上 下
116 / 376
王位継承──後編

【56】未来へと続く道(2)

しおりを挟む
「ええ、そうです」
 ルイは、ふふふと笑う。
「何?」
 沙稀イサキの問いに、瑠既リュウキはニヤリと口を開いた。
「ここに来る前、大臣が言ったろ? お願いがあるって」

『何があっても、私が呼ぶまではバルコニーに出ないようにしてください』

「私たち、わからないまま了承してしまいましたけれど……了承したのですから。待たなくてはいけません」
 おだやかに言うのはルイ。──言われてみれば、と沙稀イサキ恭良ユキヅキも表情がゆるむ。
 すると、徐々に静かになってきた。大衆が平常心を取り戻しつつある。
 大臣は話しを戻さず、先ほどの続きから話し始めた。
「口外できるようになったのは、そう、まずは行方不明だった瑠既リュウキ様がご帰城されたのです! そして、幼いころに婚約をしていた鐙鷃トウアン城のひとり娘、ルイ姫と、この場を持ちまして正式に婚約を公表いたします!」
 大臣は振り返り、チラリと瑠既リュウキルイを見る。
「え? あ……俺?」
 登場する順番はずっと前から告げられていたにも関わらず、瑠既リュウキは自らを指さし確認をする。大臣ははやくと言いたげに首を何度か縦にした。
 瑠既リュウキの表情が一瞬で強張る。緊張だ。それはそうだろう。大衆の前に姿を出すのは、幼いころに片手ほどあっただけ。尚且つ、瑠既リュウキは貴族としての振る舞いにもブランクがありすぎる。
 そんな瑠既リュウキを、ルイは数秒間見つめていた。ルイ瑠既リュウキとは対照的に、公の場に姿を見せるのを控えていた身。いつでも大衆の前に立つ覚悟はできている。それこそ、瑠既リュウキと一緒なら、こんなにうれしいことはない。
 一方で、そんな思いを理解できないふたりもいる。沙稀イサキ恭良ユキヅキだ。ふたりは、場慣れしすぎている。
 ふたりが瑠既リュウキに視線を送るころ、ルイは口を開く。
瑠既リュウキ様、あの……私、緊張しています。ですからその、手を繋いで……一緒に歩いていただけませんか?」
 ほのかに頬を赤くしたのは、緊張からではないだろう。けれど、小声で言ったルイに、瑠既リュウキは驚いていた。
 ──緊張していると、気づかれた。
 物怖じしていたのを知られたと思えば恥ずかしい。ただ、同時に。寄り添ってくれたのは、ありがたいことで。
 無言のまま、瑠既リュウキは手を上げる。その手は微かに震えているが、ルイは笑顔でその手を握った。
 ふたりが歩いていく背中を、恭良ユキヅキは羨望の眼差しで見つめる。何年も、待ち望んでいたこの光景──。

 太陽の輝きに包まれたバルコニーに、瑠既リュウキルイの姿が見えると大衆の歓喜が沸く。割れんばかりの拍手が響き、そこでもルイは緊張している瑠既リュウキにそっと寄り添う。
 大臣は喜びがおさまるのを、しばらく待つ。ルイにならって大衆に手を振る瑠既リュウキを見守りながら。
 歓喜が一度おさまると、大臣はおもむろに口を開く。
「次に誰をお呼びするかは、もう検討がついていると思いますが……その前に」
 大事なことを言うと事前に告げ、大臣は言う。王と紗如サユキの婚姻関係は偽りだったと。──大衆は静まり返った。
 大臣は言葉を止めずに淡々と話す。王の連れ子である恭良ユキヅキ紗如サユキとの血縁関係は無いとも。
「以上を、今までの訂正事実として公表します」
 大臣が三度ミタビ頭を深く下げる。
 ざわめきが起こり始めた。
 紗如サユキが亡くなってから、何重も偽りが重なっていたのだと。
 鴻嫗トキウ城は全大陸で最高位の地位を長年保持し、世界に君臨している城。だから絶対的な存在であり、人々は従う。信頼が厚いから。──それなのに。その信頼を裏切ってきていた。
 大衆が不信感を抱いても否めないこと。大臣は静まるまで頭を下げ続ける──つもりだった。ふと、大臣は左側の人影に気づく。頭を上げないまま、視線だけで人影を辿ると、そこにいたのは。
「あなた方が不信感を抱き、不満に思う気持ちはもっともだ。しかし、『姫』としてこれまで行動してきた彼女も何も知らなかった。今のあなた方と同じだった。今日、この場で明らかにした真実を彼女が知ったのは、つい一週間前のことだ。彼女のとなりで、彼女の言動を見守ってきた俺が誓おう。彼女の『姫』としての行動に、偽りはひとつもない。偽り続けたとなじられるなら、この俺だろう。不審に思うのであれば、俺を疑うがいい。その思いは俺が受け止め、今後、誠意で皆に返していこう。だから、彼女が皆に向けた思いに偽りはなかったと……これだけはご理解いただきたく思う」
 沙稀イサキだった。大臣はいつの間にか顔を上げている。大衆は沙稀イサキの言葉を受け、静まっていた。
「あの、沙稀イサキ様……」
「勝手なことをして、すまないな」
 大臣の不満そうな声を、沙稀イサキは微笑みながら遮る。
 話の経緯で、鴻嫗トキウ城の後継者は沙稀イサキだと大衆に理解はある。けれど、大臣としては、きちんと『後継者だ』と宣言してから登場してほしかった。
 沙稀イサキは大臣と同じようにすべてを知っていて容認してきた者だが、大衆からしてみれば捉え方はまったく異なる。
 大臣は城での立場はある者だが、第三者──沙稀イサキは血縁者だ。血筋を隠し、隠ぺいを容認し、姫ではない者を『姫』として寄り添ってきた。

 大臣も、沙稀イサキも、想定していないことが起きた。誰からともなく、拍手が沸いてきた。

 沙稀イサキが辛い思いをして過ごしてきたと理解する者は、大衆の中に多数いたのだろう。それに、沙稀イサキは何年間も戦地の最前線に赴いていた。梛懦乙ナジュト大陸が平和になり、保たれているのは誰でもない沙稀イサキのお陰。この拍手は、継承に賛同する意思を示すものだ。
 大臣は大衆を見渡す。
 大きく息を吸うと、うれしそうに笑う。そして、今日の一大発表だと言わんばかりに──。
「半年後の実りの秋に! 沙稀イサキ様と恭良ユキヅキ様の婚儀を執り行います!」
 一瞬どよめきが沸いたが、すぐに歓喜に変わっていく。

 深呼吸をした沙稀イサキは大衆に背を向け、恭良ユキヅキに向かってスッと手を差し出す。──やさしく微笑む沙稀イサキを見て、恭良ユキヅキは涙が込み上げる。それでも、泣く場面ではないと、できる限りの笑顔を無理矢理浮かべ──恭良ユキヅキはうなづき、走り出す。

 バルコニーに恭良ユキヅキの姿が見えると、大衆からは喜びと祝福の、それはそれは大きな拍手があがる。沙稀イサキ恭良ユキヅキはどちらともなく手を取り合い──大衆の祝福を全身で受けながら、しっかりと抱き締め合った。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

ラストグリーン

桜庭かなめ
恋愛
「つばさくん、だいすき」  蓮見翼は10年前に転校した少女・有村咲希の夢を何度も見ていた。それは幼なじみの朝霧明日香も同じだった。いつか咲希とまた会いたいと思い続けながらも会うことはなく、2人は高校3年生に。  しかし、夏の始まりに突如、咲希が翼と明日香のクラスに転入してきたのだ。そして、咲希は10年前と同じく、再会してすぐに翼に好きだと伝え頬にキスをした。それをきっかけに、彼らの物語が動き始める。  20世紀最後の年度に生まれた彼らの高校最後の夏は、平成最後の夏。  恋、進路、夢。そして、未来。様々なことに悩みながらも前へと進む甘く、切なく、そして爽やかな学園青春ラブストーリー。  ※完結しました!(2020.8.25)  ※お気に入り登録や感想をお待ちしています。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...