このことは、内密に。

空々ロク。

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このことは、内密に。最終話

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思えば自分のことを好きになれたのも、自分の道を決めることが出来たのも──彼のおかげだった。
それまでの自分は何となく適当な日々を繰り返し、無気力に生きて、好きなことを好きなようにやって、たまにSNSでバズるようなことを狙って。
自分のことなど好きになれるわけがないと思っていた。
だから全て彼のおかげなのだ。

「綴くんのこと、大好き」
「キラリちゃんがアップする写真、大好きだから絶対に辞めないでね!」
「綴くんに撮影してもらえて嬉しい」

彼が何気なく言ってくれた言葉は全て俺の中で大きかった、とても、とても。
俺がもう一度頑張れるようになったのは間違いなく彼のおかげだった。
(ありがとな、スイ)

──だから今日、俺は如月スイに全てを伝えると決めた。


「綴くん!ごめん、待った?」
仕事終わり、突然呼び出したにも関わらずスイは「絶対行く!」と忙しい中、会いに来てくれた。
「いや、全然。ってか忙しい時に悪かったな。今日はアイドルの仕事だったんだろ?」
「大丈夫。大好きな綴くんと会う為なら仕事なんてばばっと終わらせられるから!」
「それ、ユニが聞いたらいつもそうしてって言うと思うぜ?」
「あ、確かに!綴くん、俺のことよく分かってるけどユニのことも分かってきたね」
ケラケラと笑うスイはニット帽にサングラスといつも通り些細な変装をしている。
ユニとスイのアイドルユニット「ラピスラズリ」は今となっては知らない人などいないのではないかというぐらい有名になった。
2人で街を歩いていても昔より気付かれる確率が高くなったし、もっと見つからないようにした方がいいのではないかと提案したこともある。
「何で悪いことしてないのにコソコソしなきゃいけないの?」とスイは正論をかざし、変装を強めることも会う頻度を減らすことも全否定した。
「俺には力があるから大丈夫!」
そう言ってスイはファンにバレる度に超能力を使っていた。記憶改竄はスイの得意分野で、最近はますますそれが得意になってきたという。
ユニ曰く「スイ、沢山使ってどんどん上手くなったみたい」とのことだ。
スポーツや歌と同じように超能力も練習すれば上手くなっていくものらしい。
そういった経緯があり、スイは今日も些細な変装だけをして俺の腕にしがみついた。
「で、今日は何処行くの?」
「んー、スイに話があるんだよな。だからゆっくり話せそうなとこがいいんだけど」
「それって大事な話?」
「俺としてはな」
「じゃあ個室が良さそうだね。駅前のお店にしよっか」
俺を引っ張るように歩き始めたスイに歩幅を合わせる。
道中、振り返られることは何度もあったがスイは上手くかわしていた。もしかしたら超能力を使っていたのかもしれない。
個室居酒屋には5分程度で到着した。
かなりプライバシーに配慮された店で、通された個室に入ったらもう店員と出会うことはない。
タッチパネルで食べ物を注文するとロボットが運んで来る。会計もタッチパネルで決済出来る為、楽と言えば楽だった。
「はぁ、疲れた。何飲もうかな」
席に座ったスイはそう言ってすぐにタッチパネルを押した。ドリンクのメニューが開かれる。
「何でも頼んでいいぜ。先に言っとくけど今日は俺が奢る」
「え?何で?俺、誕生日でも何でもないけど」
「そういう気分だからいいんだよ。奢られとけ」
「じゃあお言葉に甘えて奢られとくね。ありがとう、綴くん」
ニッコリ笑うスイはアイドルの時以上に可愛い。
それが俺に対する素の顔なのだと説明してくれたのは当然スイの双子の兄であるユニだ。
スイは「カンパリオレンジにする!」とメニューをタッチしてから俺に尋ねた。
「綴くんは?」
「じゃ、ビールで」
「オーケー!押しとくね」
「食べ物も好きに決めていいぜ。あ、ポテトだけは頼んでおいてくれ」
「任せて。美味しい物選んでみせるから」
スイはパパッと料理を選択し、すぐにタッチパネルを片付けた。
「もういいのか?」
「とりあえずね。また食べたくなったら注文しようかなって」
「遠慮なく食えよな」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
話しているうちにカンパリオレンジとビールが運ばれてきた。ロボットから受け取り、早速乾杯をする。
「乾杯!……んー、美味しい。仕事後の1杯って最高だよね」
「そうだな。ますます美味しく感じる」
「ってか思いっきり乾杯って言っちゃったけど綴くんの話っていいこと……だよね?」
不安げに見つめられ、俺は苦笑を返す。
「あー、悪ぃ。そう言えば大事な話としか言ってなかったな」
「そう。だから少しだけ不安だったりするんだよね」
「大丈夫。別れたいとかそういう話じゃねぇから」
「良かった!それ聞いて安心した」
ロボットがフライドポテト、唐揚げ、サラダ、チャーハン、だし巻き玉子を運んでくる。
スイ曰くこれで全部らしい。
「さ、食べよ食べよ。いただきまーす」
嬉しそうに食べ始めるスイを見習って「いただきます」と手を付ける。
どの料理もしっかりと作られていて美味しかった。店内の雰囲気だけでなく料理の美味しさも文句ない。何度も来たくなる店だ。
「いいな、ここ」
「でしょ?俺、よくユニと来るよ。秘密だけどね?」
 口の前に人差し指を立ててウインクをするスイ。
可愛さとセクシーさが混ざったような雰囲気に思わずカメラを取り出したくなってしまう。
何をしても様になるスイは撮り甲斐があるのだ。
だが今はその時でないことぐらい俺にも分かっている。
「分かってるって。秘密にする」
「今度3人で来ようね!あ、4人でもいいかな?」
「4人って?」
「カイラさん。ほら、マネージャーの」
言われてピンと来た。ユニとスイ専属のマネージャーは確かにカイラという名前だった。
いかにも仕事が出来そうな見た目だが、中身は親しみやすく、一緒に仕事をした時も丁寧に対応してくれた。
「あぁ、いいぜ」
「なんか怪しいんだよね、ユニとカイラさん。2人に聞いても教えてくれないんだけどさ」
「怪しいって?付き合ってるとか?」
「んー、そんな感じ。あ、でも2人のことだから付き合ってはいないのかも。ただこの頃雰囲気変わった気がするんだよね」
カンパリオレンジを飲みきったスイはグラスを置いて微笑んだ。
「デビューする前から2人は仲良かったんだけど、衝突することも多くて。空気悪くなった時期もあったんだ」
「それだけユニもマネージャーさんもアイドルっていうもんに対して本気だったってことか」
「うん。俺はそう思う。だからこそ2人にしかない絆みたいなものがある気がしてたんだ。で、最近はそういうの超えてラブラブな感じがするわけ」
「ふぅん。成程な」
きっとスイの推測は間違っていないのだろう。
誰よりも近くで2人を見てきたのだから。
だが2人がそれを認めることはなさそうな気がした。
「あ、ごめん。また俺が沢山喋っちゃった」
「いいって。興味深い話聞けたしな」
「ありがとう。で、で?綴くんのお話って何?」
身を乗り出して聞いてくるスイに掌を向ける。
「まぁ落ち着けって。とりあえず2杯目は?」
「カルーアミルク」
「了解。注文しとく」
タッチパネルでカルーアミルクを2つ注文し、到着を待つ間に料理を食べる。
どれも美味しかったが、俺もスイもだし巻き玉子が1番気に入った。
「美味しいね、これ。レシピ教えて欲しい」
「わかる。自分で作りたくなる味だよな」
ロボットが運んできたドリンクを受け取り、もう一度乾杯をする。
1口飲んでから改めて俺はスイを見つめた。
俺の話が余程気になるのかスイはいつも以上に目をキラキラとさせていた。
「あー……なんつーか」
「ん?」
「ちょっとこれまでの話とこれからの話でもしようかと思って」
「わ、それ俺にとってもすごく大事じゃん。聞きたい聞きたい」
スイは少し姿勢を正し、真面目な顔をした。
俺はひらひらと手を振って笑った。
「そんなに畏まるなよ。普通でいい。てか普通にしてくれた方が俺も話しやすいから」
「そっか。じゃあゆるっと聞かせてもらうね」
ゆるく笑うスイを見てやっと俺も落ち着いた。
軽く深呼吸をし、話し出した。
「俺、お前と出会うまで本当に無気力っていうか……適当に生きてた。好きなことと言えば写真撮ることぐらいしかないし、夢も大して持ってなかったんだよな」
「うん」
「スイに出会って変わった、マジで。お前が2つの夢に向かって本気で頑張ってるとこ見て何やってんだろ俺って思ったんだ」
スイは一瞬、何か言いたそうに口を開いたがすぐに閉じた。視線で話を促され俺は小さく頷いた。
「何するにも中途半端だった。結局キラリのことも投げ出そうとしたし。キラリは俺の分身で、俺がいらないと思えばもう消えていい存在だと思ってたのに、そうじゃないってこともお前に教えて貰ったんだよな」
「綴くん……」
「あー、何か自分語りみたいになっちまってるけどつまり何が言いてぇかっていうとさ」
言葉を切った俺はスイの目をじっと見つめて一気に言った。
「俺のこの先の人生にずっとスイが必要なんだ」
「……プロポーズみたいだね」
「まぁ、そう捉えてもらっても構わねぇけど」
「いいの?」
頷いた俺にスイは満面の笑みを見せた。
仕事中でも浮かべない最大の笑顔を見れるのは俺だけの特権だろう。
「綴くんと結婚出来るなんて夢みたい!」
「そ、そっか。俺の言葉が呪いにならなきゃいいけど」
「なるわけないよ。もしこれが呪いだとしたら俺は呪われてもいいって思うけどね」
ふふっと笑ったスイはカルーアミルクを飲み、少し目元を拭った。
目敏い俺は「泣くなよ」と言おうとして──言葉を飲み込んだ。
折角誤魔化すように笑顔を作ってくれているのだ。
わざわざそれを暴く必要もない。
「でもある意味プロポーズっていうのは呪いなのかもしれないね。幸せな呪いって良い表現かも。あ、すごくいい歌詞が浮かびそう」
「歌詞まで作るようになったのか?」
「次のアルバムで挑戦しようかなって思ってて」
スイはスマホを取り出し、思い付いたフレーズをメモアプリに入力する。パパッと打ち終え、すぐにスマホをしまった。
「すげぇな。楽しみにしてる」
「多分綴くんへの愛の歌になると思うよ」
「それは……まぁ、なんていうか……」
「大丈夫。綴くんにしか分からないように仕込んでみせるからさ。それぐらいさっきの言葉が嬉しかったってこと。ありがとう」
素直な言葉を並べるだけでスイはこんなにも喜んでくれるのだ。あまり素直になるのは得意ではないけれど、たまにはいいかもしれないと思った。
感動の涙を流して、最大の笑顔を見せてくれるなんて──俺の方が感謝したいぐらいだった。
「こっちこそ。あの時お前に好きになって貰えて良かった」
「あれから1年経つもんね。早いなぁ。立場上、これからもこっそりと付き合うことになるけど引き続き宜しくね」
「全然気にしねぇよ、そんなこと。内密にするのは得意だ」
どちらからともなくグラスを軽く上げ、ぶつけ合う。
カツンと小さく響いて──その音を合図かのようにキスをした。

「ご馳走様。奢ってくれてありがとう。まだ時間大丈夫?」
「大丈夫だぜ」
「大したことじゃないけど、お礼にうちでコーヒー飲んで行ってよ。美味しいコーヒー淹れるから。そしたらもっと綴くんと一緒にいられるし、俺としてもすごく嬉しいんだけどな」
「……まぁ、断る理由もねぇな」
もっと素直に「行きたい」と言えたら良いのに、俺は相変わらずひねくれた返答をしてしまう。
スイは特に気にした様子もなく「やった!」とはしゃいだ。
「じゃ、行こう行こう」
「あぁ」
15分程歩き、如月探偵事務所に到着した。
ドアを開けてすぐ「あれ!?」とスイは大きな声を出した。
「どうした?」
「ユニとマネージャーがいたからビックリした」
覗き込むと確かに部屋の中には2人がいた。
「おかえり、スイ」
「ただいま。ユニ、さっき事務所いる?って聞いたらいないって言ってたのに」
俺と居酒屋にいた時にスイはユニとテレパシーで会話をしていたようだった。
その際にいないと言ったのならばユニが嘘をついたということになるが。
「ん?聞かれた時は事務所にいなかった。ついさっき戻ってきたから」
「そういうことか。マネージャーと何処かで遊んでたってこと?」
「遊んでたんじゃないよ。仕事の話してて、一通り話がついたから一服する為にここに戻ってきた感じ」
「成程。あ、じゃあ俺コーヒー4人分淹れるよ」
「そう?助かる。お願い」
スイとユニのやり取りを聞きつつ、俺は近くの席に座った。
2人のマネージャーであるカイラさんと目が合って軽く礼をした。
「お疲れ様です。仕事、大変っすね」
「青宮くん、お疲れ様です。波がありますが今は割と忙しい時期ですね。あ、こんな時に申し訳ないのですが少し仕事の話をしても良いですか?」
笑顔とともに真面目な声で言われ、俺は軽く背筋を伸ばした。
「あ、はい。何ですか?」
「もうすぐラピスラズリがアルバムを出すのですが、ジャケット写真を青宮くんにお願いしたいと思っていまして」
「え!?風景写真でってことですか?」
「はい。詳しくはまた改めて話しますが、良ければお願いしたいな、と」
「俺で良ければ。風景写真は得意なので」
「風景写真、もっ!」
4人分のコーヒーをトレーに載せて戻ってきたスイに大声で注意される。
「綴くんは風景も人物も夜空も動物も全部上手いから」
「おい、そんなこと……」
「俺の言葉、間違ってないと思うけど?」
強気で言われ、俺は「うっ」と声を詰まらせた。
当然褒められて悪い気はしない。
だが、ここまで強く言われると謙遜したくもなる。
「スイ。綴さん困ってるよ」
「だって!綴くん、全然自分の良さ分かってないんだもん!」
「はいはい。惚気ありがとね」
「ちょっとユニ!これは惚気じゃないから!」
茶化すように言うユニとムキになるスイはいつも通りの眺めだった。そのやり取りを見て苦笑するとカイラさんも苦笑していた。
「相変わらずですね、あの2人は。けど青宮さんが絡むようになってからますます楽しそうに見えます」
「そうですか?」
「貴方が思っている以上に貴方は周りに影響を与えられる人だと思いますよ。写真もそうですが、人柄としてもね」
そんな褒められ方は初めてで、露骨に照れてしまう。そんな俺を見たスイは「あーっ!」と大声を出した。
「マネージャー!さりげなく綴くんのこと取ろうとしないで!」
「そのつもりはないから安心して」
「じゃあユニとはどういう関係なの?」
「またその質問?ノーコメントで」
「そうやってすぐはぐらかすんだから、2人とも」
バタバタと大騒ぎするスイも見慣れたものだ。
この4人でいるといつもこういう図になる。
俺としては居心地がいい空間で、こういう空間を作ってくれたという意味でもスイに感謝していた。
小さな事柄を含めたら感謝することなど山ほどある。
「はい、綴くん。お礼のコーヒー。とっておきのコーヒーだからね」
「ありがとな」
受け取ってすぐに分かった。
とっておき、の意味が。
4つの中で唯一俺にだけラテアートを施してくれたのだろう。
絵が下手なスイなりに一生懸命描いてくれた歪なハートは俺の心を掴むのに充分だった。
どんな綺麗なハートよりもずっと可愛いハートだ。
「……サンキュー、スイ」
小さく呟いてからこっそりコーヒーを撮影し、3人の会話に混ざった。
仕事の話もプライベートの話も盛り上がり、俺たちは深夜まで語り合ったのだった。

翌朝、目を開けると喋り途中で寝落ちした3人の姿が映った。
机に伏せて寝る3人を見つつ俺はスマホをいじった。
『おはよー!今日は寝不足だけど朝から気分がいいよ☆素敵なコーヒーに出会ったからかな?可愛いハートでしょ?キラリ、すごく気に入っちゃった!』
昨日撮影したコーヒーの写真と共に文字を送信する。
SNSに広がっていった言葉と写真はどれだけの人間にどれだけの影響を及ぼすのだろう。
分からないけれど、少しでも誰かの心に残ったなら嬉しい。
そうだ、最初はその気持ちだった。
俺の写真を見て誰かが少しでも気に入ってくれたらいい、と。
誰かが少しでも救われたらいい、と。
夢中で生きているうちに忘れてしまっていた。
最初の頃の自分の大切な気持ちを。
(これもスイのおかげだな)
誰よりも俺の写真を好きだと言ってくれる人が隣にいるから。
もっとスイの心を揺さぶる写真を撮って、もっとスイに喜んで貰えたら。
いつからか「誰か」が「スイ」に変わっていっていた。
スイのことを考えながら眺めているとスイが顔を上げた。
「ん……綴くん、おはよ……」
寝起きで頭が働いていないスイはふるふると首を横に振った。
「おはよ、スイ」
「なんか……綴くん良いことあったみたい」
「そうかもしれないな」
手を伸ばして頭を撫でる。
スイはにこりと笑ってくれた。

俺を好きになってくれて、信じてくれて、助けてくれたスイへ、言わなければならないことは沢山ある。
感謝の言葉だってどれだけ言っても足りないぐらいだ。
けれどこのことは、まだしばらく──内密に。
ずっと一緒にいるから、大丈夫。
いつか必ず言えるように俺はもっと俺自身を好きになって、信じて、助けなければ。
貰った分と同じぐらい──いや、それ以上に返してみせるから。

大好きなスイへ。
──俺にはやっぱりお前が必要だから。
一生一緒にいような、絶対。
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