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幼馴染の声優が自キャラに恋したらしいです。④

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部屋に貼られたポスターを眺める。
唯一の推しであるラルト君は今日も眩しい。
部屋に飾られた写真を眺める。
5年前の俺と駿河が笑顔でピースしている。
「……好きって難しい」
クッションに顔を埋めて溜息をつく。
俺の本当に好きな人は──。

ピピピという音で目を覚ます。
昨夜はクッションに顔を埋めたまま寝落ちしてしまったらしい。
ここの所毎日そうだ。ベッドへ転がる前に寝てしまう。
声優として軌道に乗ったお陰で毎日多忙なのは勿論ありがたい。
競争率の高い職種であることは理解しているし、こうして日の目を浴びられるのはひと握りであることも分かっている。
だから自分は幸運だった。
大好きな作品の最推しキャラを演じられただけでなく、今までとは桁違いの仕事量になったのだから。
ただ最近は声の仕事以外にも求められるようになってしまった。
作品に対するテレビ出演なら喜んで受け入れるが、バラエティ番組やトーク番組にも引っ張られる。
それが俺の中で引っ掛かっていた。
キャラクターに命を吹き込む声の仕事がしたいのに、何故表舞台に立って「自分」を出さなければならないのだろう、と。
ワガママな悩みだと自分でも思う。
それでもその思いは拭えなかった。
俺のキャラはどうやらテレビ映えするらしい。
「見た目は小さくてカワイイ系なのに声は男らしい」というのが世間からの評価で、その上「ぽわぽわしているように見えてズバズバと意見を言う所がいい」らしい。
それは特に演じたわけではなく素だった。
その「ギャップがいい」と人気が出たのだとマネージャーが言っていた。
そのお陰でますますテレビ番組の出演依頼が来るようになった。
自分が駆け出し声優だという自覚はある。
だから利用するしかなかった。
名前を売る為に今はとにかく苦手な表舞台に立つ──そして安定したら断るようにしようと決めた。
まだワガママを言える立場ではない。
未来のために今出来ることは全てしなければと仕事を詰め込んでいる所為で結局寝落ちする日々になってしまっていた。
「……駿河に怒られちゃうな」
しっかり者の幼馴染が今の俺を見たら間違いなく怒るだろう。
思えば駿河の家に泊まったのももう1ヶ月以上前で、それ以来会っていない。
連絡を取ってはいるが仕事が立て込んでいて会う予定は立てられそうになかった。
「会いたいなぁ」
何故か無性に駿河に会いたくなった。
今日、仕事後に突然行っても家にいるだろうか──そんなことを考えながら仕事へ行く準備を始めた。

「お疲れ様でした」
「お疲れ様。明日は午後からだね。少し現場まで遠いから車で迎えに行くよ」
「分かりました。ありがとうございます」
マネージャーに挨拶をし、現場を後にする。
今日は久しぶりに大好きなラルト君の声の収録だった。
アニメが終わってしばらく経ち、ラルト君を演じる機会もほとんどなくなっていたがどうやらスマホゲームが始まるらしい。
推しの情報を早く手に入れられたことも嬉しいが、それよりもやはり久々に演じられたことがとても嬉しかった。
連日の疲れなど一気に吹っ飛んだようにも感じる。
朝浮かんだ計画を実行してもいいかもしれない、と俺は駿河の家へ向かった。

チャイムを鳴らすと「はい」というぶっきらぼうな声が返ってきた。
「俺!渚っ!」
「は?渚?ちょっと待ってな」
数分後駿河が玄関のドアを開けて出てきた。
驚いたような顔をする駿河に笑顔を向ける。
「へへっ、来ちゃった。今大丈夫?」
「大丈夫……だけどすげぇ驚いた。どっか飯食いに行くか?」
「駿河が行けるなら行きたいな」
「おぅ、いいぜ。近くの美味い店行くか」
突然現れた俺を快く迎え入れてくれた駿河に感謝しつつ隣に並ぶ。
「うん。てか久しぶりだよね。駿河、髪切ったじゃん」
「まぁな。すげぇ短くしたい気分だったからバッサリ行った」
「さっき俺見て駿河驚いてたけど実は俺も同じくらい驚いてた。駿河っていつも長めだったからさ。すごく新鮮」
見た目でチャラいと思われがちな駿河だが、短髪だと印象が全く違う。
かなり短めの金髪はチャラいというよりも怖いと思われるかもしれない。
「こんなに短くしたのは初めてかもな」
「だよね。すごく似合うしカッコイイ。俺、こっちの方が好き」
「そ、そっか。渚に気に入ってもらえて良かった」
少し照れたように言う駿河に釣られて照れてしまう。
駿河はたまにこうして可愛い反応をするから困る。
話を変えるように駿河は「そういえば」と切り出した。
「ここんとこ忙しかったんだろ?俺んとこ来て大丈夫なのか?折角仕事早めに終わったんなら帰って休んだ方が……」
「いいんだって。今日は朝から駿河のとこ行くって決めてたんだから」
「そうなのか。なら早く言ってくれれば飯とか準備したのに」
「駿河のこと驚かせたかったんだ」
ニシシと笑う俺に「ま、お前らしいけど」と駿河は笑った。
昔から一緒にいた駿河なら俺のことなど容易に分かるだろう。
けれど俺には駿河の気持ちが分からない。
分かりたいと思ってからますます分からなくなってしまった。
「ここ。渚、パスタ好きだろ?」
「好き。パスタなんて全然食べてないから嬉しい」
駿河に連れてきてもらったパスタ屋は店構えも店内の雰囲気もとても良かった。
いかにも美味しい料理が出てきそうなお店だ。
店内に入った瞬間「いらっしゃいませ……って駿河。誰かと来るなんて珍しいじゃん」と店員が親しげに駿河に声を掛けた。
駿河は露骨に嫌そうな顔をした。
「げっ、今日お前バイト入ってたのかよ。大学終わった後遊びに行くっつってなかったか?」
「遊んでたんだけど店長に呼ばれて臨時でバイト入ったんだよ。欠員が出てな。バイト代上乗せするって言われたからさぁ」
雑談しつつも店員は席へと案内してくれた。
店の奥の2人席に座ると店員はグラスに水を注ぎながら俺を見た。
「てかどっかで見たことある顔。うちの大学だっけ?」
「いや、俺は……」
「幼馴染。うちの大学にはいねぇよ。見たことあるならテレビじゃねぇの?」
「え?テレビ?あ、もしかして……声優の白川渚?」
「呼び捨てすんな」
駿河に突っ込まれ店員は「さん?」と繋げた。
「あ、はい」
「マジ!?テレビで見るより小さい!可愛い!」
「うるせぇな。さっさとメニュー持ってこいよ」
「やべ、そうだった」と店員はホール奥へと戻って行った。
「駿河の友達?」
「大学のな。1番つるんでる奴」
すぐに戻ってきた店員は机にメニュー表を置いた。
眺めると定番のパスタがずらりと並んでいた。
「悩むなぁ……カルボナーラもいいしナポリタンもいいしアラビアータもいいし」
「俺はペスカトーレ」
「えー、早い。言われたらペスカトーレも気になってきた」
「ゆっくり考えていいぜ。どうせまともに食うのも久しぶりなんだろ?」
「駿河には全部お見通しだな。確かにそうだった。じゃあカルボナーラのサラダセットでデザートにティラミスもつけちゃう」
「おう。食える時に食っとけ」
ニッと笑った駿河は手を挙げて店員を呼び、軽くふざけ合った後に注文した。
余程仲が良いのだろう。
軽口を叩いて笑い合う姿を見てズキッと心臓が痛んだ。
それが「嫉妬」だということはすぐに分かった。けれどどういう類の「嫉妬」なのだろう。
友情としてか、愛情としてか──。
「渚?大丈夫か?ぼーっとしてるけど」
「……あ、うん、大丈夫。テレビ出ると知ってもらえるもんだね。直接言われたのは初めてだったけど」
「やっぱりテレビって知名度上げやすいんじゃねぇ?明日大学行ったらアイツに渚のこと沢山聞かれそうだ。知り合いってこと隠してんじゃねぇよって」
「変な感じ。俺は変わらないのに周りだけが変わっていくみたいな」
「そういう感覚って悩みに繋がりやすいと思うぜ。だから俺で良ければ定期的に吐き出せよな」
「ありがとう。本当、俺の声優人生は駿河で出来てる気がするな」
駿河の応援で叶った夢は駿河の支えで叶い続けるのかもしれない。
それはつまり俺が駿河に頼りきりだという意味にもなってしまうけれど。
注文した料理が並べられ、俺は笑顔を浮かべた。
「美味しそう。いただきます」
「美味いと思うぜ。少なくともこの辺じゃ1番美味いパスタ屋だ」
一口で駿河の言う通りだと分かった。
「うわ、美味しい。ちょっとビックリした」
「だろ?ここで食べてから自分でパスタ作る気失せた」
「それ、分かるかも。こんな近くに美味しいお店あったらいいやって思うよね」
多忙でまともに食事をとっていなかった俺はぺろりと平らげてしまった。
運ばれてきたティラミスも味がしっかりしていて美味しく、久々に満足することが出来た。
「俺が思った以上にちゃんと食ってねぇな、お前」
「え?あぁ……そうだね」
「どんなに忙しくても食うのと寝るのはしっかりやれって言っただろ。マジでいつか倒れんぞ。ただでさえテレビに出てる時のお前、つまんなそうなのに。やりたくねぇ仕事沢山やって倒れたら意味ねぇぞ」
「つまんなそうに見える?」
「俺から見ればな。普通に見たら大丈夫だと思うぜ。ちゃんと笑えてる。ただ俺はお前のことよく知ってるからそういうの分かっちまう」
その駿河の言葉がきっかけだった。
俺はダムが決壊したようにつらつらと本音を口にし始める。
本当は声の仕事だけしていたいことも、顔だけのファンにうんざりしていることも、全部全部。
「ククッ……そんなに愚痴溜まってたんなら早く言えよな」
「贅沢な悩みだし駿河に迷惑だし言わないつもりだったんだけど」
「俺は別に迷惑だと思わねぇから大丈夫だ。それ、マネージャーに言ってもいいんじゃねぇか?渚が笑顔で受け入れてる限り嫌だっていう思い、伝わらねぇぞ」
「でもマネージャーさんも頑張ってくれてるし」
「今のままじゃマネージャーの頑張る方向が曲がっていくぜ。だからやっぱり言った方がいい。お前は声を演じたくて声優になったんだろ」
その言葉にハッとする。当たり前のことを言われて気付かされるなんて、俺はやはり自分の道を見失っていたのだろう。
「駿河の言う通りだ。俺、間違えるとこだった」
「お、少しは元気そうな顔になったじゃねぇか」
「そんなに元気なさそうだった?」
「あぁ、かなりな。今日はもう帰って身体労わってやれ。んで全力で自分のこと甘やかせ。寝る時はちゃんとベッドで寝ろよ」
「え!もう!?」
俺の言葉を聞かず駿河は伝票を持ち、レジ前へ行ってしまった。
慌てて帰る準備をして追いかけるが会計は既に終わっていた。
「奢りでいいから気にすんな」
「それは駄目!俺が勝手に来たのに何で駿河が奢る羽目になってんの?」
「じゃ、今度奢ってくれりゃいいよ。駅まで送る」
駿河はどうしても俺を早く帰したいらしい。
俺以上に俺の体調を気遣ってくれることがありがたかった。
同時に短時間しか一緒にいられないことが寂しかった。
駅に着き、駿河は「ごめんな」と微笑んだ。
「何が?」
「最後バタバタさせちまって。けど折角早く仕事終わったんなら休んで欲しいと思ってさ。会いに来てくれたこと、俺は嬉しかったけどな」
「こっちこそ。いきなり行ったのに愚痴まで聞いてくれてありがとう。俺、やっぱり駿河がいないと……」
言いかけた言葉を遮ったのは俺じゃなくて駿河だった。
口を塞ぐように掌を向けられ、俺は黙った。
「今度話したいことがある。けどお前の負担になりたくねぇから繁忙期抜けてからでいい。いつまでも待つから」
「駿河の話ならいつでも聞くのに」
「渚が落ち着いてから話してぇの。じゃ、またな」
ポンポンと頭を叩かれる。駿河はひらりと手を振って帰って行った。
残された俺は少し惚けた後、改札を通った。
頭の中に既視感が過ぎる。
今のシーンを何処かで見たことがある。
中学時代──青春真っ只中の頃。
暑い夏、食べ終わったアイスの棒を咥える駿河。
ちまちまとアイスを食べていた俺。
「今度話したいことがある」と言った駿河。
「それ、今じゃ駄目なの?」と問う俺。
「渚が落ち着いた頃にな」と俺の頭をポンポンと叩きながら言う駿河。
あの時駿河は結局何も言ってくれなかった。
俺が──聞かなかったからだ。
当時夢に向かって必死だった俺を見ていた駿河には「落ち着いた」のがいつだか分からなかったのだろう。
だから本当は俺が聞かなければいけなかった。
けれど俺はそんなに大事なことをすっかり忘れていた。
ずっと隣にいてくれて何度も俺を救ってくれた幼馴染。
そんな大切な人との大事な会話を忘れていたなんて。
今更──思い出すなんて。
思わず電車の中で泣き出しそうになった。
自分の不甲斐なさに、駿河の大切さに──そしてやっと気付いた「初恋」に。
俺が初めて好きになったのはラルト君じゃない。
昔から俺のことを見ていてくれた──君。
(駿河……)
今別れたばかりなのに会いたいと思ってしまう。
けれど次に会うのは「その日」にしようと決めた。
駿河に言われた通り自分の気持ちを伝えて、本当に自分がしたいことをする。
そして落ち着いた頃、必ず連絡するのだ。
「駿河の話が聞きたい」と。
今度は忘れたりしない、絶対に。

家に着き、駿河にメッセージを送った。
『家着いたよ。今日はありがとう。絶対に連絡するからいつまでも待っててね』
返信があまり早くない駿河はのんびり返してくるだろう。
今日はバスタブにお湯を貯めてゆっくり入る。
ホットミルクを飲んで一緒にチョコレートも食べる。
寝る前の自分を甘やかして贅沢三昧してやる。
駿河の言うように自分の身体を労るのだ。
そして明日からまた頑張ると決めた。
「ありがとう、駿河」
大好きな幼馴染と一緒に写った写真を眺める。
次に会う時に新しく撮り直すのも──いいかもしれない。
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