小さな生存戦略

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恩返しと怨返し

First kiss①

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「これでよし……」
 陽歌は屋上の採光窓に仕掛けをしていた。紫外線や風雨で劣化したドームで覆われた窓。このドームの上に目標がよく座っている。調べたところによると、このタイプの採光窓で事故が起きたこともあるらしい。
 錐でドームの一部に穴を開け、それをぐるりと一周行う。露骨になりすぎない様に調節もした。屋上へ出るドアから見て、隠れる場所には多め、見える場所にはごくわずか。
「うまくいけばいいけど」
 確実性を狙ってこれ以上細工をするとボロが出る。あとは罠に敵がかかるのを待つだけだ。
(もう許さない……絶対)
 陽歌は浅慮だろうが短絡的だろうが、もうこれ以上やつらがのさばること、呼吸して心拍していること自体が許せなかった。こんなものがなんの罪にも問われずに大手を振って歩いていることに気持ち悪さを感じていた。

   @

「そういえば、よくピアノ弾いてたな……紬」
 音楽の授業で音楽室にいた陽歌は、帰り際紬のことを思い出した。音痴でリズム感もなく、楽器全般がからっきしな彼に対して紬はそちら方面に明るかった。鍵盤を見ても、どう考えてもドレミファソラシドでは収まらない上に黒いのもあるのでもう何がなんだか。
「でもどうしようかな……。なにか決め手がないと動かないよね」
 調べた限り、嘘や誤りを流布するのは犯罪になる。ネットに浸かっている人ならこれでひどい目に遭った例を多く見ているだろうし、大多数の人は慎重になる。自分が大人気インフルエンサーとやらになった方が手っ取り早いが、そこまでに成るのは時間と手間がかかる。
「決め手、決め手っと……」
 紬の件にメスを入れるなら、自分をトリガーに愛花のようなまともな大人を呼び寄せるのがいいだろう。愛花の件から、ネットなどを見る限りこの町の外に目を向ければまだ手はあると考えた。
「まずは役場と警察署、それから……」
 いろいろ行く予定のところはあるが、多いとどうにもとっ散らかってしまう。どこに何をしに行ってダメだったら一番炎上するかを考えないといけない。前までならまだしも、今は家族を殺して危険も迫っていないので猶更だ。
(冤罪で捕まったらそれはもう燃えるだろうけど、冤罪じゃないといけないから難しい……)
 都合よく事件の現場にいれば捕まりそうまであったが、それが一番難しい。自分で事件を起こすのではなく巻き込まれる必要がある。
(それかこれまでのことをどこかに洗いざらい……)
 もしくは、金沸を離れて別の警察とかに相談に行くか。そうなると電車に乗る必要があるなと思ったが、その瞬間に強烈な寒気が走る。乗っていた電車が横転し、金属の激しく擦れる音と投げ飛ばされるような衝撃。それを思い出すと、電車になど乗る気になれなかった。
「や、やめだやめ。パス、バス」
 バスの方を使おうと陽歌は決めた。

 陽歌は新たな仲間を探すために学校の探索を続けた。結託のために仲間を集めるというのは簡単な様で、そもそも見つからない以上難易度が高い。この学校でいじめられる、というのは外の世界単位でみればまともということなのだろう。その上で小鷹や雲雀のような腕っぷしがない。こんな大人が率先していじめに加担する町、彼らの両親が引っ越すのも無理はない。
 どこの本で読んだか、人間とは置かれた環境で性質が変わるらしい。聞くにナチスの幹部で大量虐殺を指示した男が捕まったのは妻への花束を買いに行っていた最中だったとか。これを悪の汎用性と呼ぶらしい。もしかしたら周りのみんなも、甥の太陽もこの町の狂った大人の中でなければもしかしたらと考えてしまう。
「あの二人だけ殺せばよかったのかな……?」
 姉夫婦だけを殺し、太陽だけ見逃せばよかったと陽歌は今更ながら後悔する。あの時は必死で、こうして余裕ができると度々もっといい方法が、違う方法があったのではないかと考える様になってしまった。
(今更過ぎる……)
 もう戻れないので考えても仕方ないが、この罪悪感は一生こびりつくだろう。もっと視野が広ければ、人を信じることができたら。もっと穏便な解決があったはずだ。
「ん?」
 どうしようもない考えがぐるぐる巡っていると、ふと空に煙が舞っていることに気づく。野焼きなどでは発生しない、異様な黒煙。それは裏山から出ていた。裏山は普段児童が立ち入らない場所のはず。だがその場所にはもう一つの意味があった。
「まさか……」
 先ほどの電車を想像した時とは違う、じっとりとした気持ちの悪い汗が全身に噴き出す。最悪の想定が浮かんでしまう。人は容易に死ぬことを実践した今、その恐れは何よりもリアルだった。
 陽歌は走った。何事もないことを祈ったが、彼と入れ替わりに数人の児童が裏山から走ってくる。それはたしか、あの女の子を助けた時にいじめをしていたグループだ。足を止めそうになるが、それはつまり彼の想定を裏付けてしまうことだ。つまり急がねばならない。
「あ……」
 しかし間違いであってくれと願った想像通りの光景が眼前に広がっていた。秘密基地が燃えている。素材のせいか、炎よりも黒煙が膨大だ。陽歌は危険性や実際に中に人がいるのかそっちのけで基地の中へ入る。
「っ……!」
 中では思ったより炎が広がっている。そこにはまたしても外れてほしい予想通り、あの女の子が倒れていた。
 水をかぶる、消火器を使う、消防を呼ぶなどのことは頭にない。とにかく助け出すことだけだ。自分の右腕を炙る火など構わずに、人ひとりを無理やり引きずり出す。
「ど、どうしよう……」
 煙に含まれる一酸化炭素の恐ろしさは利用した陽歌がわかっている。女の子はまるで意識を取り戻さない。殺すために利用したことはある。自分が死なないための対策も知っている。だが、他人をどう助けるかなんて考えたこともなかった。
 人工呼吸と心臓マッサージ、それしか記憶にはない。これでどうにかなる症状なのかさえわからない。ただ今は、救急を呼んでこれを続けるしかなかった。
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