完結確約【女神回収プログラム ～三回転生したその先に～】姫の側近の剣士の、決して口外できない秘密は

兄と罪、罪と弟

【６０】豊かな花びらは散り（２）

　見合いのときに禾葩カハナに渡った写真が羅凍ラトウのものだったと。
「入れ違いだったのね。何かがあれば、妹の玄ハルカさんにって渡しておいた物と、逆に受け取られてしまったらしいわ」
　母の言葉を聞き、捷羅ショウラは思い出す。羅凍ラトウから祝福の言葉をもらった日のことを。あれは羅凍ラトウの誕生日だった。日をまたいで産まれた捷羅ショウラと羅凍ラトウは、双子だけれど誕生日が一日違う。あの日、禾葩カハナは羅凍ラトウに初めて会って。結婚すると思っていた人が目の前に現れた状況になって。捷羅ショウラに言えずに過ごし、悩み、苦しんだのかもしれない。捷羅ショウラが禾葩カハナに一目惚れしたように、禾葩カハナも、もしかしたら──。
　捷羅ショウラは、母の愬羅サクラが父、貊羅ハクラを愛してやまないと知っている。羅凍ラトウは年を追う毎に、外見が父に似てきている。捷羅ショウラを後継者と必死に育てながらも、学力は羅凍ラトウの方が上回る──愬羅サクラにしたら、羅凍ラトウの方が自慢の息子だと言いたいに違いない。
　愬羅サクラは、意図的に羅凍ラトウの写真を禾葩カハナに渡るようにしていたのだろう。そうだとしても──母の期待に応えられない苦しみが上回った。
　母の決めた婚約者と結婚して、無事に後継者となる息子を授かれば、捷羅ショウラはやっと母の期待に応えられる日が来ると思っていた。けれど、それにも応えられなくて。
　捷羅ショウラは、母を責めることができなかった。



「俺は卑怯者です。臆病者です。弱いです。だから全部……全部を貴女に頼ろうとした。貴女に負担ばかりをかけた。幸せにしたいと思った。幸せになれると思った。だけど……」

　カラン

　あのときと同じように、短剣は手から落ちた。墓石に触れた、ちいさな音が捷羅ショウラの胸の痛みを深くする。
「どんな女性ヒトを見ても、禾葩カハナさんを忘れたことはありません。……許してくれますか。それでも新しい妃を娶る俺を。貴女のときは母に一切逆らえなかった俺が、今度は反抗している俺を。貴女のことを、その人には言えないままで……今度は、貴女の大切な妹の幸せを奪うことになるとしても、自分の幸せを願っている」
　捷羅ショウラは両手をつく。涙は加速し、墓石の上に落ちていく。
「もし、もし禾葩カハナさんが地獄にいるのなら……俺がこの世を去るときには、貴女のもとに連れて行ってください。貴女の罪を背負わせてください。いいえ、貴女を死に追いやったのは……」
　捷羅ショウラ自身だと、言葉には出ない。──愛していた。けれど、それは一方的だったのかもしれない。だからこそ追い詰めた。消化できないまま今でも愛している、会いたい、そばにいたい──続く思いは、それこそ未だ禾葩カハナを一方的に強く想う言葉だけ。だからこそ、捷羅ショウラは呑み込もうとする。
「言えません……ごめんなさい。……ごめんなさい。こうして俺が来るだけでも、貴女を苦しめているかもしれないのに……。もう止めますね。もう来ない方が、いいですよね？」
　肘が草につきそうなほど、捷羅ショウラは項垂れている。詰まる言葉の分だけ涙は落ちる。
「夢で会えたら……また、来てもいいですか」
　返事は当然ない。捷羅ショウラもわかってはいるが、すがるように墓石を見つめる。
　──たとえ、禾葩カハナさんが生きていたとしても……。
　望む言葉は返ってこないかもしれない。そんなことを思ったのか、捷羅ショウラは消えそうな声を出す。
「貴女のもとに行きたい……」
　両肘をつき、体を震わせる。晴れているのに、彼には雨のような音が鳴り響いているのかもしれない。
　捷羅ショウラには、命を粗末にしようという気持ちは微塵もない。ただ純粋に彼女のそばにいたいだけ。
　結婚した翌日に、羅凍ラトウに会ったことを思い出す度、彼は苦しんだ。愛した人の微かな変化に気づけなかったと。彼女の変化に気づけていたならと、彼は自らを責め続けている。時間は戻らない。亡くなった人も戻ってこないと理解していても、何度も彼の時間は戻ってしまう。

　何分も過ぎていって、捷羅ショウラは頬と目元を拭う。『もう来ない』と言って安心させたいと思っていても、その言葉は気持ちとは裏腹で、言おうと口を開く度に瞳がにじむ。
　再び捷羅ショウラは目元を拭う。禾葩カハナが会いたい人物が別にいるだろうと。何度も会わせてあげられたらとも思うのに、何年も言いだせないままで。
「必ず、いつか……連れてきますね」
　無理に微笑んで、立ち上がり背を向ける。子どものように泣いてしまったと恥じて、彼は羅暁ラトキ城の嫡男に戻ろうと努める。草原がサワサワと揺れるのを見て、自然に還れるのはいつなのかと、そんなことを思いながら。

「捷羅ショウラ」
　かわいらしい声が聞こえて、捷羅ショウラは視線を上げる。──哀萩アイシュウだ。彼女を一目見ると、
「あ、見つかってしまったね」
　と、捷羅ショウラは苦笑いをする。
「明日……来るんでしょ？　大丈夫？」
「うん」
　ふたりは並び、歩幅を合わせて歩く。
「俺は、羅暁城ココの嫡男だから」
「相変わらずね」
　哀萩アイシュウはハンカチを差し出す。捷羅ショウラはそれを受け取り、
「嫌いになる？」
　と、選択肢を与えない。震える声を抑えずに問いかけた彼に対し、
「ううん。相変わらずよ」
　と、哀萩アイシュウは微笑んで言う。

　哀萩アイシュウは捷羅ショウラの狡さを許している。誰かが彼を支えてあげなくては、崩壊してしまう。人は、そこまで強くない。

　哀萩アイシュウは捷羅ショウラの涙が止まるのをゆっくりと待ち、ふたりは羅暁ラトキ城へと戻っていく。