かけるのだ……妻であるアナリーズをこの家に残して。  夫であるジョイを愛しているから。  必ず自分の元へと帰ってきて欲しいから。  アナリーズはそれを受け入れて、今日も番の元へと向かう夫を送り出す。  顔には飛び切りの笑顔を張り付けて。  夫の背中を見送る度に、自分の内側がズタズタに引き裂かれていく痛みには気付かぬふりをして――――――。 

もう、あなたを愛することはないでしょう

春野オカリナ
恋愛
 第一章 完結番外編更新中  異母妹に嫉妬して修道院で孤独な死を迎えたベアトリーチェは、目覚めたら10才に戻っていた。過去の婚約者だったレイノルドに別れを告げ、新しい人生を歩もうとした矢先、レイノルドとフェリシア王女の身代わりに呪いを受けてしまう。呪い封じの魔術の所為で、ベアトリーチェは銀色翠眼の容姿が黒髪灰眼に変化した。しかも、回帰前の記憶も全て失くしてしまい。記憶に残っているのは数日間の出来事だけだった。  実の両親に愛されている記憶しか持たないベアトリーチェは、これから新しい思い出を作ればいいと両親に言われ、生まれ育ったアルカイドを後にする。  第二章   ベアトリーチェは15才になった。本来なら13才から通える魔法魔術学園の入学を数年遅らせる事になったのは、フロンティアの事を学ぶ必要があるからだった。  フロンティアはアルカイドとは比べ物にならないぐらい、高度な技術が発達していた。街には路面電車が走り、空にはエイが飛んでいる。そして、自動階段やエレベーター、冷蔵庫にエアコンというものまであるのだ。全て魔道具で魔石によって動いている先進技術帝国フロンティア。  護衛騎士デミオン・クレージュと共に新しい学園生活を始めるベアトリーチェ。学園で出会った新しい学友、変わった教授の授業。様々な出来事がベアトリーチェを大きく変えていく。  一方、国王の命でフロンティアの技術を学ぶためにレイノルドやジュリア、ルシーラ達も留学してきて楽しい学園生活は不穏な空気を孕みつつ進んでいく。  第二章は青春恋愛モード全開のシリアス&ラブコメディ風になる予定です。  ベアトリーチェを巡る新しい恋の予感もお楽しみに!  ※印は回帰前の物語です。

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

悪役令嬢の選んだ末路〜嫌われ妻は愛する夫に復讐を果たします〜

ノルジャン
恋愛
モアーナは夫のオセローに嫌われていた。夫には白い結婚を続け、お互いに愛人をつくろうと言われたのだった。それでも彼女はオセローを愛していた。だが自尊心の強いモアーナはやはり結婚生活に耐えられず、愛してくれない夫に復讐を果たす。その復讐とは……? ※残酷な描写あり ⭐︎6話からマリー、9話目からオセロー視点で完結。 ムーンライトノベルズ からの転載です。

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

距離を置きましょう? やったー喜んで! 物理的にですけど、良いですよね?

hazuki.mikado
恋愛
婚約者が私と距離を置きたいらしい。 待ってましたッ! 喜んで! なんなら物理的な距離でも良いですよ? 乗り気じゃない婚約をヒロインに押し付けて逃げる気満々の公爵令嬢は悪役令嬢でしかも転生者。  あれ? どうしてこうなった?  頑張って断罪劇から逃げたつもりだったけど、先に待ち構えていた隣りの家のお兄さんにあっさり捕まってでろでろに溺愛されちゃう中身アラサー女子のお話し。 ××× 取扱説明事項〜▲▲▲ 作者は誤字脱字変換ミスと投稿ミスを繰り返すという老眼鏡とハズキルーペが手放せない(老)人です(~ ̄³ ̄)~マジでミスをやらかしますが生暖かく見守って頂けると有り難いです(_ _)お気に入り登録や感想、動く栞、以前は無かった♡機能。そして有り難いことに動画の視聴。ついでに誤字脱字報告という皆様の愛(老人介護)がモチベアップの燃料です(人*´∀`)。*゜+ 皆様の愛を真摯に受け止めております(_ _)←多分。 9/18 HOT女性1位獲得シマシタ。応援ありがとうございますッヽ⁠(⁠*゚⁠ー゚⁠*⁠)⁠ノ

処理中です...