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第3章 進学の美子
第6話 佐那美と一美
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何故か僕は佐那美の家でお泊まり会に参加している――しかも、いつものヤンデレ娘達と一緒だ。
彼女らと先ほどまで競馬ゲームをして遊んでいたが、さすがに飽きてきたので、横になり寝る準備に入った。
時間は深夜0時を回ったところ。
いつもなら午後11時頃には就寝することにしているのだが、今日はそれを許してもらえず、それからずっと雑談をしている。
雑談を主導しているのは佐那美である。
次から次へとアイデアが浮かぶようで、映画の案について先ほどから話が止まらない。
「――でね、神守君が日本の高速道路でフェラーリに乗ってかっ飛ばすの」
……それはちょっと無理がある。
第一、僕は日本の運転免許証は取得していません。それにまだ16歳ですから。
ところで、佐那美が言うフェラーリって一台いくらするって考えているのかな。
映画撮影するなら、故障や破損のことを考慮して、予備も含めて3台は欲しいところ。
車両によっても値段は違うだろうけど、これだけでも億前後はいくのではないか。
現実問題として、速度制限がある日本の道路に300km/h出せるスーパースポーツカーって自己満足以外役に立たないと思うのだが……
そんなことを考えていたら、僕の右脇でジッと僕を見つめていた変態さんが、ボソリと佐那美に告げた。
「おい佐那美ぃ、おまえの事務所にまだフェラーリを購入できるほどの余裕あるのか? この前、礼君らに支払ったギャラで事務所が傾いたって泣いていたんじゃねえか」
眞智子からそう言われ、ピクンと身体を強ばらせる佐那美。
佐那美は彼女の一言で何かを思い出した様で、ワナワナと震えだし――
「うぎゃああああああ!」
――と奇声を発した。
その奇声を聞いて、僕の左脇で僕の左腕を抱き枕にしてうたた寝していた同じく変態さんが、眠そうな表情で佐那美に文句を言う。
「佐那美、シャーラップ……もの凄く五月蠅い……」
「あんたらああああーっ! 13億返しなさいよ!」
「もう使っちゃった……ナッシン……グぅ……」
クリオは佐那美をからかいながら寝た振りをきめている。
ちなみにクリオは佐那美ほどではないが節約家だ。『お金がない』っていうのはまずありえない。これは嘘だろう。
そして、頭上から僕の顔の覗き込む亡霊――みたいな変態さんがもう一人。
彼女は瞬きひとつせず、ジッと僕を無表情で見つめる。
「美子さん。ちょっと……怖いって」
「大丈夫、気にしないで。こういうチャンス、家ではないんだもの……」
別に怒っている訳ではないらしい。
美子は目を真っ赤にしながら、一挙手一投足見逃さないつもりで僕を食い入る様にみている。
僕が美子に気を取られていると、佐那美が「ちょっとぉ神守君! 今あたしと話しているんでしょ!」と声を荒げて間に入ってきた。
――いや、僕は君と話した訳ではないのだが……
「神守君、お金返して! でなければ結婚して!」
佐那美は他のヤンデレ娘お構いなしに求婚を迫った。
普通ならびっくりするだろうが、こんなやり取りは正直、年がら年中である。
こういうお金がらみのものは正直ドン引きであり、これでときめくこともない。
「あぁ……口を開かなきゃ、とっても素敵な美人さんなんだけどなぁ……」
僕が大きくため息をついた瞬間、枕が一斉に宙を舞った。舞った数は3つ。枕の行き先は佐那美の顔面である。
3つが一斉に佐那美の顔面にぶち当たり、佐那美が「ブフォッ!」悲鳴を挙げる。
「どさくさ紛れに、なに婚姻迫っているんだ、コノ!」
「横暴プロデューサーに鉄槌を! そしてレイに自由を!」
「テメエ、こ〇すぞ……」
3人のヤンデレが一斉に佐那美を睨む。
眞智子は佐那美を鋭い眼光で睨み、クリオにあっては眠いのを我慢しながら白目を剥きながら彼女を睨み、美子にあっては佐那美の真上で貞〇みたいに黒目が殆ど真下に下がり睨んでいた。
「ちょ……あんたら、マジで怖い」
佐那美がビビったところで、このお話はおしまい。
このまま話を続けられると、血迷った佐那美が勝手に婚姻届を出しかねないので、少し話題を変える。
「ところで佐那美さん、最近あの子の姿を見ないんだけど――知らない?」
僕は新人――っていうか、他の事務所から転属してきた子の話を彼女に振る。
だが、佐那美は「はぁ? いたっけそんなヤツ」とあからさまに嫌そうな表情で答えた。
「織田さんだよ、織田さん。彼女は何しているの?」
僕が言う『織田さん』とは織田一美のことである。彼女は同級生でその正体は地元アイドルTKBのツカサである。
彼女は元々別事務所だったが、今は事務所ごと地端プロダクション入りしている。
また同時期にうちの高校に転入してきたこともあり、一美とはうちの近くでばったり会う様になった。
――だが、ここ2、3日は彼女の姿を見ていない。
その話をすると、4人のヤンデレ娘が「あぁ……」と何かを思い出した様に呟いた。
「ストーカーよ。ストーカー。だから事務所としてはある意味彼女を守る為、某所で営業させているの」
佐那美が困った表情で両手を挙げた。そして他の3人がうんうんと頷いている。
「えっ、そんなことあったんだ……彼女も大変だなぁ。それだけ人気アイドルになったんだね」
僕の驚きに他の3人が一斉に顔を見合わせた。
「あれっ、レイ気がつかなかったの?」
「お兄ちゃん鈍感だからなぁ……そういうことがあったのよ」
「彼女の件は、うちの親衛隊でも警戒していたのよね」
3人とも苦み潰した表情で呆れている。
どうしようもない犯人のようだ。
「それで、犯人は捕まったの? どんな人だったの?」
僕が彼女らに質問すると、皆一応に首を傾げた。
何か間違えたか?
いや、確かにストーカーと言っていた……なら、警察には相談したのかな?
佐那美に尋ねる。
「警察には相談したの?」
「いやいやっ、警察沙汰になったら困るっ! だから手は打った。今は福岡県のアイドルフェスに参加させているんだけど――」
佐那美は両手を左右に振って事件化を否定した。
彼女は今は福岡か――ずいぶん遠いところに出張しているんだな。
それにしても、どうも佐那美は事件化には消極的な様だ。
今の世の中、そういう泣き寝入りするのは良くないと思うが、それは彼女自身、色々考えて判断した結果なのだろう。それは被害者の判断だ、尊重しなければならないか。
――そう思案を巡らせていた時、佐那美のスマートホンが鳴り響いた。
それも、おどろおどろしい着信音である
佐那美が面倒臭そうにスマホの画面を見るとあからさまに嫌そうな表情で目を細め、渋々通話マークを押下した。
「何? ……あっ、それはどうも。ご苦労様」
どうやら仕事の話のようだ。
でも、なんでこの時間帯に何で仕事の話をしているのだろう。
「……で、こんな時間何? 今何しているのって――そんなのこっちのセリフよ」
佐那美は面倒臭そうに話を聞いている。
彼女がここまであからさまに嫌がる姿見たことがない。さらに付け加えるなら、毎度おなじみヤンデレ娘達にすらこんな対応しないのに……
僕が「何があったの――」って言った瞬間、眞智子、クリオ、美子が一斉に僕に飛びかかり、僕の口を手で塞いだ。
その瞬間、電話の相手が若干興奮した感じで何か喚いているのが聞こえてきた。
電話を受けている佐那美は電話を僕から遠ざけ、僕を見て人差し指を自分の口元に当てる。
『――えっ神守さん、今佐那美さんちにいるのっ。何で?』
電話先で騒いでいる声、それは聞き覚えのある声であった。
それは先ほどからストーカー関係で話題に上がった人物、一美である。
彼女は凄く驚いている様で声が裏返っている。
――まぁ、男子高校生が1人で女子高校生のお泊まり会に参加している事態、まともな集まりではないわな……
それについて佐那美は「残念ながらアンタが考えている様なやらし~い事じゃないから! ……というか、他の連中もここにいるから」と面倒臭そうに答えた。
――うん、『何で僕がここにいるのか』全く説明しない。これはタダの逆ギレだ。
それにしても、なんで一美が騒いでるのだろう?
それを佐那美に尋ねようにも当の一美と言い合いしていて、僕の質問に答える余裕はないだろう。
そこで、美子に尋ねることにした。
「どういうこと?」
「今、そのストーカーが騒いでいるのよ」
美子は引きつった表情で佐那美のスマホを指差した。
ストーカー?
……えっ、一美って誰かのストーカー被害に遭っているんだよね?!
アイドルだから――だよね?
僕が目をパチクリさせていると、クリオが頭を掻きながら呟く。
「だからぁ、あの子の場合はしつこい過ぎるから……これはもう犯罪よね」
えっ、どういうこと?
僕の頭の中でまだ事態を飲み込めていない――理解が追いついていない。
僕がキョドっていると、眞智子が「わかっていないかぁ……」と呟いて、僕を指差しこう告げた。
「被害者は礼君ね――今、その犯人が『逢わせろ、声を聞かせろ』と騒いでいるのよ。これでわかるかな」
…………………………あぁ、そういうことか。
どうやら、事態は僕が考えているものと全く違う方向に向いていた様だ。
「あんた、本当にいい加減にしなさいよ。あんたはアイドル! 何でそれがストーカー染みたことしちゃうのかなぁあ!」
佐那美が声を荒げて一美を叱責している。
確かにストーカー行為は犯罪である。
でも、僕の場合はちょっと事情が変わってくる。
なぜなら僕の周りの女の子は全員ヤンデレ娘だからだ。
何度も言うが、ストーカーは犯罪行為である。
だが、ヤンデレ娘達はそんなの日常茶飯事であり、そのレベルはとうに超えている上位互換の変態さんである。
そもそも、なんで僕が夜の女子会に強制参加させられているのってくらい、常識がぶっ壊れているからね。
だから、一美が僕のストーカーだったとしてもさほど驚くわけでもないのだ。
そんなことを思っていたら、脇にいた変態さんが吹き出しながら佐那美を指差した。
「プッ……それ、おまえが言う? プロデューサーの立場なのに『結婚して』て騒いだおまえがぁ」
眞智子である。
彼女はそう言い切るとその場で笑い転げた。
他の変態さんもその様子を苦笑いしてあきれ返っている。
皆に馬鹿にされ、プライドが傷ついた佐那美は顔を真っ赤にして眞智子に怒鳴りつけた。
「あたしはアイドルじゃなくってプロデューサーだから! 今は一美の話をしているから!」
佐那美はまるでそれが当たり前の様にしれっと答えた。
もちろん説得力に欠けている。
その一言であきれ返った他のヤンデレ娘達が、佐那美を放置してお互いに話し合う。
「ねぇ、あのストーカーアイドルどうする? あのバカ(佐那美)の言うとおりにしていると埒あかないわよ」
「そうねぇ、新参者だからといってあんまり邪険にしていると――うちのクソババアが、判官贔屓するし……」
「だったらうちらと一緒にいることくらいは良いんじゃないの――万が一の時はうちらでレイを守ればいいだけの話だし」
そして佐那美を除く一同代表として眞智子が僕に確認する。
「礼君、あのストーカー娘は嫌?」
「いや――特に意識していなかったけど……」
その一言を聞いて佐那美を除くヤンデレ娘がヨシヨシとばかりにガッツボーズをきめている。
「まぁ、佐那美のバカや私らを見切らないで相手にしてくれているくらいだから、そういうにあまり気にしていなかったのだろうけど……迷惑ついでにウザいの1匹増えても問題ないよね」
嫉妬すればすぐに暴力に訴える眞智子が珍しく、一美を仲間に加えるという。
一美に対して特別な感情でも生まれたのか?
……いや、それはないな。
彼女としては自分が弱い者イジメをしている印象を他人……特にうちの母親に与えたくなかったということだろうか。
いずれにしても、握り締めた手がブルブルと震えているところから考えるに、皆と一緒にいるくらいは譲歩しても、それ以上の関係は許す気はないだろう。
これはある意味『お手つきしたら、分かっているだろうな』という意味の裏返しである。
「まぁね。僕としては皆が穏便に解決してくれるのであれば、その提案に乗るよ。むしろ君達が変なヤキモチ起こさないか心配なのだが――大丈夫かい?」
特にうちの美子あたりが得物持ち出して大立ち回りされそうで怖い。
「意地悪するつもりはないけど――お兄ちゃんに手を出したら話は別……その時はブッ〇ロスけど」
美子も皆でいる分には大目に見てくれるようだ。
だが、クリオは若干考え方が違うらしい。
「一美に対する考えは眞智子と美子と同じだけど、前々から佐那美の『上から発言』はカチンときていたんだよね。まぁ……同じ事務所の仲間だし、多少は面倒は見てあげるけど」
これで佐那美を除くヤンデレ娘らが多少なりとも妥協してくれた様だ。
あとは僕が佐那美に言うだけかな。
その佐那美は電話先でまだ一美と言い合いしている。
僕は「佐那美さんちょっといい?」と一言断りを入れて彼女のスマホを取り上げた。
「一美さん、お疲れ様です。なんか色々大変みたいですけど、今度皆でご飯でも食べましょう」
『エッ? えぇっ? か、神守さん?』
電話先で一美は驚いている様子である。
佐那美は「何勝手なことしているのよ!」と怒りながらスマホを奪い返した。
佐那美が怒っている理由は、会話している最中なのに話を中断させたことではなく、トラブル回避として動いていた彼女の努力を無下にしたことである。
だが、佐那美はすでに感情的になりつつあった状況であったことから、僕は間髪入れずに佐那美に対案を示した。
「佐那美さん、この前の映画の打ち上げ……まだ、うちらだけでやってなかったよね」
「何で、一美一人のためにそんなことしなきゃならないのよ! 今は経費節約したいんですけど!」
「他の子の意見を聞いたところ『個別は許さないけど、全体行動だけなら織田さんをメンバーに加えても構わない』そうだ」
僕がそう断りを入れると、佐那美は『あんたら裏切ったわねぇ!』とばかりに他のヤンデレ娘達を睨み付ける。
だが他の連中は佐那美の意見はどうでもいいらしく――
「次、どこで打ち上げする? ファミレスでする? そこなら佐那美の事務所にも負担掛からないと思うよ」
「お寿司にしない? でもうちの事務所じゃさすがに悪いから、佐那美にごちそうしてもらおうよ」
「寿司だと佐那美のバカがケチるから、焼き肉食べ放題でいいんじゃないの」
――と勝手に話を進めだした。
「ちょっと待ってよ! それって私が奢る前提なの?! あたし絶対に認めないから!」
当然、こんな話をされてはドケチの佐那美が認める訳がない……
「じゃあ、打ち上げ会費は僕が出す。それでいいか?」
その一言で佐那美がビクンと身体を震わせた後、行動がストップした。
そして何やらブツブツと呟き出す。
「えっ、それってタダ……神守君が出すんだから、結構豪勢にパーティ開けるよね――ひょっとしたらどこかの温泉旅館を貸し切ってもいいわね……いや、でも…私的には2人でやりたいけど」
どうやら彼女は何かと葛藤している様だ。
打ち上げ会の場所で悩んでいるのなら問題ない。最後に畳みかける。
「それで、織田さんはいつ戻すの? それに合わせて企画してよ――そういうの得意でしょ?」
「……よ、予算は?」
「一応、俳優研修生で出せる予算で」
僕はあえてレイン=カーディナルではなく、一美に偽っている肩書きを使って、そう答えた。
すると、佐那美は苦み潰した表情で「それじゃあ……ファミレスみたいなところで打ち上げになっちゃうじゃない」とぼやいていたが、「あまり豪勢に打ち上げすると一美が変なところ勘ぐるだろうし……」と、一応納得した。
「まあ……いいわ。高校生らしい金欠パーティでもしましょう……」
佐那美はそれで納得した。
そして、スマホの通話マークを押下した。
――ん? ちょっと待て。
時間や場所も決めていないのに通話を切っちゃったぞこの人。
しかもその旨一美に伝えていないのに!
「そして……と」
えっ……佐那美の奴、その上にスマホの電源を落としたぞ!?
どんだけ、佐那美は一美を嫌っているんだ。
「ふぅ……これでよし」
佐那美はやりきったとばかりに額の汗を腕で拭う。
当然、
「「「「よしじゃねえだろ!」」」」
と皆でツッコミを入れるハメになった。
眞智子、美子、クリオから頭を小突かれ、つんのめる佐那美……全く、ろくでもないプロデューサーだ。
クリオが大きなため息を付きながら僕に伝える。
「レイ……あとで決まったら私が一美に連絡しておくから」
彼女らと先ほどまで競馬ゲームをして遊んでいたが、さすがに飽きてきたので、横になり寝る準備に入った。
時間は深夜0時を回ったところ。
いつもなら午後11時頃には就寝することにしているのだが、今日はそれを許してもらえず、それからずっと雑談をしている。
雑談を主導しているのは佐那美である。
次から次へとアイデアが浮かぶようで、映画の案について先ほどから話が止まらない。
「――でね、神守君が日本の高速道路でフェラーリに乗ってかっ飛ばすの」
……それはちょっと無理がある。
第一、僕は日本の運転免許証は取得していません。それにまだ16歳ですから。
ところで、佐那美が言うフェラーリって一台いくらするって考えているのかな。
映画撮影するなら、故障や破損のことを考慮して、予備も含めて3台は欲しいところ。
車両によっても値段は違うだろうけど、これだけでも億前後はいくのではないか。
現実問題として、速度制限がある日本の道路に300km/h出せるスーパースポーツカーって自己満足以外役に立たないと思うのだが……
そんなことを考えていたら、僕の右脇でジッと僕を見つめていた変態さんが、ボソリと佐那美に告げた。
「おい佐那美ぃ、おまえの事務所にまだフェラーリを購入できるほどの余裕あるのか? この前、礼君らに支払ったギャラで事務所が傾いたって泣いていたんじゃねえか」
眞智子からそう言われ、ピクンと身体を強ばらせる佐那美。
佐那美は彼女の一言で何かを思い出した様で、ワナワナと震えだし――
「うぎゃああああああ!」
――と奇声を発した。
その奇声を聞いて、僕の左脇で僕の左腕を抱き枕にしてうたた寝していた同じく変態さんが、眠そうな表情で佐那美に文句を言う。
「佐那美、シャーラップ……もの凄く五月蠅い……」
「あんたらああああーっ! 13億返しなさいよ!」
「もう使っちゃった……ナッシン……グぅ……」
クリオは佐那美をからかいながら寝た振りをきめている。
ちなみにクリオは佐那美ほどではないが節約家だ。『お金がない』っていうのはまずありえない。これは嘘だろう。
そして、頭上から僕の顔の覗き込む亡霊――みたいな変態さんがもう一人。
彼女は瞬きひとつせず、ジッと僕を無表情で見つめる。
「美子さん。ちょっと……怖いって」
「大丈夫、気にしないで。こういうチャンス、家ではないんだもの……」
別に怒っている訳ではないらしい。
美子は目を真っ赤にしながら、一挙手一投足見逃さないつもりで僕を食い入る様にみている。
僕が美子に気を取られていると、佐那美が「ちょっとぉ神守君! 今あたしと話しているんでしょ!」と声を荒げて間に入ってきた。
――いや、僕は君と話した訳ではないのだが……
「神守君、お金返して! でなければ結婚して!」
佐那美は他のヤンデレ娘お構いなしに求婚を迫った。
普通ならびっくりするだろうが、こんなやり取りは正直、年がら年中である。
こういうお金がらみのものは正直ドン引きであり、これでときめくこともない。
「あぁ……口を開かなきゃ、とっても素敵な美人さんなんだけどなぁ……」
僕が大きくため息をついた瞬間、枕が一斉に宙を舞った。舞った数は3つ。枕の行き先は佐那美の顔面である。
3つが一斉に佐那美の顔面にぶち当たり、佐那美が「ブフォッ!」悲鳴を挙げる。
「どさくさ紛れに、なに婚姻迫っているんだ、コノ!」
「横暴プロデューサーに鉄槌を! そしてレイに自由を!」
「テメエ、こ〇すぞ……」
3人のヤンデレが一斉に佐那美を睨む。
眞智子は佐那美を鋭い眼光で睨み、クリオにあっては眠いのを我慢しながら白目を剥きながら彼女を睨み、美子にあっては佐那美の真上で貞〇みたいに黒目が殆ど真下に下がり睨んでいた。
「ちょ……あんたら、マジで怖い」
佐那美がビビったところで、このお話はおしまい。
このまま話を続けられると、血迷った佐那美が勝手に婚姻届を出しかねないので、少し話題を変える。
「ところで佐那美さん、最近あの子の姿を見ないんだけど――知らない?」
僕は新人――っていうか、他の事務所から転属してきた子の話を彼女に振る。
だが、佐那美は「はぁ? いたっけそんなヤツ」とあからさまに嫌そうな表情で答えた。
「織田さんだよ、織田さん。彼女は何しているの?」
僕が言う『織田さん』とは織田一美のことである。彼女は同級生でその正体は地元アイドルTKBのツカサである。
彼女は元々別事務所だったが、今は事務所ごと地端プロダクション入りしている。
また同時期にうちの高校に転入してきたこともあり、一美とはうちの近くでばったり会う様になった。
――だが、ここ2、3日は彼女の姿を見ていない。
その話をすると、4人のヤンデレ娘が「あぁ……」と何かを思い出した様に呟いた。
「ストーカーよ。ストーカー。だから事務所としてはある意味彼女を守る為、某所で営業させているの」
佐那美が困った表情で両手を挙げた。そして他の3人がうんうんと頷いている。
「えっ、そんなことあったんだ……彼女も大変だなぁ。それだけ人気アイドルになったんだね」
僕の驚きに他の3人が一斉に顔を見合わせた。
「あれっ、レイ気がつかなかったの?」
「お兄ちゃん鈍感だからなぁ……そういうことがあったのよ」
「彼女の件は、うちの親衛隊でも警戒していたのよね」
3人とも苦み潰した表情で呆れている。
どうしようもない犯人のようだ。
「それで、犯人は捕まったの? どんな人だったの?」
僕が彼女らに質問すると、皆一応に首を傾げた。
何か間違えたか?
いや、確かにストーカーと言っていた……なら、警察には相談したのかな?
佐那美に尋ねる。
「警察には相談したの?」
「いやいやっ、警察沙汰になったら困るっ! だから手は打った。今は福岡県のアイドルフェスに参加させているんだけど――」
佐那美は両手を左右に振って事件化を否定した。
彼女は今は福岡か――ずいぶん遠いところに出張しているんだな。
それにしても、どうも佐那美は事件化には消極的な様だ。
今の世の中、そういう泣き寝入りするのは良くないと思うが、それは彼女自身、色々考えて判断した結果なのだろう。それは被害者の判断だ、尊重しなければならないか。
――そう思案を巡らせていた時、佐那美のスマートホンが鳴り響いた。
それも、おどろおどろしい着信音である
佐那美が面倒臭そうにスマホの画面を見るとあからさまに嫌そうな表情で目を細め、渋々通話マークを押下した。
「何? ……あっ、それはどうも。ご苦労様」
どうやら仕事の話のようだ。
でも、なんでこの時間帯に何で仕事の話をしているのだろう。
「……で、こんな時間何? 今何しているのって――そんなのこっちのセリフよ」
佐那美は面倒臭そうに話を聞いている。
彼女がここまであからさまに嫌がる姿見たことがない。さらに付け加えるなら、毎度おなじみヤンデレ娘達にすらこんな対応しないのに……
僕が「何があったの――」って言った瞬間、眞智子、クリオ、美子が一斉に僕に飛びかかり、僕の口を手で塞いだ。
その瞬間、電話の相手が若干興奮した感じで何か喚いているのが聞こえてきた。
電話を受けている佐那美は電話を僕から遠ざけ、僕を見て人差し指を自分の口元に当てる。
『――えっ神守さん、今佐那美さんちにいるのっ。何で?』
電話先で騒いでいる声、それは聞き覚えのある声であった。
それは先ほどからストーカー関係で話題に上がった人物、一美である。
彼女は凄く驚いている様で声が裏返っている。
――まぁ、男子高校生が1人で女子高校生のお泊まり会に参加している事態、まともな集まりではないわな……
それについて佐那美は「残念ながらアンタが考えている様なやらし~い事じゃないから! ……というか、他の連中もここにいるから」と面倒臭そうに答えた。
――うん、『何で僕がここにいるのか』全く説明しない。これはタダの逆ギレだ。
それにしても、なんで一美が騒いでるのだろう?
それを佐那美に尋ねようにも当の一美と言い合いしていて、僕の質問に答える余裕はないだろう。
そこで、美子に尋ねることにした。
「どういうこと?」
「今、そのストーカーが騒いでいるのよ」
美子は引きつった表情で佐那美のスマホを指差した。
ストーカー?
……えっ、一美って誰かのストーカー被害に遭っているんだよね?!
アイドルだから――だよね?
僕が目をパチクリさせていると、クリオが頭を掻きながら呟く。
「だからぁ、あの子の場合はしつこい過ぎるから……これはもう犯罪よね」
えっ、どういうこと?
僕の頭の中でまだ事態を飲み込めていない――理解が追いついていない。
僕がキョドっていると、眞智子が「わかっていないかぁ……」と呟いて、僕を指差しこう告げた。
「被害者は礼君ね――今、その犯人が『逢わせろ、声を聞かせろ』と騒いでいるのよ。これでわかるかな」
…………………………あぁ、そういうことか。
どうやら、事態は僕が考えているものと全く違う方向に向いていた様だ。
「あんた、本当にいい加減にしなさいよ。あんたはアイドル! 何でそれがストーカー染みたことしちゃうのかなぁあ!」
佐那美が声を荒げて一美を叱責している。
確かにストーカー行為は犯罪である。
でも、僕の場合はちょっと事情が変わってくる。
なぜなら僕の周りの女の子は全員ヤンデレ娘だからだ。
何度も言うが、ストーカーは犯罪行為である。
だが、ヤンデレ娘達はそんなの日常茶飯事であり、そのレベルはとうに超えている上位互換の変態さんである。
そもそも、なんで僕が夜の女子会に強制参加させられているのってくらい、常識がぶっ壊れているからね。
だから、一美が僕のストーカーだったとしてもさほど驚くわけでもないのだ。
そんなことを思っていたら、脇にいた変態さんが吹き出しながら佐那美を指差した。
「プッ……それ、おまえが言う? プロデューサーの立場なのに『結婚して』て騒いだおまえがぁ」
眞智子である。
彼女はそう言い切るとその場で笑い転げた。
他の変態さんもその様子を苦笑いしてあきれ返っている。
皆に馬鹿にされ、プライドが傷ついた佐那美は顔を真っ赤にして眞智子に怒鳴りつけた。
「あたしはアイドルじゃなくってプロデューサーだから! 今は一美の話をしているから!」
佐那美はまるでそれが当たり前の様にしれっと答えた。
もちろん説得力に欠けている。
その一言であきれ返った他のヤンデレ娘達が、佐那美を放置してお互いに話し合う。
「ねぇ、あのストーカーアイドルどうする? あのバカ(佐那美)の言うとおりにしていると埒あかないわよ」
「そうねぇ、新参者だからといってあんまり邪険にしていると――うちのクソババアが、判官贔屓するし……」
「だったらうちらと一緒にいることくらいは良いんじゃないの――万が一の時はうちらでレイを守ればいいだけの話だし」
そして佐那美を除く一同代表として眞智子が僕に確認する。
「礼君、あのストーカー娘は嫌?」
「いや――特に意識していなかったけど……」
その一言を聞いて佐那美を除くヤンデレ娘がヨシヨシとばかりにガッツボーズをきめている。
「まぁ、佐那美のバカや私らを見切らないで相手にしてくれているくらいだから、そういうにあまり気にしていなかったのだろうけど……迷惑ついでにウザいの1匹増えても問題ないよね」
嫉妬すればすぐに暴力に訴える眞智子が珍しく、一美を仲間に加えるという。
一美に対して特別な感情でも生まれたのか?
……いや、それはないな。
彼女としては自分が弱い者イジメをしている印象を他人……特にうちの母親に与えたくなかったということだろうか。
いずれにしても、握り締めた手がブルブルと震えているところから考えるに、皆と一緒にいるくらいは譲歩しても、それ以上の関係は許す気はないだろう。
これはある意味『お手つきしたら、分かっているだろうな』という意味の裏返しである。
「まぁね。僕としては皆が穏便に解決してくれるのであれば、その提案に乗るよ。むしろ君達が変なヤキモチ起こさないか心配なのだが――大丈夫かい?」
特にうちの美子あたりが得物持ち出して大立ち回りされそうで怖い。
「意地悪するつもりはないけど――お兄ちゃんに手を出したら話は別……その時はブッ〇ロスけど」
美子も皆でいる分には大目に見てくれるようだ。
だが、クリオは若干考え方が違うらしい。
「一美に対する考えは眞智子と美子と同じだけど、前々から佐那美の『上から発言』はカチンときていたんだよね。まぁ……同じ事務所の仲間だし、多少は面倒は見てあげるけど」
これで佐那美を除くヤンデレ娘らが多少なりとも妥協してくれた様だ。
あとは僕が佐那美に言うだけかな。
その佐那美は電話先でまだ一美と言い合いしている。
僕は「佐那美さんちょっといい?」と一言断りを入れて彼女のスマホを取り上げた。
「一美さん、お疲れ様です。なんか色々大変みたいですけど、今度皆でご飯でも食べましょう」
『エッ? えぇっ? か、神守さん?』
電話先で一美は驚いている様子である。
佐那美は「何勝手なことしているのよ!」と怒りながらスマホを奪い返した。
佐那美が怒っている理由は、会話している最中なのに話を中断させたことではなく、トラブル回避として動いていた彼女の努力を無下にしたことである。
だが、佐那美はすでに感情的になりつつあった状況であったことから、僕は間髪入れずに佐那美に対案を示した。
「佐那美さん、この前の映画の打ち上げ……まだ、うちらだけでやってなかったよね」
「何で、一美一人のためにそんなことしなきゃならないのよ! 今は経費節約したいんですけど!」
「他の子の意見を聞いたところ『個別は許さないけど、全体行動だけなら織田さんをメンバーに加えても構わない』そうだ」
僕がそう断りを入れると、佐那美は『あんたら裏切ったわねぇ!』とばかりに他のヤンデレ娘達を睨み付ける。
だが他の連中は佐那美の意見はどうでもいいらしく――
「次、どこで打ち上げする? ファミレスでする? そこなら佐那美の事務所にも負担掛からないと思うよ」
「お寿司にしない? でもうちの事務所じゃさすがに悪いから、佐那美にごちそうしてもらおうよ」
「寿司だと佐那美のバカがケチるから、焼き肉食べ放題でいいんじゃないの」
――と勝手に話を進めだした。
「ちょっと待ってよ! それって私が奢る前提なの?! あたし絶対に認めないから!」
当然、こんな話をされてはドケチの佐那美が認める訳がない……
「じゃあ、打ち上げ会費は僕が出す。それでいいか?」
その一言で佐那美がビクンと身体を震わせた後、行動がストップした。
そして何やらブツブツと呟き出す。
「えっ、それってタダ……神守君が出すんだから、結構豪勢にパーティ開けるよね――ひょっとしたらどこかの温泉旅館を貸し切ってもいいわね……いや、でも…私的には2人でやりたいけど」
どうやら彼女は何かと葛藤している様だ。
打ち上げ会の場所で悩んでいるのなら問題ない。最後に畳みかける。
「それで、織田さんはいつ戻すの? それに合わせて企画してよ――そういうの得意でしょ?」
「……よ、予算は?」
「一応、俳優研修生で出せる予算で」
僕はあえてレイン=カーディナルではなく、一美に偽っている肩書きを使って、そう答えた。
すると、佐那美は苦み潰した表情で「それじゃあ……ファミレスみたいなところで打ち上げになっちゃうじゃない」とぼやいていたが、「あまり豪勢に打ち上げすると一美が変なところ勘ぐるだろうし……」と、一応納得した。
「まあ……いいわ。高校生らしい金欠パーティでもしましょう……」
佐那美はそれで納得した。
そして、スマホの通話マークを押下した。
――ん? ちょっと待て。
時間や場所も決めていないのに通話を切っちゃったぞこの人。
しかもその旨一美に伝えていないのに!
「そして……と」
えっ……佐那美の奴、その上にスマホの電源を落としたぞ!?
どんだけ、佐那美は一美を嫌っているんだ。
「ふぅ……これでよし」
佐那美はやりきったとばかりに額の汗を腕で拭う。
当然、
「「「「よしじゃねえだろ!」」」」
と皆でツッコミを入れるハメになった。
眞智子、美子、クリオから頭を小突かれ、つんのめる佐那美……全く、ろくでもないプロデューサーだ。
クリオが大きなため息を付きながら僕に伝える。
「レイ……あとで決まったら私が一美に連絡しておくから」
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