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『第二部【後半】幻想と真実』 未来と過去に向かって

【11】発言(1)

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 天井に塗られた鮮やかな淡青色。レキが産まれたときの空の色だと母から聞いた。二月下旬の空は雲ひとつなく、爽やかな水面のような美しい色だったという。
 レキの産まれたときには親族用の部屋はすでに姉たちに割り振られていて、急遽、客間の一室を親族用に切り替えたとも聞いた。質素と言えば質素、簡易的といえば簡易的。この空間が、レキはそれほど嫌いではなかった。
 けれど、今日は眠りに落ちていけず、あれやこれやと考えを巡らせてしまう。

『父上の命日は……本当に、俺の誕生日と違ったのかな……』

 颯唏サツキの問いに、レキは肯定も否定もしてあげられなかった。話しを、悩みを聞くだけ聞いたが、颯唏サツキの抱える気持ちを解消してあげられなかっただろう。
 寝返りを苦しくうつような、うめき声に似たため息がもれた。

 今日は何だか色々とあった気がする。

 鐙鷃トウアン城へ戻ったら家族が集合していた。姉たちが『やっと帰ってきた』と言う中で、レキはわけのわからないまま定位置に着く。
 六歳上の姉、レイが嫁に行くことになったと父、瑠既リュウキが言った。
 相手の年齢は姉と同じだが、立場ははるかに上。いつ、どこでどんな接点があったか、想像もつかない。

 レキは何となく颯唏サツキのモヤモヤとした気持ちがわかった気がして、颯唏サツキと同じだったと自身を笑う。
 鐙鷃トウアン城は長女が継ぐと決まっているわけでもない。鴻嫗トキウ城とはまったく違う。子どもの誰かが継げば御の字くらいの感覚なのかもしれない。そのくらい、世間には城の存続に影響力がない。
 それでもレキは幼いころから、漠然と長女のレイが継ぐだろうと思っていたと気づいたのだ。母に一番似ていて、のんびりしていそうに見えるレイ。面倒見がよくしっかり者で、温和な雰囲気なのに家族のまとめ役でもある存在だ。適任だとしか、思っていなかった。
 万が一、誰も継がなかったら自身がと思いつつも、機会は巡ってこないとレキは安易に考えていたとも気づく。
 きっと、姉の誰かが継ぐ。誰もがこの家族を愛し、鐙鷃トウアン城も愛していると知っているから。
 たとえば、長いツインテールを躍らせる二番目の姉。家族のムードメーカーで、どこか異質な存在の彩綺サイキ。順番で考えれば、それも自然なことだ。
 いや、二番目の姉より三番目の姉、凰玖オウキの方がしっくりくると、レキは思考を改める。
 凰玖オウキは年々、母に似てきている。母と一緒に宮城研究施設に携わったり、鴻嫗トキウ城の手伝いをしていることもあるかもしれない。
 その点からすれば、凰玖オウキ鐙鷃トウアン城を継ぐ方が自然なのかもしれないと、勝手な結論を出す。

『好きな相手と結ばれるのが一番だ』
 レキがごちゃごちゃと考えていると、父が理由をつけるかのように言った。それがレキには、無責任のようにも聞こえた。

 世の中の理想なのだろう。皆がそうなればいいとレキも思う。──思うのに、モヤモヤとした気持ちが消えない。

 だからなのかもしれない。眠れず、颯唏サツキの言ったことを思い出したのは。


 ──事実を知るのは、父上と大臣……だけか。
 ベッドから身を起こし、自室の窓から澄んだ夜空を見上げる。たが、空しい。

 ふぅと、ちいさな息をもらす。

 一週間後、家族で羅暁ラトキ城へ赴く。そうしてレイは、近々嫁いでいく。
 レイの婚約者は羅暁ラトキ城の城主、捷羅ショウラのひとり息子、蓮羅ハスラだ。羅暁ラトキ城は世界で五位を維持している城であり、梓維シンイ大陸を統治している城。鐙鷃トウアン城と比べたら、どのくらいの差があることか。
 羅暁ラトキ城の嫡男のもとへレイが嫁ぐのは、鐙鷃トウアン城にとっては誇らしいことだ。後継者という立場が縁遠いレキでも、そのくらいはわかる。
 まして、互いに想い合っているのなら、反論する方が馬鹿げている。頭では理解できているのに、感情を処理できない。
 レキのため息は止まらない。

 気持ちが沈むと、嫌なことを思い出すもので──レキ庾月ユツキが婚約者を連れて帰城したときのことを思い出す。

 颯唏サツキに気持ちを気づかれまいとしていたのに、あの日も感情を思うようにコントロールできなかった。庾月ユツキが婚約者を連れて来る前に鐙鷃トウアン城へと帰ったのに、想定外のことが起きた。
 ──あの日の夜も、父上が……。
 レキはあの日も父の発言から始まったと思い返す。
庾月ユツキは俺の息子と結婚する』──そう言った父。ドキリとしたが、当然のようにレキではなく。レキが混乱していると、姉弟の『腹違いの兄がいる』と父は表情ひとつ変えずに言い放った。
 『父の息子』がレキ以外にもいると知り、胸がザワザワと荒波を立て始めた。
 姉たちが騒ぎ始める。
 一方の母は混乱する様子なく、冷静に対応していた。
 ──母上は、いつからご存知だったのか。
 ひとり騒げないでいると、父がまたサラリと問題発言をした。
「明日、鐙鷃城コッチに呼んでいる」
 と。

 そうして、レキリュウと初めて顔を合わせる。クロッカスの色彩を持たず、色々な事情があり黒髪だと父から聞いていたが、目の当たりにしたレキは違和感しかなかった。
 それなのに、姉たちはなぜか色めき立ってリュウを歓迎し、母もあたたかく迎え入れた。その光景を見ても、レキは『兄』と受け入れらずに佇む。
 ふと、父が気になった。
 父はリュウと着かず離れず見守っている。それに呆然としてしまったのか、目が合ってしまい。レキは目を泳がせたが、一瞬で本心を見抜かれたのだろう。父は、これ以上にないお節介を焼いた。
「ちょっと外の空気でも吸ってこい」
 そう言って父はレキリュウをバルコニーに連れて行き、ふたりを残して消えたのだ。

 リュウの顔をまともに見られないのに、ふたりきり。気まずいなんてものではない。
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