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19ルイス王子の事情

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「お前はどう思う?庶民の目からみて彼女たちの趣味は」

 ルイス王子からの突然の問いかけに驚いたのだろう、勢いでカップを皿に置いたのでカチリと音が鳴る。

 音につられて皆が視線を向けたのでエマは恥ずかしそうに顔をうつ向け、揺れる紅茶をみつめていたが話し始めた声ははっきりとしていた。

「素晴らしいと思います」

「ふーん、どんなところが?」

 「そう…ですね…」と顔を上げ何かを考えるように二、三度視線を彷徨さまよわせるといっきに話し始めた。

「最初の方のお花。あの紫色の花の名前はフロールシア。世の中には数多くの品種改良された花々がありますが、フロールシアは品種改良が難しいと言われる花のひとつです。最も高貴な色である紫色への改良は困難だと言われていました。この生花は世界初のフロールシアの紫ではないでしょうか。それから、織物ですがここまで緻密な織りはまるで絵画のようで素晴らしいと思います。織物は実用品としてだけではなく、鑑賞用としての価値もあると思います。例えば地方の女性の冬の手仕事として広めて国を代表する美術品のひとつにするべき技術だと思います。そして、三絃の琴は琴の最古の形をとどめる貴重な楽器であり、多様な音色を出すのも難しい楽器です。その演奏の難しさから自在に弾ける方は何人もいらっしゃらないと聞いたことがあります。演奏は素晴らしい音色でした。間近で聴けて琴の音はこんなに表情が豊かなのだと驚きました。趣味としてとどめていらっしゃるのがもったいないと思いました。
ですから、私は皆様の作品をとても素晴らしいと思いました」

 淀みなくそう言い切るとエマはまた手元の紅茶に視線を向け俯いてしまった。

 あまりに淡々と何かを読んでいるような言い方が気になったが、思いがけない的確な返答に驚いたルイス王子はただ「ああ。そう」としか言えず昼食会はそこでお開きとなったーーー


「僕は、彼女らがすることを知らなかったわけじゃないよ。
確かに花のことはよく分からないし、楽器も織物にも興味はない。
だが、客観的には彼女らの才能は国益にかなうものだと思っていたさ。
まさか市井の娘にあんなにはっきり言われると思わないからびっくりしてすぐに気の利いた言葉が何も思い浮かばなかった。随分無知な王子だと思われちゃったかな。
あの娘、物凄くひっかかるんだけど。
また城に呼んでみようかな…」

 ルイス王子は何の口実こうじつで呼ぼうかと本気で思案しているようだった。

「…ルイス、やめておけ。
側室候補が三人、正妃予定の婚約者が一人、定員オーバーだ」

 ルイス王子がジークヴァルトを苦々しく睨みつける。

「なんだ?職務中以外は幼馴染の口調のままいろと言ったのはお前だろう」

「僕が不機嫌なのはそこじゃない!
お前、分かってて言っているだろ!」

 ルイス王子は身を乗り出したが、またどさりと椅子に背中を預け腕を組み憮然とすると、

「とにかくそういう意味で言ったんじゃない。
それに婚約者は(仮)だ。
それに…令嬢たちのことは、ここから解放しようと思う」

と重大な決断を付け加える。

 ジークヴァルトが視線をやると、彼を見る王子の目が冷静で真剣だ。
 思いつきや勢いで言ったわけではないようだ。

「解放?」

「ああ、あの三人はここに留まるべきでない。
折を見て後宮から出すべきだと思っていたしね。
だからこそ今まで彼女達に触れてこなかった。
彼女達の実家はそんなことより王家との血の繋がりを望んでいる。
僕はその反発が無視できなくて今まで決断できなかった。
だが実家の思惑のために才能を潰し、僕の機嫌をとっているだけの人生では国の損失だ」

 ルイス王子は机上にあった冊子を手に取ると、ジークヴァルトも中身を知るそれをポンと机に投げて寄越した。

「前々から提出されていた嘆願書。
彼女らの趣味・・に協力しているもの達からも彼女らの才能を惜しむ声がこうして多く寄せられている。
決断出来ない愚かな王子にはなりたくないね」

「なるほど。解放の件は俺も同意だ。
だがそれではますますあの婚約者との結婚を急かされるぞ?」

「婚約者ね。侯爵家の娘と言っても、養女で元は庶民。
まさか皇太后に占いで僕の婚約者を決めるられるとは思わなかった」

「当然だろう。皇太后様は占いに長けた『魔女』だ。国の多くの案件にもその力を持って関わっていらっしゃる」

「そのおかげで父上は好きな芸術の世界にどっぷり浸かって才能ある芸術家のパトロンに精を出していらっしゃる。
政治は皇太后と君のお父上の宰相に任せっきりだ。
宰相には頭が上がらないよ。
そして、その皇太后が僕の妃には『魔女』をと仰っている。
なにより僕の幸せを思ってのことだそうだ。
年齢が釣り合う『魔女』が、あの侯爵家の養女しかいないと言う時点で不幸を感じているけどね」

「お前はそれでいいのか?あんな養女が『魔女』であるはずがない」

「だからどうしろと?あの皇太后にご諫言かんげん申し上げろと?
……お祖母様ばあさま孝行と思うしかないさ」

 首をすくめ手を上げておどけたようにお手上げだよと本心の読めない仕草をするルイス王子に、ジークヴァルトは眉を寄せる。

「とにかく、昨日の娘気にならないかい?」

 そんな事よりと興味津々に身を乗り出すルイス王子の様子は現実から目を背けるために何か面白いことを見つけたがっているようにしか見えなかった。

「あの娘も侯爵家の養女と同じだ。
あの養女と違うのは多少知識や教養に富んでいるところか。
そして、それを武器に成り上がろうと周りの人間を利用しているような娘だ。
その調査書をみても分かるだろう。
現に謁見前に俺を見ただけで、そういう・・・・目で見てきた」

 だがルイス王子は腕組みをしながらうーんと唸る。ジークヴァルトの意見には共感できないようだ。

「成り上がろうと?うーん、僕はそんなふうには思わないけど。
僕よりモテモテで、むしろ女性を見過ぎているからこじらせてるのかい?
それにエマ・ハーストが君をそういう目でみただって?
聞き捨てならないな。僕はそんな目で見られていない」

「俺がモテモテ・・・・なのは、お前にちょっかいをだして皇太后様に睨まれることがあれば大ごとだからな。
その点俺ならご婦人方のプライドを満たせるのだろう。
そして、彼女たちは情報通だ」

「あの皇太后は孫を孫とも思ってない厳しさだしね。
社交界のご婦人方などひとたまりもないだろうね。
なるほど、だから公爵家嫡男にしなだれかかってくる女性の相手をしていると?」

ただれた言い方をするな。そういう関係にはなっていないし、媚びてもいない」

「ほほう、誰かのモノにならない公爵家嫡男様はモテモテで、その男前の気を引きたくてご婦人方はいろいろ情報提供してくれるのだな?」

「………俺の話はどうでもいい。
その娘だが、昨日、昼食会への移動中大叔母に引き取られる前はどこにいたと聞いたら、一瞬だが明らかに動揺した。
そしてすぐに取り繕おうとしたので、それは嘘だと言ってやったら絶句していた。
大叔母と血縁関係があるのかも怪しい。
それ以前は明かせない過去なのだろう。
そのまま臆してしまえば可愛いものだが、しっかりとついてきた。
かなりのしたたかさだぞ。
つまるところ、親が犯罪を犯して没落した外国貴族の娘ではないか?
とにかく厄介な娘を相手にするな」

「いやいや、最近の庶民は田舎の娘でも教育が行き届いているだけかも知れないじゃないか」

「……そんな訳ないだろうが…」

 まだ引き下がらないルイス王子にジークヴァルトは呆れ果て大きなため息をついた。
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