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第一章

目覚め

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(……よく、寝たわ)

 差し込む朝日が眩しくて、エルシアは目を開けた。

ーーん?

 見渡した部屋は、モノトーンの色調でエルシアの寝室とは全く違う。


(こっ! ここは何処なの?!)


 持ち込まれた机、散乱する書類。

 そして、肘掛け椅子で眠るクロード。


 サーーーー

 エルシアは青ざめた。

 クロードの夢を見た、と思っていたけれど。


(……夢じゃなかった!?)


ーーわたくし、『行かないで』とか言って殿下を引き留めた気がする……

 恥ずかしさと迷惑をかけただけじゃなく。


 その結果、クロードからベッドを奪い、寝室に仕事を持ち込ませ、挙句の果てに肘掛け椅子で寝かせてしまうなんて。



「ごめんなさい、本当にごめんなさい殿下」
 

 エルシアは小声でそう言うと、寝ているクロードに毛布をかけようと近づいた。



 机の上には大量の書類が置かれている。

ーー相当、お疲れのはずよね。


 それなのに、エルシアがしたことは。

(……わたくし、消えたい)


 せめてもと散乱した書類を拾い集めて、整頓する。

 フワリ

 そして、エルシアはクロード起こさないよう、慎重に毛布をかけたのだが。



 ドキドキ

(なんて、綺麗なお顔立ちなのかしら)

 クロードの整った容貌に思わず見惚れてしまう。

 煌めく金髪。形の良い鼻梁。

 目覚めれば長いまつ毛の下から、美しい琥珀色の瞳がーー


「殿下は寝顔まで、格好いいんですのね」

 エルシアがふと呟くと。

 グイッ

ーーえ?

 エルシアが動揺している内に、クロードに腕を引かれ、彼の胸に引き寄せられる。


「……そうマジマジ見られたら、恥ずかしい」


 眠っていると思っていた彼は、とっくに目覚めていたのだった。


「おはよう、ございます。殿下……」

「うん。でも、もう少しだけ、このままで」


 ドキドキドキ

 二人は互いに間近に感じる呼気に、時間が止まったかのように動けない。


 だが、そんな空気は物ともしない男がいた。

ーーケインである。


 バタンッ

 寝室のドアを開け、両手を打ち鳴らして彼は言う。

 パンパンパン!

「はい、朝ですよ! 殿下! エルシア嬢! 起きましょう!!」

「あ、はい……」


 予想以上に早い目覚めが、二人を待っていたのだった。



 ★


「殿下、昨夜は本当に申し訳ありませんでした」


 エルシアは朝食の席につく前に、クロードに頭を下げた。 


「いや、それは気にしないでくれ」

 それよりも座って、とクロードは着席を促す。


 だが、椅子を引きエルシアを座らせたケインは随分お怒りのようだ。


(それはそうよね、殿下を睡眠不足にさせてしまったし……)



「あの、ケインさん。ごめんなさい」

「エルシア嬢に怒っているのではありません」

 ピシャリ、とケインは言い放つ。


 キッ

 ケインに睨まれたクロードの顔が、青ざめた。


「いや、これはだな」
 
「殿下。エルシア嬢が夜になってもお部屋にお戻りにならなくて、どれだけの人間が不安になったと思いますか」


 ケインの言葉にぐぅの音も出ないクロードである。

 一方でエルシアはクロードやケイン以外の人への迷惑にも思いわたり、申し訳なさに縮まった。



「誤解しないで下さい。エルシア嬢が疲れて眠ってしまったのを責めている訳ではありません」

 サリー夫人は厳しい人ですし、とケインは付け足す。


「そもそも殿下が、その場で侍女を呼べばよかった話なんです。それを誰にも話さず寝室に閉じこもり!」

 
 バンッ

 彼が給仕のために持っていた水差しが、凄い音をたててテーブルに置かれた。

 怒りが最高潮に達したようである。


「皆には、すまなかったと思ってる。それに、見つけてくれたのがケインで本当に良かった、とも」


 そうなのだ。

 定刻になっても戻らないエルシアを探し回る侍女達から話を聞いたケイン。   

 彼がクロードの部屋に直進したおかげで、話が大きくならずに済んだのである。



ーー表向きは。

 噂話とは早いもので。

 事態を察した侍女達の口から口に、エルシアがクロードの部屋で一夜を過ごしたことは城中が知っていると言う。
 

「まぁ、思いが通じ合って何よりです。おめでとうございます」


 はぁ~~。

 ケインはそれだけ言うと、大きく溜め息をついた。


「……今は、両陛下が視察でご不在です。お戻りなったら、結婚を早めて頂けるよう相談に参りましょう」
  

 伯爵家への謝罪と、ああそれから結婚式の準備も始まるのかーー。
 
 頭を抱えるケインに対して、エルシアはキョトンとしている。
  

 クロードは、非常に気まずそうに紅茶を飲んでいた。



「あの、わたくしの両親に何を謝罪するのでしょう?」
 
(……わたくしが失態を皆様に謝罪するなら分かるのだけれど)


 ケインの口調は、まるで王家が伯爵家に謝らなければならない、とでも言いたげだ。

 エルシアは首を傾げる。



「……婚約者とは言え、王太子ともあろう者が結婚前に手を出すのは宜しくないんですよ」


ーー特に伯爵は、こちらを信頼して嫁入り前のエルシア嬢を城に出した訳ですし。
 

 ケインは、これからの業務を思って投げやりに答えたが。

 
(……それって!)

 意味を理解したエルシアは、驚きのあまりに固まった。


「手は出してない!!」

 一方で、必死に無罪を訴えるクロード。

 だが、ケインはそんな彼を冷めた目で見るだけだ。


「殿下。気持は分かりますが、今更です。陛下から雷の一つや二つ貰って頂かないと、こちらの気が済みません。盛大に怒られて下さい」
  

「だから、違うと言っているだろうっ」
 

 二人が言い争う間に、正気に戻ったエルシアは急いで着衣を確認し、ホッと安堵の息を付いた。



 そして、オズオズと手を挙げる。


「ケインさん。言いにくいんですけど……たぶんですけど、手は出されてないと思います」
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