完結確約【女神回収プログラム ～三回転生したその先に～】姫の側近の剣士の、決して口外できない秘密は

『第三部 因果と果報』 救いの代償

８▶神樂 ６：起因２

　震えそうになる体を必死に抑えるために、グッと手を握る。
「言ってくれたこと、考えた。僕が、馨民カミンをどう思っているのかも……考えてみた」
「うん……」
「何でも話してきて、ずっと一緒にいてくれて。馨民カミンがすぐとなりにいてくれること……僕にとっては当たり前のこと過ぎて、馨民カミンとこれまで通り過ごせなくなるのかもしれないと思ったら……すごく怖くなって。いてもいられなくなった」
「うん……」
　馨民カミンはまだ忒畝トクセを見ない。
　だが、忒畝トクセと同じで、震えるのを抑えているように見えた。

　──馨民カミンは、どれだけ怖かっただろう。

　自室にいたときには気づけなかった馨民カミンの心情を感じる。忒畝トクセと同じように馨民カミンも思ったのなら、関係性が変わるのが怖いと告白する前に何度も思ったはずだ。
「僕にとって馨民カミンは、とっても大事な人だって改めてわかった。でも……」
　でも、馨民カミンは告白することを選んだのだ。
　それは、どれほどの勇気だっただろう。
「ごめん、僕にはまだ……恋愛感情が、わからなかった。ただ、正直に僕の気持ちも言わないと……今言わないと！　絶対に後悔すると思ったから来たんだ」
「うん……ありがとう」
「ねぇ、馨民カミン」
　馨民カミンが忒畝トクセをようやく見た。その瞳には、今にもこぼれそうなほど涙があふれていて、忒畝トクセの胸はまたズキリと痛む。
　忒畝トクセは右手をついて、一歩、馨民カミンに近づく。
「僕にとって馨民カミンは大事な人だ。それは、この先も変わらない。だから……その……」
　今度は左手をついて、また一歩近づく。ドキリドキリと鼓動が強く打った。
「馨民カミンにこれからもそばにいてほしいんだ。他の誰かのところになんて行ってほしくない。これは、僕の勝手な我が儘ワガママだけど……今は、まだ恋愛感情がわからないけど……でも、馨民カミンとなら。知っていけると思うから……僕と、付き合ってください」
　あふれそうだった涙が、ポロポロとこぼれている。
　忒畝トクセが息を飲んだ刹那、
「はい！」
　馨民カミンがそう言い、顔を覆った。

　右手が、ラグを強く押していた。
　跳ねるように体が浮いて──忒畝トクセは馨民カミンを抱きしめていた。
「馨民カミン、好きだ」
　スッと口から言葉が流れ出る。
　泣いている馨民カミンを抱き締めて、泣かせてしまった己を許せない気持ちと、こんなに心をつかんでいると高揚感が生じてクラクラしそうになる。声にならない声で名前を呼ばれ、馨民カミンがどうしようもなくかわいい。
　ひとりで考えているときは、まったくわからなかったのに。数秒前までも知らなかったのに、恋を見つけてしまった。
　相変わらず馨民カミンは涙声で聞き取れる言葉を言えないけれど、『ありがとう』も『うれしい』も、忒畝トクセには伝わってきた。
　思えば馨民カミンとは言葉を話せるようになる前から一緒にいて、それこそ、言葉なんて聞こえなくてもわかり合えていたのかもしれない。
　いつの間にか緊張感は消え、忒畝トクセの口角は上がっていた。

　──いつ、伝えようか。

　知ってしまった恋愛感情。口をついて出たけれど、馨民カミンの耳には残っていないかもしれない。だが、付き合おうと言う前の言葉たちを前言撤回するには、何とも間抜けな気がして、言い出す頃合いを課題にする。
　ヨシヨシと妹を宥めるように対応してみても、かわいい特別な女の子としか馨民カミンを見れなくなったと自覚する。
「馨民カミンって、いつからこんなにかわいかったんだっけ？」
　つい口に出てしまったが、馨民カミンはひどい泣き顔と思ったのか、
「見ないで！」
　と、顔を逸らす。
　ふふふと忒畝トクセは笑ってしまったが、その心情を馨民カミンが察する余裕はないだろう。
「うん、じゃあ、見たいけど見ない」
　忒畝トクセは背を向けた馨民カミンをやさしく抱き寄せた。



　翌日の同時刻には、馨民カミンのお陰で知らなかった気持ちを知れたとしっかり伝えられ、馨民カミンは驚きながらも歓喜してくれた。
　そうして、互いの両親に隠したくないと考えたことは同じで。付き合うことになったと報告しようとなり、どう伝えるかと話し合う。
　結果、最初にそれぞれの口から両親に言い、後日、ふたりで互いの両親に言おう──と話していたが、
「僕らが馨民カミンちゃんの家にご挨拶に行こう」
　と父が言えば、母がイソイソと電話をし出し。結局は両親同士でまるで顔合わせのような日取りが決められた。

「こういうことはね、しっかりしておこう」
　教えてくれてありがとうと言った父は、とてもやさしい表情をしていて──まさか、この笑顔を思い出して、後悔の涙を落とす日が来るとは、忒畝トクセは想像もしなかった。



　迎えた挨拶の日。両親がしっかりと正装をしていて、忒畝トクセの緊張感は一気に高まる。
　馨民カミンの父は、忒畝トクセの母の弟。まして忒畝トクセが産まれる前から両親同士は仲がよく、産まれたときから家族のような付き合いだった。
　だから、こんなに改まった格好をしてとなりに行ったことがない。

　身が引き締まる。すると、父が忒畝トクセの緊張に気づいたようで、
「大丈夫だよ」
『行こう』と微笑んだ。

　こうしてしっかり挨拶を終え、そのお陰か。
　忒畝トクセには日常が戻って来た。

　いや、正確には忒畝トクセも馨民カミンも妹たちに驚かれ、兄弟で多少ぎこちなくなった時期もあったが、すぐに兄弟も受け入れてくれた。
　特に通学もこれまで通り、変わらぬ光景が続いている。

　帰宅後もこれまで通りとなりと行き来し、馨民カミンと勉学に励む日々は継続中だ。



　そうして無事に充忠ミナルを含めて飛び級をして、数週間が過ぎたころ。
　充忠ミナルに初対面のときと同じ質問をされた。

「お前ら、付き合ってるんだろ？」

　今度は忒畝トクセが肯定をする。
『やっぱり』と充忠ミナルは返してきたが、
「でも、充忠ミナルが初めに聞いてきたときは、本当に付き合ってなかったんだよ」
　サラリと付け加えておいた。
「ねぇ？」
　となりにいる馨民カミンに同意を求めたが、馨民カミンは顔を真っ赤にして固まっていた。



　幸せは、大きくなるだけでこのまま変わらないで過ごしていけると、忒畝トクセは思っていた。

　けれど──。

　馨民カミンが告げた一言で、大きく日常が変わった。



　馨民カミンは休学を決めた。

　学生生活は、残り半年。

　忒畝トクセにとって、大波乱の始まりだった。