穏やかな日々の中で。

らむ音

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私は背伸びをして彼の頬を両手で包み込む。そして、そのまま彼に口付けた。

「……!?」

驚いた表情をするザックスから唇を離す。

「おまじないです。私の気持ちが伝わりますように。って。」

頬や耳元に火照りを感じつつも見上げると、ザックスは呆然とした様子で自分の唇に触れていた。

(……あれ。もしかしてやり過ぎたかな?でも、これで少しは自信を持ってくれるといいんだけど。)

内心焦っていると、不意にザックスが腕を伸ばした。そしてーーー

次の瞬間には私はザックスの腕の中にいた。強く抱きしめられ、その腕の強さに思わず顔を顰める。だが、抵抗する気はなかった。……だってこの強さは、ザックスからの想いの強さだと思うから。私は大人しくザックスの抱擁を受け入れることにした。

しばらくして落ち着いたのか、ザックスは私を解放してくれた。お互い無言のまま見つめ合う。すると突然ザックスが大きな溜め息を吐いた。どうやら自己嫌悪に陥っているようだ。
私は背伸びをして、そんなザックスの頭をよしよしと撫でる。弱っているザックスを見るのは初めてではないけれど、なんだか新鮮で。つい甘やかしたくなってしまうのだ。

「ごめんなさい、いきなりキスなんかしちゃって。嫌でしたよね?」

首を傾げながら尋ねると、ザックスはブンブンと首を振る。

「嫌なわけない!!むしろ……」
「そうですか?じゃあ、どうして落ち込んでるの?」
「……。はぁ、お前が悪いんだぞ。」
「え、私!?なんで!?」

全く意味がわからず戸惑う私を見て、ザックスはもう一度大きくため息をついた。

「シノは、自分がどれだけ可愛いのかそろそろ自覚しろ。」
「……はい?」

唐突に何を言っているのだこの男は。

唖然として固まる私に構わず、ザックスは話を続ける。

「それに、あんな風に男を煽るような真似したら駄目だろうが。俺がどれだけ耐えていると…。……もう我慢しないからな。」

そう言うと、ザックスは私の顎に手を添えて上を向かせる。そして、ゆっくりと顔を近づけてきた。近すぎる距離感に恥ずかしくなり身を引こうとするが、いつの間にか腰にも手を回されていて逃げられない。
……いや、逃げるつもりはないけれど。

覚悟を決めて目を閉じる。やがて柔らかいものが触れたと思った時には、既に私の唇は塞がれていた。ちゅ、ちゅ、と触れるだけの優しい口付けは、次第に深いものへと変わっていく。

「はぁ、っ、可愛い………」
「んっ、ザックス……んぅ!ふぁ……」
「可愛い……好きだ、シノ。」

何度も角度を変えながら繰り返される甘い口づけの合間に、ザックスが熱っぽく囁く。激しい口づけに、私は段々と意識がぼんやりとしてきた。

(うう。こんな濃厚な大人のキス…したことない……)

長い口付けの後、漸く解放された頃にはすっかり力が抜けてしまい、立っていることもままならない状態だった。
倒れそうになる身体をザックスに支えられる。

「ふ、大丈夫か?」

ザックスの何処か上機嫌な声が遠く聞こえる気がするのはきっと気のせいではないだろう。なんとか平静を取り繕おうと試みるが、上手くいかない。顔が熱いし、心臓が激しく脈打っている。
……こんな感覚初めてだ。

「う、うん。らいじょうぶ、れす。あ、ありがとう。」

……かろうじて返事をするも呂律が回らない。羞恥に堪えきれなくなった私はザックスから離れようとしたが、それは叶わなかった。

「悪いけどこのまま聞いてくれ。……俺はずっと自分のことが嫌いだった。母親に捨てられ故郷を離れた日から、醜くて汚らしい俺自身を呪い続けてきた。……でも今は、そんな俺でも受け入れてくれる人が、シノがいるってわかったから。ありがとう。さっきのシノの言葉、約束する。」

「……ザックス。」

ザックスは私の肩口に頭を乗せると、小さな声で呟いた。



「愛してる」



耳元で囁かれた言葉に、胸がじわりと熱くなる。私はザックスの首に腕を回すと、彼の胸に頬を寄せた。

(……あったかい。)

ザックスの心音を聞きながら思う。

この温もりがあれば他には何も要らない。
私はザックスを強く抱きしめ返した。




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