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83捜索
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南へ向かう乗り合い馬車に乗って一時間ほど経った頃、エマは乗降する他の客に紛れて馬車を降りてしまった。
港への道のりはまだまだ遠い。
馬車で行っても日没まえに着けるかどうかの距離だ。
去って行く馬車を見送りながらフードに隠れた目元の涙を拭った。
馬車に揺られてぼんやりしていると昨夜の出来事が思い出され胸が痛み涙が溢れそうになった。
ジークヴァルトに対して、
(ごめんなさい。ごめんなさい。)
と心の中で何度も謝り、酒に逃げるほど本当に嫌がられているんだと辛さが込み上げた。
こんな所で泣いてはダメと必死で堪えていたが、もう無理だと思った。
だから馬車が止まると鞄を持って慌てて馬車を降りた。
エマは鼻をグズグズとすすり、涙を拭いながら車道を外れて歩道が続く山道へ入っていった。
歩いて正解だった。
重い鞄を持ちながらせっせと歩いていると涙は止まった。
歩いて疲れれば道端の石に腰掛けて休み、林を少し入った草むらは一見枯れ野だったが栄養価のある種粒をつけた野草を見つけたので手持ちの小袋につめるだけ摘んで齧りながら歩いた。
ふた山越えた所で山間の宿場町にやっとたどり着いた。
まだ日が落ちるまで時間はあったが、このまま進んでも途中で野宿になってしまうし、とにかく疲れた。
エマはここで一泊することにした。
手持ちのお金はなるべく節約したいので、林で摘んだ種粒を薬草屋に持ち込むと夕食代くらいのお金になった。
山間の宿場町にしては宿はどこも満室でやっと小さな宿で一室をとり、夕食は町の食堂へ行きシチューを一杯注文した。
食堂にもたくさんの客がいて騒がしい。
料理がくるまでエマは手持ち無沙汰な時間を彼らの話しを聞くともなしに聞いていた。
すると、「検問所」という言葉が耳に飛び込んできた。
騒がしいと思ったらみんな港街へ入る検問所のことで話が持ちきりだった。
「港の検問が厳しくなったんだよ」
「港だけじゃなく国外へ行く街道の検問所全部だってお役人はいうじゃないか」
「ええっ!西も東も全部かい?!」
「そうさ、昼前には検問所の前にずらーと大行列さ」
「港へ向かうんならすぐには船にのれないよ。この宿場でしばらく待ったほうがいい。港の宿はどこも満杯さ」
「港の街中にも兵隊やら騎馬隊がウロウロして物々しいったらなかったよ」
「何の検問かって?人捜しだよ。なんでも茶色い髪と目の…榛色だ」
「そうそう、榛色の髪と目の色をした若い女。その女を探してるらしいんだが珍しい色でもないからねぇ。なかなか見つからないらしい」
「え?榛色ってどんなだって、そりゃあ…ああ!ちょうどあんたみたいな」
(?!)
エマはぎくりと肩を揺らすと、男の声が聞こえた後ろを慎重に振り返った。
指をさされていたのはスーラほどの年の行商人ふうの女性だった。
他の茶色い髪をした女たちもみな不安げな顔を向け話を聞いていた。
指をさされた中年の女性は、「榛色じゃないよっ。あたしはもっと茶が濃いよっ!それにあたしは小娘じゃないからね。通してくるんじゃないかね」と反論するが、相手の男は「いいや、似た色の女はとりあえずみんな検問で足止めさ。お気の毒様」と肩をすくめる。
エマのシチューを持ってきた給仕の女もエマを見て気の毒そうに肩をすくめた。
エマは、中年の女性が「その女、王都で何をしたかしれないけど、ほんっと迷惑な話だよ。早く捕まってくれないかねえ」と言う非難の声を背中で聞きながら、熱々のシチューを慌てて食べた。
食堂から逃げるように部屋へ戻ったエマは震えた。どおりで人が多いとおもった。検問のせいだったのだ。
(こんなに大事になるなんてっ!迷惑かけたくなかったから!だから出てきたのにっ!)
衝動的にジークヴァルトの元から逃げ出した考え無しで愚かな自分が心底嫌になった。
(あの時どうすればよかった?
朝を待ってジークヴァルト様にきちんと謝って…
それからジェシーにジークヴァルト様との結婚は必要ない。彼を『義務』から解放して欲しいって…ちゃんと言わなきゃだったんだ。
……戻ろう。
戻って謝って…ちゃんと言おう…。)
別に外国へ行きたかったわけじゃない。この国が嫌なわけじゃない。
むしろここにいたい。みんないい人たちだ。
ジェシーがグレイ伯爵家を継いで欲しいと言うならそれでもいい。
あの人には幸せになって欲しい。
本当に好きな人とちゃんと結婚して……幸せになって欲しい。
「ジークヴァルト様が結婚する時は、知り合いとして…晴れ晴れとした顔をして、ちゃんとおめでとうって……お祝いを言おう……」
山間は日暮れが早い。
あたりがすっかり暗くなった頃、エマの部屋のドアがノックされた。
宿屋の女将だった。
港街の役人がこの宿場町まで来て茶色の髪と目の女性の宿泊客を全て広場に集めているのだという。
匿っていると疑われるのが嫌なのだろう、早く行ってくれとまるで厄介者のようにエマの腕を引っ張った。
✳︎
エマが途中で馬車を降りたことを知らず、とっくに追い抜き港街に到着していたジークヴァルトは焦っていた。
エマが見つからない。
伝令鳥に持たせた命令通り、ジークヴァルトが到着する前から検問はすでに行われていた。
検問所は各所から港街へ集まってきた馬車や人々でごった返していた。
当然エマが乗っていたと思われる馬車も突き止めた。
だが、検問の列にうんざりした多くの乗客たちは降りてしまっていた。
御者は榛色の髪と目をした若い娘が乗っていたかどうかなど分からないといった。乗客はみな地味なコートを着ていたのでいちいち覚えていないのだと。
ジークヴァルトは、検問所の役人によってひと所に足止めされた多くの女たちを高みからざっと見渡したが、すぐにエマはいないと確信した。
ジークヴァルトの『南』という選択が間違っていたわけではない。正しかった。
王都からは「南!!」と怒りを込めたように殴り書かれた皇太后ジェシカの占いの結果が伝令鳥によってもたらされていた。魔女の『占い』は絶対に違えない。
だからエマは確かに『南』に向かったはず。
(なのにどうして見つからないっ!)
ジークヴァルトの苛立ちは下の者たちに伝染し、港の街中が異様な緊張感に包まれていた。
だから、女性を『捜索』という命令も下部へ行くほど曖昧になり、とにかく茶色の髪と目を持つ女性が強引に『捕縛』されていることにジークヴァルトは気を回せていなかった。
(何故だ…
エマ、どこにいる…)
ジークヴァルトが辺りを見回すように視線を走らせると、不意に王都から越えてきた山々が視界に入った。
(もしかすると…途中で馬車を降りたのか?
それならまだ港に着いていない可能性が。
ならば手前の宿場町かっ!)
ジークヴァルトは部下を引き連れると検問所を飛び出し、夕闇がせまる黄昏時の街道を馬で駆けた。
港への道のりはまだまだ遠い。
馬車で行っても日没まえに着けるかどうかの距離だ。
去って行く馬車を見送りながらフードに隠れた目元の涙を拭った。
馬車に揺られてぼんやりしていると昨夜の出来事が思い出され胸が痛み涙が溢れそうになった。
ジークヴァルトに対して、
(ごめんなさい。ごめんなさい。)
と心の中で何度も謝り、酒に逃げるほど本当に嫌がられているんだと辛さが込み上げた。
こんな所で泣いてはダメと必死で堪えていたが、もう無理だと思った。
だから馬車が止まると鞄を持って慌てて馬車を降りた。
エマは鼻をグズグズとすすり、涙を拭いながら車道を外れて歩道が続く山道へ入っていった。
歩いて正解だった。
重い鞄を持ちながらせっせと歩いていると涙は止まった。
歩いて疲れれば道端の石に腰掛けて休み、林を少し入った草むらは一見枯れ野だったが栄養価のある種粒をつけた野草を見つけたので手持ちの小袋につめるだけ摘んで齧りながら歩いた。
ふた山越えた所で山間の宿場町にやっとたどり着いた。
まだ日が落ちるまで時間はあったが、このまま進んでも途中で野宿になってしまうし、とにかく疲れた。
エマはここで一泊することにした。
手持ちのお金はなるべく節約したいので、林で摘んだ種粒を薬草屋に持ち込むと夕食代くらいのお金になった。
山間の宿場町にしては宿はどこも満室でやっと小さな宿で一室をとり、夕食は町の食堂へ行きシチューを一杯注文した。
食堂にもたくさんの客がいて騒がしい。
料理がくるまでエマは手持ち無沙汰な時間を彼らの話しを聞くともなしに聞いていた。
すると、「検問所」という言葉が耳に飛び込んできた。
騒がしいと思ったらみんな港街へ入る検問所のことで話が持ちきりだった。
「港の検問が厳しくなったんだよ」
「港だけじゃなく国外へ行く街道の検問所全部だってお役人はいうじゃないか」
「ええっ!西も東も全部かい?!」
「そうさ、昼前には検問所の前にずらーと大行列さ」
「港へ向かうんならすぐには船にのれないよ。この宿場でしばらく待ったほうがいい。港の宿はどこも満杯さ」
「港の街中にも兵隊やら騎馬隊がウロウロして物々しいったらなかったよ」
「何の検問かって?人捜しだよ。なんでも茶色い髪と目の…榛色だ」
「そうそう、榛色の髪と目の色をした若い女。その女を探してるらしいんだが珍しい色でもないからねぇ。なかなか見つからないらしい」
「え?榛色ってどんなだって、そりゃあ…ああ!ちょうどあんたみたいな」
(?!)
エマはぎくりと肩を揺らすと、男の声が聞こえた後ろを慎重に振り返った。
指をさされていたのはスーラほどの年の行商人ふうの女性だった。
他の茶色い髪をした女たちもみな不安げな顔を向け話を聞いていた。
指をさされた中年の女性は、「榛色じゃないよっ。あたしはもっと茶が濃いよっ!それにあたしは小娘じゃないからね。通してくるんじゃないかね」と反論するが、相手の男は「いいや、似た色の女はとりあえずみんな検問で足止めさ。お気の毒様」と肩をすくめる。
エマのシチューを持ってきた給仕の女もエマを見て気の毒そうに肩をすくめた。
エマは、中年の女性が「その女、王都で何をしたかしれないけど、ほんっと迷惑な話だよ。早く捕まってくれないかねえ」と言う非難の声を背中で聞きながら、熱々のシチューを慌てて食べた。
食堂から逃げるように部屋へ戻ったエマは震えた。どおりで人が多いとおもった。検問のせいだったのだ。
(こんなに大事になるなんてっ!迷惑かけたくなかったから!だから出てきたのにっ!)
衝動的にジークヴァルトの元から逃げ出した考え無しで愚かな自分が心底嫌になった。
(あの時どうすればよかった?
朝を待ってジークヴァルト様にきちんと謝って…
それからジェシーにジークヴァルト様との結婚は必要ない。彼を『義務』から解放して欲しいって…ちゃんと言わなきゃだったんだ。
……戻ろう。
戻って謝って…ちゃんと言おう…。)
別に外国へ行きたかったわけじゃない。この国が嫌なわけじゃない。
むしろここにいたい。みんないい人たちだ。
ジェシーがグレイ伯爵家を継いで欲しいと言うならそれでもいい。
あの人には幸せになって欲しい。
本当に好きな人とちゃんと結婚して……幸せになって欲しい。
「ジークヴァルト様が結婚する時は、知り合いとして…晴れ晴れとした顔をして、ちゃんとおめでとうって……お祝いを言おう……」
山間は日暮れが早い。
あたりがすっかり暗くなった頃、エマの部屋のドアがノックされた。
宿屋の女将だった。
港街の役人がこの宿場町まで来て茶色の髪と目の女性の宿泊客を全て広場に集めているのだという。
匿っていると疑われるのが嫌なのだろう、早く行ってくれとまるで厄介者のようにエマの腕を引っ張った。
✳︎
エマが途中で馬車を降りたことを知らず、とっくに追い抜き港街に到着していたジークヴァルトは焦っていた。
エマが見つからない。
伝令鳥に持たせた命令通り、ジークヴァルトが到着する前から検問はすでに行われていた。
検問所は各所から港街へ集まってきた馬車や人々でごった返していた。
当然エマが乗っていたと思われる馬車も突き止めた。
だが、検問の列にうんざりした多くの乗客たちは降りてしまっていた。
御者は榛色の髪と目をした若い娘が乗っていたかどうかなど分からないといった。乗客はみな地味なコートを着ていたのでいちいち覚えていないのだと。
ジークヴァルトは、検問所の役人によってひと所に足止めされた多くの女たちを高みからざっと見渡したが、すぐにエマはいないと確信した。
ジークヴァルトの『南』という選択が間違っていたわけではない。正しかった。
王都からは「南!!」と怒りを込めたように殴り書かれた皇太后ジェシカの占いの結果が伝令鳥によってもたらされていた。魔女の『占い』は絶対に違えない。
だからエマは確かに『南』に向かったはず。
(なのにどうして見つからないっ!)
ジークヴァルトの苛立ちは下の者たちに伝染し、港の街中が異様な緊張感に包まれていた。
だから、女性を『捜索』という命令も下部へ行くほど曖昧になり、とにかく茶色の髪と目を持つ女性が強引に『捕縛』されていることにジークヴァルトは気を回せていなかった。
(何故だ…
エマ、どこにいる…)
ジークヴァルトが辺りを見回すように視線を走らせると、不意に王都から越えてきた山々が視界に入った。
(もしかすると…途中で馬車を降りたのか?
それならまだ港に着いていない可能性が。
ならば手前の宿場町かっ!)
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