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エイとザンは互いの目の奥に自分を見た。
その自分の奥に、互いを見た。



その日の闘争で、エイは左手の骨を折り、ザンは舌が二つに割れた。
奇妙にねじれた左手をぶら下げてザンを睨むエイと、口から血を溢し唸るように構えるザンを見て、双方のチームの他の者達は皆一様に薄く恐怖を吐いた。
互いの狂犬をあてがうことを決めた当の幹部らも、誤ちとは思わぬまでも、ここ数ヶ月、いや数年のうちで最もまともな人間の感情を得たようだった。
幹部らは、互いを伺った。気取られぬよう、自分の考えが他と同じかを確かめようとした。
北東のおさが決断をした。彼がこの場で最も冷静であり、最も他の考えを把握していた。
「分けとしよう。南西のレイ、どうか」
南西の長は、僅かに身を震わせたのを誤魔化すように、赤髪をかき上げ通る声で応じた。
「ああ。同じ意見だ。分けとする」
誰もが両長の合意に耳を澄ませていた。エイとザンを除いて。
「戻れ!」
「戻るぞ」
両チームの人間は皆、南西、北東の長の号令と同時に、廃墟の破れた壁から四方八方に飛び出し、瞬く間に消えた。


誰一人として、残された二人の、緩やかに、しかし爆発的に始まった交流に、その複雑さと単純さに、気がついたものはいなかった。



エイは視界から消え、遠のく北東の仲間達の気配に我に返った。そして長の「分け」の声を遅れて聞いたようにようやく解した。
ザンもまた同じだった。
二人の顔から敵対が消え、やがて闘志が影を潜めた。
それは二人が、根の大人しい者達だからではない。物心ついてからこの方、二人を生かしていたのも、食わせていたのも、“特別”たらしめていたのも、理由とやり場のない闘志であった。
いつも二人を焼き、脳を腹を熱くたぎらせていたそれは、なんの前触れもなく熱を散じて何処かへ行ってしまった。
二人は突然消えた全ての理由の代わりを手繰り寄せようとするように、互いを見た。
初めて、人間の顔を見たように思った。記憶の中にはっきりと残る顔は一つもなく、自分の顔さえ朧げだった。
目の前にあるものこそ、自分なのではないか、と思った。鋭い眼光をたたえた顔のその奥の暗がりで、恐る恐るこちらを覗く不安定な魂は、「おまえはおれなのではないか」という顔で、「そうでなければ恐ろしい」と泣きそうな目をして自分を見ていた。
「自分であるなら、おれのものだ」と、手を伸ばした。また伸ばされた手を、当然として頬に受けた。
エイとザンは、互いの目の奥に自分を見た。
その自分の奥に、互いを見た。

エイは血に濡れた目の前の自分の唇を見た。
ザンは奇妙にねじれた自分の腕と、色のない指先を見、動揺した。拍子に薄く開いた口から、血が溢れて顎を濡らし、それを受けザンの口を塞いだエイの唇を濡らした。
エイはザンの唇に割り入り、鉄の匂い、味を自分のものとして飲み込んだ。
ザンは初めての人間の熱を、割れた舌の先で感じた。熱と、痺れるような鈍痛は不思議な親和性をもって混ざり合い、彼をかつてなく慰めた。そして彼は、初めて、自分を、他人を、慰めたいという望みをもった。
エイの行動もまた、目の前で血を流すおよそ自分のようなものへの直感的な慰めだった。
二人の互いへの慰めは言葉より遥かに、遥かに確かで、一切の比喩を含まず、彼らにとって疑う余地のないものだった。











北東の長、リニオはエイの誰の目にも明らかな変化をどう扱ってよいか、考えあぐねていた。そもそも彼にさえ、その本質もその変化の実体もまるで見当がつかなかった。
そこで彼は末から五番目、エイの一つ半ほど年下で、賢いアテにエイを見るよう言った。


アテは起床から眠りまでエイを見続けた。そしてついに、夜半までうろついたのち、寝床に戻らず森へ向かうエイの後を追うこととなった。
そこでアテは、可哀想な彼は、美しいなどという言葉を全く知らない、一心不乱な美しさを目の当たりにした。
彼の真の良心はその美しさを自らの手でかき乱すことを許さなかった。彼は理解を受け入れること、守ることを自らに課してしまった。それは彼なりの降伏、敬服の意であった。また、潜む憧憬の隠し所でもあった。彼の聡さの種類は、エイとザンにとって、少なくともこの瞬間においては稀有な幸運の一つだった。認めがたい羨望や、それを認めがたいとする羞恥や、それを認めがたいとする羞恥…それらを辿るときりのないことを、アテは本能的に知っていた。それら丸ごとを飲み込んで、腹の中で“理解”と書き付けて消化を待つことが、最良の策であると知っていた。彼の聡さは、そのような種類のものだった。






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