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第2章 クリオの休日

第7話 いつもの伝説

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 クリオの当校初日。

 佐那美から彼女と一緒に早めに家を出るので、一緒に登校できないと昨日告げられた。そういう事なので残る面子で、仲良く(?)登校。

 「……アイツの事だからクリオに迷惑掛けていないかなぁ」

 眞智子がヤンキー時代の親衛隊に挨拶されながらボソリと呟いた。
 昨日のテレビで伝説のヤンキーとして語られた彼女は、最早注目の的である。

 そんな中――

 「アンタが伝説のヤンキーなんだってなぁ。私にも挨拶させてくれよ」

 当然、何も知らないデビュー仕立ての女の子が眞智子に因縁をつけて来たが……
眞智子は無言で背筋が凍る鋭い眼光で威圧し、相手が格の違いを見せつけた。

 「うわっ、さすが伝ヤンね……」

 美子がドン引きした目で眞智子をからかう。

 「も、元はというとあんた達の所為だからね! 今は普通の高校生なのに」

 眞智子は因縁をつけてきた彼女を僕らが気がつかないうちに戦意喪失させ、彼女をそのまま親衛隊に放り投げる。

 ……言っている事とやっている事が真逆なんですけど。

 「話を戻すけど、佐那美の馬鹿の事だからクリオだけが学校に行っていたりして……美子はどう思う?」

 「それはないでしょ? そこまで馬鹿じゃないハズ――」

 美子は眞智子にそう言いながら、後ろを振り返ったところで言葉を止めた。

 「眞智子、アンタの予感、大当たり……」

 「えっ?」

 眞智子も釣られて後ろを振り返る――
 僕も振り返ったが、そこに居たのは『そこまで』の彼女だった。


 「おはよう!」


 「おはようじゃないよ。クリオはどうした?」

 あまりの出来事に絶句している彼女らに代わり僕が佐那美に尋ねる。

 「――ふぁっきゅうーはお母さんが学校に送っていった」

 佐那美は若干困った顔して苦笑いをしている。

 「……で、佐那美さん。君は何をしているの?」

 「――寝坊したので、置いて行かれた」

 「あぁ……やっぱり……」

 眞智子が頭を抱える。美子は「本当にアンタは馬鹿ね」と完全に呆れている。

 「……なんだか、クリオはうちのクラスになるような気がしてきたわ」

 「眞智子さん、そうするとまた例の彼女がうちのクラスに乱入してくるよ」

 「あはは……・眞智子あんた、また伝説残しちゃうじゃん」

 僕らがこれから起きそうな事を話していると、佐那美が「みんな何の話をしているの?」と一人だけ僕らの会話について行けない様であった。

 ――でも、佐那美に細かく説明してもすぐに忘れてしまうんだろうな。

 そう思っていたら、眞智子が「佐那美、何があってもうちのクラスに文句言いに来ないでよ。私達はマジで何も工作していないし知らないから」と簡単明瞭に佐那美に釘を刺した。

 佐那美は「うん、いかないと思う」と答えているが、多分うちのクラスに乱入してくるだろうなぁ……

 佐那美と眞智子の会話で何かを思ったのか美子が眞智子に尋ねる。

 「でも、その前にアンタ、他の伝説残すことするんでしょ?」

 「……」

 眞智子は引きつった笑みを浮かべている。あえて語らずといったところか。


 そして、美子が言う他の伝説とは――

 
 僕と眞智子が教室に着くなり、教室にいた2人が彼女に駆け寄りフライング土下座した。2人とはマサやんと琴美である。

 眞智子は学生カバンを自分の机の上に放り投げると、某世紀末救世主伝説の伝承者の様に指をボキボキ鳴らせて彼らを威圧している。

 「それで、どう落とし前つけてくれるのかしら」

 「琴美が済まないことをした」

 「調子こいて……すいませんでした」

 眞智子の凄みに沈黙する二人。
 そう、これが美子が言っていた他の伝説である。
 眞智子が何もしなくとも相手がビビって土下座してしまう奴である。
 
 さすがは『新世紀ヤンキー伝説』ってところだね……
 そんなことを考えていたら――

 「――礼君、何か失礼な事を考えていない?」

 眞智子が不機嫌な表情で僕をジトッとした目つきで僕を睨んでいた。

 「い、いや、何も……ただ、眞智子さんはスゲえなって素直に思った」

 「凄いってどういうことかなぁ」

 「いやぁ――そのぉ……」

 眞智子の追及に遂に言葉が詰まってしまう。
 彼女はそんな僕の態度に察したのか「そう。君の言いたいことはわかったわ。でも私は礼君にそんなことはしないから。だって後で協力してもらうんだから」と協力するよう要請っていうか半ば脅しを掛けてきた。

 これは裏を返せば『協力しなさい、こうなりたくないでしょ?』と言っている。
 ちなみにここで言う『協力』って何だろう? そう考えると、この前の佐那美と美子のいたずらの仕返しするつもりと考えた方がしっくり来る。

 ――そうすると眞智子は僕がらみで何かをしでかすつもりなんだろう……きっと僕も酷い目に遭うんだろうなぁ――

 そんなことを考えていたら、眞智子は次の行動に動いていた。
 もちろん琴美とマサやんの件である。

 彼女のことだから、さすがに格下の後輩に対して、それもビビって正座している人に暴力を振るう事はしないだろうけど、それなりのケジメは取らされるのかも――そう思っていたが、彼女は意外ともとれるスマートな形で問題を終結させた。

 その内容であるが、眞智子が琴美に対して問い詰めることなく「今日からしばらくの間、学校ではこのクラスの出入りをしないで自分のクラスで大人しくしていること。それで今回の件はチャラにしてあげる」とあっさり琴美を許したのである。

 佐那美や美子のいたずらであんなに怒り狂って『協力しろ』って息巻いていた人が、ずいぶん寛大な処分で正直驚いた。
 だが、当の琴美にしては、これはかなり深刻な問題であった。

 琴美は「そんな……」と嘆っている。

 彼女の考えはなんとなくわかる。自分のクラスに行っても特に親しい人はいないし、マサやんだけが唯一彼女を理解してあげられる人なのだ。

 要は彼女は中等部で浮いている存在である。

 もちろん、美子も中等部では変わり者の部類に間違いないが、彼女は僕がらみでなければごく普通の女の子であり、対人コミュニケーションは普通に出来る。
 一方、琴美の場合はうまく立ち振る舞うことは出来ないのである。

 美子の話では、彼女はクラスに馴染めずここに逃げてしまうらしい。それにマサやんがいなければ、彼女は学校に来ることすら躊躇っていただろうとのこと。
 とりあえず、美子にはクラスでは琴美と仲良くしてほしいとは伝えてある。

 ただ、これ以上口うるさく言うと、それを口実に美子まで僕のクラスに出入りするようになってしまう――それはそれで非常に困る。

 要は彼女らが自分のクラスにいないのが問題なのだ。
 マサやんもそれを感じていたらしく、直ぐさま眞智子の意見に同意した。

 「琴美、お前もう少し周りを見ろよ。この前のテレビの件もそうだけど……」

 「えっ、何がまずいの」

 「調子こいた中坊が高等部の彼氏のところに入り浸っているって思われているぞ」

 「それのどこがいけないの?」

 「アホか。お前の事、シメるって考えている輩もいるということだ。それなのにうちの伝説のヤン――」

 マサやんがそこまで言うと、眞智子はジトッとした目つきでゴホンと咳払いをして不快感を示す。
 慌ててマサやんが言い直す。

 「いやいや……先輩である小野乃に対してあれはふざけすぎ。小野乃を慕う連中が黙っていないだろうよ」

 そうである。
 あのテレビの内容は眞智子を茶化したものと言えるものであり、眞智子の親衛隊としてはかなりお冠である。

 眞智子としては諸般事情を考慮して寛大な処置を示した訳であるが、もし琴美が『大丈夫、私こう見えても強いから』と言い出すとさすがに眞智子も厳しい態度を取らざる終えないだろう。
 そうならない様に僕も彼女を諭すとする。

 「とりあえず琴美ちゃん、眞智子さんが『それで許してあげる』って言ってるんだから、そうした方が良いと思う。逆に言うと、眞智子さんが許したんだから他の人は口を出させないくなるでしょ? 眞智子さんの顔を潰さないで欲しい」

 「う……うん」

 「確かにそうだな」

 二人は概ね納得した。
 だが、眞智子としてはもう少し考えがあった様で、もう少し説明があった。

 「まぁそうなんだけど――これ、言いたくなかったんだけどねぇ……」

 「眞智子さん、他の意味あったの?」

 「うん――」

 眞智子はそう答えると少し考えながら話を続けた。

 「これ元々先生達からも文句言われていたのよ。最初は知らんぷりしていたけど、実際にイチャイチャしているところを見せつけられるとイライラするのよね。私だって不快に思うんだから、先生や皆だってそう思っているわよ」

 あぁ、それは眞智子がそれはあまり口にしたくなかった訳だ。
 先生に言われてというのもそうだし、人がイチャイチャしているのを見ていて苛ついているというのも言いたくない……よね。

 さらに眞智子の話が続く。

  「もちろん私だってあんなことしたいけど、それをやったら間違えなく刺されちゃうもんね、二人とも」

 眞智子はニタリと笑みを浮かべながら僕の肩に手を乗せた。

 ――一瞬、僕の心臓が数秒停止した。

 僕の背後に黒い影が包丁様な物を持って襲ってくるんじゃないかと幻影が見えてしまうぐらい、ゾクッとした恐怖感が背後を撫でる。

 「ちょ……眞智子さん、シャレにならないんだけど」

 「あはは。まあ、誰かが行動すると他の誰かが不満に思うってことだね」

 眞智子はウンウンと頷きながら、琴美に視線を戻す。

 「そういう事で琴美、納得できたかしら」

 「はい……御配慮ありがとうございます。その様にします」

 琴美は納得しながらも、マサやんに今以上に逢えなくなるさみしさでがっくりと肩を落とした。

 琴美はゆっくり立ち上がると、眞智子に一礼して僕らのクラスから立ち去ろうとしたその時、眞智子が「でも――」とボソリと話の続きを呟く。


 「マサが琴美に会いに行くのはアリだと思う。例えば昼休みどこかでご飯食べるとか……それに昼休みぐらいだけなら、ここのクラスに来てもいいよ」


 さすがは伝説元ヤン、人の気持ちを良くわかっている。

 「えっ、いいんですか?」

 「いいわよ。ご飯一緒に食べに来るくらいなら」

 「小野乃、悪いな……面倒かけちまって」

 マサやんが立ち上がり、眞智子にぺこりと頭を下げた。
 眞智子は手を振って『いいよ』と合図したが……その後のマサやんと琴美の言葉で、僕と眞智子は引きつった笑みを浮かべる事となる。

 「琴美、どうせならクラスの友達一人連れて来い。一人でも友達作れ」

 「わかった。比較的仲が良いクラスメイトの神守美子を連れてくるから」


 ――ピキッ


 一瞬、僕と眞智子の周りの空気が凍る。

 あっ……うちの美子ですか――喜んで来るでしょうね……(棒読み)

 その度に眞智子が気を遣って機嫌が悪くなるだろうけど――
 僕はチラリ、眞智子を見る。彼女は引きつった笑みのまま硬直している。
 今更、それは却下とも言えないだろうし――それに、僕自体も落ち着かない……

 さすがにマサやんもこの空気を察したのか――

 「いや琴美、それはマズイ――小野乃と神っちの顔が真っ青だ」

 「あっ、ごめん。もうメールしちゃった……」

 そういって琴美はスマホをマサやんに差し出す。
 い……いつの間に。
 これでお昼休みは琴美と美子がご飯を食べに来る事が決定。
 こうして、一つの伝説は眞智子の心の広さとお約束のオチで決着した。


 さて、琴美が僕らにペコリとお辞儀して自分のクラスに帰るとほぼ同時に、もう一つのお約束と伝説の予感が始まろうとしていた。

『職員室からのお知らせです。高等部1年小野乃眞智子さん、神守礼君。用件があります。至急高田のところまで来て下さい』

 今度は僕と眞智子が全校放送で職員室に呼び出された。
 マサやんが「昨日のアレか?」と案に昨日のテレビの件について確認する。

 「違うと思う。僕も呼ばれるということは多分、急なお手伝いだと思うよ」

 「私が思うに、机と椅子一組をこのクラスに持って行ってくれじゃないかな」

 何も知らないマサやんが「えっ、転校生でも来るのか?」と首を傾げる。

 「本当なら隣のクラスに行くはずだったんだけど……ね」


 それから30分後――


 クラスの後ろの窓際に新たに机と椅子が置かれ、担任の高田文子先生から新たにクラスメイトとなった一人の金髪の女の子の紹介があった。

 「彼女はアメリカのサンフランシスコからの留学生で……」

 はい、間違えなくクリオでした。
 ……だが、彼女の転入――というか、このクラスの編入に納得いかない人が1人。


 「なんで、ふぁっきゅうーうちのクラスに来ないのよぉ!」


 クラスの後ろのドアがガララ……と大きな音を立て彼女が怒鳴り込んできた。

 「ち、地端さん! あなたは隣のクラスよね」

 高田が佐那美を制止するが、彼女は制止を振り切りクラスに乱入してきた。

 「ふぁっきゅうーはうちのクラスだったハズなのにぃ!」

 この様子だと地端の親父さんと佐那子さんが、うちの校長に「うちの娘と同じクラスに」とお願いしていたのではないか。ただ佐那美がこんな調子だから下手に一緒にさせない方が良いと判断したのか、比較的大人しいうちのクラスに急遽変更になったと思われる。

 の様に佐那美がクラスに乱入し大騒ぎをしている

 そして、眞智子もの様にゆっくり挙手し――佐那美の襟首を掴み、ドアを開けて彼女を引きずって廊下に出て行った。

 眞智子が直ぐさまクラスのドアを閉めると同時に、廊下からは「あれだけ何があってもうちのクラスに来るんじゃねえっていっただろう!」という怒号とバキ、ドカ等の効果音が響いて聞こえてくる――これもの光景である。

 これが美子が言っていた初めの『伝説』の正体である。

 今、ドラ○エ3のエンディングテーマが『ててててーん…』と僕の頭の中で鳴り響くと同時に、廊下の効果音が重なり、さながら交響曲の様になっていた。
 そして、その脳内の演奏が終わると同時に廊下での効果音も止んだ。

 ドアがガララと開くと息を切らした演奏者が教室に戻ってくる。廊下には血まみれで倒れている佐那美が……眞智子は僕の視線に気がつくと速攻でドアを閉めた。
 ――これもの結果である。

 「あ……佐那美さん。今日も大丈夫かな」

 「大丈夫よ。のように元気に目を回しているから」

 眞智子がちり紙で自分の拳を拭う。ちり紙には真っ赤な液体が付着している。

 「また……グウで殴ったの?」

 「一応衛生上のこともあるから消毒液持って来た」

 「いやそういう意味じゃなくて、頼むから殴らないで欲しい……特に顔面は」
 
 あの子、一応は学校一の美少女なんですから。
 ――でも、眞智子は佐那美に対してはホント容赦しないよなぁ。

 「ああいう馬鹿は躾けないとダメなのよ」

 「彼女の場合は何してもダメだと思うよ」

 「――馬鹿だからね」

 そう言って眞智子は、この件を打ち切った。
 その様子を茫然と眺めている2人。一人は高田、もう一人はクリオである。

 クリオはあまりに呆気にとられてしまい――
 「私、アメリカから来ましたクリオ=L=バトラックスデース。軽にクリオとお呼び下サーイ。私は神守礼君と小野乃眞智子さんのフレンドデース。スクリューガール地端の家に下宿していマース。よろしくお願いしマース」
 ――と、あまりにも違和感ある日本語の自己紹介をしてしまう。
 
  クリオはテンパったり、呆気にとられたりすると日本語が変になる。まあ、金髪美少女がいきなり流暢な日本語で自己紹介されるよりは違和感はないと思うが。

 
 ――こうして、クリオの転入イベントが終わった。


 午前中の授業が終わり、いよいよお昼休みの時間である。
 いつもなら僕と眞智子とで一緒にご飯を食べる……のだが、今回はクリオの他に琴美とマサやん、そしてうちの妹までが集まって来た。

 当然、机が足らないので外でご飯を食べに行くかという事で話がまとまり、みんなして廊下に出る訳であるが、隣のクラスから佐那美も「あたしも一緒に食べる」駆け寄ってきた。
 眞智子は「まだ懲りないのか」と拳をボキボキ鳴らし臨戦態勢に入ったが、さすがに授業中でもないので、僕が頭を下げる形でそれは許して貰った。

 「ホントに礼君は佐那美に甘い!」

 眞智子は予定外の皆との会食と僕の甘さに若干いらだっている感じである。

 その一方で、いつもご機嫌斜めの美子が「あ、いいんじゃない? 馬鹿なんだもん。放っておく方が面倒よ」と今日に限ってご機嫌である。

 「なんだか凄いことになってきたわね」

 クリオが周りを見回し驚いている。

 「普段はこんなに女の子が集まることはないわよ。このクソヤンキーがクラスの委員長特権を使って、あたしを入れてくれないもん」

 佐那美がジト目で眞智子を睨む。
 さっき、ぶっ飛ばされた相手によく喧嘩ふっかけるっよな……この人は。

 結局、僕らは食堂の1つのテーブルをぶんどりそこでご飯を食べることにした。
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