上 下
11 / 88

11ネリーが思ったこと

しおりを挟む

 息が上手く吸えずどうしていいか全くわからない。
 ネリーは自分を励ます婚約者にすがることしかできなかった。

(こんなことは初めて。私はどうなってしまったの!?)

 酔った男性に絡まれたことなどなかった。男性同士の言い争いを見たこともなかった。
 デービがあんなに怒るなんて。嬉しいよりもなぜが怖かった。もうやめて、と泣きたくなった。

 そして、挙句に悪意をぶつけられた。あんなあからさまな。ましてや紳士であるはずの男性に。
 ショックだった。とても動揺した。そしたら上手く息ができなくなっていた。

 周りに多くの人たちが、この醜態を見ていることもわかっている。
 華々しい舞踏会に最高に着飾ってきたのに無様に地べたに膝をつき涙を拭うこともできずにいる。
 でも、どうしていいか分からない。

(どうなってしまうの!?お医者さまはまだ!?誰か!お願い!助けて!!)

 すると女の人の声がした。

「落ち着いて、大丈夫ですよ。呼吸が上手にできないのですね?息が止まったりしませんよ。だから大丈夫」

 そう言って女の人は膝をついて私と目線を合わせ優しく微笑んだ。

「お嬢様、大丈夫。大丈夫ですよ。息がしづらいのですよね。落ち着いて、私の目を見て下さい」

 ハッハッと息を吐くばかりで何がどうしたのか気が動転しながらも、いま状況を言い当てたこの人にとにかく助けてほしくて手を伸ばした。

「数をゆっくり数えます。それに合わせて少し息を吸ってみましょう。いきますよ、いち…にい…さん」

 彼女に促されながら細く息を吸った。瞬間とてもいい香りがした。優しくて落ち着く香り。

「今度は三回ほど浅く吸って見ましょう。一…二…三」

 声に誘われて震える息でまた浅く吸ってみる。するとあの香りが香る。この女の人から香っているよう。とても落ち着く。

 次はゆっくり 長めに息を吐いてと言われ彼女が数を数えるのに合わせる。一、二、三、四…
 そして、また短く吸う。それをゆっくり繰り返しながら徐々に息が深く吸えるようになり気分が落ち着いてきた。彼女の香りがとても助けになった。

「もう大丈夫ですね」

 彼女のホット安心した顔がさらに私を安心させた。

 そこへやっと医者がやってきた。担架を持って。
 あんなものに寝転んでなるものかとデービの名を呼ぶと彼が抱き上げてくれた。

 見下ろした彼女は平民だった。
 レースの使われていない安価なドレスだと一目でわかったから。
 そのドレスの裾が土で汚れていた。普段ドレスを着る機会のない平民の彼女にとって大切なドレスだろうに。

 私を見上げる彼女は「よく休んでくださいね」と何の作為もない笑顔でそう言った。
 私の代わりにデービが「ありがとう」と彼女に言ってくれた。
 彼女が「はい」と頷くと、耳元から垂れている髪が揺れた。結い上げてあった髪が乱れて落ちたのだ。

 私の手が当たったのだ。さっきは必死だったから。
 胸元のリボンは握ったように形が崩れ、袖口のリボンは片方が解けている。

(みっともない姿…)

なのに、こちらを見上げる彼女を「綺麗な人…」と思った。

(また会えるかしら。きちんとお礼が言えるかしら。)


✳︎
 不意に肩にジャケットが掛けられた。ロイだった。

「さ、立てるかい?エマ帰ろう。アルベルト、失礼するよ。また会おう」

 そう言ってロイはエマを支えながら立ち上がらせる。

 集中していて全く気づかなかったが、かなりの注目を集めていたことにエマはやっと気づいた。
 男爵とその婚約者が去ってしまうと注目はエマに集まった。
 若い娘がドレスと髪を乱した格好で座り込んでいる姿は、人を助けた興奮が冷めてしまうとなんとも気まずい空気だった。
 特に美しく着飾った娘たちはエマの散々な様子に眉をひそめ仲間同士で何やらひそひそと言い合い、クスクスと笑うものまでいた。

 エマは急に恥ずかしくなりロイの上着の前身ごろをぎゅっと合わせてうなだれた。ロイはそんなエマの肩を抱き目立たないよう足早に移動した。


 その様子を人だかりから離れた所、テラスから見ていた二人の貴族青年たち。

「あの娘に褒美をとらせる。登城させるように」

「……畏まりました」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『完結』人見知りするけど 異世界で 何 しようかな?

カヨワイさつき
恋愛
51歳の 桜 こころ。人見知りが 激しい為 、独身。 ボランティアの清掃中、車にひかれそうな女の子を 助けようとして、事故死。 その女の子は、神様だったらしく、お詫びに異世界を選べるとの事だけど、どーしよう。 魔法の世界で、色々と不器用な方達のお話。

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

【完結】聖女の私を処刑できると思いました?ふふ、残念でした♪

鈴菜
恋愛
あらゆる傷と病を癒やし、呪いを祓う能力を持つリュミエラは聖女として崇められ、来年の春には第一王子と結婚する筈だった。 「偽聖女リュミエラ、お前を処刑する!」 だが、そんな未来は突然崩壊する。王子が真実の愛に目覚め、リュミエラは聖女の力を失い、代わりに妹が真の聖女として現れたのだ。 濡れ衣を着せられ、あれよあれよと処刑台に立たされたリュミエラは絶対絶命かに思われたが… 「残念でした♪処刑なんてされてあげません。」

あなたに忘れられない人がいても――公爵家のご令息と契約結婚する運びとなりました!――

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※1/1アメリアとシャーロックの長女ルイーズの恋物語「【R18】犬猿の仲の幼馴染は嘘の婚約者」が完結しましたので、ルイーズ誕生のエピソードを追加しています。 ※R18版はムーンライトノベルス様にございます。本作品は、同名作品からR18箇所をR15表現に抑え、加筆修正したものになります。R15に※、ムーンライト様にはR18後日談2話あり。  元は令嬢だったが、現在はお針子として働くアメリア。彼女はある日突然、公爵家の三男シャーロックに求婚される。ナイトの称号を持つ元軍人の彼は、社交界で浮名を流す有名な人物だ。  破産寸前だった父は、彼の申し出を二つ返事で受け入れてしまい、アメリアはシャーロックと婚約することに。  だが、シャーロック本人からは、愛があって求婚したわけではないと言われてしまう。とは言え、なんだかんだで優しくて溺愛してくる彼に、だんだんと心惹かれていくアメリア。  初夜以外では手をつけられずに悩んでいたある時、自分とよく似た女性マーガレットとシャーロックが仲睦まじく映る写真を見つけてしまい――? 「私は彼女の代わりなの――? それとも――」  昔失くした恋人を忘れられない青年と、元気と健康が取り柄の元令嬢が、契約結婚を通して愛を育んでいく物語。 ※全13話(1話を2〜4分割して投稿)

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

追放された薬師は騎士と王子に溺愛される 薬を作るしか能がないのに、騎士団の皆さんが離してくれません!

沙寺絃
ファンタジー
唯一の肉親の母と死に別れ、田舎から王都にやってきて2年半。これまで薬師としてパーティーに尽くしてきた16歳の少女リゼットは、ある日突然追放を言い渡される。 「リゼット、お前はクビだ。お前がいるせいで俺たちはSランクパーティーになれないんだ。明日から俺たちに近付くんじゃないぞ、このお荷物が!」 Sランクパーティーを目指す仲間から、薬作りしかできないリゼットは疫病神扱いされ追放されてしまう。 さらにタイミングの悪いことに、下宿先の宿代が値上がりする。節約の為ダンジョンへ採取に出ると、魔物討伐任務中の王国騎士団と出くわした。 毒を受けた騎士団はリゼットの作る解毒薬に助けられる。そして最新の解析装置によると、リゼットは冒険者としてはFランクだが【調合師】としてはSSSランクだったと判明。騎士団はリゼットに感謝して、専属薬師として雇うことに決める。 騎士団で認められ、才能を開花させていくリゼット。一方でリゼットを追放したパーティーでは、クエストが失敗続き。連携も取りにくくなり、雲行きが怪しくなり始めていた――。

処理中です...