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第9話 狩りの方法
しおりを挟む同じ班であるゴブリン三匹が既に野草集めを行っている中、俺は巣に籠もって獣を狩る方法についてを考えていた。
恐らく獣を一番簡単に捕まえられるのは、頑丈なカゴに餌を用意して餌に食いついた瞬間に扉が閉まる捕獲檻。
俺が冒険者になる前でまだ村に住んでいた頃、畑が害獣に荒らされていた時に使ったことがあるトラップで、イノシシぐらいのサイズなら難なく捕獲することができた。
そんな経験もあってパッと思いついたのがこのトラップだったのだが、閉じ込めた獣に破壊されない檻を用意するのが不可能ということで却下。
同様の理由で足を挟むトラバサミも、逃がさないほどの強度のものを作るのは無理だろう。
檻よりは入手難度は低いだろうが、それでも強力なバネと足を掴んで離さない金属の入手は不可能に近いためこちらも却下。
そうなってくると、制作が簡単で材料もお手軽なものを選ばなくてはいけない訳で、そんな中で真っ先に考え付いたのは落とし穴。
深い穴を掘り、その上を木の葉などで優しく覆い隠すだけという誰でも作れるであろうシンプルな作りのトラップ。
これならば道具が何もなくても作れるが、懸念点は獣を逃がさないようにするための深い穴を掘るのが大変ということ。
スコップのような道具すらないため、木の棒か何かで掘らなくてはいけない上にゴブリンは非力。
イノシシぐらいの獣を完全に落とすための深さまで掘るのには、数日……下手したら一週間以上かかってしまう。
更に落とし穴の存在を気づかせないようにするのも難しく、実際に使うとなると作成してから最低でも一週間は放置し、自然に溶け込ませないと簡単に勘付かれてしまう。
道具も技術もいらない罠ではあるが、色々と不便で罠にかけるのが難しい。
そうなってくると……残っている罠といえばくくり罠くらいだろうか。
トラバサミと似た感じのトラップだが、丈夫な紐状のものがあれば作ることができる。
紐を上手く組み合わせ、板を踏み抜いた瞬間に紐が足を締め上げることで、獣を捕らえるといった感じの罠。
この罠も実際に使っていたし、材料さえあれば制作することが可能。
深い穴を掘らなくてはいけない落とし穴と違い、紐だけだから自然に溶け込ませやすいし、獣道なんかにも簡単に仕掛けることができる。
餌なんかも置いておけばすぐに引っ掛けることができると思うが、この罠を作成する上での最大の問題は、長くて丈夫な紐を見つけなければいけないということ。
檻やトラバサミと比べたら材料の入手難度は遥かに低いとはいえ、こんな森に丈夫な紐が落ちていることは早々ないことだろうからな。
ただ可能性で考えたらくくり罠が一番高いため、バエルには念のために落とし穴用の穴を掘らせておいて、俺は森の中を歩いて丈夫な紐探しを行うのが良いかもしれない。
本当はバエルにも紐探しをしてもらいたいが、言葉での意思疎通ができない以上難しい。
言葉というのは本当に便利なものだったのだと、今更ながら痛感させられている。
俺はバエルにも徐々に言葉を覚えさせることを決意しつつ、早速材料集めに向かうことにした。
「バエル、いいか? ここに深い穴を掘ってくれ。魔物や獣が来たら逃げるんだぞ」
「うが! うがが」
身振り手振りで指示を飛ばして実際に穴を掘ってみせたことで、バエルにやってほしいことは伝えられたはず。
獣が通りそうな場所を選んだため巣からは離れており、襲われる危険が高いが……木登りが得意なバエルなら一時的な逃走は図れるはず。
様々な幼虫を採取するため、バエルにも色んな木を登らせた経験がここで生きた。
大抵の獣や魔物は高い場所に逃げれば追ってこれないからな。
心配がないといえば嘘になるが、一緒に行動する余裕はないから別行動を行う。
バエルの肩を叩いて労ってから、俺は俺で森の入口を目指して歩を進めた。
どちらが森の入口なのか分からないが、巣やオークに集められたあの開けた場所から反対方向を目指して進んでいる。
やはり頑丈な紐を手に入れるには、人が訪れやすい場所を目指すのがいいと考えての判断。
獣を捕まえるなら森の奥、人と出くわしたいなら森の入口だろう。
まぁ今の俺はゴブリンなため、冒険者と出くわしたら狩られる対象なんだがな。
それに冒険者だけでなく、森を歩くということは獣や魔物にも襲われる可能性も高いため、バエルの心配をしていたが一番危険なのは間違いなく俺。
鍛えたと言っても所詮はゴブリンの域を超えていないし、欲は出さずに逃げることを第一に考える。
しっかりと索敵を行いながら慎重に進み、その上で丈夫な紐探しを行っていった。
そしてバエルと別れてから約四時間。
ひたすら歩いているが、紐らしきものがありそうな気配がない。
獣らしき生物とは何度かニアミスしているが、気づかれる前に隠れているため見つかってはいないが……。
すれ違う回数が増えてきているから、成果がなかったとしてもそろそろ引き返したいところ。
獣の多さから逆に森の深くに来ている可能性もある――あまりにも手掛かりがなく弱気になり始めたその時。
俺は目の端で、不法投棄されたゴミの山があるのを捉えた。
人間だった時は避けるぐらいのものだが、今の俺からしたら宝の山にしか見えない。
ダンジョンで宝箱を見つけた時以上に喜びの感情が爆発している。
すぐに駆け寄り、あのゴミ山を調べ尽くしたい衝動に駆られたが、まずは近くに生き物の気配がないかの確認が最優先。
全ての生物が敵であり、自分が最弱の存在というのを決して忘れず、命を最優先で慎重に動く。
入念に周囲を確認した後、近くに誰もいないことを確認してから、俺は不法投棄されたゴミ山に近づいた。
置かれているのは、馬車の歯車や足の折れたソファチェア。
もはや服と呼べないくらいのボロボロの服や、割れた食器なんかもあり……。
あとは使い終えた魔法玉や、折れた剣なんかも捨ててある。
同じ人間がまとめて捨てたのか、それとも捨ててあったから自分も捨てていいと思い、多くの人間によって積み重ねられたゴミ山なのか。
ゴミの種類も千差万別なため判断はつかない。
森を汚す人間に若干イラッとしながらもそれ以上の嬉しさに身を任せるように、俺はゴミ山から使えそうなゴミを選別していった。
森に放棄されるだけあって本当のゴミしか残っていないが、これでも今の俺にとっては使えるものばかり。
そして――足が折れてしまって椅子としては使用できないソファチェアから、錆びてはいるが細くて長いワイヤーを入手することができた。
ボロボロの服を上手く使えば縄のようにもできるだろうし、目的である長い紐のようなものの入手は達成。
目的のものではないものまで手に入れることができたし、今回の探索は最高の成果を上げることができた。
未だに穴を掘っているであろうバエルの手を止めさせるためにも、すぐに戻るとしよう。
そう思い、大量の荷物を服に包んで抱えたところで、何かが俺の下へ高速で近づいてきているのが、草木を掻き分ける音で分かった。
数は恐らく二匹。体はそこまで大きくないと思うが、俺の全速力よりは確実に速い。
ここまで近づかれていたら、抱えている荷物を諦めて逃げ出したところで追いつかれるだろう。
バエルに指示した通り、俺も木に登ってやり過ごすことも頭に浮かんだが、この足音には聞き馴染みがあった。
多分ではあるが、ゴブリンと同じ最弱の魔物に位置しているコボルトだろう。
コボルトは犬とゴブリンのハーフのような魔物で、ゴブリンのように様々な種類がいないため非常に影の薄い魔物。
戦闘面ではゴブリンよりも足が速く、四足歩行で低い位置から攻撃を繰り出してくるということもあり、通常のゴブリンよりも強いとはされている。
ただ……向かってきているのがコボルト二匹であれば、俺一人でも殺すことは可能だ。
抱えていた荷物を一度地面に置き、先ほど拾った折れた剣を構えて迎え討つ覚悟を決めた。
剣を構えてから十数秒後、茂みから飛び出してきたのは想像通りコボルト二匹だった。
現れた二匹のコボルトは痩せ細っており如何にも満身創痍な感じ。
そしてゴブリンとコボルトでは、やはり序列はゴブリンの方が低いようで、コボルトが俺を見ても戦闘態勢を解く気配が一切ない。
向こうがやる気なのであれば、俺も本気で殺しにいかせてもらう。
折れた剣を構えて二匹のコボルトに向けているが、相手がゴブリン一匹だけということに気づいたのか、一瞬にして下卑た笑みのような表情に変わった。
俺が普通のゴブリンと比べて体が小さいということも関係しているのか、茂みから飛び出てきた二匹のコボルトからは余裕すら垣間見える。
痩せ細っていて満身創痍なはずなのに、格下と判断するや否や即座に舐める。
やはりコボルトもゴブリンと同様に知能が低い魔物。
行動の一つ一つから、なぜ瘦せ細っているほど食にありつけていないのかが分かるな。
警戒は解かずにそんなことを考えていると、早速コボルトの一匹が俺に向かって噛みつきにかかってきた。
せっかく数的有利を取れているのに、同じ方向から攻めてくる二匹のコボルト。
動きに緩急もなければ、一切の怖さを感じない単調な攻撃。
コボルトのあまりにもな行動に、俺も油断しかけてしまうが気を引き締めて殺すことだけを考える。
知能が低いといっても、身体能力では恐らく今の俺よりも上。
その上二匹いることから、一発でも攻撃を食らってしまったら危険を招くこととなる。
口を大きく開き、一直線に突っ込んでくるコボルトを引きつけつつ――間合いに入った瞬間に攻撃を躱しながら剣を振り下ろす。
突っ込んできた相手の力を利用して斬ったこともあり、首元を深々と斬り裂くことに成功。
折れているとはいえ、剣としての役割は十分に果たしてくれている。
首元を深く斬られたコボルトは悲痛に近い叫び声を上げて倒れ、もう一匹のコボルトは一撃でやられた仲間を見て固まっている。
思考が完全に停止している上に動いてくる気配もないため、今度はこっちから攻撃を仕掛けよう。
止まっているコボルトに向かって走り、今出せる全力の雄叫びを上げる。
そんな俺の声にビビったのか、反転すると仲間を置き去りにして逃げ出した。
仲間のコボルトが一撃で倒されたのを見たいうのもあるだろうが、背を向けて逃げた奴を殺すことほど簡単なものはない。
足も思うように動いていないコボルトに一瞬で追いつき、心臓部目掛けて背中から折れた剣を突き立てる。
剣が折れているため想像以上に深くは刺さらなかったが、コボルトが倒れたところに全体重を乗っけたことで心臓部までは到達し、逃げ出そうとしたコボルトを殺すことができた。
首を斬られたことで倒れているコボルトの下にも近づき、同じように心臓に剣を突き立てたことで二匹のコボルトは完全に動かなくなった。
大量の血を流して地面に転がっている二匹のコボルトを見下ろし、ようやく警戒を解いて深く息を吐く。
個人的には余裕だったつもりだが、ゴブリンの身体能力を考えるとかなり危険な戦闘。
力も俺が思っていた以上になかったし、折れた剣を拾ってなかったらギリギリの戦いになっていたはず。
コボルトの心臓に突き刺してある剣を引き抜き、近くの葉をもぎ取って丁寧に拭きとる。
そこまで重要視していなかったが、武器も持っておらず入手する術も持たない今の俺にとっては、この折れた剣は相当重要なものになる。
すでに錆びついていたこともあり、今の一戦だけでかなり刃こぼれしてしまったが、研いで大事に使わせてもらおう。
柄の部分も加工して、短剣のように加工するのもありかもしれない。
血を拭き取った折れた剣を再び抱えていた荷物の中に紛らわせ、バエルのところに戻ろうとした時――殺したコボルトをどうするかが頭を過った。
荷物はすでに手一杯だし、コボルトは瘦せ細っている上に不味そうなため、このまま放置して帰るつもりだった。
だが、自分の手で殺した生物を食すことでゴブリンは強くなるということを思い出したのだ。
もし仮に食べるとしたら、この場で食べなくては色々と面倒くさい。
上位の魔物を食う行為は魔物内のルールに反する行動な訳で、見られたら巣から追い出されかねないからな。
コボルトに襲われたことからもあまり長居はしたくないから、食べるとするならこの場で生食。
あまり気乗りはしないが……強くなるためならどんなことでもする。
俺は自分自身にそう言い聞かせてから、コボルトの生肉を食すことに決めた。
二匹の死体に近づき、汚い皮を剥いでから肉の部分を向き出させる。
それから関節から綺麗にへし折り、食べやすい大きさにした。
肉の色は若干黄ばみがかっているが、巣の前に置かれていた腐肉や蛆と比べたらちゃんとした食料といえる。
軽く手を合わせてから、俺はコボルトの肉にかぶりついた。
非常に臭いし肉質も最低だが――想像以上に美味い。
ゴブリンになってから虫しか食していなかった俺にとっては、あまりにも美味すぎる食材。
願わくばしっかりと火を通してから食べたかったが、そんな余裕はないため俺は腹に詰め込むようにコボルトを食べていく。
内臓部分も食べられる部分は綺麗に食べていき、胃や腸などは流石に食べずに土に還す。
一匹で十分すぎるほどの量だったが、二匹食えば二匹分だけ強くなると信じ、俺は既にパンパンな腹に二匹目のコボルトも入れていく。
一匹目はあれだけ美味しく感じたのに、二匹目は腹がいっぱいということもあって臭みしか感じない地獄の時間を耐え凌ぎながら、なんとか二匹目も綺麗に食べることができた。
腹は自分でもびっくりするほど膨れていて、破けるんじゃないかと心配になるほど。
これほどまでの満腹は久しく味わっていなかったこともあり、なんだか人間だった時を思い出してしまった。
あまりにも恵まれていない環境から目を背けたくなるが、頬を思い切り叩いて気合いを入れ直す。
ゴミ山から拾った荷物を再び抱え直し、俺はバアルのところを目指して戻ったのだった。
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