上 下
1 / 5

幼馴染の声優が自キャラに恋したらしいです。

しおりを挟む
『なー、駿河!明日暇?』
幼馴染の白川渚から送られてきたメッセージを見た俺はすぐに返信をする。
『昼なら暇だけど。どっか行くか?』
『相談したいことがあるんだよね。いつものファミレス行かない?』
『分かった。じゃ、11時にファミレスで』
『ありがと!楽しみにしてる』
文字と共に可愛らしいスタンプが送られてくる。
スマホを置いた俺はストレッチを再開した。
渚の相談事は何だろうかと考えてみるが何も浮かばない。
もしかしたら難しい役でも貰ったのだろうか。
(どう演じていいか分からないとか?)
けれどただの大学生である俺に聞いても意味はないはずだ。
もしくはただの大学生役だとしたら自分は確かに役立つかもしれない。
少し思案して──考えることをやめた。
いずれにしても明日になれば分かるのだ。
つまり明日、渚の力になれればいいのだ。
ストレッチに意識を戻し集中してこなして行く。
日課であるそれは俺を落ち着かせてくれた。

俺が白川渚と初めて出会ったのは幼稚園の時だった。隣の家に渚が引っ越してきて同い年故に意気投合した、そんなありきたりな出会いだ。
当時の渚は背が低くて引っ込み思案で、何に対しても消極的だった。
対する俺は背が高くハキハキと意見を言うタイプで渚の正反対だったと言ってもいい。
相反する俺たちだったが不思議と気が合い、仲良くなるのに時間はあまり掛からなかった。
毎日のように遊ぶようになり、気付けば1番一緒にいるようになっていた。
「駿河の将来の夢って何?」
小学生の時渚に聞かれ、俺は「うーん」と悩んだ。ヒーローになりたいとかお金持ちになりたいとか子供らしい夢はあったものの、真面目に考えたことはなかった。
「特に決まってねぇかな。渚は?」
「声優になるのが夢なんだ」
「声優?アニメの声やるやつ?」
「そう、それ。アニメキャラとかゲームキャラの声を演じたいんだ」
そう言った渚の目はキラキラと輝いていた。
本気でそう思っているのだということが伝わってくるような。
「へぇ。すげぇじゃん!よくわかんねぇけど何かすっげぇ!」
「いや、でも夢ってだけだから」
「そういうはっきりした夢持ってることがすっげぇ!」
興奮して言う俺に渚は照れたように笑った。
「そうかなぁ。ありがとう、駿河」
「俺も渚みたいにでっけぇ夢持てたらいいな」
「夢は無理に決めなくてもいいから、駿河が思い付いた時に教えてよ」
「おぅ!絶対教える」
あれから15年が経った。
あの日の約束は今も叶えられていない。
──俺に夢が出来なかったから。

「ご予約の水樹様ですね。こちらへどうぞ」
ファミレスの店員に促され、俺は渚と共に窓際の席へと案内された。そこはゆっくり話せそうなソファ席だった。
「予約しといて正解だったな」
「流石だね、駿河。ありがと。思ったより混んでたし予約してくれて助かった」
「おぅ。いいって。で、何食う?」
「日替わり定食にしようかな。今日ヒレカツ定食みたいだし」
「お前の好きなやつじゃん」
メニュー表を開き、パラパラと捲る。ハンバーグのページで止めると渚が笑った。
「駿河だって好きな物食べようとしてるじゃん!昔から変わんないな、俺たち」
「うっ……仕方ないだろ。やっぱり好きな物に目がいくんだって。和風ハンバーグ大盛りにすっかな」
ボタンを押して店員を呼び、日替わり定食と和風ハンバーグにドリンクバー2つを注文する。
ドリンクバーから俺はオレンジジュース、渚はカフェラテを持ってきた。
「で、相談って何だよ?」
「実は新しい仕事が決まったんだ」
「すげぇじゃん。アニメ?吹き替え?ナレーター?」
「アニメ……なんだけどさ」
まだ秘密にしておくべき情報らしく渚は顔を近付けて小声で言った。
「夢色学園っていうアニメ、駿河も知ってるよね?」
「夢色学園!?勿論知ってる。ってかお前がずっと好きだったやつじゃねぇか」
「そうなんだ。あのシリーズの新作。だからすごく嬉しくて」
夢色学園は渚が中学生の時から好きな作品だ。
いわゆる乙女ゲームが原作のアニメで、カッコイイキャラクターが沢山出てくる。女性向けではあるが当時から一部の男にも人気だった。
渚もその一人だ。特定のキャラクターを推していたわけではなく、作品そのものを愛していた。
「いつか夢色学園に出れたらいいなぁ」と中学の時に言っていたが、遂にその夢が叶ったらしい。
「それって新人にしてはすごい抜擢じゃねぇの?」
「うん!しかも結構メインのキャラクターなんだ」
渚が声優デビューをしたのは先月の話だ。
あまり有名ではない洋画のモブの吹き替えがデビュー作で、時間にしては5分にも満たないぐらいだった。
その映画は2人で見に行った。
渚が演じたキャラクターが喋った瞬間は鳥肌が立った。いつもより少し高めだったが、渚の声だということはすぐに分かった。
隣に座る渚がこの大きなスクリーンから喋っていると思うと感動すらした。
「へぇ。で、何を相談したいんだ?ここまで聞いた感じは良いことしかねぇ気がするけどな」
「俺が演じるキャラっていうのがラルト君っていうんだけどさ」
スマホをいじった渚はその「ラルト君」というキャラを画面に映し出した。
向けられたスマホを見る。典型的な王子様のような見た目をしていた。
「王子様って感じの見た目だな」
「そう。中身もそんな感じ。頭良くて運動も出来て性格も良くて華やかで男子からも女子からもキャーキャー言われるタイプ」
「いいキャラじゃん。愛されキャラだし何も問題なくねぇ?」
ますます渚の相談事というものが分からなくなる。首を傾げる俺に渚は少し俯きがちに言った。

「実はラルト君のこと本気で好きになっちゃったんだよね」

「……は?」
あまりにも想像外のことを言われ、俺は目を見開いた。
そのタイミングで料理が運ばれてくる。
俺の前には和風ハンバーグとライス大盛りが置かれ、渚の前にはヒレカツ定食が置かれた。
「いただきます」
ぱくぱくと食べ始める渚に対し、俺は停止したまま動けなくなっていた。
先程の渚の発言が衝撃的過ぎて。
「駿河?食べないの?」
「あ、あぁ……いただきます」
ハンバーグをナイフで切って口にする。
和風ソースの味が口の中で広がり、申し分ない美味しさだった。味を堪能していると渚が小さな声で言った。
「やっぱり……引く?」
「いや、引いたわけではないけど本気で驚いた。そんなことあるんだなって」
「俺も自分でビックリした。今まで色んなアニメとか映画とか好きになってきたけど推しキャラっていうのがいなかったから、ラルト君好きになって初めて推しっていう気持ちが分かったんだ」
「そういう意味では良かったのかもしんねぇな」
ハンバーグと共にライスを食べる。和風ソースはライスにもピッタリ合う。それなりに腹が減っていた俺は一気に半分ほどライスを食べた。
悩んでいる渚も食欲は問題ないようで安心する。
食べられるのならまだ大丈夫だ。
「ある意味ね。でも好きなのは良くないなとは思ってる。勿論自キャラに愛があった方がいいに決まってるし、その方が良い演技出来るとは思うんだ。でも過剰な愛は違う気がして」
「そんなに好きなのか?」
「うん。同担拒否したいぐらい」
困ったように笑う渚は本気で同担拒否をしたいのだろう。確かに今までの渚にはない感情のように思えた。
幼稚園の時から知っているが、こんなにも何かを好きになった渚は初めて見るから。
「そっか。その感情が悪いかどうかは分からねぇけど、とりあえずひとつ言えることは好きになるのやめろって言っても渚はやめられねぇだろってことだな」
「うーん、確かに。駿河はいい所に目付けるね」
「だろ?だからその点は悩んでも無駄なんだよな」
「もしかして駿河、恋してんの?」
渚はずいっと前のめりで聞いてくる。
勢いに負けて思わず身体を引いてしまう。
「……何でだよ」
「駿河もそういう経験ありそうな感じだったから。好きなのやめたくてもやめられない、みたいな」
「いや、別に……」
「それに駿河ってカッコイイじゃん?昔からモテてたし身長高いし見た目華やかだし頭も良いし。そう思うと駿河もラルト君寄りな気がしてきた」
にっこり笑う渚に引き攣った笑みを返す。
「あんなに完璧な王子様と一緒にすんなよな。恐れ多いっての」
「でもモテるのは事実だよね?高校まで一緒だったけど、告白されてるとこ何回見たか分からないもん。まぁ、全部断ってたみたいだけど」
「あー、そうだな」
踏み込まれたくない部分に踏み込まれそうだ。
そう思った時には遅かった。
「そう言えば何で?そんなに断るってことはやっぱり好きな人がいたってことじゃないの?」
「……えーっと」
都合のいい言葉が浮かばず目を泳がせる。
渚は逃がさないとばかりに俺をじっと見つめてきた。
「あ、そうそう。忙しくて。高校までずっと部活もやってただろ?勉強と部活やってたらそれだけで時間なくなるっていうかさ。サッカーが恋人みたいなやつ」
「それはわからなくもないけど……何か怪しいな」
ジト目で見られ、俺は誤魔化すように渚の定食を指さした。
「ほら、早く食えよ。食い終わったらまたお前の相談に乗るから」
「本当?ありがとう。じゃあ早く食べなきゃ」
定食を食べ始めた渚を見てほっとする。
どうにか今回も言い逃れが出来たようだ。
胸を撫で下ろしつつ、自分のハンバーグに手をつけた。

「で、どうしたらいいと思う?」
渚は食後のチョコレートパフェを食べながら俺に尋ねた。
話題は勿論先程の件だ。
俺はドリンクバーから持ってきたブラックコーヒーを飲んで答える。
「とりあえず隠した方がいいだろうな。ファンにバレても厄介だし共演者にバレても良いことはないと思う」
「確かに。好きなのをやめられない以上は隠すしかないよね」
「ああ。お前も普通のファンぐらいのノリでいればいいんじゃねぇか?過剰愛じゃなければむしろ好印象だろ」
「うん、分かった。グッズ買ってカバンにつけるぐらいにしとく。SNSでキャラ愛も語らないようにする。演じてる時もクールなフリする」
真剣な顔で言う渚は本気で悩んでいたのだろう。
そもそも自分が演じるキャラクターにガチ恋するなど普通は経験出来ない。
声優である渚だからこそ起きたことであり、言ってしまえばかなりレアなケースだ。
「おぅ、それなら大丈夫じゃねぇか?折角大好きな作品の大好きなキャラ演じられるんだ。とにかく喜べよ」
「うん!ありがとう、駿河っ!」
ニッコリと嬉しそうに笑う渚は悩みが晴れてスッキリしたようだった。
俺の大好きな──渚の笑顔。


「じゃ、俺この後大学行くから」
「そっか!わざわざありがとう。また暇な時会おう」
「了解。いつでも誘えよ。大体暇してっから」
ぶんぶんと手を振る渚にひらりと手を振り返して駅に向かう。
今日の講義は3限からだ。この時間から大学へ向かえば問題なく間に合うだろう。
揺れる電車の中で吊り革に掴まりながら目を閉じる。

「そう言えば何で?そんなに断るってことはやっぱり好きな人がいたってことじゃないの?」

先程の渚の声が頭の中に蘇る。
それは一番聞かれたくなかったことで、今まで避け続けてきた質問だった。
(……ってかこんなに長く一緒にいるなら気付けよなぁ)
何度告白されても断っていたこと。
その頃ずっと隣にいたのは──渚しかいないのだから。
(けど渚が鈍感で良かったかもな。そうじゃなかったらすぐ俺の気持ちなんてバレてただろうし)
そう、俺は白川渚のことが好きだった。ずっと前から──出会った頃から。
長い片思いをし続けていた俺にとって今回の一件は本気で衝撃的だった。
渚が初めて恋をした相手がまさか2次元のキャラクターだなんて。
全く勝てる気がしない。と、同時に次元の違う相手で良かったとも思う。
とりあえず今は渚を取られる心配はなさそうだ。
(とはいえいい加減俺も覚悟決めねぇとなぁ)
今回のことで分かった。自分がどれだけ渚のことを好きなのかを。
もし誰かに取られる時が来てしまったら、とても耐えられない。
だがなかなか一歩を踏み出すことが出来ない自分もいる。
今の関係に満足してしまっているから。
(どうすっかなぁ……)
大学の最寄り駅に到着し、電車を降りる。
──今日の講義中も渚のことばかり考えてしまいそうだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

完結・虐げられオメガ妃なので敵国に売られたら、激甘ボイスのイケメン王に溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

漢方薬局「泡影堂」調剤録

珈琲屋
BL
母子家庭苦労人真面目長男(17)× 生活力0放浪癖漢方医(32)の体格差&年の差恋愛(予定)。じりじり片恋。 キヨフミには最近悩みがあった。3歳児と5歳児を抱えての家事と諸々、加えて勉強。父はとうになく、母はいっさい頼りにならず、妹は受験真っ最中だ。この先俺が生き残るには…そうだ、「泡影堂」にいこう。 高校生×漢方医の先生の話をメインに、二人に関わる人々の話を閑話で書いていく予定です。 メイン2章、閑話1章の順で進めていきます。恋愛は非常にゆっくりです。

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

処理中です...