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恋なんてしてやらねぇ!④
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最初に興味を持ったものは何だっただろう。
いくら過去を思い出しても全く浮かばない。
とにかく自分はそれぐらい人や物事に対して興味が湧かない人間だった。
「瀬斗、モデルやろうよ!」
母にそう言われたのは5歳にも満たない頃。
当時の俺は子供ながらに役割を理解していた。
自分がモデルをやれば母の心は満たされる。
ならばやらないという選択肢は最初から存在しないのだ。
正直なことを言えば人と関わることなど面倒くさい。
それが知らない大人となれば尚更だ。
けれど小さな子供である自分にとっては「家族」が世界の全てだ。
ここで逆らうことは百害あって一利なし。
短時間でそこまで考えた俺は笑顔を作って頷いた。
「うん、やってみる」
自分がモデルとして上手くいくかどうかは知らなかったし、興味もなかった。
上手くいこうがいくまいが、俺は母のことを満足させられればいい。
「モデルをやっている息子」というカテゴリーこそが重要なのだから。
親に対してそんな態度を取っていた俺は関わる大人に対しても同じような態度を取っていて、それが功を奏した。
聞き分けが良く、言われたことは文句も言わず難なくこなす──子供モデルにしては珍しかっただろう。
「瀬斗くんはいい子だね」と褒められる度に笑顔の裏で舌を出していた。
打算的で可愛げのない子供だったが、我ながら生きるのは上手かったと思う。
結果、俺はモデルとして成功した。
高校2年になった今でも続けられるぐらいには。
「んん……」
パチッと目を開ける。
懐かしい夢を見た。自分がモデルを始めた頃のことなどすっかり忘れていたのに。
「ふわあ」
欠伸をしてからスマホを見る。時刻は昼前だ。
幸い今日は休日でモデルの仕事もない。
久しぶりに1日ゆっくり出来る。
とはいえ特に趣味もない俺は寝ることぐらいしか思いつかない。
目を擦りつつスマホをいじる。
SNSを開くと今日もどうでもいい情報が沢山目に入ってくる。
モデルのアカウントの方にはファンからのリプライが多数来ていた。
昨日アップした写真は好評だったらしい。
学校帰りにキセキとカフェへ行った時に撮ったものだ。
フラペチーノを持った自分の写真が絶賛されていた。
自分では何がそんなに良いのか分からない。
(俺はこっちの方がお気に入りだけど)
カメラロールの写真を画面に映す。
それはキセキと撮った写真だ。2人でフラペチーノ片手に笑顔でピースしている。
当然これはどこにもアップしていない。
カメラに向かって笑っているキセキは可愛いと思う。
何より俺自身もピン写より幸せそうだ。
雪城希汐は俺が珍しく興味を持った人間の1人で、中学時代からの友人だ。
初めて見た時、あの瞳に惹かれた。
ギラギラと輝く金色で猫のように細い瞳孔。
もしかしたら本当は猫なのかもしれないと思ったぐらいだ。
羨ましかった。自分もああいう瞳だったらいいのに、と。
けれどキセキの瞳は大半には受け入れ難いものらしく、不気味だとか奇妙だとか否定的に捉えられていた。
あの日、キセキが怒った時──味方についたのは俺と羽佐間龍だけだった。
その小さな事件がきっかけで俺はキセキと仲良くなることが出来て、それ以来ずっと一緒にいる。
そして俺が興味を持っているもう1人の人間がその羽佐間龍だ。
リュウとはキセキと知り合う少し前に出会った。
初対面で言われた一言を今も覚えている。
「なぁ」と学校内で突然肩を叩かれて言われたのは。
「そないな生き方して窮屈やないん?」
「……は?」
その時はリュウについてよく知らず、同じクラスという認識しかなかった。
だから不快だった。何も知らない奴に核心を突かれたことが。
「何の話?」と返した俺は思いっきり眉間に皺を寄せていた。
「あ、すまんな。怒らせたんなら謝るわ。せやけど怒っとるっちゅーことは自覚しとるんとちゃうん?」
いちいち癪に障る奴だと思った。俺の世界にズケズケと踏み込んでくる所も不快だった。
「……」
何も返さない俺にリュウは笑った。
「余計なお世話かもしれんけどその生き方勿体ないと思うで。もっと自由にしてええんやない?ほな」
言うだけ言ってリュウは去って行った。
それが俺とリュウの初めての出会いだ。
出会ってすぐにムカついたのはリュウが初めてで、出会ってすぐに俺の内面を暴いたのもリュウが初めてだった。
中学時代の俺の生き方は子供の頃とあまり変わっていなかった。
物事に興味はないし、他人などどうでもいいと思っていた。
適当に笑顔を作って愛想を振り撒いておけばそれなりに上手くいく。
その点、自分の容姿は恵まれていたのだろう。
穏やかで人当たりのいい見た目、優しそうな雰囲気、緩い空気──どれも得意分野だった。
昔からそれを盾に生きてきたのだから。
それなのにどうして、と疑問が浮かんだ。
リュウにだけはそれが通用しなかった。それどころか俺が昔から誰にも見せてこなかった部分まで暴いてしまった。
その日から俺の中でリュウは危険人物になった。
なるべく関わりたくないと思う相手など初めてで、極力近付かないようにしていた。
だが俺の思いとは裏腹に席替えをすれば隣になり、2人組を組めと言われればペアになり、気付けば近くにいるようになっていた。
関わるようになって1週間が経った頃、リュウが言った。
「泉って俺のこと嫌いやろ?」
「そんなことないけど」
「表情と言葉が合ってへんで」
「ってかそこまで分かってるなら聞かないでよ。面と向かって嫌いとか言いにくいじゃん」
「言えてるやんけ」
ハハッと豪快に笑うリュウの真意が読めなかった。
俺に嫌われていると分かっていてわざわざ絡む理由も。
「じゃあ何で構うわけ?俺が避けても羽佐間が構ってきたら意味ないよね」
「そりゃ俺はお前のこと嫌ってへんからなぁ。むしろ好きな部類やし」
「嫌われてるって知ってて好きになるのどうかと思うよ」
「あと泉に世の中ってそないに単純やないし、生きるのも簡単やないってこと教えたろって思って」
「!!」
それは嫌がらせでしかない。
けれどそれ以上に刺さってしまった、俺の心に。
リュウの言葉はあまりにも的確過ぎて。
「何で羽佐間って俺のことそんなに分かるの?」
「リュウでええよ。俺もセトって呼ぶし」
「分かった。じゃあ、リュウ。何で?」
「明確な理由は分からへんけど人間に興味あるからかもしれんな。人のことよう見とる」
「正反対だね。俺は人間に興味が持てない」
「ほなセトが興味持った人間は俺が初めてっちゅーことやんな?」
「別に興味なんて……」
「興味なかったら露骨に避けたりせぇへんし、嫌いって断言出来へんわ」
返す言葉が浮かばないほど的を得ていた。いっそ拍手でもしたくなる程に。
リュウは完全に俺のことを理解していた。
まさか関わって1週間程度の人間にそこまで読まれるとは思いもしなかった。
生まれた時から接している母親ですら俺のことを読めていないのに。
「なーんか悔しい」
むぅ、と頬を膨らませる。こんな顔をするのも初めてだ。
いつもは無難な笑顔とそれなりに真剣な顔を使い分けているだけなのに。
「そういう素の表情見せてる方がかわええと思うけど」
「可愛いって思われたくないからいいの。今はカッコいいって思われるのが仕事」
「あぁ、モデルやってるんやっけ?せやから上手いんやな、顔作るの」
「上手い?見破ったくせによく言うねぇ」
「うわ、セトの怒った顔めちゃくちゃ怖いやん。凄みあるわぁ」
言葉に反してリュウは笑っていた。だから俺も笑顔を返す。
誰かに対して感情を露わにするのはこんなにもスッキリするものなのかと感動してしまった。
今までは作り物の自分を見せていたから。
「じゃ、リュウには見せていいってことだよね?俺の性格の悪さも全部」
「ん?ええで。その方がセトらしく生きられるやろ」
「まぁね。そうかもしれない」
それまでも友達がいなかったわけではない。割と人気者だった自覚もある。
けれどリュウを友達だと思った瞬間、本当の友達の意味を知った気がした。
あの時、リュウが素の俺を引っ張り出してくれたから今の俺があるのだと思う。
だから今は感謝している。
リュウのおかげで俺は自分の世界を広げることが出来たから。
スマホをベッドに放って起き上がる。
ダラダラするのも悪くないけれど、昔のことを考えているうちに身体を動かしたい気分になってきた。
怠惰な俺にしては珍しいことだ。
身支度を終え、当てもなく外に出る。
7月の太陽はジリジリと容赦なく肌を焼く。
出てから少し後悔する。こんなことなら大人しくクーラーの効いた部屋にでもいれば良かった。
とはいえ出てしまったものは仕方がない。
栄えた場所へ行く途中、いつもは通らない道を選んでみると綺麗なカフェが目に入った。
(あれ?)
その店内に見知った顔を発見し、ドアを開ける。
クーラーの心地よい風が身体に当たった。
「いらっしゃいませ。あれ?泉だ」
「九条くん、カフェでバイトしてたんだねぇ」
「まぁな。飲んでいく?」
「うん、お願いするー」
「オーケー。じゃ、好きなとこ座って」
店内はあまり大きくなかったが数人座っていた。
端の席を選び、メニュー表をペラペラめくるとオシャレなドリンクやスイーツが並んでいた。
どれも美味しそうで目移りしてしまう。
「教科書より真剣に読んでない?」
水を運んできてくれた九条に笑われ「確かに」と頷く。
「美味しそうなものいっぱいあるんだもん。悩むなぁ」
「泉って確か甘いもの好きなんだよな?」
「知ってたの?俺とリュウには興味ないかと思ってた」
「あー、まぁそういう意味では興味ないけど普通に興味あるって」
ククッと笑った九条は俺の対面に座った。
「あれ?いいの?」
「自宅だから自由なわけ」
「へぇ。ご両親のお店なんだ。すごいね」
「だからバイトっていうより手伝いに近いかも。メニューはほとんど俺が考えたんだけどね」
「どうりでオシャレなわけだ」
もう一度メニュー表に目を向ける。
どれもSNS映えしそうな見た目をしている。
少し悩んでからカフェモカとプリンアラモードを注文した。
「了解。ちょっと待ってて」
立ち上がった九条はカウンターへ向かった。
マスターのような人が恐らく九条の父親なのだろう。雰囲気が似ていた。
5分程度で商品が運ばれてきた。どちらも可愛らしい見た目だ。
「お待たせしました」
「わぁ、可愛いねぇ。美味しそう」
「美味しいよ。自信ある」
「早速いただきます」
クリームのくまが乗せられたカフェモカの写真を撮ってから飲んでみる。
しつこくない甘さで美味しかった。
「美味しい。お店、SNSで紹介してもいいかな?」
「勿論いいよ。泉が紹介してくれたらかなり広まってくれそうだな」
「任せて。広めてみせるから。九条くん、お暇なら相席どうぞ」
対面を指し示すと九条は頷いて座った。
今の時間帯はお客さんにあまり動きはなさそうだ。
プリンアラモードの写真も撮影してから一口食べてみる。
柔らかめのプリンに添えられたフルーツも星やハートに型どられていて可愛らしい。
「プリンアラモードも美味しいねぇ。懐かしいメニューなのにイマドキって感じの味がする」
「そこも拘って考えたからな。プリンアラモードの概念壊したいと思って」
「すごいねぇ。今度はキセキ連れてくるよ」
「マジで?それは嬉しい」
ハハッと笑う九条は心から嬉しそうだった。
「キセキのこと、本当に好きなんだねぇ」
「まぁな。冗談だと思われてるみたいだけど」
「キセキは恋愛に疎いから。気長に付き合ってやってよ」
「でもいいのか?泉って雪城のこと大事にしてるだろ?最初俺のことすごく睨んでたし」
「あれ?バレてた?俺、キセキとリュウ以外に興味なくてさ。とにかく2人のことめちゃくちゃ好きなんだよね」
カフェモカの甘さで口の中を満たしてから続ける。
「だから正直最初は嫌いだった。ずっと九条くんのこと見極めてたんだよね。キセキのこと傷付けるようなら許さないと思ってたし」
「それは伝わってた。怖いなと思うぐらいだったから」
「で、見極めた結果害はなさそうだったから九条くんは大丈夫かなって。キセキのこと本気で好きだし本気で大切にしてくれそう」
「俺はそのつもりでも嫌われてるからな」
九条は苦笑してから足を組み直した。
確かに今のキセキは九条のことが好きではなさそうに見える。
けれど近い将来──変わる気がしていた。
「大丈夫だよ。多分ね」
「泉にそう言って貰えると心強いな」
「確信はないけど、最近のキセキは今までにない反応すること多いから。キセキの中で何かしら変化はあったんだと思う」
「そっか。期待しとくかな」
プリンアラモードを食べ終え、カフェモカを飲み込む。
甘さが重なって幸せな気持ちになった。
それが顔に出ていたらしく、九条は笑った。
「美味そうに食べてくれてありがとう」
「本当に美味しかったよ。宣伝もするし、また来るねぇ」
「助かるよ。じゃあこれ、おまけ」
レジで渡されたのは猫型のクッキーだった。
「わ、可愛い。いいの?」
「本当は売り物だけど特別な。俺が作ったやつだしいいだろ」
「嬉しいなぁ。猫、好きなんだねぇ」
「飼ってるぐらいにはな」
「へぇ、いいなぁ。じゃあ、また学校で」
会計を済ませて店を出る。
「ありがとうございました」という声を聞いてからドアを閉めた。
外は相変わらず蒸し暑いが、先程よりも気分が良かった。
やはり気ままに外出してみるものだ。
新しい発見はワクワクさせてくれる。
(あ、猫好きって……そういうことか)
先程の九条の言葉を思い出して苦笑する。
だからキセキのことが好きなのか、と。
(九条くんならまぁ──いいかな)
俺から好きな人を奪うのならそれ相応の人でないと困る。許せないと思ってしまうから。
そんなことを考えながら帰路につく。
(今度はキセキとリュウと一緒に行こうかな)
休みの日でもやっぱり2人のことを考えてしまって──それでもこれは恋ではないと、知っている。
いくら過去を思い出しても全く浮かばない。
とにかく自分はそれぐらい人や物事に対して興味が湧かない人間だった。
「瀬斗、モデルやろうよ!」
母にそう言われたのは5歳にも満たない頃。
当時の俺は子供ながらに役割を理解していた。
自分がモデルをやれば母の心は満たされる。
ならばやらないという選択肢は最初から存在しないのだ。
正直なことを言えば人と関わることなど面倒くさい。
それが知らない大人となれば尚更だ。
けれど小さな子供である自分にとっては「家族」が世界の全てだ。
ここで逆らうことは百害あって一利なし。
短時間でそこまで考えた俺は笑顔を作って頷いた。
「うん、やってみる」
自分がモデルとして上手くいくかどうかは知らなかったし、興味もなかった。
上手くいこうがいくまいが、俺は母のことを満足させられればいい。
「モデルをやっている息子」というカテゴリーこそが重要なのだから。
親に対してそんな態度を取っていた俺は関わる大人に対しても同じような態度を取っていて、それが功を奏した。
聞き分けが良く、言われたことは文句も言わず難なくこなす──子供モデルにしては珍しかっただろう。
「瀬斗くんはいい子だね」と褒められる度に笑顔の裏で舌を出していた。
打算的で可愛げのない子供だったが、我ながら生きるのは上手かったと思う。
結果、俺はモデルとして成功した。
高校2年になった今でも続けられるぐらいには。
「んん……」
パチッと目を開ける。
懐かしい夢を見た。自分がモデルを始めた頃のことなどすっかり忘れていたのに。
「ふわあ」
欠伸をしてからスマホを見る。時刻は昼前だ。
幸い今日は休日でモデルの仕事もない。
久しぶりに1日ゆっくり出来る。
とはいえ特に趣味もない俺は寝ることぐらいしか思いつかない。
目を擦りつつスマホをいじる。
SNSを開くと今日もどうでもいい情報が沢山目に入ってくる。
モデルのアカウントの方にはファンからのリプライが多数来ていた。
昨日アップした写真は好評だったらしい。
学校帰りにキセキとカフェへ行った時に撮ったものだ。
フラペチーノを持った自分の写真が絶賛されていた。
自分では何がそんなに良いのか分からない。
(俺はこっちの方がお気に入りだけど)
カメラロールの写真を画面に映す。
それはキセキと撮った写真だ。2人でフラペチーノ片手に笑顔でピースしている。
当然これはどこにもアップしていない。
カメラに向かって笑っているキセキは可愛いと思う。
何より俺自身もピン写より幸せそうだ。
雪城希汐は俺が珍しく興味を持った人間の1人で、中学時代からの友人だ。
初めて見た時、あの瞳に惹かれた。
ギラギラと輝く金色で猫のように細い瞳孔。
もしかしたら本当は猫なのかもしれないと思ったぐらいだ。
羨ましかった。自分もああいう瞳だったらいいのに、と。
けれどキセキの瞳は大半には受け入れ難いものらしく、不気味だとか奇妙だとか否定的に捉えられていた。
あの日、キセキが怒った時──味方についたのは俺と羽佐間龍だけだった。
その小さな事件がきっかけで俺はキセキと仲良くなることが出来て、それ以来ずっと一緒にいる。
そして俺が興味を持っているもう1人の人間がその羽佐間龍だ。
リュウとはキセキと知り合う少し前に出会った。
初対面で言われた一言を今も覚えている。
「なぁ」と学校内で突然肩を叩かれて言われたのは。
「そないな生き方して窮屈やないん?」
「……は?」
その時はリュウについてよく知らず、同じクラスという認識しかなかった。
だから不快だった。何も知らない奴に核心を突かれたことが。
「何の話?」と返した俺は思いっきり眉間に皺を寄せていた。
「あ、すまんな。怒らせたんなら謝るわ。せやけど怒っとるっちゅーことは自覚しとるんとちゃうん?」
いちいち癪に障る奴だと思った。俺の世界にズケズケと踏み込んでくる所も不快だった。
「……」
何も返さない俺にリュウは笑った。
「余計なお世話かもしれんけどその生き方勿体ないと思うで。もっと自由にしてええんやない?ほな」
言うだけ言ってリュウは去って行った。
それが俺とリュウの初めての出会いだ。
出会ってすぐにムカついたのはリュウが初めてで、出会ってすぐに俺の内面を暴いたのもリュウが初めてだった。
中学時代の俺の生き方は子供の頃とあまり変わっていなかった。
物事に興味はないし、他人などどうでもいいと思っていた。
適当に笑顔を作って愛想を振り撒いておけばそれなりに上手くいく。
その点、自分の容姿は恵まれていたのだろう。
穏やかで人当たりのいい見た目、優しそうな雰囲気、緩い空気──どれも得意分野だった。
昔からそれを盾に生きてきたのだから。
それなのにどうして、と疑問が浮かんだ。
リュウにだけはそれが通用しなかった。それどころか俺が昔から誰にも見せてこなかった部分まで暴いてしまった。
その日から俺の中でリュウは危険人物になった。
なるべく関わりたくないと思う相手など初めてで、極力近付かないようにしていた。
だが俺の思いとは裏腹に席替えをすれば隣になり、2人組を組めと言われればペアになり、気付けば近くにいるようになっていた。
関わるようになって1週間が経った頃、リュウが言った。
「泉って俺のこと嫌いやろ?」
「そんなことないけど」
「表情と言葉が合ってへんで」
「ってかそこまで分かってるなら聞かないでよ。面と向かって嫌いとか言いにくいじゃん」
「言えてるやんけ」
ハハッと豪快に笑うリュウの真意が読めなかった。
俺に嫌われていると分かっていてわざわざ絡む理由も。
「じゃあ何で構うわけ?俺が避けても羽佐間が構ってきたら意味ないよね」
「そりゃ俺はお前のこと嫌ってへんからなぁ。むしろ好きな部類やし」
「嫌われてるって知ってて好きになるのどうかと思うよ」
「あと泉に世の中ってそないに単純やないし、生きるのも簡単やないってこと教えたろって思って」
「!!」
それは嫌がらせでしかない。
けれどそれ以上に刺さってしまった、俺の心に。
リュウの言葉はあまりにも的確過ぎて。
「何で羽佐間って俺のことそんなに分かるの?」
「リュウでええよ。俺もセトって呼ぶし」
「分かった。じゃあ、リュウ。何で?」
「明確な理由は分からへんけど人間に興味あるからかもしれんな。人のことよう見とる」
「正反対だね。俺は人間に興味が持てない」
「ほなセトが興味持った人間は俺が初めてっちゅーことやんな?」
「別に興味なんて……」
「興味なかったら露骨に避けたりせぇへんし、嫌いって断言出来へんわ」
返す言葉が浮かばないほど的を得ていた。いっそ拍手でもしたくなる程に。
リュウは完全に俺のことを理解していた。
まさか関わって1週間程度の人間にそこまで読まれるとは思いもしなかった。
生まれた時から接している母親ですら俺のことを読めていないのに。
「なーんか悔しい」
むぅ、と頬を膨らませる。こんな顔をするのも初めてだ。
いつもは無難な笑顔とそれなりに真剣な顔を使い分けているだけなのに。
「そういう素の表情見せてる方がかわええと思うけど」
「可愛いって思われたくないからいいの。今はカッコいいって思われるのが仕事」
「あぁ、モデルやってるんやっけ?せやから上手いんやな、顔作るの」
「上手い?見破ったくせによく言うねぇ」
「うわ、セトの怒った顔めちゃくちゃ怖いやん。凄みあるわぁ」
言葉に反してリュウは笑っていた。だから俺も笑顔を返す。
誰かに対して感情を露わにするのはこんなにもスッキリするものなのかと感動してしまった。
今までは作り物の自分を見せていたから。
「じゃ、リュウには見せていいってことだよね?俺の性格の悪さも全部」
「ん?ええで。その方がセトらしく生きられるやろ」
「まぁね。そうかもしれない」
それまでも友達がいなかったわけではない。割と人気者だった自覚もある。
けれどリュウを友達だと思った瞬間、本当の友達の意味を知った気がした。
あの時、リュウが素の俺を引っ張り出してくれたから今の俺があるのだと思う。
だから今は感謝している。
リュウのおかげで俺は自分の世界を広げることが出来たから。
スマホをベッドに放って起き上がる。
ダラダラするのも悪くないけれど、昔のことを考えているうちに身体を動かしたい気分になってきた。
怠惰な俺にしては珍しいことだ。
身支度を終え、当てもなく外に出る。
7月の太陽はジリジリと容赦なく肌を焼く。
出てから少し後悔する。こんなことなら大人しくクーラーの効いた部屋にでもいれば良かった。
とはいえ出てしまったものは仕方がない。
栄えた場所へ行く途中、いつもは通らない道を選んでみると綺麗なカフェが目に入った。
(あれ?)
その店内に見知った顔を発見し、ドアを開ける。
クーラーの心地よい風が身体に当たった。
「いらっしゃいませ。あれ?泉だ」
「九条くん、カフェでバイトしてたんだねぇ」
「まぁな。飲んでいく?」
「うん、お願いするー」
「オーケー。じゃ、好きなとこ座って」
店内はあまり大きくなかったが数人座っていた。
端の席を選び、メニュー表をペラペラめくるとオシャレなドリンクやスイーツが並んでいた。
どれも美味しそうで目移りしてしまう。
「教科書より真剣に読んでない?」
水を運んできてくれた九条に笑われ「確かに」と頷く。
「美味しそうなものいっぱいあるんだもん。悩むなぁ」
「泉って確か甘いもの好きなんだよな?」
「知ってたの?俺とリュウには興味ないかと思ってた」
「あー、まぁそういう意味では興味ないけど普通に興味あるって」
ククッと笑った九条は俺の対面に座った。
「あれ?いいの?」
「自宅だから自由なわけ」
「へぇ。ご両親のお店なんだ。すごいね」
「だからバイトっていうより手伝いに近いかも。メニューはほとんど俺が考えたんだけどね」
「どうりでオシャレなわけだ」
もう一度メニュー表に目を向ける。
どれもSNS映えしそうな見た目をしている。
少し悩んでからカフェモカとプリンアラモードを注文した。
「了解。ちょっと待ってて」
立ち上がった九条はカウンターへ向かった。
マスターのような人が恐らく九条の父親なのだろう。雰囲気が似ていた。
5分程度で商品が運ばれてきた。どちらも可愛らしい見た目だ。
「お待たせしました」
「わぁ、可愛いねぇ。美味しそう」
「美味しいよ。自信ある」
「早速いただきます」
クリームのくまが乗せられたカフェモカの写真を撮ってから飲んでみる。
しつこくない甘さで美味しかった。
「美味しい。お店、SNSで紹介してもいいかな?」
「勿論いいよ。泉が紹介してくれたらかなり広まってくれそうだな」
「任せて。広めてみせるから。九条くん、お暇なら相席どうぞ」
対面を指し示すと九条は頷いて座った。
今の時間帯はお客さんにあまり動きはなさそうだ。
プリンアラモードの写真も撮影してから一口食べてみる。
柔らかめのプリンに添えられたフルーツも星やハートに型どられていて可愛らしい。
「プリンアラモードも美味しいねぇ。懐かしいメニューなのにイマドキって感じの味がする」
「そこも拘って考えたからな。プリンアラモードの概念壊したいと思って」
「すごいねぇ。今度はキセキ連れてくるよ」
「マジで?それは嬉しい」
ハハッと笑う九条は心から嬉しそうだった。
「キセキのこと、本当に好きなんだねぇ」
「まぁな。冗談だと思われてるみたいだけど」
「キセキは恋愛に疎いから。気長に付き合ってやってよ」
「でもいいのか?泉って雪城のこと大事にしてるだろ?最初俺のことすごく睨んでたし」
「あれ?バレてた?俺、キセキとリュウ以外に興味なくてさ。とにかく2人のことめちゃくちゃ好きなんだよね」
カフェモカの甘さで口の中を満たしてから続ける。
「だから正直最初は嫌いだった。ずっと九条くんのこと見極めてたんだよね。キセキのこと傷付けるようなら許さないと思ってたし」
「それは伝わってた。怖いなと思うぐらいだったから」
「で、見極めた結果害はなさそうだったから九条くんは大丈夫かなって。キセキのこと本気で好きだし本気で大切にしてくれそう」
「俺はそのつもりでも嫌われてるからな」
九条は苦笑してから足を組み直した。
確かに今のキセキは九条のことが好きではなさそうに見える。
けれど近い将来──変わる気がしていた。
「大丈夫だよ。多分ね」
「泉にそう言って貰えると心強いな」
「確信はないけど、最近のキセキは今までにない反応すること多いから。キセキの中で何かしら変化はあったんだと思う」
「そっか。期待しとくかな」
プリンアラモードを食べ終え、カフェモカを飲み込む。
甘さが重なって幸せな気持ちになった。
それが顔に出ていたらしく、九条は笑った。
「美味そうに食べてくれてありがとう」
「本当に美味しかったよ。宣伝もするし、また来るねぇ」
「助かるよ。じゃあこれ、おまけ」
レジで渡されたのは猫型のクッキーだった。
「わ、可愛い。いいの?」
「本当は売り物だけど特別な。俺が作ったやつだしいいだろ」
「嬉しいなぁ。猫、好きなんだねぇ」
「飼ってるぐらいにはな」
「へぇ、いいなぁ。じゃあ、また学校で」
会計を済ませて店を出る。
「ありがとうございました」という声を聞いてからドアを閉めた。
外は相変わらず蒸し暑いが、先程よりも気分が良かった。
やはり気ままに外出してみるものだ。
新しい発見はワクワクさせてくれる。
(あ、猫好きって……そういうことか)
先程の九条の言葉を思い出して苦笑する。
だからキセキのことが好きなのか、と。
(九条くんならまぁ──いいかな)
俺から好きな人を奪うのならそれ相応の人でないと困る。許せないと思ってしまうから。
そんなことを考えながら帰路につく。
(今度はキセキとリュウと一緒に行こうかな)
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家族に幼い頃からずっと暴言を言われ続け自己肯定感が低くなってしまい、生きる希望も持たなくなってしまった水無瀬瑠依(みなせるい)。高校生になり、全寮制の学園に入ると生徒会の会計になったが家族に暴言を言われたのがトラウマになっており素の自分を出すのが怖くなってしまい、嘘を吐くようになる
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初投稿です。文がおかしいところが多々あると思いますが温かい目で見てくれると嬉しいです。
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