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恋なんてしてやらねぇ!③

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「……で、何で九条はここに残ってんだよ」
「雪城と一緒にいたいから」
「だからってサボるか?」
「それぐらい一緒にいたいってことじゃない?」
ふふっと綺麗に笑う九条に顰め面を返す。
昼休み後、5限をサボることにした俺は屋上に残ったのだけれど、何故か隣には九条爽真がいた。
何故こうなったのかというと──話は昼休みにまで遡る。

「ねぇねぇ、今日久しぶりに晴れてるから屋上でご飯食べない?」
ウキウキとした様子で言うセトに俺は「あー、確かに」と返す。
6月に入ってから毎日のように雨が続いている。
梅雨時だから仕方がないとはいえ連日の蒸し暑さは不快だ。
この時期、鬱々としていて学校に来てもぼんやりしがちなセトが元気いっぱいなのは珍しい。
それぐらい久々の快晴が嬉しいのだろう。
チラッと窓の外を見てリュウが言った。
「ほなコンビニで昼飯買ってから屋上行こか。このまま雨も降らなさそうやし」
「賛成賛成!早く行こ!」
「はいはい。分かったって」
立ち上がった俺の背中をセトが押す。
先程まで寝ていた俺はふわあと欠伸をしつつ机に置いていたスマホをポケットに押し込んだ。
この時間ならまだコンビニは空いているはずだ。
早々に学校に併設しているコンビニへ向かう。
「キセキ、何食べるの?」
「おにぎりとパンとデザート」
「少なくない?」
「全部2個ずつ」
「良かった。いつものキセキだった」
ふふっと笑うセトが持っているのはサラダとチキンバーだった。
少食なセトはいつもそれぐらいしか食べない。
それに比べてリュウは俺の2倍ぐらいの食べ物がカゴに入っている。
「リュウ、流石」
「大食いは食費かかってしゃーないわ」
「確かにな。でもリュウはそれぐらい食べねぇと心配になる」
「そか?ほなこれからもめっちゃ食わんとな!」
レジで精算し、屋上へ向かった。久々に晴れているからかそれなりに人は多い。
「んー、いいとこ空いてないかなぁ」
キョロキョロ見回すセトは目立つらしく「泉くんだー!」「今日もカッコイイねー!」と声を掛けられている。
「ありがとー」と笑顔で手を振るセトは親友の俺から見てもカッコイイと思う。
「相変わらずモテモテやなぁ、セトは」
「人気モデルだからな。高校に入ってますます人気出たんじゃねぇ?」
「そうかもしれんわ」
セトの後ろでひそひそ話しているとくるりとセトが後ろを向いた。
「あの端にしよっか。何とか3人座れそうだし」
「お、ええやん」
2人に着いて移動している途中、後ろからぽんと頭を叩かれた。
「ん?」
振り返ってすぐに俺は不機嫌な顔になる。
「……九条。何の用?」
「そんな露骨に嫌そうな顔しなくても」
「原因は自分にあるって分かんねぇの?」
「えー、分かんないかな。座る場所探してるなら一緒にどう?そっちの裏空いてるから」
「マジ?セト、どうする?」
「九条くんたちが良ければ。御子柴くんも一緒でしょ?」
「そう。じゃ、こっち」
手招きする九条に着いていく。裏に回ると確かに人が少なかった。
「すげぇ穴場じゃん」
「嵐はこういうとこ見付けるの得意だから」
「あー、成程。何となく分かる」
「それって褒めてんの?」
苦笑する御子柴は不快ではなさそうで安心する。
あまり話したことのない相手とは距離感が難しい。
「うん、多分」
「雪城って素直だな」
端に寄った御子柴は俺たち3人が座れるように場所を作ってくれたらしい。
軽く礼をして地面に座る。
「九条くんと御子柴くんって仲良いけど中学時代から一緒なの?」
セトの質問に御子柴は「いや」と返した。
「会ったのは高校。気が合ったからすげぇ仲良くなったって感じだな」
「そうなんだ。いいねぇ」
「3人は同じ中学一緒なんだっけ?」
「うん、そう。趣味バラバラだけど何となく合ってるみたいな」
セトの言うことは正しい。
確かに俺たちは趣味も好みもバラバラだ。
けれど「何となく合う」から一緒にいる。
そしてそれこそが大切だと俺は思うのだ。
「へぇ。けど同じ高校に入るなんてすごいな。学力も同じぐらいだったってことだろ?」
「キセキがめちゃくちゃ勉強してたかな」
ふふっと笑うセトに向かって舌を出す。
高校受験は正直苦しい思い出だ。
何せうちの高校は偏差値が高い。
担任に散々「雪城には無理だ」と言われたぐらいだ。
当時の俺もそれは理解していた。
部活ばかりしていたし、バスケ以外の物事に興味が湧かなかった。
当然勉強などやる気もしなかった。
けれど頑張ると決めた。セトとリュウが応援してくれたから。
同じ学校に入れなくてもいいから全力で頑張ってみせると。
バスケ以外に本気になったのはそれが初めてだった。
「すげぇ頑張ったぜ。だから今ますます苦労してるわけだけど」
「その割には授業中いつも寝てる気がするけどな」
ニイッと笑う九条に返す言葉がなかった。
代わりにリュウが口を開く。
「まぁ九条の言う通りやんな。後ろから見てても大体伏せとるし」
「たまに起きてるだろ」
「授業はずっと起きててたまに寝るもんやで、キセキ」
「本当は寝ること自体間違ってるんだけどねぇ。遅刻ばかりの俺が言えることでもないかな」
「お前ら、大丈夫か?」
御子柴は呆れたように言って苦笑した。
「けどそれぐらい緩い方がいいのかもな」
「2人は遅刻してるイメージも授業中に寝てるイメージもないねぇ。すごい」
「むしろ俺たちが普通だと思うけどね。とはいえ嵐も弟くんに起こしてもらわなかったら寝坊してそう」
「へぇ、御子柴って弟いるんだ。いくつ?」
孤高にも見える御子柴は勝手に一人っ子だと思っていた。
弟がいたとしても仲良くなさそうな雰囲気だが実際はそうでもないらしい。
「まぁな。今、中3」
「御子柴くんの弟くんならカッコイイんだろうねぇ」
「泉がそういうこと言うと逆に嫌味にすら感じないな」
「そりゃね。嫌味でも何でもないから。本心だもん」
ニッコリ笑ったセトに御子柴も笑みを返す。
あまり2人が喋っているのを見たことはなかったがもしかしたら気が合うのかもしれない。
いつも3人で昼飯を食べている俺たちにとって5人で食べることは新鮮だった。
これはこれで楽しく、誘ってくれた九条に心の中で感謝した。
昼休みが終わる5分前、教室へ戻ろうとする皆に向かって声を掛ける。
「そうだ。あのさ、俺今日5限サボるわ」
「えー!いいなぁ」
「セト、反応おかしいやろ。注意するとこやないんか?」
「だってキセキは1回決めたこと変えないタイプだし」
「せやな。ほな先生に何か聞かれたら適当に答えとくわ」
「サンキュー」
セトとリュウに手を振る。御子柴が2人に着いていくのが見えた。
「……で、何で九条はここに残ってんだよ」
何故か隣で一緒に手を振っていた九条を見上げて──冒頭に繋がる。

「一緒にいたい、ねぇ。モテる奴が言いそうなセリフ」
「確かに俺はモテる方だけどこんなこと言ったのは初めて」
「ふぅん」
チャイムが鳴り、5限が始まった。
サボっているイメージのない九条がここにいることに違和感がある。
「本当にサボって良かったのかよ。真面目なんだろ?」
「んー、自分ではそうでもないと思ってるから。頭はいい方だけど」
「むしろ授業サボったことなんてあんの?」
「致し方ない事情でなら」
「それ、サボったって言わねぇって」
つまり九条は実質初めてサボることになる。
しかも「俺と一緒にいたいから」というしょうもない理由で。
「今からでも遅くねぇから教室行ったらどうだ?」
「いや、ここにいたいから残ったんだし。心配してくれありがとな」
ニッコリと笑った九条は俺の方に拳を伸ばした。
思わずその手に手を伸ばしてしまう。
パッと渡されたのはキャンディだった。
カラフルなキューブキャンディが2つ入った物で、俺が好きなやつだ。
「お、これ好き」
「マジで?それは良かった。たまたま買ったのに雪城の好きな物だったなんて運命かも」
「運命って……大袈裟だな。けどサンキュ」
貰ったキャンディをパクッと食べる。
ピンクと黄色のキャンディはそれぞれイチゴとレモンの味がした。
口の中で転がしていると九条が言った。
「雪城って甘い物好きなんだよね?」
「うん。九条は?」
「結構好き。でも雪城ほどじゃないかな」
「何でそんなこと分かるんだ?」
「さっき嬉しそうにデザート2個食べてたじゃん。俺はそんなに食べられない」
「……よく見てんな」
九条と一緒に昼飯を食べたのは初めてだ。
観察するわけではないが俺も俺で自然と九条の食べている姿を眺めていた。
ただ俺の場合、食べていたサンドイッチが美味そうだったとか甘さ控えめのプリンはどんな味なんだろうとか、そういった類の疑問しか浮かばなかったけれど。
「そりゃ好きな人のことは見るでしょ」
「好きじゃなくても対面にいれば目に入るけどな」
「まぁね。雪城はどうしても俺の好きって言葉回避したいんだね」
「毎日のように言われてたら疑いたくもなるだろ。お前みたいな奴が俺のこと好きとか意味不明だし」
例えば逆だったなら理解出来る。
俺のように短絡的で何も考えていない奴がハイスペック同級生に憧れるというのなら分かる。
けれど完全に構図が逆なのだ。
何故わざわざ俺を好きになるかが分からない。
「雪城が思ってるよりずっと雪城は魅力的だと思うけど」
「……そんなこと思うのお前ぐらいじゃねぇ?」
「絶対に泉も羽佐間も思ってるって」
「それは友情じゃん。お前はそうじゃねぇんだろ?」
「あー、つまり自分に恋心向ける奴なんていねぇ的な?」
こくりと頷く。
今まで告白されたことはあるけれどこんなに本気で想われていたことはなかった。
友情の延長のような感情が多かったと思う。
だから九条が向けてくる絶対的な恋心を理解することが出来ない。
「そっか。何となく言いたいことは分かった。けどひとつ言わせて」
「何だよ?」
「雪城に恋するのって全然不思議じゃないから」
「……」
真剣な顔で言われ返答に困ってしまう。
結局俺は顔を逸らすことしか出来なかった。
自分のことを嫌いなわけではない。
強いて言うなら猫目と背の低さが気になるけれど、それも自分の中で受け入れられている。
だが人から好意を寄せられると「どうして?」と思ってしまうのだ。
それは俺に自信がないからかもしれない。
空を仰いで答えを考える。どう言葉にすれば伝わるだろう。
ポツリ──と水滴が顔面に当たった。
「ん?雨?」
気付いたと同時にざあああと雨が降り出した。
「やばっ!」
適当に投げ出していたカバンを掴む。
「雪城!こっち!」
九条に腕を掴まれ、引っ張られるがまま走り出す。
階段へと繋がるドアを開いて中に入る。
「はあ、ビックリした。大丈夫?」
「おう。こんなに一気に降ってくるとは思わなかったな」
「梅雨時はこういうことあるから気を付けないとね」
そう言いながら何故か九条はふわふわのタオルで俺の頭を拭いた。
「……俺もタオル持ってるけど」
「雪城は部活で使うだろ。濡れたら嫌じゃん」
「そうだけど。何か悪ぃ気がする」
「俺がしたいだけだから気にしないで」
九条の行動はいつも読めなくてドキドキする。
階段上の狭い空間だから尚更だ。
近距離で見上げれば九条はいつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべていた。
何となく幸せそうにも見える笑顔。
頭と肩を拭いてもらった俺は小声で「ありがと」と礼を言った。
「どういたしまして。大降りだしサボりの続きはここでいっか」
「そうだな」
階段の1番上に座った九条に倣って隣に座る。
自分の頭や制服を拭き終えた九条は俺の方に顔を向けて言った。
「そう言えば何でそんなに俺のこと嫌いなの?」
核心をついた質問だ。九条にとって一番気になる部分だろう。
露骨に避けられてはっきり「嫌い」と言われればそう思うに決まっている。
むしろそれでも仲良くしようとする九条の方が変わっている。
「お前が嫌いっつーか……」
言葉を濁しつつ数秒考える。
何かいい言葉はないかと思案したけれど嘘をつくことは難しそうで、諦めて正直に言った。
「お前がすげぇからムカつくってこと!」
「え?あぁ、そういうことか。嫌われてないじゃん、俺。むしろ好かれてない?」
「でもお前の浮ついた台詞みてぇのは嫌いだから」
「浮ついた台詞って好きとかそういうの?」
「そう。あれは嫌い。信じてねぇし」
「じゃあどうすれば信じる?」
ずいっと顔を近付けられ、近距離でまじまじと見てしまう。
整った顔面はムカつくぐらいカッコイイ。
「ど、どうすればって……」
顔が赤くなりそうになった時、ちょうどチャイムが鳴った。
まるで現実に戻されたように俺はハッとする。
それは九条も同じだったようだ。
「……教室、戻ろっか」
「ん」
先に立ち上がった九条が手を伸ばしてくれる。
その手を掴んで立ち上がる。
「雪城に聞くのは卑怯だったかも。とりあえずアプローチ方法変えてみるわ」
「それ、本人に言うか?」
「あー、確かに。普通言わないかも。俺って恋愛下手みたい」
悪戯が成功したみたいにククッと笑う九条は新鮮だった。
「沢山恋してそうなのに」
「本気になったのは雪城が初めてだからさ」
「ふぅん」
その言葉は真実なのだろう。
それが分かるからこそ照れくさくなる。
「確かに九条って恋愛下手かもな」
「そう。だからこういう感じなわけ」
「でもそういうの悪くないんじゃねぇ?」
俺の言葉に九条は少し驚いた顔をしてから笑った。
「そっか。ありがとう」
何となく九条から数歩遅れて教室に戻る。
今日、話したことも起きたことも自分の中に留めておこうと思った。
セトやリュウに言うには──難し過ぎる。
(この頃難しいことばっかりだな)
頭の後ろに手を組んで歩く。
九条の後ろ姿を眺めながら──。
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