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39予感
しおりを挟むルイス王子が図書館へ行こうと言ったことはジークヴァルトにとっていいきっかけに思えた。
エマとの会話の糸口がつかめず、あのままなら何も言えず菓子を食べ茶を飲んで帰ってしまうことになっていた。
誤解していたことをこんなに謝罪をしなければと思うほど自分は律儀な性格だっただろうかと思ったが、このままにはどうしてもしておきたくなかった。
途中、思いがけずいつもと違うエマの姿を見ることになった。
先ほど会ったルーという薬草屋への接し方が素のエマなのだろう。ジークヴァルトたちの前ではあんな態度は決してとらない。
(もし、普段通りでいいと言えばエマは接し方を改めるだろう。「ご希望であれば」「ご命令であれば」と言って……。)
見事な銀髪に均整のとれた体型の優男。藍色の瞳の涼しげな目元を優しく細め、意図的にエマに顔を近づけていかにも親しい様子を見せつけ、まるでお前たちではこうは接してもらえないだろうと嘲笑されているようだった。
エマが友人というならその通りなのだろう。現に彼女からあの青年への恋情は見えなかった。その逆もまた。
ようはただの嫌がらせ。
だが、そこまで分かっていても何か癇に障るものがあり、余計なものをわざわざ見てしまったという不快感が腹の底でジクジクと残った。
✳︎
部屋にいる女性たちの、いつも貴婦人たちから向けられるものとは性質が違う、視線が四方から刺さる。
このままこの痛い部屋にいることに耐えられず、ルイス王子とジークヴァルトはエマの後を追った。
エマは二つほど奥の部屋へ入って行った。部屋の案内板は、植物関連と書かれて吊り下がっている。
(……植物)
ジークヴァルトがその文字を脳内で反芻していると、ルイス王子が、
「また、奴か。任せたよ」
と言い捨てて、すぐ近くの歴史関連の部屋へ入って行った。
ジークヴァルトが顔を向けた先には、ニコニコと手もみをしながらこちらへ近づいてくる図書館の館長がいた。
「ご見学に何か不都合などございませんでしょうか?」
図書館の館長なら、下級貴族の出身だろう。この館長にとって、ルイス王子とその側近にお忍びだから放っておけと言われてもそうはいかない。彼にとってこんな機会は二度とないのだから。
もし、個人的に気に入られれば、身分を越えて親しく親交を持つこともできる。
「いや」
ジークヴァルトが短くそれだけ言うと踵を返してエマのいる部屋へ向かう。
だが、館長も食いさがる。
「あのお嬢さんはよくここをご利用されているようで」
ジークヴァルトの足はピタリと止まった。
館長は会話の糸口をつかめたと喜んだが、振り返ったジークヴァルトの不機嫌極まりない冷たい眼差しに、ヒッと短い悲鳴をあげた。
「あの娘とここへ来るのは、これっきりだ。我々に取り入る道具にはならんぞ」
「め、滅相もございませんっ。道具などとっ!あのお嬢さんは本当に勉強熱心な方で、薬草屋か何かをされているのでしょうか?
よく植物や薬草に関しての書籍を熱心に借りられているようですのでっ、さすがはお二人のお知り合いだと感心しておりましてっ」
館長は汗を吹き出しながら慌ててペラペラと弁解する。
だが、ジークヴァルトの表情が驚きに変わったことを館長は見逃さなかった。
「薬、草…?」
「ええ、ええ、貸し出し記録は植物図鑑や薬草の事典、薬草に関する書籍や論文など様々で、それはそれは熱心に勉強されているようで」
ついさっきエマの閲覧記録を見て知っただろうことを館長は得意げに話す。
その話をききながら、ジークヴァルトは部屋の中で本を返却するエマの姿を窓越しに目で追った。
ジークヴァルトの中で、ある予感がジワジワと大きく膨らんでくる。
「あの、どうかされましたか?」
館長の窺う声に我に返ったジークヴァルトは、「いや」と短く返事をして平静を保つ。
「我々はもう引き上げる。この度は王子のお忍びだ、ここへ来たことは他言せぬように。話が漏れれば責任者が責任をとらねばな」
「……も、もちろんでございますっ!申しません、誰にも申しませんっ」
「ならば、行け」
ジークヴァルトの脅しに慌てて低頭し、館長は司書たちに口止めするために走り去った。
「行った?」
直後、ルイス王子が避難していた部屋の戸口から姿を現し、ふうとため息をつく。
「ずっと…そこにいたのか?」
「いや、入ったついでに本を適当に見ていた」
「……そうか、館長には口止めをして置いたのだが」
「まあ無理だろうね。あの手の輩は」
「だろうな」
「さて、もう行こうか。エマ嬢のご機嫌は如何かな?」
ルイス王子は面白がるようにそう言うと、エマのいる部屋へ入っていく。
ジークヴァルトはその背中を見送りながら、先程の会話を聞かれていなかったことに知らず安堵のため息を漏らしていた。
ジークヴァルトの中で、バラバラと散らばっていたエマに関するピースが徐々に一つの答えを目指して寄り集まり始め、抱いた疑念を早く調べなければと焦燥感に駆られた。
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