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第3章 進学の美子

第4話 ヤンデレ記念杯 サクラトチル

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 さて、今夜は佐那美んちで『お泊まり会』である。
 そもそも、女子会なのに何で男子の僕が参加しなければいけないのか、ツッコミどころである。
 しかも、皆でご飯を食べた――までは良かったのだが、お風呂の順番で誰が僕の前だとか、後だとかで揉めだし、挙げ句に一緒に入ろうっていうアホまで出現して、結局のところ全員スーパー銭湯で済ますことになった。
 ここからが、問題である。

 「私の部屋でで寝るから」

 佐那美はそう僕に告げると布団を部屋一面に敷きだした。
 彼女の部屋は8畳くらいの洋室で子供部屋としては結構広い。
 これだけあれば4人が寝泊まりするのには問題なさそうだ。
 そうすると、僕は佐那美の弟である元家の部屋か、空いている部屋を借りる形になるのだろう――そう思っていた。
 
 「ちなみに僕はどこに寝るの?」

 「だから言ったじゃん」

 「…………まさか、君が言った『』って僕も含まれているの?」

 「ぴんぽーん♪」

 それには眞智子、クリオが目をパチパチさせながら視線を僕と佐那美で往復させている。
 美子が「ダメだ、ダメだ!」と慌てて手を振って拒否しているが、佐那美は『そんなの関係ねえ』と言わんばかりに話を続ける。

 「いやぁ、神守君も役得だね~っ、夜トイレで起きたらちょっと周りを見回してみて。ひょっとして寝相が悪い女の子がポロリしているかもしれないよ」

 「えぇ~っ……それじゃあ僕が悶々として寝られないんだけど」

 「だーめ。今夜は寝かさないわよ♪ ……って言いたいところだけど」

 佐那美はニコニコしながら一旦話を区切る。
 そして僕に視線を送りながら理由を説明した。

 「これは神守君のお母様の提案なのよ」

 すると眞智子が急に口を挟んできた。

 「ちょ、ちょっと待ってよ。私その話、美和子さんから聞いていないんだけど!」

 眞智子と美和子母さんは昔やんちゃしていた事もあり、妙に気が合う様だ。だから美子がらみで何かあれば情報を共有して、結託して美子の野望を未然に防いでいた……のだが、今回ばかりは何故か佐那美に話をつけていたようだ。
 眞智子としては『それは納得いかない』と言わんばかりにその真意を問い正すのだが、佐那美に――
 
 「神守ママの言うには『眞智子はいざって言う時に屁垂れるから話さなかった』ってさ」

――と伝えられると、眞智子は若干不満そうに呟いた。

 「え~っ。私、他の連中が発狂しないように我慢しているんだけど……」

 「いや、躊躇なく神守君に手を出しちゃうのは美子と私くらいだから。常識人ぶっている眞智子とクリオにはそんな発想出てこないわよ……だから私が神守ママに頼まれたの」

 それを聞いた美子と眞智子がギロリと佐那美を睨み付ける。
 そして、二人が彼女に噛みつく寸前、佐那美の言葉が続いた。

 「大丈夫、アンタが心配する様なことは起きないから。それにどーせ、これだけヤンデレ女が集まっているんだもの。神守君に手を出したくても出せないでしょ?」

 珍しく彼女にしては妙に説得力がある――それもそのはず、佐那美はうちの母さんが言ったであろうセリフを引用しいるからだ。

 「すっげーモヤモヤするけど、美和子さんがそう言うんだったら……」

 母さんの提案に眞智子は渋々了承した。
 残るは美子である。当然、異端児の彼女にはそんなの関係ない。
 美子は「ふざけるな!」と反発するが、母さんは美子対策を佐那美に伝えていた様で、佐那美の口からこう付け加えられた。

 「神守ママ、こう言っていたよ『どうせ、美子は愛するお兄ちゃんの寝ている顔、しみじみ見たことないんでしょ?』って。それでママさんからの提案なんだけど、お手つきはダメだけど、普段見ることが出来ないお兄ちゃんの『生』の寝顔を見ることを許可するって」

 「えっ、それマジ?! で、でも……ぐぅぅううっ……」

 美子は歯ぎしりしながら唸っていたが、その提案が余程魅力的だったのか「お手つきしたらマジでブッコ〇スから」と言ってそっぽを向いて妥協した。
 それにしても今日の佐那美はいつものテキトーな彼女とは異なり、無双状態である。
 眞智子もクリオも「お、おう……」と動揺を隠せないでいる。

 こう言う時って佐那美の奴、とんでもないことをプロデュースしていることが多い。

 「さあて……今日は多分寝られないでしょうから、何して遊ぶ?」

 とりあえず、奥の手を出さずにこちら側に尋ねてきた。
 何をすればいいのか?
 皆、首を傾げている。

 「そう言えば神守君、最近スマホのゲームハマっているみたいだけど聞いて良いかな?」

 あぁっ、最近撮影の合間に遊んでいる『ウマギャル』っていう競馬育成ゲームのことか。
 『かつて存在した競走馬』の育成ゲームでそれをギャルとして置き換えたものである。
 僕はとある人物から勧められ始めたゲームである。
 僕は、育成がうまくいかない初心者トレーナーであり、ガチャでスカウトしたウマギャルは驚くほど少ない。無論、☆3のウマギャルは2騎だけである。
 最初の頃は面白く遊んでいたけど、僕の場合はどうもガチャが当たらない。そのうち召喚用アイテムも底を尽きるだろうから、それ以降はよく考えようと思う。

 「あぁ、競馬育成ゲームね。競走馬が美少女キャラって設定のね」

 僕がその話をするとクリオも「あぁ、あれか」とすぐに理解した。

 「私もやっているのよ。今、ヤマイちゃんを育てているんだけど……」

 クリオも僕同様、ハマっている一人だ。
 彼女の場合は、重課金ユーザーなので最強のウマギャルをほぼコンプリートしている。その一方――僕以上に育成に手こずっており、C+のクラスまでしかあげられない様子である。
 それでも本人は非常に満足しており、よく僕に自慢している。
 
 その彼女の得意(?)なソシャゲの話でようやく会話に参加出来る……と張り切っていたが、無情にも佐那美に「アンタの話はどうでもいいから」と遮られクリオの活躍はそこで止まってしまった。

 「もういいよ……私を慰めてくれるのは『スウちゃん』と『スズちゃん』だけだから」

 クリオはそう言って自分のスマホの画面に映るキャラクターに呟いた。あぁ……いじけちゃった。
 そんな無慈悲な佐那美であるが、どうも僕の言葉に何かが引っかかっている様で、ジッと僕の顔を眺めて首を傾げていた。

 「それ、馬が亜人化したゲームだよね?」

 亜人ですか……そういうひねくれた言い方、僕は好きではない。
 ゲームの中のキャラクターだからそういう世界観、壊したくないよね。

 「まあ、競走馬が擬人化したアイドルなんだけどね……」

 僕のささやかな抵抗も、彼女にして見れば馬に念仏で「そんなの同じじゃない。どうでもいいわ」と容赦なく斬り捨てられた。
 彼女にして見れば、その言葉はあくまでも確認でしかないようで、さらに彼女の確認が続く。

 「話を聞く限りでは私のと一緒だけど、それ本当に美少女ものだった?」

 佐那美は首を傾げている。
 そう言われても僕が遊んでいるゲームは……

 「間違いなくそうだよ」

 佐那美はまだ眉を顰めて首を傾げている。
 そこで眞智子が突っ込んできた。

 「ねえ、それってひょっとしてエロいやつ?」

 眞智子はちょっとムッとしている。
 どうやら彼女はウマギャルがどういう種類のゲームなのか、全く理解していない様だ。
 しかも『もしエロゲーだったら小一時間は説教してやる』と言わんばかりにご機嫌斜めモードで僕を睨んでいる。
 『そんなゲームじゃないから!』――そう答えようとした時、ある人物から援護を受けた。


 「アンタが考えている様な恋愛とか18禁はないから。このどスケベっ!」


 彼女にそう言い放ったのは美子である。
 実は僕にそのゲームを勧めたのは美子なのだ。
 僕がスマホを機種変した際に何か遊ぶゲームを探していたところ、美子にこの『ウマギャル』を勧められた。いつも嫉妬しまくりの美子が、『女の子』だけのゲームを進めてきたのには正直、驚いた。
 彼女曰く『お兄ちゃんが好きそうなゲームを見つけたよ。意外にまともなゲームだったので、これはOKかな』とのことだ。
 まぁ、実際にプレイして、☆3召喚課金除いては美子の言うとおり健全でハマるゲームであった。
 眞智子も、一番嫉妬に狂う面倒臭い奴がそう認めているのであれば、かなり説得力はあった様で「あっそうなんだ……」とすぐに納得した。
 
 だが、納得していない子が1人――

 「あれ、それってイケメンのヤツじゃなかったっけ?」

 佐那美である。納得していない……というより、いつもどおり話がかみ合っていない様子である。
 何か勘違いしているので一応説明しておく。

 「ウマギャルには牡馬(雄馬)はいないんだよね。みんな牝馬(雌馬)にされているけど……」

 「えっ? 私が遊んでいるゲームは『ウマ男』ってゲームなんだけど……」

 かみ合っていない筈である。ゲーム自体が違う。
 一応気になったので確認してみる。

 「――どんなゲーム?」

 「イケメンのウマ男を育成していくゲームよ」

 「うーん、ウマギャルとなんとなく似ているね……」

 「このゲーム、結構アクシデントが発生して育成が困難なのよ」

 「ほうほう……そこまでは同じだね」

 「でも、何かあると骨折。トドメは予後不良として安楽死だからね。アクシデントはしょっちゅうあるから……」

 佐那美は引きつった笑みを浮かべながら不満を述べた。

 「うわっ……そんなところまで再現しているの。それは嫌だな。ちなみにウマ男を増やすのにはどうするの?」

 「お金だして、繁殖牝馬と18禁して増やす」

 「…………」

 ――うん、ソレ確実にエロゲーだわ。しかも妙にクソゲー臭がする。

 美子、眞智子、クリオが苦笑いしながら「見せろ、見せろ」って佐那美に要求し、ここからお泊まり会が始まった。

 それから10分。

 佐那美のタブレットに入っているウマ男を美子が借り受けゲームを開始した。
 ちょっと覗いてみたところ、育成方法からレースの仕方まで、何から何まで『ウマギャル』に そっくりなゲームである。違いと言えば、『ギャル』キャラが『イケメン』キャラに変わっている――明らかにシステムを似せている。
 『ウマギャル』の方は実在した馬名が登場しているが、『ウマ男』は架空の名前が付けられている。
 きっと『ウマ男』の方がパクリで、その関係で馬主から許可を得られなかったのだろう。
 このゲーム、美少女ならともかく、野郎系の上、競馬の闇まで再現されているとなると、これは売れない気がする……
 まぁ、そんな感じでゲームを始めたのだが、基本的にはシステム自体同じなので、そのイケメンキャラに愛着を感じることが出来れば、それなりには遊べる。
 美子も脇にいる佐那美に指導を受けながら、楽しそうに遊んでいる。
 まあ、これなら喧嘩はしないだろうな。あとは佐那美の弟、元家のところにでも行って挨拶でもしておこうかな。

 「ちょっと元家君のところ挨拶してくるね」

 「あっ、アレは相手にしなくていいのに……分かっていると思うけど階段の近くに元家の部屋あるから」

 佐那美は階段の方を指差し、美子にウマ男の遊び方を熱心に指導している。
 佐那美の奴は、夢中になるとそれ以外は適当だよな――そう思いながら、部屋を後にした。


 ――それから15分後。


 元家のところで挨拶を済ませ、佐那美の部屋の前に戻ってみると……

 「死ねや!」

 「ちょっと落ち着きなさいよ!」
 
  2人の女性が争う大声が聞こえてきた。
 どうせまた佐那美がちょっかい掛けて美子あたりがぶち切れたのか?
 残る2人は「落ち着け!」「今回はおまえが悪い」と止めている様だ。
 僕は慌てて、扉を開けて「やめるんだ!」と争う彼女らを止めるべく中に飛び込む。

 ……が。事態はそれより斜め上の状況であった。

 木刀を構えて今にも殴り付けようとしている女性とそれを必死になって真剣白刃取りしている女性が、凄い形相でにらみ合っている。

 ――そこまでは想像していた。でも、よく見てみると……

 木刀を構えているのは美子――ではなく佐那美?!
 それを白羽取りで受けているのは佐那美――ならぬ美子であった。

 「あっ、佐那美さんに美子さんが殴られようとしているのか」

 「お兄ちゃん良いところに来た、ちょっと助けて!」

 「神守君止めないで、こいつこ〇せない!」

 佐那美はさらに美子に覆い被さり美子は下で必死に木刀を両掌でプルプルさせながら凌いでいる。
 珍しい状況だ。
 僕はまた美子が何かしでかしたのかと内心ヒヤヒヤだったのだが、今回は被害者である――うん、安心した。

 「わかった。怪我がないように2人とも頑張るんだぞ――では僕は再び元家君の所に行ってるから」

 そう言って僕は争う2人を背にして再び部屋を出るのであった。


 それから5分後――


 僕は頭にタンコブをつくった美子にビンタを食らい、その場に正座させられていた。
 
 「――で、喧嘩の原因は何?」

 僕が渋々彼女らに尋ねると、目撃者である眞智子とクリオがその時の状況を淡々と答えた。

 「あぁ、美子が佐那美のメインのウマ男を潰しちゃったんだよ」
 
 「佐那美の馬鹿が美子にエグい育成強化方法を指導していたからねぇ……休みすら与えず、ひたすらトレーニングだもん。あまりの酷使に美子ですら『大丈夫なの?』と聞き返したくらいブラックだったわよ……まぁ、現実もそうだけど」

 クリオがそうぼやく。
 確かに佐那美はブラックな要求が多い……ゲームまでそんなこと要求したのか?
 僕とクリオは巧いこと手を抜いているからまだいいけど、CPUでは素直に受け止めちゃうだろう。
 クリオにその話の続きを聞いた。

 「それって体力やコンディションは最悪って奴なんじゃない?」

 「うん。レース中に落馬して骨折。獣医から『予後不良』と診断されて……」

 ――うん、やっぱりクソゲーだ。

 「うゎ……そこまでリアルに再現しなくてもいいじゃん」

 「もっとも、あの馬鹿が潰した様なものだから仕方がないけど、でも佐那美が怒っているのはそこじゃないのよ……」

 クリオに促され、僕は佐那美の方に目を向ける。彼女は涙目になってプルプルしていた。
 ――美子、おまえ佐那美に何をしたの?
 ここからは、彼女らが再現する――



 「あっ、ゴメン潰しちゃった」

 「あああぁっ、アタシの主力のウマ男があ……」

 美子は佐那美の指導だとはいえ、ウマを潰したことに『やっちまったなぁ』という表情で、気まずく彼女を見る。当然、佐那美は相当ガッカリしている。

 そしてウマ男のエンディングに入る。

 エンディングのスクリーンにはサクラが舞い散るターフでそのウマ男が空を見上げている場面が映し出され、エンディングロールには
 
 「トレーナー今までありがとう。楽しかったよ」

という吹き出しと共に

 『ああ、彼はサクラと散っていった』

とスクロールアップして終わってしまったそうである。
 直ぐさま眞智子が「美子、おまえうちの学校落ちたな……」とツッコミを入れているが、それどころじゃない人がここにいる。

 「あぁ、アタシの……アタシのハマ〇パレ〇ドがぁ……3万も課金したのにぃ」

 佐那美である。
 彼女は号泣していたが、そこで美子が一言。
 
 「えっ、あんなのに3万も課金したの?! それなのにこのゲームって容赦なくそこまで再現していたんだ……凄いわね」

 「お金のことはどうでもいいっ。また稼げば何とかなるからぁ――でもアタシのウマがぁ~」

 ――佐那美っ、そこまでゲームに課金するくらいなら、地端プロダクション所属俳優にも課金しなさいよ……ってクリオはそう思った様であるが、あまりにも佐那美が落ち込んでいたのでツッコまなかったとのこと。
 そして、その状況に美子も罪悪感を感じたのだろう。眞智子のツッコミをスルーして佐那美に対していつになく優しい言葉を掛けたそうだ。

 「悪かったわね。お詫びと言っちゃなんだけどコレあげるよ。食べる? サラダに混ぜようと思って私が買った物だけど」

 そう言って佐那美に1個の缶詰を差し出した。
 その缶詰は……
 その原材料名を見た佐那美がぶち切れたと言う訳だ。



 ――再現終了。
 再び、佐那美を見る。涙をポロポロこぼしている、一方で美子は

 「このゲームがクソ過ぎるのが悪いのよ。それになんで缶詰あげたのに私が怒られなきゃならない訳? 挙げ句に眞智子の馬鹿に『高校受験失敗した』ってからかわれるし」

と悪びれることなく答えた。
 どうやら美子の奴、佐那美に缶詰の原材料をよく確認しないで渡したようだ。

 「今のは美子が悪い! タイミング悪すぎる!」
 
 「そうだ、そうだ!」

 珍しく真知子とクリオが一緒になって佐那美を援護し、美子を責めた。
 
 「何なのよぉ――ウマ死なせちゃったのは悪かったけど、そもそも課金してゲットしたくせに極悪な育成を指導していたの佐那美じゃん! 何で私がそこまで怒らなきゃいけないのよ」

 美子は未だに皆がブーイングしている意味を理解していない。
 彼女にしては察しが悪すぎる。『ひょっとしてわざと?』って思うくらいである。
 でも、普段の美子の正確では無意味に佐那美をからかうことはしないんだけどなぁ。
 すかさずクリオがツッコミを入れた。

 「あのね、その缶詰ってが混ざっているヤツと混ざっていないヤツがあるんだけど……美子の、混ざっているから」

 「何がよ?」

 眞智子が缶詰を拾い美子の眼前に差し出した。

 「……よく見てみろよ、混じっているだろ?」


 ――それからが、大変だった。


 美子の奴は「ゴメン、鹿の干し肉も付ければ良かったかしら♪」と大爆笑。
 佐那美は大激怒、すぐさま木刀を取り出し美子に振りかざす。
 再び真剣白刃取りをする羽目になり、リアル大乱闘スマッ〇ュブラザーズ状態になるわけだ。

 「おまえ、絶対に許さんっ!」

 「ちょ、待ってよ! アンタの指示でウマが死んじゃったんでしょうよ!」

 ちなみに僕のウマギャルにはそんなダークな部分はないので安心なのだが、実際の競走馬は引退後――その大半がひっそりと行方不明になっているという。
 少なくとも予後不良で安楽死処分された馬は丁重に葬られる様だが……
 話を戻す――

 「それだけじゃないでしょ! アンタその缶でアタシのこと鹿にしたじゃん」

 「だって、アンタお鹿だもん。それにピンポイント過ぎて笑うなって言う方が無理じゃない」

 「許せない!」

 佐那美が泣きながら木刀を上段に構えた。
 美子の馬鹿っ! 煽りすぎだ!
 頭に血が上った佐那美が、木刀をぶんぶん振り回してきた。
 こんなに激怒している佐那美を見たことがないし、眞智子やクリオですら「あぁ……あれはやり過ぎだ」とドン引きし出す有様だ。

 「わぁっ、佐那美の奴がブチ切れたっ! お兄ちゃん止めてよ!」

 ……おまえさん、散々やらかしておいてソレはないだろ。
 でも、美子は僕みたいに振りかざされた木刀を紙一重で躱すことはできないので、止めないと、木刀が再び脳天にヒットするのは目に見えている。
 それにこのままでは佐那美の部屋もボロボロになるし、下の地端夫妻にも迷惑が掛かる。
 いい加減に止めることにするか。
 
 「止めるかぁ……」

 だが、僕の決意は眞智子やクリオによって止められた。

 「あっ、礼君……私達で止めるからいいよ」

 「そうだね。レイが止めに入ると絶対にまとまらない様な気がする……」

 眞智子とクリオはいつものパターンを理解したのか、半ば諦めた感じで作業に入る。
 結局、眞智子が佐那美を羽交い締めにして引き留め、煽る美子をクリオが頭突きを喰らわした。
 そこで美子が怯んだところで、僕が
        
 「やめなさい美子!」

と一喝したことでようやく事態は収まった。

 ――そして本件で騒ぎになった缶詰は美子が責任を持ってすることとなった。

 それにしても、僕のゲームにそんなブラックなリアル話が入ってなくてよかった。
 実際に競馬ゲームのおかげで引退競走馬への支援が広がっている様だ。
 今後余生をのんびり暮らせる馬も増えていくだろう。
 
 もちろん、僕ものんびり過ごしたいものだが、これは序章にしか過ぎ
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