小さな生存戦略

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恩返しと怨返し

cannon ball②

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 陽歌が目を覚ましたのは病院のベッドであった。愛花がパイプ椅子に座って彼の様子を見ていた。
「気が付いたか?」
「あれ……? 愛花さん?」
 起き上がることはできない。全身が痛み、目を開けるのもやっとだ。陽歌が目覚めるが早く彼女は謝罪した。
「すまない。この件は警察としてあるまじき行為だ」
「やっぱり、逮捕状取ってなかったんですか?」
 この件は功績を欲しがったあの女刑事の独断と金湧署内では言われていた。だが取調室を使い、だれも指摘することがなかった以上体のいい尻尾切りだろうと判断されて根こそぎ処罰を受けることになったそうだ。逮捕状に関しても裁判所に申請していたが嫌疑不十分で却下されてしまった。緊急逮捕という形を取ったが、その後も新たに逮捕状を取ることはなかったらしい。
 それが地方紙地方局単位とはいえ報じられたものだから裁判所も泡食って対応した形になる。
「私があの日、金湧にいたのはあの管轄内で捜査における怠慢が指摘されたからだ。事件捜査のみならず交通に関わる分野に至るまでだ」
 愛花はおそらく別の所轄の警察官なのだが、あの場にいたのはそもそも金湧警察が不祥事まみれだったから。これは警察組織内部でも深刻な問題として取り上げられ、外部から捜査が及ぶことになった。いくら組織内とはいえ、庇いきれなくなるレベルだったのだ。
「あー……それで電話の時……」
 電話した時に動いていると言っていたが、そういう経緯があった様だ。
「大変な時期にうちの怠慢に巻き込んですまない。内蔵にも傷を負っているから、安静にしていてくれ」
「……うん」
 愛花に会えたことで陽歌は安心感が大きくなる。本当ならもうそんな資格は失ったのに、どうしても頼ってしまうのだ。捕まった時も愛花がいるならと余裕があった。

   @

「君に容疑……というかほぼ言いがかりだな、それが掛かっていた件はすべて証拠不十分となった」
 数日して愛花から病室で自身の状況について説明を受けることになった。金湧警察が容疑をかけたのは裏山の火災、駅での転落二件、そして採光窓の事故。
「陽歌くんを逮捕しようなんて思ったのは、あの火災が関係している。金湧第三小学校の裏山の廃屋に自分が火をつけたと証言した児童がいた」
「え?」
 あの子の仇が警察に名乗り出ていた。陽歌は逸る気持ちを抑え、話を聞くことにした。誰なのか聞いても教えてはくれまい。捜査情報は秘匿されるものだ。ただ、そいつを特定できたら殺すだろうというのは確かにあった。
「その火災でいじめていた子が亡くなったのだが……、その後に友人が立て続いて亡くなったことから恐怖を覚えたとのことだ。君が彼らにいじめられていた子を守ったそうだな。他人のために奮い立てる者はそういないから、誇ってくれ」
 自分が殺しておいて、という憎しみと褒められたことで感情が混ざり、陽歌は反応に困った。それで金湧警察はその児童の発言を鵜呑みにして捜査を開始したという流れだ。
「金湧駅の件は決定的な証拠がない。最初はありふれた事故として処理したせいで監視カメラの映像も上書きされていて、目撃証言も決定的なものではなかった。採光窓のも、学校の管理不行き届きの側面が強い。事情聴取で当該の児童はよくあのドームに座っていたことが分かった。残ったドームのアクリルも劣化が著しく、いつ事故が起きたかわかったものではなかった」
 元々は事故扱いしたのを証言一つで連続殺人扱いにしようとしたため、無理が生じたのであった。解決した事件事故の証拠はどれほど保存されるものだろうか。そもそも最初から事故扱いならばあまり保存には期待できないところだ。他の警察署ならば事情も違ったが、まぁ金湧だしで終わった。
「それと証拠品として押収された君のスマホから見つかった録音データ。これのおかげで金湧警察だけでなく市役所から第三小学校に至るまでの職務怠慢が発覚した。削除していたが、復旧できたよ」
「え? あ、ぁあ……そんなことも……」
 録音したことも役に立ったが、もう彼は覚えていなかった。証拠を消そうとしたこと自体が重く受け止められるだろう。
「それで陽歌くん……君は退院したとして、あの町に戻るのか? 私はオススメしないが……」
 愛花が気にかけているのは、あんなことがあった町に戻って生活できるのかということ。情報によれば家族の亡くなったあの家で一人暮らしとのことで、心配がどうしても勝る環境だ。
「はい、戻ります。あそこにはいろいろありますので」
 これ以上愛花の手を煩わせたくないというのが陽歌の気持ちであった。これからどうなるかはわからないが、彼女たちに会えたことで信用できる人間、特に大人がいることを知れたのは大きな財産だった。
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